忌み子な王子の守護精霊

ハイエルフスキー

文字の大きさ
31 / 35

31 十二歳の王子と「シャルルと」守護精霊

しおりを挟む
 一拍遅れて、シャルルは笑顔のまま、大きく目を見開いたルイを振り返った。

「ああ、ルイは知らなかったのだね。実は、そうなんだ。王妃様としては、父上が亡くなったことを伏せたまま、ロベールを王太子に任じ、その後すぐ、国王陛下が崩御されたということにすれば、自分の実の子が王位を継げると思ったのだろうけどね」

 シャルルは滑らかに口を回しながら、ルイの背後の窓に向けて手を振った。

「うまく隠しおおせているつもりかもしれないが、王領の貴族は一枚岩ではないからね。わたしの耳にまで届いているということは、もはや秘密でもなんでもないだろう。ただ、ばれたところで、父上の遺言ということにすればいいし、死を秘していたことも、王国内の動揺を抑えるためだと強弁すれば……おや? どうかしたかい、ルイ?」

 顔色を青ざめさせたルイに気がついたのか、シャルルが振っていた手をとめて、ルイの顔をのぞき込んだ。

「いつ……ですか? いつ、亡くなったの……ですか?」

「正確な時期までは、わからないんだ。おそらくは、ロベールを王太子にと言いだした、すこし前だろう。となると、二ヶ月ほど前といったところだろうか」

 視線を宙に浮かせて記憶を探っていたシャルルに詰め寄るように、ルイが体を浮かせた。

「二ヶ月……じゃあ、ひょっとして――」

《間に合わなかったよ、ルイ》

 思わず、ふるわせた風が、ルイを座席へと押し戻した。王妃の言うとおりかもしれない。ルイはシャルルよりやさしい。そして、その分だけ、ルイはシャルルより弱い。そんなことを思いながら、わたしは言葉を継いだ。

《王様はずっと前から、意識がなかったんだって。たとえ、会えたとしても、それだけ。顔を見るだけなら、今からだってできるよ》

 ルイが複雑な気持ちを瞳に浮かべて、わたしを見た。そのまま、深い思いに沈んだルイに代わって、興味津々といった表情で、シャルルがわたしに話しかけてきた。

「ご覧になられたのですか、精霊様?」

《まあね。ちょうど王妃とモンフォール伯爵がいたから、王様が亡くなった時期も聞いておいたよ》

「さすがは高位の風の精霊様ですね。父上の部屋の結界は、魔道車の結界よりも強いはずなのですが……。それはそうと、王妃様はお元気そうでしたか?」

 王子としての教育を受ければ、ルイもシャルルのように強い心を持てただろうか? そんな思いが、わたしの言葉に皮肉を込めさせた。

《元気、ではなかったね。泣きそうだったよ。シャルルが恐いってね》

「それは心配ですね。王妃様は、どうにもお心が弱いところがありますからね。ひょっとして、魔道車がルイのために用意されたのは、精霊様と関係があるのですか?」

 シャルルは、いつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、わたしがいるであろう方に向かって、首をかしげて見せた。

《さあ、知らないよ。王妃には、仕事が終わったらルイは村に帰るからって、伝えておいたからね。そのせいかな?》

「帰る? ルイが? いつですか?」

 ふいに、消え入りかけたシャルルの笑みを見ながら、わたしは記憶を探った。

《いつ? 王太子の任命式典が終わったらじゃないかな?》

「それは、ブルンヒョル辺境伯が命じたのですか?」

《ううん。わたしが決めたの》

「精霊様が?」

 消えかけていた笑みが、再びシャルルの顔に戻ってきた。

「では、ルイの意思ではないのですね?」

《うん、そうだね。わたしが決めたことで、ルイが決めたことじゃないよ》

 姿勢ごと、すっかり沈みこんでしまっていたルイを、ニコニコ笑顔のシャルルが、肩を掴んで揺さぶった。

「ねえ、ルイ。わたしは、さっき、君に言ったよね。亡くなった父上の代わりに、君が失ったものをすべて与える、と。すべてが、君の手に戻ってくる、と。君が――」

「シャルル殿下。僕は何も失っていません」

 頭を深く沈みこませたまま、ルイはシャルルの言葉を切って捨てた。ルイの肩に置かれていたシャルルの手が、弾かれたように宙をさまよい、同時に、閉じ忘れた口から、熱を失った言葉がこぼれ落ちる。

「失って、ない?」

「精霊様が、守ってくれました。精霊様が、父さんにも、母さんにも、会わせてくれました。何ひとつ失ったものなどありません」

「いや、しかし、君は王子――」

 どうやら、わたしが思うよりも、ルイは強かったみたいだ。慌てて言い繕おうとしたシャルルを捨て置いて、ルイは頭を上げた。何かを決意したかのようなルイの瞳が、揺らぐことなく、真っすぐにわたしを捉える。

「精霊様は、僕が村に帰ったほうがいいと思うんだね?」

《うん、そうだよ。ルイは一度、村に帰ったほうがいい。あそこが、わたしたちの故郷だからね》

「そういうことです、シャルル殿下」

 防音の魔法のせいだろう。魔道車の客室に、静寂が訪れた。いや、静寂ではないのだろう。自然の中ではありえない、音のない世界。渋い顔で押し黙ってしまったシャルルを横目で見ながら、わたしとルイはこっそり肩をすくめあった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

いや、無理。 (完結)

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。 もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、 「わかってくれるだろう?ミーナ」 と手を差し伸べた。 だから私はこう答えた。 「いや、無理」 と。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

夫が勇者に選ばれました

プラネットプラント
恋愛
勇者に選ばれた夫は「必ず帰って来る」と言って、戻ってこない。風の噂では、王女様と結婚するらしい。そして、私は殺される。 ※なろうでも投稿しています。

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

処理中です...