最終少女と適正者のアルカディア

とりあーじ

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第一章

始まりの刻⑤

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「ねえねえサキト、シンカーの叩き癖直してよ」

「その前にヒタキは煽り癖と叫び癖と脳筋癖直した方がいいと思うが」

 シンカーは既に昼食を食べ終えていて、一方のサキトとヒタキは会話を楽しみながらゆっくりと食事をとっていた。食堂の中は昼休憩の時間が近づいてきていたこともあり段々と人が増えてきていた。立ち食いする軍人の姿もあり、食堂の拡張の必要性をサキトはひしひしと感じる。

 そんな中でテーブル席にずっと居座るのもサキトとしては気が引けるが、つい先ほど復帰したヒタキの愚痴が止まらない。

 その大半、いや全てがシンカーに対するものなのだが、それを自分に言われても、というか本人のいる前で言われてもという状況だ。

 とはいえ、聞く話全てが彼女が元凶であったり、騒動炎上のきっかけであったためヒタキの擁護がほとんど不可能で、しまいには自分の愚痴を聞かされているシンカー自身が鼻で笑いだしている。

「うえぇぇぇん。みんなシンカーの肩を持つんだぁ~。私に仲間なんていないんだあ」

「そうだろうな」

 ヒタキに同情する声はないそうだ。自分のような愚痴を聞かされる誰とも知れない同僚に軽く同情した。

「お前が余計なことするからだバカ。サキトも変に気を使わなくていいんだぞ。リツカさん相手するくらいじゃねえとたかられるからな」

「まあ、ヒタキだからね」

「だってよヒタキ、残念な子扱いされてるぞ」

 フッとシンカーはそんなヒタキを尻目に鼻で笑う。一方のヒタキはぐぬぬぬと唸りながら唇をきつく結んでいる。いつもの光景だ。

 シンカーとヒタキがこの”島”に来てから、早くも半年が過ぎようとしていたが会うたび会うたび同じやり取りを繰り返している。二人がパートナーを組んでからまだそこまで時間は立っていないはずではあるが、これも仲の良さなのだろうか。

 二人の愚痴と挑発と拳骨の応酬がもはや日常だが、サキトにはどこか楽しんでいるような雰囲気を感じる。

「暴力反対!ぜったいダメ!」

「暴走ダメ、叫ぶのダメ、煽りダメ!凄まじいな、お前に禁止したいことがじゃんじゃん出てくる」

「う、うるさあぁぁぁい!」

「だからうるせえのはてめぇだ!」

 シンカーとヒタキの声がぎゃんぎゃんと食堂の中で反響する。周りの迷惑気な視線と態度がサキトのいたたまれなさを倍増させているのだ。

 一刻も早くここを出たい、サキトは何も言わず手元の唐揚げ定食を食す。

 シンカーの話やヒタキの愚痴を聞いてばかりだったこともあって、ちゃんと味わってはいなかったが、しっかり味付けられたジューシーな鶏肉に、カラッと揚げられた衣のちょうどいいバランスのとれた唐揚げだった。かみしめるたびに肉汁があふれてたまらない。その中に白米をかきこむとそれだけで幸せな気分になった。


「食べ終わったし、俺行くわ」

 何も残さず、綺麗に食べつくしたサキトは、空っぽの食器を載せたトレーを持って立ち上がる。

「お、そうか」

 シンカーは肘をつきながら、サキトを見上げている。一方のヒタキはシンカーに翻弄され続けたようで目尻に涙を浮かべてうーーっと唸りながらもそもそと食べ続けている。

「ヒタキもまたな」

「シンカーの仲間は嫌い」

「相変わらずだ」

 そうして食器の返却口に行こうとした。すると

「お、思い出した。ちょっと待てサキト」

 シンカーが呼び止める。

 サキトはその場で振り返ると、ちょうど何かがシンカーから投げられ、持っていたトレーの上に華麗に着地した。

 それは二つあった。

 一つは手のひらの3分の2くらいの大きさで、紙をビニールでコーティングした包装紙で、特徴的なデザインのマークが印刷されている。もう一つは今のよりは小さく、そして固い。ただこちらも包装されているため入っている中身は一切見えない。

