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第1章 学園編
第18話 信頼と絆
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「早くユキちゃんを見つけないと、この暑さじゃ溶けてしまいます!」
今にも泣き出してしまいそうな……しかし、泣いてもなにも解決しないと分かっているのだろう。
ルイナは足を広げ、拳をギュッと握って、必死に涙を堪えていた。
「暑さで溶けることを知っているということは、過去に一度溶けかけさせたことがあるのか?」
「メア、ちょっと静かにしててね」
……しかし、そのユキちゃんが雪属性なら、この暑さの中見失ってしまったのは、相当まずいだろう。
この世界には六つの属性が存在する。
炎、水、自然、雪、闇、光――。
全てのモンスターは、必ずこのどれかの属性に分類される。
ただ、難しいのは個々のモンスターによって、分類される属性が変わるということだ。
例えば、同じドラゴンであったとしても、炎属性のドラゴンや、水属性のドラゴンがいるという訳だ。
「そういえば、メアは何属性なの?」
「私か? 私は闇属性だな」
予想していた答えに対して、予想通りの言葉が返ってくる。
災厄のドラゴンにして光属性だなんて言われた日には、きっと大混乱を起こしていただろうから、ある意味安心した。
それにしても……こんなことを言っても意味のないことは分かっているが、ユキちゃんだってもし炎属性だったとしたら、ここまで問題にはなっていなかったはずである。
まあ、そうなったらユキちゃんだなんて名前になっていないか。
「とにかく、一刻も早くユキちゃんを見つけないと……このままじゃ本当に、手遅れになりそうだ」
「あ、あの私……ついさっきこの学園に来たばかりで……頼れる人もいなくて……こんなことお願いするのもあれですけど、一緒にユキちゃんを捕まえてください! お願いします!」
「ついさっき失敗したばかりなのだがな……よく、お願いする気になれたものだ」
「メア!」
流石に無視出来ずに叱ると、メアはバツが悪そうに顔を逸らした。
どうして僕とは普通に会話が出来るのに、ほかの人には見下したような態度を取るのか……。
「ま、主が手伝うと決めたのなら、私はそれに従うだけだ。向こうを見てみてくれ」
メアが指さす先……ユキちゃんが、飛んで行った方向だ。
「向こうが、どうかした?」
「あっちに飛んで行ったのだから、それを追いかければ普通に見つかるだろう」
「そう上手くいくかなぁ……」
そもそも、風向きがずっと一定な訳がないのだ。常に変化し続けるもので、これだけ時間が経ってしまったらもう、ユキちゃんが今どこら辺にいるのかだなんて、誰も予測は出来ないだろう。
「というか今日はほとんど無風だ。少なくとも、ここで立ち尽くしているよりかは、見つけられる可能性は上がるだろうよ」
「あの! だったら、あそこから探すというのはどうですか!?」
ルイナが指さしたのは、学園――の、ずっと上の方。屋上だ。
「高いところから探せば、きっと見つかると思うんです!」
「ふむ、中々いいことを言うな。そうと決まれば、早速行って……」
「ちょっ、ちょっと待って! あそこって、勝手に入っても大丈夫なの!? なんかこう……許可を取るとかさ!」
何度でも言うが、入学前に問題行動はまずい。変に悪目立ちすることも、避けたかった。だが……。
「許可を取っている時間なんて、ないだろう」
「ユキちゃんを捕まえるため、仕方のないことです!」
この二人、ノリノリである。
いや正確には、ルイナだけが真剣で、メアはそれを面白がって同調しているだけのようだ。
「急いで屋上に向かおう。生徒も教員も少ない今なら、バレずに行くことも可能だぞ」
「隠密行動ってやつですね! 見つからないように、ササッと屋上を目指しましょう!」
「普通に手分けして探そうよ……」
ポツリと呟いたその言葉は、当たり前だが二人の耳には全く聞こえていないようで、まっしぐらに学園の中へと入っていったのだった。
「――全然人がいなかったお陰で、楽に屋上までたどり着けましたね。えっと……」
「メアだ」
「あ、僕はレイズ。ごめん、ドタバタしてて、名乗るのが遅れちゃった」
「いえ! 全然大丈夫ですよ。メアさんに、レイズさんですね」
