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31 十二歳の王子と「シャルルと」守護精霊
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一拍遅れて、シャルルは笑顔のまま、大きく目を見開いたルイを振り返った。
「ああ、ルイは知らなかったのだね。実は、そうなんだ。王妃様としては、父上が亡くなったことを伏せたまま、ロベールを王太子に任じ、その後すぐ、国王陛下が崩御されたということにすれば、自分の実の子が王位を継げると思ったのだろうけどね」
シャルルは滑らかに口を回しながら、ルイの背後の窓に向けて手を振った。
「うまく隠しおおせているつもりかもしれないが、王領の貴族は一枚岩ではないからね。わたしの耳にまで届いているということは、もはや秘密でもなんでもないだろう。ただ、ばれたところで、父上の遺言ということにすればいいし、死を秘していたことも、王国内の動揺を抑えるためだと強弁すれば……おや? どうかしたかい、ルイ?」
顔色を青ざめさせたルイに気がついたのか、シャルルが振っていた手をとめて、ルイの顔をのぞき込んだ。
「いつ……ですか? いつ、亡くなったの……ですか?」
「正確な時期までは、わからないんだ。おそらくは、ロベールを王太子にと言いだした、すこし前だろう。となると、二ヶ月ほど前といったところだろうか」
視線を宙に浮かせて記憶を探っていたシャルルに詰め寄るように、ルイが体を浮かせた。
「二ヶ月……じゃあ、ひょっとして――」
《間に合わなかったよ、ルイ》
思わず、ふるわせた風が、ルイを座席へと押し戻した。王妃の言うとおりかもしれない。ルイはシャルルよりやさしい。そして、その分だけ、ルイはシャルルより弱い。そんなことを思いながら、わたしは言葉を継いだ。
《王様はずっと前から、意識がなかったんだって。たとえ、会えたとしても、それだけ。顔を見るだけなら、今からだってできるよ》
ルイが複雑な気持ちを瞳に浮かべて、わたしを見た。そのまま、深い思いに沈んだルイに代わって、興味津々といった表情で、シャルルがわたしに話しかけてきた。
「ご覧になられたのですか、精霊様?」
《まあね。ちょうど王妃とモンフォール伯爵がいたから、王様が亡くなった時期も聞いておいたよ》
「さすがは高位の風の精霊様ですね。父上の部屋の結界は、魔道車の結界よりも強いはずなのですが……。それはそうと、王妃様はお元気そうでしたか?」
王子としての教育を受ければ、ルイもシャルルのように強い心を持てただろうか? そんな思いが、わたしの言葉に皮肉を込めさせた。
《元気、ではなかったね。泣きそうだったよ。シャルルが恐いってね》
「それは心配ですね。王妃様は、どうにもお心が弱いところがありますからね。ひょっとして、魔道車がルイのために用意されたのは、精霊様と関係があるのですか?」
シャルルは、いつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、わたしがいるであろう方に向かって、首をかしげて見せた。
《さあ、知らないよ。王妃には、仕事が終わったらルイは村に帰るからって、伝えておいたからね。そのせいかな?》
「帰る? ルイが? いつですか?」
ふいに、消え入りかけたシャルルの笑みを見ながら、わたしは記憶を探った。
《いつ? 王太子の任命式典が終わったらじゃないかな?》
「それは、ブルンヒョル辺境伯が命じたのですか?」
《ううん。わたしが決めたの》
「精霊様が?」
消えかけていた笑みが、再びシャルルの顔に戻ってきた。
「では、ルイの意思ではないのですね?」
《うん、そうだね。わたしが決めたことで、ルイが決めたことじゃないよ》
姿勢ごと、すっかり沈みこんでしまっていたルイを、ニコニコ笑顔のシャルルが、肩を掴んで揺さぶった。
「ねえ、ルイ。わたしは、さっき、君に言ったよね。亡くなった父上の代わりに、君が失ったものをすべて与える、と。すべてが、君の手に戻ってくる、と。君が――」
「シャルル殿下。僕は何も失っていません」
頭を深く沈みこませたまま、ルイはシャルルの言葉を切って捨てた。ルイの肩に置かれていたシャルルの手が、弾かれたように宙をさまよい、同時に、閉じ忘れた口から、熱を失った言葉がこぼれ落ちる。
「失って、ない?」
「精霊様が、守ってくれました。精霊様が、父さんにも、母さんにも、会わせてくれました。何ひとつ失ったものなどありません」
「いや、しかし、君は王子――」
どうやら、わたしが思うよりも、ルイは強かったみたいだ。慌てて言い繕おうとしたシャルルを捨て置いて、ルイは頭を上げた。何かを決意したかのようなルイの瞳が、揺らぐことなく、真っすぐにわたしを捉える。
「精霊様は、僕が村に帰ったほうがいいと思うんだね?」
《うん、そうだよ。ルイは一度、村に帰ったほうがいい。あそこが、わたしたちの故郷だからね》
「そういうことです、シャルル殿下」
