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6 いきなり戻ってピンチ!
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ロベルト様の屋敷には以前も来たことがある。部屋の場所も一部は把握しているつもりだ。私はできるだけ人の少ない方へと向かっていた。万が一、攫われたりしたらカイラス様がとても悲しむので。そんな心配不要だと思うけれど。
(もうすぐ0時か)
私は会場の近くの、開放された部屋の隅でくつろいでいた。皆どこか一か所に集まっているらしく、人気はない。時計は11時49分を差していた。針が動く。目の前がぐわんと揺れた。
「えっ!?」
視界が高くなっている。人に戻ってる!? 当然、尻尾と耳はそのままだ。まずい、非常にまずい! 今人に見つかったら……。でも、エミィに会えば家に帰れるかもしれない。
「……やっぱりダメだ!」
家の人はほとんど猫嫌いだし、何より呪われた娘がいる家なんて、そんな汚名は着せられない。妹だけじゃなく両親にも迷惑がかかってしまう。
ここは人に見つかる前に逃げよう。帰るのは呪いが何とかなってからだ。
ガタッと背後から物音がした。咄嗟に後ろを見る。誰もいない。
「気のせい? とにかく逃げなきゃ」
「あの、君は……」
見つかった!? まずい。顔を隠しながら慌てて部屋の外へ飛び出した。
「ま、待ってくれ!」
追いかけてくる! 必死になって走った。人の体で走るのなんて数か月ぶりだ。二本足ってこんなに大変だったっけ?
人気のない暗い方へと駆ける。広い庭園へ続く石の階段を私は慌てて飛び降りた。その影に身を隠す。
「あれ? いない……見失ったか」
何だか聞いたことのある声だ。でも無視だ、無視。知り合いにこんな猫耳尻尾の姿は見せられない。階段の上で誰かがうろうろ歩き回る音が聞こえる。私は必死で身を縮めていた。
「俺の見た幻だったのか? しかし、一体……なんだこの気持ちは……」
ぶつぶつ言いながら去っていった。安堵して胸を撫で下ろす。
人間の体は大きくて不便だ。隙間に入れないし走るのも遅い。どうしようか。いつ猫に戻るんだろう。……本当は人に戻りたいのに、今は猫に戻りたいと思っている。ヘンテコでつい笑ってしまった。
「お腹すいた……」
言ったところでご飯が出てくるわけもない。カイラス様の家では、にゃあにゃあ言ってるだけで美味しいご飯がたくさん出てきた。猫っていいな。
途方に暮れて丸くなっていると、また足音が聞こえてきた。息を潜めてじっとする。見つかりませんように。しかし、
「アリゼか?」
「……カイラス様?」
階段を下りてきて、現れたのはカイラス様だった。私の姿を見て落胆した様子で言う。
「また人に戻ったのか」
ふう、と溜め息も。そうだよね、カイラス様は私じゃなくて可愛い猫を探しに来たんだ。私は申し訳ない気持ちになった。
「猫じゃなくてごめんなさい」
頭を下げて謝る。
「……………………」
カイラス様は無言だ。猫として長く一緒にいた私には分かる、カイラス様は今機嫌が悪い。猫ならともかく、人の私が助けてもらうわけにはいかない。猫みたいに懐にも隠せないし、どうしたって目立つ。迷惑がかかってしまう。
「カイラス様は先にお帰りください。私は猫に戻ってからそちらに帰ります」
「……………………」
「この姿を人に見せたくありませんから」
「……………………」
彫像のように美しいまま、何も言わない。果たして私の話は分かってくれたのだろうか。辛抱強く待っていると、カイラス様は僅かに首を動かした。
「分かった。他に方法もない」
「ありがとうございます。ではお気をつけてお帰りください」
カイラス様は振り向くこともなく階段を上がって行ってしまった。私は一人、膝を抱えて夜空を見上げる。
小さい頃、妹のエミィと星を数える競争をした。妹はとても早くて、私なんかとても追いつけなかった。今もそれは変わらない。
「寒……」
毛皮がないとこんなに寒いのか。私、一体いつ猫に戻れるんだろう。本当は早く人に戻って家に帰りたい。でも。人間の私は誰か必要としてくれているのだろうか。
妹は何でもできるから、私がいなくたって生きていける。カイラス様だって、新しい婚約者がいて何も困らない。
(あれ。私って、もしかして必要ない?)
