9 / 35
9 六歳の王子と「脅迫する」守護精霊
しおりを挟む
街道の脇で丸く輪になって停められた荷馬車の隊列。その端っこのほうで、大きな車輪にもたれかかったルイとミレーヌが、ふたり仲良く青白い顔でぐったりしている。
無理もない。馬を換えるために、何度か街道沿いの村に立ち寄ったとはいえ、ずっと荷馬車に揺られてきたのだ。
体じゅうがミシミシいっているにちがいない。風であるわたしにはわからないけど、こたえたのだろう。
しかも、今晩だけではなく、領都に着くまでこれからずっと野宿らしい。気分もへこむというものだ。
山の稜線の向こうに消えていこうとする陽の光が、辺り一面を赤く染めている。明日も、朝早くに出発するらしい。魔石運びの護衛って大変だなと、わたしはふわふわ漂いながら、ぽふっと息を吐き出した。
キアラがふたりに教えてくれたところによると、魔石は魔獣の大好物だそうだ。精霊のなわばりにいるときはましだけど、ちょっとはずれると、魔石に吸い寄せられるように、魔獣が襲ってくる。
狼のように走ってくる魔獣は、剣や弓を持った護衛の人たちでもなんとかなるのだけど、空から急降下してくる大きな鳥のような魔獣は、なかなか簡単にはいかない。
火の魔術師であるキアラを中心に迎撃することになるのだけど、魔法もなかなか狙ったところに当たるものではないようだ。敵も飛んでるくらいだから、ものすごく速いのだ。
少々のケガなら、光の魔術師が治療してくれるけど、けっこうな数の負傷者が出ている。
魔石を運んでいるせいで、街や村に泊まることもできない。精霊のなわばりに長居すると、精霊が怒るかもしれないし、なわばりでないところだと、魔獣を呼び寄せることになる。
迷惑極まりない荷物だ。村には魔石を使った道具なんてなかったのだから、使わなければいいじゃないかと思うのだけど、一度手に入れた便利な道具はなかなか手放せないらしい。
自然がいちばんなのにね、と風に揺られながらふわふわしていると、キアラがふらっとルイとミレーヌの前にやってきた。
「ルイ、これを持ってみてくれないかな?」
キアラは手のひらに乗せていたものを、ひょいとルイに向けて突き出した。ランタンにしては、かわった形だ。傘の上に大きな持ち手がついていて、ガラスに囲まれた空洞に、奇妙な模様が描かれている。ロウ芯がないということは、ランタンではないのかもしれない。
ルイはよろめきながらも立ち上がって、「はい」と大きく返事をした。持ち手を握って、キアラの赤い目をのぞきこみ、次の言葉を待った。
「やはりそうか。じゃあ、それをミレーヌに渡してみてくれないかな?」
キアラは興味深そうに、ふむふむ、とうなずきながら、ミレーヌを指差した。すでに立ち上がっていたミレーヌが、ルイに近寄って、ランタンのようなものを受け取った。
とたんに、ガラスからまばゆい光があふれだした。
ああ、魔法の道具なんだ。ということは、これが魔石を塗り込めた――と、そこまで思って、ハッとした。ミレーヌが持っただけで光ったということは、つまり……。
「ルイ、今までに身の回りで不思議なことが起こったことはないかい? 例えば、崖から落ちたのにケガひとつしなかったとか……それとも、人が見えないものが見えたりとか」
ルイはビクンとして、わたしのほうをチラッと見た。わたしが大慌てで首を横にぶんぶん振ると、からだを小刻みにふるわせながら、視線を足もとに落とした。
「ふーん、見えるのか。それはたいしたものだな。守護精霊持ちは、魔術師などよりはるかに数が少ないんだよ。その中でも精霊が見えるものは、さらに少ない。辺境伯領ではわずかにひとりだ。光の守護精霊持ちなのだが、その者は握りこぶしほどの精霊が見えるそうだ」
またしても、ルイがビクンと肩を跳ねあげた。すくめた頭をギギギギっと持ちあげて、視線だけこちらに漂わせた。その目が「にぎりこぶし?」と言っている。
「ルイにはどう見えるんだ? 風の守護精霊など耳にしたことがないが――」
「あのっ! ごめんなさい。内緒にするようにって、その……言われてるんです」
ルイがわたわたしながら、キアラの言葉をさえぎった。わたしが天を仰いで『はぁー』と溜め息をこぼしている傍らで、キアラがいぶかしげに首をかしげた。
「親御さんにかい? ミロム……ってことはないよな? いったい誰がそんなことを?」
とめる暇もなく、またしても、ルイがわたしのほうに視線を逃がした。『もぉーうー!』とわたしがジト目で見返していると、キアラが驚いた顔でこちらに視線を走らせた。
