白銀の猫は、氷の皇太子を二度愛す ~転生令嬢が元・ご主人様にタックルしてしまったところ、なぜか執着が止まりません~

メイリリー

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06. 黄金の犬、隠された三日月

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ライアン・ヒーローズ。

公爵家の息子。
ミアベルの幼馴染だ。黄金色の髪と、真夏の太陽のような笑顔を持つ彼は、まるで大型犬の子犬のように騒々しく、そして底なしのスタミナで人をうんざりさせる天才だった。

「もうすぐデビュタントだろ? 緊張しなくていいよ、僕がエスコートするからね。君の父上に頼まれたんだ。」

彼は気が付いたらいつもそばにいた。
ミアベルのリボンを引っ張ったり、欲しくもない花を押し付けてきたり。手入れされた庭で、ミアベルを追いかけ回すのが日課だった。

「ミアベル!見てくれ!」

まだ幼かったころ、彼はよく庭の樫の木に逆さまにぶら下がって、顔を真っ赤にして叫んだ。
たやすく木に登るミアベルの真似をして、彼女にかっこいいところを見せたかったのだ。

ミアベルはベランダの安全な場所から、ゆっくり瞬きをして彼を見下ろした。

「落ちるわよ」

ミアベルの声は、完全に棒読みだった。

「落ちたら、君が受け止めてくれるだろ!」

「まさか」

彼はミアベルを愛していた。
それはバレバレで、不器用で、見ていて恥ずかしくなるくらい甘かった。けれど彼がミアベルの手を握る時、その手は熱すぎたし、力も強すぎた。彼は、野生動物を押し潰さずに抱っこする方法を知らないのだ。

何より、彼からインクの匂いはしなかった。ミアベルが求めている匂いは、ここにはない。



そして迎えた、王立デビュタント・ボールの夜。

お父様は、いくつかのドレスを用意してくれていた。

「お嬢様、このラベンダーのドレス、とっても刺繍が美しいわ。」

侍女のカリナがドレスを手に取る。
勧められるがままに試着をすると、背中がパックリと開いた大胆なデザインであることに気がついた。

鏡越しに背中の月の形の痣を見つめる。それは、熱を帯びているかのようだった。

「だめ。こんなに背中が開いていたら、痣が見えるわ」

「そ、それは失礼しました!」

テオ以外の人に、この痣を見られたくなかった。触れられたくなかった。

彼だけだ。世界でただ一人、ここに触れていいのは彼だけなのだ。

結局、ミアベルの瞳の色とお揃いの、空色のドレスを選んだ。
ライアンが見たら「僕の天使だ!」なんて大騒ぎするだろう。

コルセットは、拷問のようだった。
肋骨をぎゅうぎゅうに締め上げられて、息が苦しい。

「息を吸って、お嬢様」

侍女のカリナが、背中の紐をギリギリと引き絞る。

(ぐっ……これじゃ、まともに動けないわ)

いざという時、このドレスでテオを守れるだろうか。
そんなことばかり考えてしまう。

侍女のカリナは、ミアベルが赤ちゃんの時からずっとそばにいてくれた。目尻には笑いジワが増えたけれど、その手は変わらず優しい。

ミアベルは化粧台の縁を掴み、自分の姿を見つめた。
鏡の中の少女は、唇は赤い果実のような色に塗られている。まるでお人形。白い肌に溶けるように白銀の髪が流れ落ちていた。

「息ができないわ」

ミアベルは呟いた。それは、コルセットのせいだけではないことに気が付いた。

(―――怖い)

冷たい不安が、お腹の底に広がっていく。

(ついに今夜、テオに会える。ずっと待ち望んでいたのに、なぜこんなにも不安な気持ちになるの?)

カリナがドレスの裾を整える。それはキラキラと波打ち、ミアベルの銀髪と溶け合った。

「お嬢様、震えていらっしゃいますわ」

「カリナ……」

ミアベルは鏡越しに彼女と目を合わせた。

「もし……もし、上手くいかなかったらどうしよう」

思わずミアベルは本音を漏らしていた。

カリナはふふっと微笑んだ。部屋の空気を和らげるような、温かい笑顔だった。

彼女は宝石のネックレスを手に取り、ミアベルの喉元に飾った。
彼女の瞳と同じ、美しい空を映した宝石だ。

「大丈夫ですとも。ミアベルお嬢様はこんなにも可愛らしいのですもの。
好きにならない男性なんておりませんわ。それに……」

彼女は意味ありげな視線をミアベルに向けた。

「ライアン様もいらっしゃいますし」

「はぁ……」

ミアベルはあの騒がしい犬のような男の顔が脳裏に浮かび、緊張の糸が切れた。

ミアベルの思惑など知らないカリナは、ミアベルの不安を可愛らしい乙女の心配ごとだと捉えたようだった。

「ライアンはただの幼馴染よ、カリナ。腐れ縁なだけ。それ以上でも以下でもないわ」

「まあ、まあ。あの方は、お嬢様のことを見る時、本当にきらきらと目を輝かせていますわ」

カリナはミアベルの髪に手を伸ばした。
彼女は銀のブラシでミアベルの白銀の髪を念入りにといて整えてくれた。

「本当に、美しい髪ですね、お嬢様」

「ふふ、カリナ、ありがとう」

髪が、カーテンのように背中を流れた。

「さあ、できましたよ。なんて綺麗なんでしょう。きっと会場中の誰もが目を奪われますわ」

カリナが一歩下がって、鏡の中のミアベルに微笑んだ。

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