僕たち三人は、屋上の一歩手前――階段を上った先にあるドアの前に来ていた。
このドアを開ければ、屋上に着く。だからといってユキちゃんが捕まえられることはないのだが、それでも高いところから探すというのは、それなりにいい案なのかもしれない。
「それじゃあ……開けます」
ドアノブに手をかけたルイナが、勢いよくドアを開ける……開ける、はずだった。
ガチャガチャと、二、三度音を立て、諦めたのかルイナはその手を離す。
こころなしか、その顔色は悪い。蒸すような暑さだというのに、真っ青になっていた。
「……鍵がかかってました」
当然といえば、当然の結果であった。
メアが言っていたように、教員も誰もいない学園で、こんな所が解放されているはずがないのだ。
今からでも、外に出てユキちゃんを探そう。僕が、そう言いかけたその時だ。
「貸してみろ」
そう言って、今度はメアがドアにてをかける。
ルイナの時と違い、メアの身長では思い切り手を真上に伸ばしてギリギリ届くぐらいの高さだった。そんなことで、開けられるとは到底思えない。
しかし、ガシャンとプラモデルを床に落としてしまった時のような絶望の音を立て、ドアはいとも簡単に開いてしまった。
「あ、開いた……?」
「すごいじゃん、メア! どうやったの? 鍵だってかかっていたのに!」
「いや、忘れていると思うが一応私はドラゴンだからな。人間の数兆倍は力が強い訳だよ」
つまり、力技で強引にドアをこじ開けたと? いや待て。その壊れたドアは直るのか?
「やったぁ! これで、屋上に行けますね!」
メアとルイナは、ウキウキとドアの外へと出ていった。僕は、この壊したドアへの言い訳を、考えながらどんよりとその後を追った。
「屋上……高いですけど、ユキちゃん全然見当たらないですね……」
確かに……三人で、それぞれ別方向を見てみるが、ユキちゃんの姿は影も形もない。
よくよく考えてみれば高いといっても、ユキちゃんは常に移動し続けている訳だし、そう考えると場所が限定されている屋上では、見つけられないのも無理はない。
「ふむ……では、こうしよう」
「どうするんですか?」
「私が空を飛んで、上からユキちゃんを探す。二人は地上で探してくれ」
「それ屋上に来た意味なくない!?」
というか最初からそうしておけば、わざわざドアを壊すなんてことしなくても……!
「それ、ナイスアイデアです! なら、これを持って行ってください!」
そう言ってルイナが肩から下げているバッグから取り出したのは、小さく折りたためる虫取り網だった。
「ユキちゃんはちょっとした風で飛んでいっちゃうので、まず素手で捕まえるのは無理です。なので、この網を使います」
「だが私が持てば、二人の分が……」
「心配ご無用です。予備の分を合わせれば、人数分の網は用意出来ます」
両手に二本も網を持つ彼女は、事情を知らなければ夏休みを前に浮かれている子どもにしか見えなかった。
「予備の網を持っているという所が、どれだけ常日頃こういうことが起こっているのかを連想させるな……まあ、いい。行ってくる」
バサッ……と、真っ黒で、まるで夜のような翼を広げ、メアは飛び去っていった。
途端に、ルイナと二人きりになってしまったという事実に心細くなる。
「えっと……じゃあ、僕たちも行こうか?」
「はい、そうですね。行きましょう!」
そこから特に会話はなく、無言で僕たちは階段を下り続けた。
……あれ? どうしよう、めちゃくちゃ気まずい。
さっきまでは、どんな会話をしていたっけっ……って、メアが率先して話をしてくれていたのか。僕は、それをただ聞いていただけ……。
「……それにしても、レイズさんってすごいですね」
「え? すごい?」
脈絡もなく褒められると、照れるとか嬉しいとかよりも先に、疑問がきてしまう。
特にすごいことはなにもしていないというのに、一体どうしたのだろう。
「さっき、メアさんが言っていたでしょう? ドラゴンだって……どうやってパートナーになったんですか? すごいですよ」
「ああ……いや、なんというか、成り行きで……」
そうか……普通は、そう思うよな。
ドラゴンとパートナーなのが、すごい。
すごいのは僕じゃなくて、ドラゴンであるメアなのだ。
「今も空から探してくれたり、とっても頼りになります。いいパートナーですね」
「う、うん……」
いいパートナー……本当に、そうなのか?
