押しかけ女房は叶わない恋の身代わりらしい

雪成

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バカ

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 アドルフと喧嘩をした。
 なぜなら彼が私に嘘をついたからだ。

 
 話は一昨日に遡る。




※※※




 一昨日、アドルフは私に念願の靴を買ってきてくれた。
 茶色の柔らかな皮でできた爪先の丸い編み上げブーツ。靴底のクッション性もあり、とても履きやすい。

 この世界は基本的に家の中でも靴は脱がない欧米的なところがあるので履き心地は重要だ。
 この家に住み着いてすぐにアドルフがどこかから調達してきたその場しのぎの靴はサイズが合わなくてすぐに踵が抜けてしまい、地味にストレスだったのだ。
 アドルフが居ない時は、靴を放り投げて裸足で過ごしていたことは内緒である。
 
 

「アドルフありがとう! サイズ、ピッタリだよ。よくわかったね」
「ああ」


 靴を履いて、踵を得意気にトントンして見せる。
 私もニコニコだが、どことなくアドルフも嬉しそう。口元が僅かだけど引き上がっている。プレゼントにはしゃぐ孫を見守るお爺ちゃんの顔だ。
 

「やったね! これで気兼ねなく外に出ら」
「ダメだ」


 『出られる』の『出ら』の時点で間髪入れずに却下された。なんでだよ。最後まで言わせろ。

 これまで裸足で外に洗濯干しに行ってたんだぞ? おかげでこっちは20代にして足の裏の皮が硬くなってんだぞ?
 恨めしい目でアドルフを見れば、彼はダイニングの椅子で腕を組み、ふんぞり返って私を威圧してくる。


「思い出せ。外は魔獣が彷徨いてるんだぞ。お前なんて一歩外に出たら喰われて終わりだ」
「なんてことを言うの!」
「本当のことだ。生きていたければ外には出るな」


 靴をくれたくせに、嫌なことを言う。
 ムッとした顔で言い返した。


「でも、これまでだって洗濯で外に出てたもん。遠くに行かなければ平気だよ」
「……は?」
「ここに来てからは魔獣なんて一度も見てないし」
「待て。今なんて言った? 外に出ていたのか?」
「出てたよ。お洗濯物、カラッと乾いてたでしょ? とはいえ、森じゃなくてその辺の庭に干してただけだからほぼ家だけど」


 何か問題でも?
 首を傾げた私に、アドルフの眉が吊り上がった。
 

「あれほど出るなと言ったのに、なんで言うことが聞けないんだお前はっ」
「だって庭だもん! 庭は家だからセーフだもん!」
「家なわけあるか! どう見ても外だろうがっ」
「それにお日様を浴びないとダメなんだからね!」
「んなもの家の中で浴びてろ!」
「監禁だ! 虐待だ!」
「ああ? 文句あんのか? あんならずっと外にいるか?」
「ない」


 いつもの如く、す、と引く。無表情で心無い「ごめんなさい」を言えば、アドルフに「ほんとにわかってんのか」と睨まれた。
 わかんないもんね。バーカ、バーカ、と心の中で舌を出しておく。


「おい。お前いま俺のことバカだのクソだの思ってんだろ」
「えっ」
「全部顔に出てんだよ」


 ひえっ、こわっ!
 

「違う! クソとは思ってない!」
「そうか。バカだとは思ってたんだな」


 いい度胸してんじゃねぇか、と口元を引き攣らせて笑われると悪人顔がより様になりますね。
 どうせ顔に出てるならと、そう素直な感想を述べたら、思いっきりデコピンされた! おま、指の力考えろ!

 
 結局、靴は貰ったけど、外出禁止令がより強めに発動された。意味わからんが、たしかに魔獣は怖い。あんなんに追いかけられるのは二度とごめんだ。


「でも、あの日以来、ほんとに家の周りでは見かけたことないんだよなあ。もしかして絶滅した?」
「一応、魔獣避けをしているからだろう」
「ならいいじゃん!」
「全てを防げる訳じゃない。万が一ということもある」


 腕を組むアドルフは随分と慎重派だ。きっと石橋を叩きまくってぶっ壊した結果渡らないタイプの人だ。
 でも私にも譲れないものがある。


「洗濯物は外に干したい! 部屋干し生乾き反対!」


 アドルフはこれまで部屋干しなんてしたことないからわからないんだろうけど、ただでさえこの場所は背の高い木々に囲まれていて日当たりが良いとは言えないのだ。部屋の中では完全に乾くまでに二、三日は掛かってしまう。
 洗剤だって私がいた世界だと除菌や消臭機能が付いているから部屋干しもへっちゃらだったけど、こっちは泡立ちも心許ない固形石鹸のようなものでゴシゴシするだけ。きっと生乾きの匂いも気になると思う。
 お洗濯物にお日様を浴びさせることは非常に重要なのだ!


 拳を突き上げて強く抗議するとアドルフが早々に折れた。


「わかった。洗濯は俺がやるからお前は外に出るな」
「でもアドルフ、帰ってくるの遅いからしけちゃうじゃん」
「……早く帰ってくる」

 
 こうして、洗濯もアドルフの仕事となった。
 料理、洗濯、掃除……いつの間にか家事のほとんどを家主が行なって、居候が何もしていないことに気付いているのだろうか。

 申し訳ないので、当初約束していた肩でも揉んでやるかと背後に回り込んで手を掛ければ物凄く驚いた顔で振り解かれた。
 べつに首絞めようとか思ってないから。


「もう、警戒心強すぎ!」
「お前が無さすぎるんだバカ!」


 またバカって言われた。
 

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