「まさか、しゃべれるのか!? それほどの高位の精霊が!? ありえる、の、か? いや、それは……」
ミレーヌもほうけた顔で、ルイとわたしがいるほうに、キョロキョロと視線を行ったり来たりさせた。
『もうー、しょうがないなー、ルイったら』
いい考えが思い浮かばなかったわたしは、一気に強硬手段に出た。
三人をまとめて風で包み、浮いているように見えないぐらいの高さで、すーっと動かして密着させた。口を軽く押さえ、声が出ないようにする。傍から見たら内緒話をしているように見えるはずだ。
《ダメじゃない、ルイ! しゃべらないって約束したよね!》
三人にだけ聞こえるよう、風をふるわせた。こうすれば、ルイ以外にもわたしの声が聞こえる。
《ここからは、ささやき声で話してね》と注意して、押さえていた口を解き放った。
「ご、ごめん……でも――」
モゴモゴとあやまるルイを放っておいて、キアラの耳もとで風をふるわせる。
《ルイは魔術師になりたいの。わたしのことは黙っておいてくれる?》
キアラはこそばゆそうに頭を逃がしながらも、「そうなさりたいのであれば、そういたしますが」と緊張気味に声を返した。
「しかしながら、高位の守護精霊様がついていらっしゃるのであれば、魔術師などにこだわらずともよいのではありませんか? それだけのお力をお持ちであれば、わたくしの伯父であるブルンフョル辺境伯も――」
《ダーメ! 黙っておいて!》
少し声が大きかっただろうか? ルイとミレーヌもピキッと顔をひきつらせた。
「そうですか。でしたら、わたくしの胸の内に留めさせていただきます」
《うんうん、そうしてね。ああ、それとね》
できるだけやさしく風をふるわせてから、そっとルイとミレーヌの目と耳を押さえた。わたしの決意が伝わるように、キアラの目の前でヒュンッと風の刃を走らせる。
《これも覚えておいて。ルイとミレーヌを傷つける奴には、容赦しないからね》
無理もない。馬を換えるために、何度か街道沿いの村に立ち寄ったとはいえ、ずっと荷馬車に揺られてきたのだ。
体じゅうがミシミシいっているにちがいない。風であるわたしにはわからないけど、こたえたのだろう。
しかも、今晩だけではなく、領都に着くまでこれからずっと野宿らしい。気分もへこむというものだ。
山の稜線の向こうに消えていこうとする陽の光が、辺り一面を赤く染めている。明日も、朝早くに出発するらしい。魔石運びの護衛って大変だなと、わたしはふわふわ漂いながら、ぽふっと息を吐き出した。
キアラがふたりに教えてくれたところによると、魔石は魔獣の大好物だそうだ。精霊のなわばりにいるときはましだけど、ちょっとはずれると、魔石に吸い寄せられるように、魔獣が襲ってくる。
狼のように走ってくる魔獣は、剣や弓を持った護衛の人たちでもなんとかなるのだけど、空から急降下してくる大きな鳥のような魔獣は、なかなか簡単にはいかない。
火の魔術師であるキアラを中心に迎撃することになるのだけど、魔法もなかなか狙ったところに当たるものではないようだ。敵も飛んでるくらいだから、ものすごく速いのだ。
少々のケガなら、光の魔術師が治療してくれるけど、けっこうな数の負傷者が出ている。
魔石を運んでいるせいで、街や村に泊まることもできない。精霊のなわばりに長居すると、精霊が怒るかもしれないし、なわばりでないところだと、魔獣を呼び寄せることになる。
迷惑極まりない荷物だ。村には魔石を使った道具なんてなかったのだから、使わなければいいじゃないかと思うのだけど、一度手に入れた便利な道具はなかなか手放せないらしい。
自然がいちばんなのにね、と風に揺られながらふわふわしていると、キアラがふらっとルイとミレーヌの前にやってきた。
「ルイ、これを持ってみてくれないかな?」
キアラは手のひらに乗せていたものを、ひょいとルイに向けて突き出した。ランタンにしては、かわった形だ。傘の上に大きな持ち手がついていて、ガラスに囲まれた空洞に、奇妙な模様が描かれている。ロウ芯がないということは、ランタンではないのかもしれない。
ルイはよろめきながらも立ち上がって、「はい」と大きく返事をした。持ち手を握って、キアラの赤い目をのぞきこみ、次の言葉を待った。
「やはりそうか。じゃあ、それをミレーヌに渡してみてくれないかな?」