「私は……あはは。初対面なのに、こんな所を見せちゃって本当に恥ずかしい……私がちゃんとユキちゃんを見ていられていたら、こんなことにはなっていなかったのに……」
ルイナはそう言って、網を持つ手に力をこめた。
ずっと、後悔していたのだろう。僕たちを巻きこんでしまったことを。そして何より、ユキちゃんを危険な目に晒してしまっていることを。
「……じゃあ僕は、あっちを探してみるよ」
「ありがとうございます。私は、向こうを探して来ますね! なにかあったら、MFCで連絡してください。今のうちに、連絡先を交換しておきましょう」
ルイナとも別れた後……僕はユキちゃんを探しながらも、頭の中ではいいパートナーという単語がグルグルと渦を巻いていた。
僕は……僕は、もしメアが突然いなくなったとして、今のルイナのような行動が取れるだろうか?
見限られてしまったのだと諦め、探すこと自体しないのではないか。
必死にメアを探す自分よりも、そっちの方が明らかにしっくりと想像が出来た。
それは、果たしてパートナーと言えるのだろうか。
こうして初対面である僕にも頭を下げてまで、必死に探し回るルイナの方が、よっぽどいいパートナーだ。
強い絆で結ばれていなければ、出来ないことだろう。いや、パートナーを持つトレーナーならば、誰もがそれをして当たり前なのだ。
だとしたら。
「だとしたら僕は、メアのことを信頼していないことになる……」
「私がどうかしたのか?」
「…………!」
確実に自分一人だけだと思っていたものだから、急に声をかけられて本当に驚いた。
人間、本気で驚くと全く声が出なくなるものなのか。僕は無言のまま、ゆっくりと後ろを振り返ってみた。
そこには、メアがいた。翼をたたみ、綺麗に地面へと着地する。
「な、な、なんでここに……」
メアの反応を見るに、さっきの僕の一人ごとは聞こえていないようだった。
「なんでもなにも、ユキちゃんを見つけたから報告しにきたのだよ」
「そ、そっか……って、えぇ!?」
その後僕はすぐさまルイナに連絡を入れ、合流した後にメアの案内のもと学園の端の端、運動場のフェンスに挟まっているユキちゃんを発見したのだった。
幸いにも、溶けているということはなかったが、やはり体力がなくなっていたのだろう。
あんなに空高く舞い上がっていたというのに、こんなフェンスの隙間に挟まっているだなんて。
「いくら上から探しても見つからなかったからな。逆に下を探してみたのだ」
なるほど……確かに、あの飛んでいる様を見たあとでは、空ばかり見上げてそれ以外はおざなりになっていたかもしれない。
「……でも、これ今は挟まっているからいいとして、外したらまたどこかに飛んでいっちゃうんじゃ?」
そうなったら、次に発見する時にはもう完全に溶けてしまっていそうだ。
そう思わせるぐらいには、ユキちゃんは弱って見えた。
「その点については心配ない。こうやってあらかじめ反対側に網をセットしておけば、外した瞬間に捕まえることが出来る。簡単な話だ」
――こうして、ユキちゃん脱走事件は無事に解決することが出来た。
「ふおぉ……氷を砕いただけなのに、なんと美味しいことか……かき氷、最強の食べ物だな……!」
「最初はケーキを食べる予定だったんだけどねぇ……」
だが、炎天下の中歩き回った体を、かき氷が気持ちよく冷やしていってくれる。
薄まったシロップの控えめな甘さが、体中に染み渡った。
雪属性であるユキちゃんは、氷を食べるとさっきまでぐったりとしていたのが嘘のように驚くべき回復を見せた。
ルイナの手の中で大事そうに抱き抱えられているその姿は、こころなしか元気そうに見える。
その後ルイナは、案内人に連れられて行ってしまった。寮は寮でも、女子寮の方に行くらしい。
入学式までは、しばらくお別れになる。
手を振って去っていくルイナとユキちゃんを見て、僕もいつかメアとあんな風に互いを大事に思える関係になりたいと、そう思うのだった。
今にも泣き出してしまいそうな……しかし、泣いてもなにも解決しないと分かっているのだろう。
ルイナは足を広げ、拳をギュッと握って、必死に涙を堪えていた。
