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※44. 闇の中
※注意喚起:暴行・監禁の表現を含みます。
――――――
失意のまま、私は鳥籠へと戻る。リアム様は深夜だというのにまだ起きて私を待ち構えていた。裏口の前に仁王立ちする彼の表情は読めない。彼は無言で歩み寄ると、私の包帯が巻かれた腕を強く掴み、凝視した。
「どこへ行っていた?……そして、これは?」
「……」
「あの女、フィンレイとかいう伯爵の親戚の女だな。あの男のところに行っていたのか?」
「違います……」
「嘘をつくな!!」
ドンッ、と強く突き飛ばされ、私は床に叩きつけられるように倒れ込んだ。
「優しくしてやったのに、調子に乗りやがって……」
床に伏したまま、私は笑った。乾いた、ひび割れたような笑いが喉から漏れる。この茶番に。すべてに。
「それが……それがあなたの本性ですね。何一つ、変わっていない」
「黙れ」
低い声と共に、リアム様がしゃがみ込んだ。私の顎を強く掴み、無理やり上を向かせる。
「……可哀想に。ひどい顔だ」
先ほどまで私を突き飛ばしていた男と同一人物とは思えないほど、その声は甘く、粘着質な慈愛に満ちていた。彼は親指で私の頬についた埃を払い、それから痛々しく包帯が巻かれた腕へと視線を落とした。
「あの男か?お前をこんな傷物にしたのは」
「……」
「答えなくていい。図星だろう。……愚かな女だ。俺の元にいれば、こんな痛い思いをせずに済んだものを」
彼は包帯の上から、傷口をわざと圧迫するように強く握りしめた。
「あ゛……っ、ぁ……ッ!」
脳天を貫かれたかのような激痛。私は悲鳴にも似た呻き声をあげた。
「躾が必要だな、ユリアナ」
「触らないで!」
私は残った力のすべてを振り絞り、自由な方の手で、私の腕に食い込む彼の手首を弾くように叩いた。
ーーパシリッ
乾いた音が廊下に響く。リアム様は固まった。彼は自分の手を見つめ、それからゆっくりと視線を私に戻した。そこに怒りはなかった。ただ、背筋が凍るような「無」があった。
――バチンッ!
衝撃は一瞬だった。彼は拳で私の頬を強打したのだ。それは躾などという生易しいものではなく、明確な暴力だった。口の中に鉄の味が広がり、視界が白く明滅する。
「やめて……っ! 離して……!」
抵抗も虚しく、彼は私を軽々と抱き上げた。彼の腕の中で暴れ、胸を叩き、蹴りつけたが、彼は眉一つ動かさない。彼は本邸への階段を通り過ぎ、使用人通路の影にある重厚な樫の木の扉へ向かった。いつも鍵がかけられており、使用人たちが「開かずの扉」と囁くそれだ。
扉が開くと、暗闇へと続く狭い石階段が口を開けていた。底から漂ってくる空気は淀んでいて、錆と、古びた血の臭いがした。
「ここは特別な場所なんだ、ユリアナ」
深淵へと降りていきながら、彼は私の耳元で楽しげに囁いた。
「俺が『悪い子』だった時、父上によく連れてこられた場所でね。……マナーを教え込むために」
最下層に着いた。そこは石造りの地下牢だった。冷たく、湿った空気が肌に張り付く。壁には重々しい鉄の拘束具が埋め込まれている。彼は私を冷たい石床に放り投げた。這って逃げようとするより早く、彼は私の上にのしかかった。ポケットから何かを取り出す。それは鉄で補強された、分厚い革の首輪だった。
――カチャリ。
首元で錠が噛み合う音がした。冷たく重い感触が喉元に食い込む。彼は首輪に鎖を繋ぎ、その端を壁の金具に固定した。
「嫌……嫌っ! 外して!」
私は首輪を掴んで暴れたが、びくともしない。まるで犬のように繋がれてしまった。
「よく似合うよ」
リアム様は立ち上がり、歪んだ満足感を浮かべて私を見下ろした。
「父上はここで俺を壊した。服従こそが至高の美徳だと教えてくれたんだ。……今度は俺が、お前に同じ教訓を授けてやろう」
彼は踵を返した。石畳に足音が響く。
「好きなだけ叫ぶといい。ここでは誰にも聞こえない」
重い鉄の扉が閉ざされる。――ガチャン。鍵が回る音が、私の運命を決定づけた。絶対的な闇と静寂が、私を丸呑みにした。
暗闇の中、私はベッドの上で膝を抱えた。フィンレイ様の拒絶の声と、リアム様の狂気じみた愛の言葉が、頭の中で不協和音となって木霊していた。
――もう、誰も助けには来ない。