防音の魔法のせいだろう。魔道車の客室に、静寂が訪れた。いや、静寂ではないのだろう。自然の中ではありえない、音のない世界。渋い顔で押し黙ってしまったシャルルを横目で見ながら、わたしとルイはこっそり肩をすくめあった。
「ああ、ルイは知らなかったのだね。実は、そうなんだ。王妃様としては、父上が亡くなったことを伏せたまま、ロベールを王太子に任じ、その後すぐ、国王陛下が崩御されたということにすれば、自分の実の子が王位を継げると思ったのだろうけどね」
シャルルは滑らかに口を回しながら、ルイの背後の窓に向けて手を振った。
「うまく隠しおおせているつもりかもしれないが、王領の貴族は一枚岩ではないからね。わたしの耳にまで届いているということは、もはや秘密でもなんでもないだろう。ただ、ばれたところで、父上の遺言ということにすればいいし、死を秘していたことも、王国内の動揺を抑えるためだと強弁すれば……おや? どうかしたかい、ルイ?」
顔色を青ざめさせたルイに気がついたのか、シャルルが振っていた手をとめて、ルイの顔をのぞき込んだ。
「いつ……ですか? いつ、亡くなったの……ですか?」
「正確な時期までは、わからないんだ。おそらくは、ロベールを王太子にと言いだした、すこし前だろう。となると、二ヶ月ほど前といったところだろうか」
視線を宙に浮かせて記憶を探っていたシャルルに詰め寄るように、ルイが体を浮かせた。
「二ヶ月……じゃあ、ひょっとして――」
《間に合わなかったよ、ルイ》
思わず、ふるわせた風が、ルイを座席へと押し戻した。王妃の言うとおりかもしれない。ルイはシャルルよりやさしい。そして、その分だけ、ルイはシャルルより弱い。そんなことを思いながら、わたしは言葉を継いだ。
《王様はずっと前から、意識がなかったんだって。たとえ、会えたとしても、それだけ。顔を見るだけなら、今からだってできるよ》
ルイが複雑な気持ちを瞳に浮かべて、わたしを見た。そのまま、深い思いに沈んだルイに代わって、興味津々といった表情で、シャルルがわたしに話しかけてきた。
「ご覧になられたのですか、精霊様?」
《まあね。ちょうど王妃とモンフォール伯爵がいたから、王様が亡くなった時期も聞いておいたよ》
「さすがは高位の風の精霊様ですね。父上の部屋の結界は、魔道車の結界よりも強いはずなのですが……。それはそうと、王妃様はお元気そうでしたか?」
王子としての教育を受ければ、ルイもシャルルのように強い心を持てただろうか? そんな思いが、わたしの言葉に皮肉を込めさせた。
《元気、ではなかったね。泣きそうだったよ。シャルルが恐いってね》
「それは心配ですね。王妃様は、どうにもお心が弱いところがありますからね。ひょっとして、魔道車がルイのために用意されたのは、精霊様と関係があるのですか?」
シャルルは、いつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、わたしがいるであろう方に向かって、首をかしげて見せた。
《さあ、知らないよ。王妃には、仕事が終わったらルイは村に帰るからって、伝えておいたからね。そのせいかな?》
「帰る? ルイが? いつですか?」
ふいに、消え入りかけたシャルルの笑みを見ながら、わたしは記憶を探った。
《いつ? 王太子の任命式典が終わったらじゃないかな?》
「それは、ブルンヒョル辺境伯が命じたのですか?」
《ううん。わたしが決めたの》
「精霊様が?」
消えかけていた笑みが、再びシャルルの顔に戻ってきた。
「では、ルイの意思ではないのですね?」
《うん、そうだね。わたしが決めたことで、ルイが決めたことじゃないよ》
姿勢ごと、すっかり沈みこんでしまっていたルイを、ニコニコ笑顔のシャルルが、肩を掴んで揺さぶった。
「ねえ、ルイ。わたしは、さっき、君に言ったよね。亡くなった父上の代わりに、君が失ったものをすべて与える、と。すべてが、君の手に戻ってくる、と。君が――」
「シャルル殿下。僕は何も失っていません」
頭を深く沈みこませたまま、ルイはシャルルの言葉を切って捨てた。ルイの肩に置かれていたシャルルの手が、弾かれたように宙をさまよい、同時に、閉じ忘れた口から、熱を失った言葉がこぼれ落ちる。
「失って、ない?」
「精霊様が、守ってくれました。精霊様が、父さんにも、母さんにも、会わせてくれました。何ひとつ失ったものなどありません」
「いや、しかし、君は王子――」
どうやら、わたしが思うよりも、ルイは強かったみたいだ。慌てて言い繕おうとしたシャルルを捨て置いて、ルイは頭を上げた。何かを決意したかのようなルイの瞳が、揺らぐことなく、真っすぐにわたしを捉える。
「精霊様は、僕が村に帰ったほうがいいと思うんだね?」
《うん、そうだよ。ルイは一度、村に帰ったほうがいい。あそこが、わたしたちの故郷だからね》
「そういうことです、シャルル殿下」
防音の魔法のせいだろう。魔道車の客室に、静寂が訪れた。いや、静寂ではないのだろう。自然の中ではありえない、音のない世界。渋い顔で押し黙ってしまったシャルルを横目で見ながら、わたしとルイはこっそり肩をすくめあった。
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