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日常編
1 残業後の魔法少女はきつい
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平牧陽波、二十七歳。出社して早々衝撃を受けた。
「や、辞めた……?」
「そう。だから悪いけど、引き継ごうとしてた仕事の分は、今まで通りでお願いします。ごめんね、僕も出来る限り手伝うから」
「あ、はは、いえ……」
先月、入社したばかりの新人社員が本日付で退職した。陽波は目の前が真っ暗になった。この一カ月、いまいちやる気の無い新入社員に必死で仕事を教えてきたのは一体何だったのか。
「言っておくけれど、君は悪くないからね。平牧さんは本当によくやってくれたよ」
黒須部長は申し訳なさそうに言った。陽波は首を振る。彼の気遣いが嬉しかった。
黒須明浩、彼は三十二歳の若さで部長の役職に就いている。決して大きくない会社だが、彼の部下は年上ばかりだ。黒須はいつも落ち着いていて、優しく、仕事も出来るので部下からの信頼は厚い。おまけにルックスも良いので女性社員には人気があった。俳優の誰々に似ているだのという話題は定番だ。陽波も時折混じっては人気俳優の名前を出したりもした。
陽波はそんな黒須からの労いの言葉に感動しつつ、積み重なった仕事を思い愕然としていた。新入社員の面倒を見るのに手いっぱいで、自分の仕事まで手が回らなかったのだ。ひとまず、今日も麗しい上司に礼を言う。
「ありがとうございます。出来るだけ頑張ります」
「こちらこそありがとう。平牧さん、無理はしないようにね」
黒須は柔らかく笑みを浮かべた。陽波は思わず拝みそうになった両手を抑え、「はい」と深く頷いた。後で他の同僚に嫉妬されそうだと心の中で優越感を抱いて。
**
あらかた仕事を片付け、陽波は帰り支度をしていた。ロッカーの鞄からスマホを取り出し、着信などがないか確認を……したかったが出来なかった。
「うわーやっぱ家に置いて来れば良かった! くそー!」
同僚がいなくて良かった。陽波は鞄の口を必死で閉じる。中が発光している。物凄い勢いで発光している物体があった。声まで聞こえる。
『陽波!! 大変だよ!』
「分かってる分かってる、ちょっと静かにして今まだ会社だから」
『え!? まだ会社なの!? 何で!?』
「それはまた後で話すから……」
陽波は鞄を抱きかかえてロッカールームを飛び出した。まるで泥棒のようである。
会社から外へ出ると、陽波は人気が無いのを確認して鞄に向かって話しかけた。
「で、場所はどこ?」
『えーとね、多分、隣の……』
ウオオオオオン!
怪物の慟哭が聞こえた。陽波は耳を澄ませる。
「近いね。アスト、こっち来れる?」
『分かった。合流しよう』
禍々しい気を感じる。陽波は大きく息を吸い込んだ。何度やっても慣れない。陽波は鞄を物陰に置くと、中から発光する棒を取り出した。手の平より少し長いそれは、ぴかぴかと眩い光を放っている。
「すー、はー。オッケー、大丈夫、誰も聞いてないから。大丈夫……」
陽波は棒を高く掲げて叫ぶ。
「み……ッ、ミラクル☆チェンジ!!」
陽波の手にした棒、ミラクルスティックのミラクルな力により、陽波の全身が光に包まれた! そして一分程度の変身バンクを経て、今ここに魔法少女が爆誕する!