キアラは興味深そうに、ふむふむ、とうなずきながら、ミレーヌを指差した。すでに立ち上がっていたミレーヌが、ルイに近寄って、ランタンのようなものを受け取った。
とたんに、ガラスからまばゆい光があふれだした。
ああ、魔法の道具なんだ。ということは、これが魔石を塗り込めた――と、そこまで思って、ハッとした。ミレーヌが持っただけで光ったということは、つまり……。
「ルイ、今までに身の回りで不思議なことが起こったことはないかい? 例えば、崖から落ちたのにケガひとつしなかったとか……それとも、人が見えないものが見えたりとか」
ルイはビクンとして、わたしのほうをチラッと見た。わたしが大慌てで首を横にぶんぶん振ると、からだを小刻みにふるわせながら、視線を足もとに落とした。
「ふーん、見えるのか。それはたいしたものだな。守護精霊持ちは、魔術師などよりはるかに数が少ないんだよ。その中でも精霊が見えるものは、さらに少ない。辺境伯領ではわずかにひとりだ。光の守護精霊持ちなのだが、その者は握りこぶしほどの精霊が見えるそうだ」
またしても、ルイがビクンと肩を跳ねあげた。すくめた頭をギギギギっと持ちあげて、視線だけこちらに漂わせた。その目が「にぎりこぶし?」と言っている。
「ルイにはどう見えるんだ? 風の守護精霊など耳にしたことがないが――」
「あのっ! ごめんなさい。内緒にするようにって、その……言われてるんです」
ルイがわたわたしながら、キアラの言葉をさえぎった。わたしが天を仰いで『はぁー』と溜め息をこぼしている傍らで、キアラがいぶかしげに首をかしげた。
「親御さんにかい? ミロム……ってことはないよな? いったい誰がそんなことを?」
とめる暇もなく、またしても、ルイがわたしのほうに視線を逃がした。『もぉーうー!』とわたしがジト目で見返していると、キアラが驚いた顔でこちらに視線を走らせた。
「まさか、しゃべれるのか!? それほどの高位の精霊が!? ありえる、の、か? いや、それは……」
ミレーヌもほうけた顔で、ルイとわたしがいるほうに、キョロキョロと視線を行ったり来たりさせた。
『もうー、しょうがないなー、ルイったら』
いい考えが思い浮かばなかったわたしは、一気に強硬手段に出た。
三人をまとめて風で包み、浮いているように見えないぐらいの高さで、すーっと動かして密着させた。口を軽く押さえ、声が出ないようにする。傍から見たら内緒話をしているように見えるはずだ。
《ダメじゃない、ルイ! しゃべらないって約束したよね!》
三人にだけ聞こえるよう、風をふるわせた。こうすれば、ルイ以外にもわたしの声が聞こえる。
《ここからは、ささやき声で話してね》と注意して、押さえていた口を解き放った。
「ご、ごめん……でも――」
モゴモゴとあやまるルイを放っておいて、キアラの耳もとで風をふるわせる。
《ルイは魔術師になりたいの。わたしのことは黙っておいてくれる?》
キアラはこそばゆそうに頭を逃がしながらも、「そうなさりたいのであれば、そういたしますが」と緊張気味に声を返した。
「しかしながら、高位の守護精霊様がついていらっしゃるのであれば、魔術師などにこだわらずともよいのではありませんか? それだけのお力をお持ちであれば、わたくしの伯父であるブルンフョル辺境伯も――」
《ダーメ! 黙っておいて!》
少し声が大きかっただろうか? ルイとミレーヌもピキッと顔をひきつらせた。
「そうですか。でしたら、わたくしの胸の内に留めさせていただきます」
《うんうん、そうしてね。ああ、それとね》
できるだけやさしく風をふるわせてから、そっとルイとミレーヌの目と耳を押さえた。わたしの決意が伝わるように、キアラの目の前でヒュンッと風の刃を走らせる。
《これも覚えておいて。ルイとミレーヌを傷つける奴には、容赦しないからね》
0
あなたにおすすめの小説
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
いや、無理。 (完結)
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。
もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、
「わかってくれるだろう?ミーナ」
と手を差し伸べた。
だから私はこう答えた。
「いや、無理」
と。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる