押しかけ女房は叶わない恋の身代わりらしい

雪成

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嘘つきやがった

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「粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとうございます」


 向かい合わせに座ってお互いにペコリと頭を下げる。いつもアドルフが座っている椅子に腰掛けた男も、長身だからかきちんと足裏が床に付いていた。
 チラッとそれを見て、私も爪先だけ伸ばして床につけた。


「申し遅れました。私はロランと申します。アドルフとは学園時代の級友でもあります」


 級友とな。同級生ってことだよね。ロランは年相応に見える。やっぱりアドルフは歳の割に貫禄があり過ぎるのだと思う。


「はじめまして、私はウタって言います」
「え? ウタさん、ですか?」
「はい。この辺りでは珍しい発音でしょうか」


 私の名前をキョトンと聞き返してくるロランに首を傾げる。


「いえ、発音というか、お名前が思っていたものと違うと言うか。失礼ですが、ずっとそのお名前で?」


 どう言う意味だ。
 ウタって顔じゃないってことか。


「生まれてこの方、私はずっとウタでやらせてもらってますが」
「あ、そうですか。どうやら私の勘違いだったようです。すみません」


 どんな勘違いよ。
 まあいいけど、と気にせずお茶を啜る私に、ロランはおずおずと話しかけてきた。


「あの、ウタ?さん」
「はい」
「つかぬことをお伺いしますが、アドルフとはどちらでお知り合いに?」
「森です」
「えっ? あの、どうして女性がこんな魔の森に……?」
「まあ、色々ありまして」


 家で寝ていたらいつの間にか異世界に転移していました、とは流石に言えないので濁して言えば、「色々……」と小さく復唱したロランの顔色がみるみる青くなっていく。一体、何を想像したんだ。


「それで、私がちょうど魔獣に襲われかけていたところを偶然通りかかったアドルフに助けられたんです」
「な、なるほど? それで愛が芽生えたという事ですか」
「え? あー…、まあ、はあ……」
 

 愛? なんそれ。
 曖昧な私の返答にロランが「吊り橋効果……」とポツリと呟く。
 人の馴れ初めに対するコメントとしては失礼なんじゃないかと思うけれど、神妙な顔をして頷くロランに嘘の恋バナをしていることが心苦しいので文句は言えない。
 私はボロが出る前に早々に話題を変える事にした。


「あの! ここから一番近くの街ってどんなところですか?」
「一番近くの街、ですか?」
「はい。ぜひ行ってみたくて。でも、ここから街まではかなり遠いって聞いています。だからアドルフもすぐには行けないって言っていて、彼の仕事が落ち着く冬になったら連れて行ってもらう約束なんです」


 ここに来て、もう数週間は過ぎた。
 いつ冬になるのかは知らないけれど、私は街へ行く日をとても楽しみにしている。
 これでも外出禁止でストレスが溜まっているのだ。職探しはもちろん、もっと外に出たい! もっと人と話したい! もっと美味しいものが食べたい!
 溢れる欲求に拳をにぎりしめると、目の前のロランが不思議そうな顔をしていることに気がついた。


「そうなんですか? でも昨日、街の靴屋でアドルフを見かけましたよ」
「はい?」
「たしかに一番近い街でもここからだとかなり距離があるので時間はかかりますけど、日帰りできない距離ではないかと思います。現に先日も私はあの街で彼と会いましたので。あ、今日はその時に渡し忘れてしまった物を届けに来たんですよ。大切な書類なので早い方が良いかと思……」
「あ……あ……っ」
「ウタさん、どうしました?」
「あんの嘘つき男ぉ~!!!!」




 アイツ……! アイツぅうううう!!!
 私にはダメって言いながら、街で遊び歩いてやがった!!!

 
 
 

 
 
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