最終少女と適正者のアルカディア

とりあーじ

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第一章

始まりの刻③

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「っん。んううう」

 サキトが再び目を覚ましたのは昼前だった。

 体を起こすと部屋の照明が自動点灯し、途端に明るくなる。

 本日二度目、見慣れたデスクの上の電子時計には11時半と表示されていた。結局戻ってきてからずっと爆睡してしまっていたらしい。

 中隊本部から、リニアレールで戻ってきたところまではうっすらと記憶があった。

 ただそこからどうやって兵舎の、それも自室に戻ってきたのか一つとして覚えがない。

 そして今の姿は悲惨そのものだ。

 制服のまま、不要物をまとめて捨てて放置していたゴミ袋を枕にして、金属の固い床の上で仰向けになって眠っていた。

 体のいたるところが痛い。起きたのもそれが原因だ。

「んぅ~~、いてててて」

 凝り固まった節々を伸ばして立ち上がる。

 するとその拍子に腹からぐぅ、と音が鳴る。そこで自分がまだ何も食べていないことを思い出した。

「……とりあえず飯食うか」

 その辺に転がっている衣服やらゴミやらを足で押しのけて、冷蔵庫までの道を作りつつ扉に手をかけて開いた。

「いやマジか」

 開くと、冷蔵庫の中の奥の冷却機が見えた。

 すっからかんだった。驚くほどすっからかんだった。

 調味料がいくつか入っているのと、ドリンクの容器に入った冷水が2、3本脇のポケットに入っているだけで、少なくとも空腹が癒せる物は一つとして無い。

「……」

 どうしようもない。

「食いに行くしかねぇ」

 ひとまず、容器に入った水を一口含んで再び冷蔵庫の中に放り込み、部屋を出ようとする。

 そこで洗濯せず放置したままでかつ、ゴミ袋と一緒に寝ていた制服で移動するのはいかがなものかと一瞬立ち止まったが、空腹でどうしようもなくなる前に何か食べたいという思いと、着替えるのが面倒だとそのまま部屋を出た。


 兵舎の中はほとんどの隊員が出払っていてとても静かだったが、ゲートを抜けて少し歩き、構内から外に出るとすぐ近くの大通りはむせかえるほど人であふれていた。

 軍の制服は、サキトのパイロットスーツと同様に青と白を基調としたもので、白の下地に幾線か青のラインが入っているスタイリッシュなものだ。それがどこに視線を向けても目に入り、というか視界が青と白の二色で埋め尽くされていた。

 ここも軍の施設の敷地内だ。ただ、ここはいわゆる軍人専用の娯楽施設のある通りなのだった。

 食堂や雑貨、生活用品を販売するPX、映画館などが隣接しているこの通りは基本どの時間帯においても休憩中や非番の兵士で混み合っている。

 またこの通りを少し歩いていくと”島”の中心街に出ることができ、もう少し進むとそこでは制服の兵士だけでなく、民間人も混じっていた。

 サキトはその中でも食堂を目指した。

 食堂は満足できるほどの量を食べることができ、また料理のメニューも充実している。

 それだけではない、なんと兵士においてのみ料金が無料なのだ。食堂ではそれぞれの品物に点数がつけられ、指定された合計点数の範囲で注文することができるという仕組みになっている。

 この破格のお得さのため、食事時の食堂はかなり混む。案の定昼前というのもあり、ピーク時というほどまではいかないが、ほどほどに列ができていた。

「混んでるなぁ」

 空腹に思わずため息が出る。

 AFVでの任務の際は、食事は軽食でというのが基本であったため、サキトは半日以上まともなものを食べていないということになる。

 兵舎から移動していくうちに、膨れ上がっていた空腹感がどうしようもないほど彼をこの上なく苦しめていた。

 AFVの操縦はサキトにとって欠かせないものではあるが、その操縦時体力を激しく消耗するのがネックだった。

 戦闘時のAFVはヘッドセットから脳波を拾って思考制御によって操作する方式をとっているが、偵察等の任務において長時間思考制御で操縦するのはリスクが伴っていた。

 実際起きたことだが、思考制御で飛行中に操縦中の機甲士が居眠りをはじめ、その結果低空まで落下。低高度を知らせる警報音に意識を取り戻したことによって事故は免れたが、そのまま地上に墜落し、地上にあふれた[カーヴェイン]に破壊され尽くすという最悪のケースもあり得る。 

 その案件から巡行、偵察段階では操縦桿による手動操縦を原則とすることになったのだ。

 手動操縦の場合、操縦桿を使って機体を動かすのだが、レバーを動かすのにはそれなりの力が必要だ。そのおかげで操縦ミスが比較的少なく、非常時にパイロットが操縦できなくなったとしても、操縦桿のレバーがそのままの状態であったら、機体は水平に進み続ける。また、戦闘時には誤動作という万が一のことも考えて敬遠されていた、AIによる自動操縦のサポートがつけられ、もしパイロットによる長時間の操縦が無かった場合、音声によるアナウンスが流れた後、基地に自動で帰還するという安全策も加えられた。思考制御と違い、手動操縦では急速にコントロールを失うという事態は発生しづらいため、この安全策はかなり有効なのだ。

