押しかけ女房は叶わない恋の身代わりらしい

雪成

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お客さんがきた

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 次の日。
 朝食を食べ、アドルフが出掛けるのを見送ってから、私は暇を持て余していた。唯一の仕事だった洗濯もなくなり、今は貰った靴を履いて椅子に座り足をプラプラさせている。
 アドルフがデカいのでこの家の家具は全体的にサイズが大きい気がする。椅子に座ると床に足がつかないのは私が短足だからではない、決して。


 そんな時、トントンと扉がノックされた。

 こんなことはこの家に来てから初めてだ。
 大抵アドルフが帰ってくる時は足音でわかるから扉の前で待ち構えて先に開けるけど、今は全然足音に気付かなかった。何よりさっき仕事に行ったばかりなのに、忘れ物だろうか?

 椅子から降りてトトトっと玄関に向かう。
 ノックをされてから一向に開く気配のない扉を開けて「どうしたの?」と顔を出すと、そこにはアドルフではない男が立っていた。

 青味掛かったグレーの髪に、同色の瞳。背は高く体格は良いけれどアドルフに比べれば細身で優し気な様相である。若々しい20代半ばのお兄さん、という感じ。

 
「あれ? あなたは……」


 男は部屋から出てきた私を見て目を丸くした。
 ひとまず挨拶をしておこう。
 

「こんにちは」
「あ、はい。こんにちは……? あの、ここって、あれ? アドルフは……」


 疑問符を浮かべながらも挨拶を返してくれたから多分律儀で良い人だと思う。
 数歩下がって家を確認し、チラチラと私に視線を向けて盛大に戸惑っているようだ。


「どうして、あなたがここに?」


 至極真っ当な質問に、回答を迷った。
 居候です。素直にそう答えるべきだろうか?
 でも、自分で言うのもなんだけど普通こんな鬱蒼とした森の中の荒屋に好き好んで居候する女はいない。
 しかもアドルフはイケメンだけどあの悪人顔だ。いたいけな女子を監禁していると思われる可能性もある。
 実際私は外出を禁じられているのだから近しいものがあるとはいえ、彼の名誉のためにそれはいけない。


「つ……つ……」
「つ?」
「妻です……っ!!!」
「うえええ??!! アドルフ結婚したの!?」


 男は仰け反るほど驚愕して、口元にバフっと手を当てた。思わず出てしまったと言うような大声を今更塞いでも遅いと思うけど。
 

「え、嘘、いつ!? まじで!? なんで教えてくれないかったの!?」
「さ、さあ?」
「だって、け、結婚って、あの、アドルフが……っ!!」


 どんだけ結婚しない男だと思われてたんだ。ちょっと同情するほど驚かれている。

 妻であれば一緒に住んでいても自然かと、思わず吐いたその場しのぎの嘘とはいえこれは相手が悪かったかもしれない。
「あ、奥さんなんですねー。ところで」くらいに流してくれると思いきや、ちょっと面倒くさい感じになってしまった。



「あの、主人に何か御用ですか?」


 今更『嘘です(笑)』なんて言えやしない……。
 引けなくなった私は腹を決めてにっこりと笑った。
 その堂々とした佇まいに、男はハッとして表情を引き締めると「失礼」と咳払いをひとつ。私に合わせてニコリと笑顔を浮かべる。あらやだイケメン。


「突然申し訳ありません。今日はご主人に渡したいものがあって伺ったのです。彼はいつ頃戻りますか?」
「アドルフなら、いつもは日が落ちてからですが、今日は洗濯物が乾く頃には戻ると思います」
「え?」
「洗濯物がしけちゃうので取り込まないと」
「あ、はあ……そうなんですね」


 気まずそうな苦笑いを浮かべられる。なんだその目は。何もしない物臭な妻だと思ってんのか? こっちにはこっちの事情があんだよ。


「荷物なら私がお預かりしますけど」
「ありがとうございます。でも、直接お渡ししたいのでまた日を改めます」
「でも、こんなところまでせっかく来たのに。そうだ、そんなに掛からず戻ってきますのでうちで待ってたらいいじゃないですか!」
「えっ!? いえ、それは」
「どうぞどうぞ!」


 暇してたから、ちょうどよかった!
 アドルフのお友達みたいだし、いい人そうだし、外に出なければ問題ないよね! 
 私はニコニコと彼を部屋の中に招き入れた。


 


「あの、ほんとに良いんでしょうか……?」
「大丈夫大丈夫! でも私、火を付けられないのでお茶が出せないんです。ちょっと竈門に火を付けてもらっていいですか?」
「それは構いませんが……」

 男はオドオドしながらも竈門に火を起こしてくれた。あとは鍋に茶葉と一緒に水を入れて沸かして、ぐつぐつさせたらこの世界のお茶の出来上がり。このくらいなら私にも出来る! 
 ちなみに火をつけることはできないけれど、一応消す術は身につけている。しかしなぜか私がやると火は消えても部屋中に灰が舞い散らかり(アドルフが)掃除する羽目になるので禁止行為とされている。
 そのため自ずと火を消すのも男に頼むことになる。


「すみませんが、火を消してください」
「え?」
「火を消してください」
「あ、はい……?」


 戸惑いながらも火を消す男を眺める。
『アドルフの嫁は火も消せないのか?』って心配そうな顔をしていますね。
 安心してください。私は出来ないんじゃない。やらないだけだ。

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