今の状況がその証拠だ。寒空の下、独りぼっちで。
家柄がなければ、誰も見向きもしない。猫でなければ、カイラス様もロベルト様も興味を持たない。妹だって、私が他人なら声もかけないかも。両親だって、私が長女でなければ……。
(気付きたくなかったな)
もし猫に戻れなかったらどうしよう。猫耳尻尾の人間なんて、こんな半端な状態じゃカイラス様だって見捨てる。
私が鈍すぎて分からなかっただけだ。本当は私って、全然価値のない人間なんだ。いなくなって正解だったかもしれない。
真っ黒い空。ほんの少しの風が、とても冷たく感じられた。
**
ああ、お姉さまがいなくなって清々した! ロベルト様が既に婚約しているのは確かなようだし(後半ずっと心ここにあらずだったのはそのせいかしら?)、ロベルト様のことはきっぱり諦めます。私にはカイラス様がいますので。
本当にどうして今まで気付かなかったのかしら。お姉さまがいない私の人生、最高でしかないわ!
お父様もお母様も、お姉さまのことは諦めたようだし、これからは私が主役。私の美しささえあれば、いずれカイラス様も心を開いてくださるはずです。
買ったばかりの香水を纏い、幸せな気持ちで眠りにつく。
……そういえば。お姉さまの存在を消して欲しいって変な魔法使い? 呪術師? にお願いはしたけれど、具体的にどういう風に消えたのかしら。気持ち悪い生物に変化させてどうこうって言っていたような。あんまり聞いてなかったわ。ま、消えたのは事実なので今の私にはどうでもいい話です。おやすみなさい。
(もうすぐ0時か)
私は会場の近くの、開放された部屋の隅でくつろいでいた。皆どこか一か所に集まっているらしく、人気はない。時計は11時49分を差していた。針が動く。目の前がぐわんと揺れた。
「えっ!?」
視界が高くなっている。人に戻ってる!? 当然、尻尾と耳はそのままだ。まずい、非常にまずい! 今人に見つかったら……。でも、エミィに会えば家に帰れるかもしれない。
「……やっぱりダメだ!」
家の人はほとんど猫嫌いだし、何より呪われた娘がいる家なんて、そんな汚名は着せられない。妹だけじゃなく両親にも迷惑がかかってしまう。
ここは人に見つかる前に逃げよう。帰るのは呪いが何とかなってからだ。
ガタッと背後から物音がした。咄嗟に後ろを見る。誰もいない。
「気のせい? とにかく逃げなきゃ」
「あの、君は……」
見つかった!? まずい。顔を隠しながら慌てて部屋の外へ飛び出した。
「ま、待ってくれ!」
追いかけてくる! 必死になって走った。人の体で走るのなんて数か月ぶりだ。二本足ってこんなに大変だったっけ?