「世界にキラキラ煌めく光! ミラクル☆ルチカ!!」
お馴染みフリフリキュートな短めスカートと、頭やら腰にも装飾を付け、やたらに長く伸びた髪を振りながら全身ピンクの魔法少女、ミラクル☆ルチカが華麗に決めポーズを決めた。
少しの間の後、ルチカは大きな溜め息を零す。
「あー! あー!! 恥ずかしい! 穴があったら死にたい」
愚痴を言っている場合ではない。陽波、もといミラクル☆ルチカがここで変身したのは、変身した方が走るのが早いからである。
禍々しい気も変身した方が感知しやすい。前略ルチカは、変身と共に杖のように長く伸びたミラクルスティックを手に、地面を蹴った。
「いた!」
怪物のあまりの禍々しさに気絶した人々が地面に横たわりまくっている。ルチカは彼らを避けながら、高層ビルと同じ大きさの怪物を見上げた。
「出たわね悪党!」
「ハーッハッハ!! 来たか魔法少女。今日も一人か? 仲間はどうしたんだァ? ン?」
「うっさい!」
変身して視力の良くなったルチカには怪物の肩に乗った敵の姿がよく見えた。シルバーの髪に獣の耳とふさふさの尾が生えた人型の男だ。その赤い目がぎらりと光った。
彼の名はティグロ。何故か人々の負の感情を吸い上げて怪物を作り、街で暴れまわるのである。それを止める為にいるのが魔法少女だ。
「アハハァ人望ねえのかァ? カーワイソーになア」
「あー! 聞こえない聞こえない! とにかくその怪物を止めなさい!」
「イヤだね!! 止めろって言われて止めるわけねーだろバァカ!」
ティグロが「やれ!」と言うと、怪物が大きく腕を振った。そばにあった大企業のビルがボロボロと崩れる。後で不思議な力で元に戻るにしても、ルチカは見ているだけで胸がすくような……もとい悲しい気持ちになった。
「こらーっ! 無理難題押し付けてくるかつて取引先だったムカつく大企業のビルを破壊するのはやめなさい!!」
「随分詳しいなァ。知り合いか?」
「破壊する間があったら、いい加減その怪物に名前でも付けなさいよね! 毎回怪物じゃ締まらないじゃないの」
「どうでもいいだろそんなん」
怪物は特に名称が付いていないのでいまいち締まらない。魔法少女物では大抵カタカナの分かりやすい名前が付いているというのに。ダークほにゃららとか。
しかしルチカは何であろうとやるしかない。あの大企業のビルがこれ以上壊されてしまえば、さすがにルチカもガッツポーズを決めてしまう。天下の魔法少女がそんな真似をするわけにはいかないのだ。
かつて魔法少女に憧れ、今も魔法少女に夢を抱き続けているルチカは、せめて自分が魔法少女でいる間だけは華麗に美しくありたいと考えていた。わざとらしい女口調もその所為である。それと身バレ防止。誰も見てないけど。
「や、辞めた……?」
「そう。だから悪いけど、引き継ごうとしてた仕事の分は、今まで通りでお願いします。ごめんね、僕も出来る限り手伝うから」
「あ、はは、いえ……」
先月、入社したばかりの新人社員が本日付で退職した。陽波は目の前が真っ暗になった。この一カ月、いまいちやる気の無い新入社員に必死で仕事を教えてきたのは一体何だったのか。
「言っておくけれど、君は悪くないからね。平牧さんは本当によくやってくれたよ」
黒須部長は申し訳なさそうに言った。陽波は首を振る。彼の気遣いが嬉しかった。
黒須明浩、彼は三十二歳の若さで部長の役職に就いている。決して大きくない会社だが、彼の部下は年上ばかりだ。黒須はいつも落ち着いていて、優しく、仕事も出来るので部下からの信頼は厚い。おまけにルックスも良いので女性社員には人気があった。俳優の誰々に似ているだのという話題は定番だ。陽波も時折混じっては人気俳優の名前を出したりもした。
陽波はそんな黒須からの労いの言葉に感動しつつ、積み重なった仕事を思い愕然としていた。新入社員の面倒を見るのに手いっぱいで、自分の仕事まで手が回らなかったのだ。ひとまず、今日も麗しい上司に礼を言う。
「ありがとうございます。出来るだけ頑張ります」
「こちらこそありがとう。平牧さん、無理はしないようにね」
黒須は柔らかく笑みを浮かべた。陽波は思わず拝みそうになった両手を抑え、「はい」と深く頷いた。後で他の同僚に嫉妬されそうだと心の中で優越感を抱いて。
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あらかた仕事を片付け、陽波は帰り支度をしていた。ロッカーの鞄からスマホを取り出し、着信などがないか確認を……したかったが出来なかった。
「うわーやっぱ家に置いて来れば良かった! くそー!」
同僚がいなくて良かった。陽波は鞄の口を必死で閉じる。中が発光している。物凄い勢いで発光している物体があった。声まで聞こえる。
『陽波!! 大変だよ!』
「分かってる分かってる、ちょっと静かにして今まだ会社だから」
『え!? まだ会社なの!? 何で!?』
「それはまた後で話すから……」
陽波は鞄を抱きかかえてロッカールームを飛び出した。まるで泥棒のようである。
会社から外へ出ると、陽波は人気が無いのを確認して鞄に向かって話しかけた。
「で、場所はどこ?」
『えーとね、多分、隣の……』
ウオオオオオン!