私はゆっくりと瞼を閉じた。闇が、私を飲み込んでいった。
――――――
失意のまま、私は鳥籠へと戻る。リアム様は深夜だというのにまだ起きて私を待ち構えていた。裏口の前に仁王立ちする彼の表情は読めない。彼は無言で歩み寄ると、私の包帯が巻かれた腕を強く掴み、凝視した。
「どこへ行っていた?……そして、これは?」
「……」
「あの女、フィンレイとかいう伯爵の親戚の女だな。あの男のところに行っていたのか?」
「違います……」
「嘘をつくな!!」
ドンッ、と強く突き飛ばされ、私は床に叩きつけられるように倒れ込んだ。
「優しくしてやったのに、調子に乗りやがって……」
床に伏したまま、私は笑った。乾いた、ひび割れたような笑いが喉から漏れる。この茶番に。すべてに。
「それが……それがあなたの本性ですね。何一つ、変わっていない」
「黙れ」
低い声と共に、リアム様がしゃがみ込んだ。私の顎を強く掴み、無理やり上を向かせる。
「……可哀想に。ひどい顔だ」
先ほどまで私を突き飛ばしていた男と同一人物とは思えないほど、その声は甘く、粘着質な慈愛に満ちていた。彼は親指で私の頬についた埃を払い、それから痛々しく包帯が巻かれた腕へと視線を落とした。
「あの男か?お前をこんな傷物にしたのは」
「……」
「答えなくていい。図星だろう。……愚かな女だ。俺の元にいれば、こんな痛い思いをせずに済んだものを」
彼は包帯の上から、傷口をわざと圧迫するように強く握りしめた。
「あ゛……っ、ぁ……ッ!」
脳天を貫かれたかのような激痛。私は悲鳴にも似た呻き声をあげた。
「躾が必要だな、ユリアナ」
「触らないで!」
私は残った力のすべてを振り絞り、自由な方の手で、私の腕に食い込む彼の手首を弾くように叩いた。
ーーパシリッ
乾いた音が廊下に響く。リアム様は固まった。彼は自分の手を見つめ、それからゆっくりと視線を私に戻した。そこに怒りはなかった。ただ、背筋が凍るような「無」があった。
――バチンッ!
衝撃は一瞬だった。彼は拳で私の頬を強打したのだ。それは躾などという生易しいものではなく、明確な暴力だった。口の中に鉄の味が広がり、視界が白く明滅する。
「やめて……っ! 離して……!」
抵抗も虚しく、彼は私を軽々と抱き上げた。彼の腕の中で暴れ、胸を叩き、蹴りつけたが、彼は眉一つ動かさない。彼は本邸への階段を通り過ぎ、使用人通路の影にある重厚な樫の木の扉へ向かった。いつも鍵がかけられており、使用人たちが「開かずの扉」と囁くそれだ。
扉が開くと、暗闇へと続く狭い石階段が口を開けていた。底から漂ってくる空気は淀んでいて、錆と、古びた血の臭いがした。
「ここは特別な場所なんだ、ユリアナ」
深淵へと降りていきながら、彼は私の耳元で楽しげに囁いた。
「俺が『悪い子』だった時、父上によく連れてこられた場所でね。……マナーを教え込むために」
最下層に着いた。そこは石造りの地下牢だった。冷たく、湿った空気が肌に張り付く。壁には重々しい鉄の拘束具が埋め込まれている。彼は私を冷たい石床に放り投げた。這って逃げようとするより早く、彼は私の上にのしかかった。ポケットから何かを取り出す。それは鉄で補強された、分厚い革の首輪だった。
――カチャリ。
首元で錠が噛み合う音がした。冷たく重い感触が喉元に食い込む。彼は首輪に鎖を繋ぎ、その端を壁の金具に固定した。
「嫌……嫌っ! 外して!」
私は首輪を掴んで暴れたが、びくともしない。まるで犬のように繋がれてしまった。
「よく似合うよ」
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彼は踵を返した。石畳に足音が響く。
「好きなだけ叫ぶといい。ここでは誰にも聞こえない」
重い鉄の扉が閉ざされる。――ガチャン。鍵が回る音が、私の運命を決定づけた。絶対的な闇と静寂が、私を丸呑みにした。
暗闇の中、私はベッドの上で膝を抱えた。フィンレイ様の拒絶の声と、リアム様の狂気じみた愛の言葉が、頭の中で不協和音となって木霊していた。
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私はゆっくりと瞼を閉じた。闇が、私を飲み込んでいった。
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