「暑さで溶けることを知っているということは、過去に一度溶けかけさせたことがあるのか?」
「メア、ちょっと静かにしててね」
……しかし、そのユキちゃんが雪属性なら、この暑さの中見失ってしまったのは、相当まずいだろう。
この世界には六つの属性が存在する。
炎、水、自然、雪、闇、光――。
全てのモンスターは、必ずこのどれかの属性に分類される。
ただ、難しいのは個々のモンスターによって、分類される属性が変わるということだ。
例えば、同じドラゴンであったとしても、炎属性のドラゴンや、水属性のドラゴンがいるという訳だ。
「そういえば、メアは何属性なの?」
「私か? 私は闇属性だな」
予想していた答えに対して、予想通りの言葉が返ってくる。
災厄のドラゴンにして光属性だなんて言われた日には、きっと大混乱を起こしていただろうから、ある意味安心した。
それにしても……こんなことを言っても意味のないことは分かっているが、ユキちゃんだってもし炎属性だったとしたら、ここまで問題にはなっていなかったはずである。
まあ、そうなったらユキちゃんだなんて名前になっていないか。
「とにかく、一刻も早くユキちゃんを見つけないと……このままじゃ本当に、手遅れになりそうだ」
「あ、あの私……ついさっきこの学園に来たばかりで……頼れる人もいなくて……こんなことお願いするのもあれですけど、一緒にユキちゃんを捕まえてください! お願いします!」
「ついさっき失敗したばかりなのだがな……よく、お願いする気になれたものだ」
「メア!」
流石に無視出来ずに叱ると、メアはバツが悪そうに顔を逸らした。
どうして僕とは普通に会話が出来るのに、ほかの人には見下したような態度を取るのか……。
「ま、主が手伝うと決めたのなら、私はそれに従うだけだ。向こうを見てみてくれ」
メアが指さす先……ユキちゃんが、飛んで行った方向だ。
「向こうが、どうかした?」
「あっちに飛んで行ったのだから、それを追いかければ普通に見つかるだろう」
「そう上手くいくかなぁ……」
そもそも、風向きがずっと一定な訳がないのだ。常に変化し続けるもので、これだけ時間が経ってしまったらもう、ユキちゃんが今どこら辺にいるのかだなんて、誰も予測は出来ないだろう。
「というか今日はほとんど無風だ。少なくとも、ここで立ち尽くしているよりかは、見つけられる可能性は上がるだろうよ」
「あの! だったら、あそこから探すというのはどうですか!?」
ルイナが指さしたのは、学園――の、ずっと上の方。屋上だ。
「高いところから探せば、きっと見つかると思うんです!」
「ふむ、中々いいことを言うな。そうと決まれば、早速行って……」
「ちょっ、ちょっと待って! あそこって、勝手に入っても大丈夫なの!? なんかこう……許可を取るとかさ!」
何度でも言うが、入学前に問題行動はまずい。変に悪目立ちすることも、避けたかった。だが……。
「許可を取っている時間なんて、ないだろう」
「ユキちゃんを捕まえるため、仕方のないことです!」
この二人、ノリノリである。
いや正確には、ルイナだけが真剣で、メアはそれを面白がって同調しているだけのようだ。
「急いで屋上に向かおう。生徒も教員も少ない今なら、バレずに行くことも可能だぞ」
「隠密行動ってやつですね! 見つからないように、ササッと屋上を目指しましょう!」
「普通に手分けして探そうよ……」
ポツリと呟いたその言葉は、当たり前だが二人の耳には全く聞こえていないようで、まっしぐらに学園の中へと入っていったのだった。
「――全然人がいなかったお陰で、楽に屋上までたどり着けましたね。えっと……」
「メアだ」
「あ、僕はレイズ。ごめん、ドタバタしてて、名乗るのが遅れちゃった」
「いえ! 全然大丈夫ですよ。メアさんに、レイズさんですね」
僕たち三人は、屋上の一歩手前――階段を上った先にあるドアの前に来ていた。
このドアを開ければ、屋上に着く。だからといってユキちゃんが捕まえられることはないのだが、それでも高いところから探すというのは、それなりにいい案なのかもしれない。