 トレーを片手に持ち替えたサキトはそれを掴んだ。とても軽い。

「シンカーなにこれ」

「開けてからのお楽しみだ、意外と高価なものだから大事に使えよ」

「うう、シンカーあれあげたの?あんなん好きな人どこにいるのさ」

「ここにいるだろ。サキト、またな!」

「ありがとうシンカー、また!」

 正体の分からないプレゼントをポケットに突っ込みながら、サキトは返却口に向かった。



 *



 サキトは食堂を出て、地上部の軍施設の中に入っていった。

 この第十三航空機動都市の居住部において、軍施設の面積はかなり広く、そして用途の分からない施設が多々ある。

 メインの入場ゲートにたどり着くと、そこには監視と軍内の警備を担当する保安科の兵士が立っていて、身分証を見せると鉄格子の門が開かれた。

 ターミナルや地下施設とは違い、かなり簡素なセキュリティーではある。身分証に付属しているチップを読み取ったり、中には網膜、静脈スキャンなどによって管理している施設もある中であまりにお粗末だ。実際、軍施設だというのに姿を偽ったりして不法侵入されることも多く、判明しているだけでも拘束、検挙数は三年で五十件をくだらない。

 そんな施設内を進んでいく。

 ここは大まかに五角形に施設が配置されていて、ちょうど角に当たる部分に高層ビルが建ち、中心部に下層に向かう巨大エレベーター施設がある。軍人が乗り降りするだけでなく、AFV一機が載せられるほどの巨大貨物の運搬用の昇降機もあって、エレベーター施設はかなり巨大だ。普段はインダストリアルや対カーヴェイン戦闘用都市であり食料生産プラントでもあるフォートレスからの物資を居住部に運搬するために使われている。

 軍人が下層に降りるために使われているのは大体モノレールで、それもそのはず、このエレベーターで降りようものなら目的地へ地獄の距離を歩いていかなければならないためであった。人用の昇降機はあくまで運搬作業用だった。

 サキトは高層ビルには目もくれず、そのエレベーターを目指して歩いていた。

 物資供給日でも無く、利用者が少ないこともあってか施設周辺にほとんど人影はない。食堂などが立ち並んでいた大通りとは大違いだが構わず進む。

 エレベーターは起動に身分証が必要で、施設前のゲートを抜けると読み取り端末の筐体が置かれていた。

 そこに照明は非常用の物しかついておらず、とても暗く陰湿な雰囲気であふれている。

 サキトは自身の身分証をかざすと、ピッという短い電子音が鳴り一斉に照明が点灯した。そして何かが駆動する重低音が周囲に木霊し、エレベーターの表示を見ていると地下十五層から昇ってきているようだった。

 二十秒ほど待っていると到着した際の電子音が鳴り、目の前の扉が開いた。

 内部は清潔感のある純白のタイルと金属製の壁で構成されていて、そこに照明があたっているためかかなり眩しく感じる。

 サキトは乗り込んで、コンソールに3と入力すると瞬時に扉が閉まり、エレベーターが下降を始める。

 目的の階にはすぐに着き、エレベーターを降りるとすぐ前にある、資料室と表示されたディスプレイがかけられている自動ドアの前に立った。

 ここも身分証の読み込みが必要なので、端末にかざすとドアが開いた。


 中では数人の人がデスクワークをしていて、その目線が一斉にサキトに向いた。

「ちょっと失礼します、AFVの資料を取りにきまして」

 その視線に辟易しながらサキトがそう言うと、

「ああ、右手側の通路を進んでいただいてすぐのところにコンソールの端末が置かれていますので、そこからダウンロードしてください。ええと……お名前は」

 答えたのはサキトより年齢が若干上という風に見える男性の兵士だった。資料室勤務は基本的に閑職であるため志望者が少ない。しかしその仕事量は膨大なためその顔には相当疲れの色が見えた。

「シヅカゼ三尉です」

「シヅカゼ様、AFVの情報は基本的にオープンでありますので閲覧には問題はありませんが、固有機などの特別な機体の詳細なスペック等はダウンロードした際も資料データのその箇所は黒塗りとなって表示されますのでご注意ください」

「了解しました」

 仕事の余計な邪魔をしてはいけないのでサキトは足早に立ち去り、その端末前に立った。コンソールを操作すると、AFVの機体情報の欄があり、膨大な数の機体の名前や製造番号がインデックスになっていた。

 ダウンロードするためにサキトは通信端末を取り出す。通信端末をかざすと情報のダウンロードが始まり、ものの数秒で完了。終わったのを確認するとサキトは資料室を出る。

 そしてそのまま長く続く廊下を進み、”島”の外周部分に向かって歩いた。

 サキトは自分の通信端末を確認すると二百機以上のAFVの情報がダウンロードされていた。

 中にはサキトの使う[トリニティ]の情報もあり、その派生機の情報まで事細かく記載されている。リツカの言ったそこそこの機体、つまりは高性能機にあたるものだけでも全データのうち4分の1の機体が該当する。