人気のない暗い方へと駆ける。広い庭園へ続く石の階段を私は慌てて飛び降りた。その影に身を隠す。
「あれ? いない……見失ったか」
何だか聞いたことのある声だ。でも無視だ、無視。知り合いにこんな猫耳尻尾の姿は見せられない。階段の上で誰かがうろうろ歩き回る音が聞こえる。私は必死で身を縮めていた。
「俺の見た幻だったのか? しかし、一体……なんだこの気持ちは……」
ぶつぶつ言いながら去っていった。安堵して胸を撫で下ろす。
人間の体は大きくて不便だ。隙間に入れないし走るのも遅い。どうしようか。いつ猫に戻るんだろう。……本当は人に戻りたいのに、今は猫に戻りたいと思っている。ヘンテコでつい笑ってしまった。
「お腹すいた……」
言ったところでご飯が出てくるわけもない。カイラス様の家では、にゃあにゃあ言ってるだけで美味しいご飯がたくさん出てきた。猫っていいな。
途方に暮れて丸くなっていると、また足音が聞こえてきた。息を潜めてじっとする。見つかりませんように。しかし、
「アリゼか?」
「……カイラス様?」
階段を下りてきて、現れたのはカイラス様だった。私の姿を見て落胆した様子で言う。
「また人に戻ったのか」
ふう、と溜め息も。そうだよね、カイラス様は私じゃなくて可愛い猫を探しに来たんだ。私は申し訳ない気持ちになった。
「猫じゃなくてごめんなさい」
頭を下げて謝る。
「……………………」
カイラス様は無言だ。猫として長く一緒にいた私には分かる、カイラス様は今機嫌が悪い。猫ならともかく、人の私が助けてもらうわけにはいかない。猫みたいに懐にも隠せないし、どうしたって目立つ。迷惑がかかってしまう。
「カイラス様は先にお帰りください。私は猫に戻ってからそちらに帰ります」
「……………………」
「この姿を人に見せたくありませんから」
「……………………」
彫像のように美しいまま、何も言わない。果たして私の話は分かってくれたのだろうか。辛抱強く待っていると、カイラス様は僅かに首を動かした。
「分かった。他に方法もない」
「ありがとうございます。ではお気をつけてお帰りください」
カイラス様は振り向くこともなく階段を上がって行ってしまった。私は一人、膝を抱えて夜空を見上げる。
小さい頃、妹のエミィと星を数える競争をした。妹はとても早くて、私なんかとても追いつけなかった。今もそれは変わらない。
「寒……」
毛皮がないとこんなに寒いのか。私、一体いつ猫に戻れるんだろう。本当は早く人に戻って家に帰りたい。でも。人間の私は誰か必要としてくれているのだろうか。
妹は何でもできるから、私がいなくたって生きていける。カイラス様だって、新しい婚約者がいて何も困らない。
(あれ。私って、もしかして必要ない?)
今の状況がその証拠だ。寒空の下、独りぼっちで。
家柄がなければ、誰も見向きもしない。猫でなければ、カイラス様もロベルト様も興味を持たない。妹だって、私が他人なら声もかけないかも。両親だって、私が長女でなければ……。
(気付きたくなかったな)
もし猫に戻れなかったらどうしよう。猫耳尻尾の人間なんて、こんな半端な状態じゃカイラス様だって見捨てる。
私が鈍すぎて分からなかっただけだ。本当は私って、全然価値のない人間なんだ。いなくなって正解だったかもしれない。
真っ黒い空。ほんの少しの風が、とても冷たく感じられた。
**
ああ、お姉さまがいなくなって清々した! ロベルト様が既に婚約しているのは確かなようだし(後半ずっと心ここにあらずだったのはそのせいかしら?)、ロベルト様のことはきっぱり諦めます。私にはカイラス様がいますので。
本当にどうして今まで気付かなかったのかしら。お姉さまがいない私の人生、最高でしかないわ!
お父様もお母様も、お姉さまのことは諦めたようだし、これからは私が主役。私の美しささえあれば、いずれカイラス様も心を開いてくださるはずです。
買ったばかりの香水を纏い、幸せな気持ちで眠りにつく。
……そういえば。お姉さまの存在を消して欲しいって変な魔法使い? 呪術師? にお願いはしたけれど、具体的にどういう風に消えたのかしら。気持ち悪い生物に変化させてどうこうって言っていたような。あんまり聞いてなかったわ。ま、消えたのは事実なので今の私にはどうでもいい話です。おやすみなさい。
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