白銀の猫は、氷の皇太子を二度愛す ~転生令嬢が元・ご主人様にタックルしてしまったところ、なぜか執着が止まりません~

メイリリー

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09. 踊る嘘、迫る影

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「それで? 誰がお前のリードを握っている?」

彼の声は低く、言葉の鋭さとは裏腹に、柔らかいテノールの響きを含んでいた。
それが逆に、有無を言わさない圧力となってのしかかる。

「私は……いつも、自分の意思で動いております、殿下」

ミアベルはあえいだ。
肺が焼けつくようだ。息継ぎすら許さない曲の苛烈なテンポについていくのがやっとだった。テオはリードするだけでなく、支配していた。鋭いターンと共に、彼は彼女を強く引き寄せ、胸と胸がぶつかるほどの距離に拘束した。

「城の一室に侵入し、皇族に暴行を加え、窓から逃亡することが? なんと高尚な趣味だろうか」

複雑なステップを踏ませながら、テオは皮肉たっぷりに言った。

「誤解なんです! 単に、偶然が重なっただけです!」

「偶然だと?」

彼は回転を急停止させ、ミアベルの体をわずかに沈み込ませた。
彼女はバランスを保つため、彼の肩にしがみつくしかない。

「今度は高貴なデビュタントとして私の腕の中にいる。これも偶然なのか?」

「それは……」

至近距離で、テオは片方の眉を上げた。
彼は笑わなかった。代わりに、その視線は壁をも見通すような鋭さで、彼女の表情を分析していた。

(ああ、見透かされている。)

彼は彼女の体を起こし、再び目が回るようなスピンへと放り込んだ。

「大抵の女は、私にこれほど近づけるなら毒の杯を飲むことさえ厭わない。だがお前は、まるで拷問でも受けているような顔をしているな」

「それは殿下が、私を犯罪者のように扱っているからです!」

ミアベルは抗議し、二人の間に少しでも隙間を作ろうと身をよじった。

「不法侵入、皇族への暴行。定義上、お前は犯罪者だ」

 彼は腰に回した腕に力を込め、彼女の逃走の試みを握り潰した。

「それに。握力を緩めれば、お前は消える」

テオがあまりにも確信を持って言い放ったため、ミアベルは言葉に詰まり、ステップを踏み外しそうになった。彼は事もなげに彼女のバランスを支え、その暗い瞳で見下ろした。

彼は予測できない変数が嫌いだ。そしてこの少女――ミアベルは、彼の整然とした世界に突如侵入してきた混沌そのものだった。それなのに。

自分の掌にある彼女の手の温もりが、狂おしいほど「正しい」ものに感じられる。
その矛盾に、破壊衝動すら覚える。

「……お前は、苛立たしいな」

その呟きが、繋いだ手を通して振動した。

「でしたらお願いです、解放してください。他の女性方がお待ちです」

「そういうところが、苛立たしいと言っている」


彼は緩やかなターンの隙を突き、顔を寄せた。

その唇が彼女の耳の輪郭をかすめる。

「何が目的だ? 他の女たちと違って、誘惑も陶酔もしない。お前はただ……怯えている。だが、その怯えの裏で、何かを隠しているな」

(私はあなたを守りたいだけなの、テオ)

真実が喉まで出かかったが、彼女はそれを飲み込み、震える足で彼のリードに従った。

「私はただの商人の娘です、殿下。分不相応ですし、身の程は弁えております」

「嘘つきめ」

彼は口の端を吊り上げて笑った。
冷たく、美しい、けれど目の奥は笑っていない笑み。その表情に、踊りながらにしてミアベルの全身が凍りついた。


その時。

音楽が死んだ。

パチン。

乾いた音ともに、一瞬にして、何千ものシャンデリアの蝋燭が、同時に掻き消された。

重たい闇が会場を飲み込んだ。

悲鳴が上がった。グラスが砕ける音。パニック。

だが、ミアベルの瞳孔は瞬時に開いた。
猫の夜目がきく彼女にとって、この暗闇は何の障害でもなかった。

そして、彼女は見た。
混乱する群衆の中を、迷いなく進む複数の人影。魔法で視力を強化し、闇に特化させた手練れの動きだ。招待客ではない。彼らの手には短く、反りのある刃が握られている。

彼らは一点に向かって殺到していた。

テオだ。
彼は動きを止めていた。全身を硬直させ、手は腰の儀礼用サーベルに伸びていたが、この突然の深淵の中では彼でさえ盲目だった。死角から音もなく迫り、彼の急所を狙う刃が見えているはずがない。

(だめ、間に合わない!)

ミアベルは思考より早く、テオの体に飛びついた。

「伏せて!」

ヒュンッ。

刃が空を切る。そこは、さっきまでテオの心臓があった場所だ。

ミアベルは刺客のスネを思い切り蹴りつけた。
男が思わぬ反撃とその痛みに床に崩れ落ちた。

(三時の方向に一人、二人、九時の方向に三人......数が多い。テオをかばいながらでは、闘えない)

ミアベルはテオの手首を強引に掴んで起こし、そのまま駆け出した。

「おい、どこへ――」

「お願いです、信じて走って!」
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