「思ったより多い……。この中から探すのか」

 その数と文字を読むことを思うと吐き気がした。もう今のままでもいいのではとすら思うが、リツカやシンカーの言った言葉が思い浮かぶ。

「このくらい仕方ないか」

 機甲士としてある意味ターニングポイントがやって来ているのかもしれない。

 しばらく立ち読みしつつ進んでいると、いつの間にか目的の場所についていた。

 展望所と扉には書かれている。かなり分厚い金属製の扉だ。鍵などのロックは一切されていない。

 サキトは取っ手を掴むと思い切り捻った。

「んぅぅぅぅううう、かってぇ」

 なかなか回らない。持っていた端末をポケットの中に入れて、両手で持って力を籠める。すると金属同士が擦れあう異音を鳴らしながら、取っ手が回り出して、その勢いで扉が開いた。


 目の前には大空が広がっている。

 この天空を進む航空機動都市の外周部、この第三層にしか存在しない場所。

 展望室は元々レーダー技術がまだ未熟だった際に、妨害や装置自体に損害があった際に目視による光学観測を行うために作られていた場所で、今ではもう使われていない。

 ”島”外周を通し廊下のようにぐるり一周に作られていて、ガラスが一面に貼られているため外の景色を見ることができる。ただ、そうそう人はおらずたまにジョギングコース代わりに使う兵士もいると聞くくらいだ。

 サキトは考え事をするとき、この場所に訪れることが多い。

 誰もおらず、いつだって開けた空が目の前にある、それはサキトにとって集中するのにうってつけの場所だった。

「相変わらず誰もいないな」

 しばらく空を眺める。

 そうしてポケットから通信端末を出すと、そこでシンカーからもらった贈り物の存在を思い出した。

 二つの包装紙に包まれた物体。

「結局何なんだ、これ」

 サキトは二つのうち、軽くて大きい方を開けた。開封口があり、そこを引っ張ると中身が垣間見える。

「なにこれ」

 円柱状の白い物体が多く入っていた。数は十二本、一ダース分入っている。

 一本ひっぱりだすと、大体人差し指ほどの長さだった。

「これ……タバコか?」

 自分の手元にあるそれをよく見た。

「マジで。超高級品じゃないか」

 タバコ。

 多くの食料がフォートレス内の生産プラントのみでしか生み出すことができなくなり、数百年前のいわゆる嗜好品のほとんどは姿を消したが、僅かな場所で個人によって生産が続けられているものだ。

 その価値はかなり高く、軍の上層部やインダストリアルを運営する企業の役員などの上流階級とされる者のみしか手にすることができないとされている。ただ、圧縮した成分を封入したカプセルを用いる電子タバコが一般には流通しているため存在自体は多く知られている。

 もう片方のプレゼントは華美な装飾がなされたライターだった。

「これ、貰ってよかったのか?」

 固有機持ちのエースパイロットは社会的な立場がかなり大きいとサキトは聞いたことがあった。インダストリアルは軍の管轄下の”島”ではあるとはいえ実質は企業の運営によって成り立っている。結果的にインダストリアル間の企業争いは激しいと聞くが、その顔を作るためにエースパイロットへのアプローチは凄まじいらしい。入手元はおそらくそのあたりだろうとサキトは予想していた。

 とはいえ、

「持ってるだけじゃ意味ないしな」

 サキトの頭の中はAFVのことはすっかり忘れ、タバコのことでいっぱいになっていた。

 取り敢えず、右手にタバコを持ち、左手にライターを持って火をつけようとする。

「多分これが先だろ?」

 と、

「点けづら」

 左手が震えてなかなかライターに火を点けられない。

 高級品を使うという緊張と、そもそもライターの着火のボタンの小ささのせいかなかなか難しい。

「持ち替えるか」

 緊張で独り言が増える。右手にライターを持ち替えて試そうとすると、

「こっちもこっちでッ……」

 左手が震える。

 ライターの火がタバコの先に当たるが震えてすぐに離れてしまうので火が点かない。

 サキトが初めてAFVに乗ったときに匹敵するほど謎な緊張が体を支配していた。触れることのないほどの超高級品を手にすると人はこうもダメになるのかと、サキトは他人事ながらに思う。