「それじゃあ……開けます」
ドアノブに手をかけたルイナが、勢いよくドアを開ける……開ける、はずだった。
ガチャガチャと、二、三度音を立て、諦めたのかルイナはその手を離す。
こころなしか、その顔色は悪い。蒸すような暑さだというのに、真っ青になっていた。
「……鍵がかかってました」
当然といえば、当然の結果であった。
メアが言っていたように、教員も誰もいない学園で、こんな所が解放されているはずがないのだ。
今からでも、外に出てユキちゃんを探そう。僕が、そう言いかけたその時だ。
「貸してみろ」
そう言って、今度はメアがドアにてをかける。
ルイナの時と違い、メアの身長では思い切り手を真上に伸ばしてギリギリ届くぐらいの高さだった。そんなことで、開けられるとは到底思えない。
しかし、ガシャンとプラモデルを床に落としてしまった時のような絶望の音を立て、ドアはいとも簡単に開いてしまった。
「あ、開いた……?」
「すごいじゃん、メア! どうやったの? 鍵だってかかっていたのに!」
「いや、忘れていると思うが一応私はドラゴンだからな。人間の数兆倍は力が強い訳だよ」
つまり、力技で強引にドアをこじ開けたと? いや待て。その壊れたドアは直るのか?
「やったぁ! これで、屋上に行けますね!」
メアとルイナは、ウキウキとドアの外へと出ていった。僕は、この壊したドアへの言い訳を、考えながらどんよりとその後を追った。
「屋上……高いですけど、ユキちゃん全然見当たらないですね……」
確かに……三人で、それぞれ別方向を見てみるが、ユキちゃんの姿は影も形もない。
よくよく考えてみれば高いといっても、ユキちゃんは常に移動し続けている訳だし、そう考えると場所が限定されている屋上では、見つけられないのも無理はない。
「ふむ……では、こうしよう」
「どうするんですか?」
「私が空を飛んで、上からユキちゃんを探す。二人は地上で探してくれ」
「それ屋上に来た意味なくない!?」
というか最初からそうしておけば、わざわざドアを壊すなんてことしなくても……!
「それ、ナイスアイデアです! なら、これを持って行ってください!」
そう言ってルイナが肩から下げているバッグから取り出したのは、小さく折りたためる虫取り網だった。
「ユキちゃんはちょっとした風で飛んでいっちゃうので、まず素手で捕まえるのは無理です。なので、この網を使います」
「だが私が持てば、二人の分が……」
「心配ご無用です。予備の分を合わせれば、人数分の網は用意出来ます」
両手に二本も網を持つ彼女は、事情を知らなければ夏休みを前に浮かれている子どもにしか見えなかった。
「予備の網を持っているという所が、どれだけ常日頃こういうことが起こっているのかを連想させるな……まあ、いい。行ってくる」
バサッ……と、真っ黒で、まるで夜のような翼を広げ、メアは飛び去っていった。
途端に、ルイナと二人きりになってしまったという事実に心細くなる。
「えっと……じゃあ、僕たちも行こうか?」
「はい、そうですね。行きましょう!」
そこから特に会話はなく、無言で僕たちは階段を下り続けた。
……あれ? どうしよう、めちゃくちゃ気まずい。
さっきまでは、どんな会話をしていたっけっ……って、メアが率先して話をしてくれていたのか。僕は、それをただ聞いていただけ……。
「……それにしても、レイズさんってすごいですね」
「え? すごい?」
脈絡もなく褒められると、照れるとか嬉しいとかよりも先に、疑問がきてしまう。
特にすごいことはなにもしていないというのに、一体どうしたのだろう。
「さっき、メアさんが言っていたでしょう? ドラゴンだって……どうやってパートナーになったんですか? すごいですよ」
「ああ……いや、なんというか、成り行きで……」
そうか……普通は、そう思うよな。
ドラゴンとパートナーなのが、すごい。
すごいのは僕じゃなくて、ドラゴンであるメアなのだ。
「今も空から探してくれたり、とっても頼りになります。いいパートナーですね」
「う、うん……」
いいパートナー……本当に、そうなのか?