 思考制御においても足元のペダルでスロットルの操作等は行うため、そこも疲れるといえば疲れるが、常に操縦桿を握りしめて航行するというのはサキトにとってかなりの負担になっていた。


 サキトは腹を空かせて順番を待っていると、中から食べ終わった兵士が出てきた。

 同じ機甲士だった、四人ほどのグループで皆屈強な体格をしている。制服の上着を腰に結び、肌着のタンクトップは鍛え上げられた筋肉をこれでもかと浮き上がらせていた。

 その四人の一人がサキトの姿を認めるとおおっ、と声を上げた。

「これはシヅカゼ三尉ではありませんか!自慢の[トリニティ]は健在で?」

 大きくよく通る声で言ったのは第八中隊の機甲士だった。階級はサキトよりも下ではあるがサキトよりも経験を積んだ歴戦の猛者が集う隊だった。

 その男はがははは、と豪勢な笑い声をとどろかせた。

「通常型五機と左腕丸ごと交換してドック入りだ。数日の休暇をもらってきたよ」

 空腹でどうにかなりそうだったサキトは細々した声でそう返すと、男は大仰にジェスチャーする。

「練習機で五機屠るとは流石新進気鋭のエース候補様ですな、何ならうちの機体一機持っていってやりましょうか」

「重装の[グラディアヌス]を?勘弁してくれ、重すぎて俺には合わない。それよりも飯が欲しい。ぜひそっちが欲しいね」

 そういうと、四人は顔を見合わせてまた怒号のような笑い声を上げる。

「それでこそシヅカゼ三尉ですな。近いうちにまた何か持っていきますよ」

「ありがとう」

「では失礼します三尉殿」

 四人の屈強な男たちはサキトに敬礼して歩いて行った。


 それから一分もしないうちに、食堂に入れた。

 全面が白い壁で統一された食堂の中は多くの兵士で満たされていた。

 座る場所を探すのは後にすることにして、サキトは入ってすぐのところに置かれた注文用の端末の液晶に触れた。

 画面には色鮮やかなメニュー画面が表示されていて、正面にあった「唐揚げ定食」がやけに目に入った。

 とにかく腹が減っていたサキトは迷うことなくそれを選択。ご飯を大盛に選択して注文ボタンを押した。

 すると「右側に進め」という表示がポップアップし、指示の通りに進むとまた違った機械が置かれていてその前に立つと小さいシャッターが開き盆の上に唐揚げ定食とお椀に山盛りになった白飯が置かれてあった。

 サキトは盆を持って定食を機械の中から取り出すとシャッターは自動的に閉まった。


 問題は座る場所だった。

 食堂は長机が三列ぶん配置されていて、適当な場所に座って食事するのだがどこの席も埋まってしまっていた。

「席空いてから中入れろよ……」

 食堂の中に案内した兵士を恨んで、しばらく周りをうろうろと歩く。

 どこも空いていなかった。

 空腹に耐えるのも限界が来ていた。

 もう立ったまま食ってやろうかと本気で思ったとき、

「おーいサキトー、こっちだこっち」

 後ろからサキトを呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ると、長身の男と逆に男の胸ほどしか身長のない小柄な若い女性が立っていた。

 男のほうは髪を金に染めていて、横を刈り上げている。背は190センチほどで耳には多くのピアスが、指には悪趣味な指輪がつけられていて、髪も染めず、装飾品をつけていないサキトとは正反対のように見えた。

 またその横に立つ女性は、小柄で男と同じで金髪だった。ただ過度な装飾はしておらず大人しめのデザインのピアスをつけているだけだった。見た目は幼く、その体つきからまだ未成年のように見える。

 二人の正体をサキトは知っていた。

「シンカーとヒタキじゃないか」

 長身の男――シンカーと小柄な女性――ヒタキは2人そろって満面の笑みを浮かべる。

 ヒタキはサキトを招くようにおいでおいでと手を振った。

「サキトちゃん!こっち空いてるからおいで!」

 とてもハイテンションでオーバーな仕草だ。彼女の近くで昼食を取っていた男の兵士が嫌な顔をしているのが見えて思わず苦笑を浮かべる。

「分かった、行くから飛び跳ねるのやめろ」

「ほんとだバカ。邪魔になってるだろうが」

 シンカーがヒタキの頭に拳骨を落とすのが見えた。

「ぐおぉぉぉぉ」

 彼女の脳天にシンカーの手、それも指輪つきが吸い込まれるように直撃し、ゴチンという効果音とともに、ヒタキはその場にしゃがみ込む。

 その姿があまりに可笑しく、サキトは思わず噴き出しながら2人に近づいて行った。


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