「落ち着いたときに吸えばいいか」

 サキトはそう呟いて、戻そうとする。

 すると、

「くわえて火をつけたほうが安定しますよ」

 後ろからいきなり声がかけられた。

 先ほどまで誰もいなかったはずの場所。サキトは驚いて振り返ると、鋼鉄の扉にはもたれかかるようにして小柄な少女が立っていた。

 人形のようだった。

 身長はヒタキと同じくらいで150センチ台で、差し込む日光で光り輝く銀髪を腰まで伸ばしている。見た目でいえば15歳はいっていないだろう。体格はかなり細く、ハイスクールに通っていないといわれても頷いてしまいそうなほどだ。ただ胸だけは主張が激しく、かなりの存在感があった。服は軍指定の外套に緑の滅多に使われないキャップをかぶっている。キャップのせいで表情は見えづらい。

 サキトは何が起きているのか、さっぱり理解できず固まっていると、その少女は少し困惑と照れくささが混じったように微笑む。

「いきなりですみません。火をつけるの、すごく苦労していたので」

「あ、あぁ」

 気が動転して思考が混乱する中、サキトは言われた通りにタバコを口にくわえて、ライターの火を近づける。

 確かに、圧倒的に点けやすい。

 火がタバコの先に当たり、中の乾燥した葉に着火したのが見えた。

 そしてサキトは何も考えずに煙を思い切り吸い込んだ。

 直後、

「ゲホッグフォ…なんだこれッ!グハッ」

 最悪の気分だった。今のサキトには苦しさしかなかった。サキトはそのタバコの煙の余波に苦しんでいると、

「ふふふっ、あははははは」

 目の前の少女は思い切り笑っていた。

「んふふふふっ、ちょっと、面白すぎてッ、ふふふふふふ」

 銀髪の少女は笑いをこらえようとしながらも抑えきれずに、お腹と口を押えてただ笑っている。

 その笑い声はしばらく続いていた。


「落ち着いた?」

「はい……すみませんでした。あんなに笑って…」

「いいよ言うな、恥ずかしさで死にたくなる」

「は、はい」

 やっと笑いのツボが収まったのか、その少女はうつむきがちに言った。

 サキトは展望室のガラスに体を預けている。

 結果としてタバコは封印が決まった。今のサキトにはどうにも合わない。その良さがわかる時まで置いておくことにする。

「君、やけに詳しかったな。というか君どうやってここまで来た?軍人には見えないけど」

 取り敢えずサキトは目の前の少女の素性を知ろうと質問する。

 軍の外套を身につけて侵入する民間人は多い。というのもこの外套自体民間人にあっさり手に入ってしまう代物で、これを着て施設内に入られると保安科の警備も見逃しやすい。

「悪いことは言わないから早く戻った方がいいよ。警備に捕まるとかなりまずいことになるから」

 そういうと、目の前の少女はなお困惑した表情で首をかしげる。

「私はちゃんと軍属ですよ、シヅカゼサキト三尉、ほら」

 そういうと少女は外套の階級章をサキトに見せる。

「一つの薔薇にアンダーライン、俺と同じ」

「はい、こんな私ですけど一応三尉を拝命しています、調律師として」

 調律師、ヒタキと同じトップエースだ。

「昼食も取り、少し暇だったので地上でブラブラしているとあなたが人気のない昇降機エリアに向かっているのが見えたのでこっそりついてきていたのです。タバコは私のパートナーの方がよく吸っているので……」

 少女はそこで言葉を切った。

「大丈夫でしたか?市場に出回るものは私にはよくわかりませんけど、強いものらしいです。それを思い切り吸い込んでいたから……」

「軽く死ぬかと思ったよ、友人のシンカーって奴に貰ったんだが、俺にはどうにも合わないみたいだ」

「通りであなたがタバコを持っていたわけですね、普通三尉程の人ではタバコなんて持てるわけもありませんから。固有機持ちのシンカーさんならスカウトでたくさんもらっているはずですし」

「シンカーを知っているのか?」

「はい、一度会っただけですが固有機使いの方の中でも優秀で有名な方ですし」

 そういうと彼女は展望室の扉に手をかけた。

「私はこれから役目がありますので行きます。さようなら、サキト三尉」

「ああ、というかなんで俺の名前を?」

 扉をくぐって、キャップを深めにかぶりなおした少女は少し口元を綻ばせる。

「あなたの存在は思ったよりも有名ですから、知っていて当然です」

 そう言って彼女は扉を閉めた。

 その場に一人残されたサキトは何も言わずに、展望室の天上を見る。金属製のそこは清掃されていないのか、若干の錆が見え始めていた。

「名前、聞きそびれたな……」

 そう呟くと、右手の中にあったタバコとライターをポケットに押込み、代わりに通信端末を取り出した。

「機体リサーチしますか」

 そしてAFVの情報の海の中をかき分けていった。

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