「私は……あはは。初対面なのに、こんな所を見せちゃって本当に恥ずかしい……私がちゃんとユキちゃんを見ていられていたら、こんなことにはなっていなかったのに……」
ルイナはそう言って、網を持つ手に力をこめた。
ずっと、後悔していたのだろう。僕たちを巻きこんでしまったことを。そして何より、ユキちゃんを危険な目に晒してしまっていることを。
「……じゃあ僕は、あっちを探してみるよ」
「ありがとうございます。私は、向こうを探して来ますね! なにかあったら、MFCで連絡してください。今のうちに、連絡先を交換しておきましょう」
ルイナとも別れた後……僕はユキちゃんを探しながらも、頭の中ではいいパートナーという単語がグルグルと渦を巻いていた。
僕は……僕は、もしメアが突然いなくなったとして、今のルイナのような行動が取れるだろうか?
見限られてしまったのだと諦め、探すこと自体しないのではないか。
必死にメアを探す自分よりも、そっちの方が明らかにしっくりと想像が出来た。
それは、果たしてパートナーと言えるのだろうか。
こうして初対面である僕にも頭を下げてまで、必死に探し回るルイナの方が、よっぽどいいパートナーだ。
強い絆で結ばれていなければ、出来ないことだろう。いや、パートナーを持つトレーナーならば、誰もがそれをして当たり前なのだ。
だとしたら。
「だとしたら僕は、メアのことを信頼していないことになる……」
「私がどうかしたのか?」
「…………!」
確実に自分一人だけだと思っていたものだから、急に声をかけられて本当に驚いた。
人間、本気で驚くと全く声が出なくなるものなのか。僕は無言のまま、ゆっくりと後ろを振り返ってみた。
そこには、メアがいた。翼をたたみ、綺麗に地面へと着地する。
「な、な、なんでここに……」
メアの反応を見るに、さっきの僕の一人ごとは聞こえていないようだった。
「なんでもなにも、ユキちゃんを見つけたから報告しにきたのだよ」
「そ、そっか……って、えぇ!?」
その後僕はすぐさまルイナに連絡を入れ、合流した後にメアの案内のもと学園の端の端、運動場のフェンスに挟まっているユキちゃんを発見したのだった。
幸いにも、溶けているということはなかったが、やはり体力がなくなっていたのだろう。
あんなに空高く舞い上がっていたというのに、こんなフェンスの隙間に挟まっているだなんて。
「いくら上から探しても見つからなかったからな。逆に下を探してみたのだ」
なるほど……確かに、あの飛んでいる様を見たあとでは、空ばかり見上げてそれ以外はおざなりになっていたかもしれない。
「……でも、これ今は挟まっているからいいとして、外したらまたどこかに飛んでいっちゃうんじゃ?」
そうなったら、次に発見する時にはもう完全に溶けてしまっていそうだ。
そう思わせるぐらいには、ユキちゃんは弱って見えた。
「その点については心配ない。こうやってあらかじめ反対側に網をセットしておけば、外した瞬間に捕まえることが出来る。簡単な話だ」
――こうして、ユキちゃん脱走事件は無事に解決することが出来た。
「ふおぉ……氷を砕いただけなのに、なんと美味しいことか……かき氷、最強の食べ物だな……!」
「最初はケーキを食べる予定だったんだけどねぇ……」
だが、炎天下の中歩き回った体を、かき氷が気持ちよく冷やしていってくれる。
薄まったシロップの控えめな甘さが、体中に染み渡った。
雪属性であるユキちゃんは、氷を食べるとさっきまでぐったりとしていたのが嘘のように驚くべき回復を見せた。
ルイナの手の中で大事そうに抱き抱えられているその姿は、こころなしか元気そうに見える。
その後ルイナは、案内人に連れられて行ってしまった。寮は寮でも、女子寮の方に行くらしい。
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実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
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