怪物の慟哭が聞こえた。陽波は耳を澄ませる。
「近いね。アスト、こっち来れる?」
『分かった。合流しよう』
禍々しい気を感じる。陽波は大きく息を吸い込んだ。何度やっても慣れない。陽波は鞄を物陰に置くと、中から発光する棒を取り出した。手の平より少し長いそれは、ぴかぴかと眩い光を放っている。
「すー、はー。オッケー、大丈夫、誰も聞いてないから。大丈夫……」
陽波は棒を高く掲げて叫ぶ。
「み……ッ、ミラクル☆チェンジ!!」
陽波の手にした棒、ミラクルスティックのミラクルな力により、陽波の全身が光に包まれた! そして一分程度の変身バンクを経て、今ここに魔法少女が爆誕する!
「世界にキラキラ煌めく光! ミラクル☆ルチカ!!」
お馴染みフリフリキュートな短めスカートと、頭やら腰にも装飾を付け、やたらに長く伸びた髪を振りながら全身ピンクの魔法少女、ミラクル☆ルチカが華麗に決めポーズを決めた。
少しの間の後、ルチカは大きな溜め息を零す。
「あー! あー!! 恥ずかしい! 穴があったら死にたい」
愚痴を言っている場合ではない。陽波、もといミラクル☆ルチカがここで変身したのは、変身した方が走るのが早いからである。
禍々しい気も変身した方が感知しやすい。前略ルチカは、変身と共に杖のように長く伸びたミラクルスティックを手に、地面を蹴った。
「いた!」
怪物のあまりの禍々しさに気絶した人々が地面に横たわりまくっている。ルチカは彼らを避けながら、高層ビルと同じ大きさの怪物を見上げた。
「出たわね悪党!」
「ハーッハッハ!! 来たか魔法少女。今日も一人か? 仲間はどうしたんだァ? ン?」
「うっさい!」
変身して視力の良くなったルチカには怪物の肩に乗った敵の姿がよく見えた。シルバーの髪に獣の耳とふさふさの尾が生えた人型の男だ。その赤い目がぎらりと光った。
彼の名はティグロ。何故か人々の負の感情を吸い上げて怪物を作り、街で暴れまわるのである。それを止める為にいるのが魔法少女だ。
「アハハァ人望ねえのかァ? カーワイソーになア」
「あー! 聞こえない聞こえない! とにかくその怪物を止めなさい!」
「イヤだね!! 止めろって言われて止めるわけねーだろバァカ!」
ティグロが「やれ!」と言うと、怪物が大きく腕を振った。そばにあった大企業のビルがボロボロと崩れる。後で不思議な力で元に戻るにしても、ルチカは見ているだけで胸がすくような……もとい悲しい気持ちになった。
「こらーっ! 無理難題押し付けてくるかつて取引先だったムカつく大企業のビルを破壊するのはやめなさい!!」
「随分詳しいなァ。知り合いか?」
「破壊する間があったら、いい加減その怪物に名前でも付けなさいよね! 毎回怪物じゃ締まらないじゃないの」
「どうでもいいだろそんなん」
怪物は特に名称が付いていないのでいまいち締まらない。魔法少女物では大抵カタカナの分かりやすい名前が付いているというのに。ダークほにゃららとか。
しかしルチカは何であろうとやるしかない。あの大企業のビルがこれ以上壊されてしまえば、さすがにルチカもガッツポーズを決めてしまう。天下の魔法少女がそんな真似をするわけにはいかないのだ。
かつて魔法少女に憧れ、今も魔法少女に夢を抱き続けているルチカは、せめて自分が魔法少女でいる間だけは華麗に美しくありたいと考えていた。わざとらしい女口調もその所為である。それと身バレ防止。誰も見てないけど。
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