押しかけ女房は叶わない恋の身代わりらしい

雪成

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出て行ってやる!

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 よく考えたら、この靴も、日用品も、食べ物も、いまアドルフが使っているお客様用のお布団も、どこで買ってきたんだって話よ!!
 なんで気付かなかったの私のばか!!


「ゆ……許せないっ! 私に内緒で街に行ってたなんて!」
「あっ…うわ、あの、いえっ違います! 私は何も見てませんっ! 気のせいでした!」
 
 
 ロランは顔色をさっと変えてしどろもどろに発言を訂正してくるけれど、今更そんなこと言っても通用しない。
 私は目を眇めて彼の手元をビシッと指差した。


「その昨日渡し忘れたという書類こそアドルフが街に行っていたなによりの証拠なのでは?」
「うぐっ、そ、そうなんですけど……!」
「信じられないっ、裏切られた!」
「あの! ああ見えてアドルフは真面目なやつですから、決して浮気とかでは!」
「浮気!? はあ!? 真面目な奴が嘘つく訳ないじゃないですか!」
「いや本当です! アイツそういうの潔癖なんで!」


 ロランがワナワナと震える私を必死に宥めようとしてくるけど、なんの制御にもならない。だって、街は遠いからわざわざ行けないって私には言ったくせに自分だけ行ってたんだよ!? ずるくない!? なにひとりだけエンジョイしてんだよ連れてけよ!!

 そうこうしているうちに、庭の方から聞き覚えのある足跡が近づいてきた。飛んで火に入る夏の虫だ。
 いつもの如く扉が開くのを待たずにこっちから開いてやる。
  

「おかえり!!!!」
「おま、だから確認せずにすぐ扉を開けるなって言ってんだろうが……」
「嘘つき!!!!」
「いきなりなんだ」


 扉の前で呆れ顔をするアドルフに食ってかかる。
 気持ち的には胸ぐら掴んでガクガクいわせてやりたいけれど、見上げる程の身長差では難しいのでシャツの裾を引っ張って伸ばしてやる。
 顔を顰めたアドルフは「うるさい」と一蹴してシャツを引っ張る私をそのまま引き摺るように一歩家の中に入るとピタリと足を止めた。


「……アドルフ、なんかごめん」
「なぜロランがここに居るんだ」
「書類を届けに来たんだけど、オレ、奥さんに余計なことを言ったかもしれない……」


 アドルフを前にして口調を崩したロランは、チラッと私に視線を寄越して困ったように襟足をかいた。


「結婚したんだろ? 水くさいじゃないか。教えてくれたら良かったのに」
「結婚……」


 こちらへ説明を求めるように視線を向けたアドルフからサッと目を逸らす。
 アドルフの表情はどんどん曇っていき、怖い顔が更に怖くなっていった。
 

「……ウタ。お前、また確認もせずに扉を開けて、しかも知らない男を家にまで入れたのか?」
「アドルフの知り合いだからだよ。折角来てくれたのに、申し訳ないし」
「そう言う問題じゃないと何故わからないんだ」


 結婚云々はスルーするくせに、いつものように私が扉を開けたことを責めてくる。
 いつも開けてんだから、そっちこそそういうもんだとそろそろ慣れたらどうなんだ。


「でも外には出てない」
「だから、そう言う事じゃないだろう!」


 珍しく声を荒げたアドルフにビクッと肩が震える。
 これまではイライラしていても深いため息を吐いたり、舌打ちしたりするくらいだったのに。
 驚いてアドルフを見上げると、視界を遮るようにサッとロランが間に入ってきた。


「待て、アドルフ! ウタさんじゃなくて、オレが悪かったんだ。不在の時に上がり込んで申し訳なかった」
「ウタさん、だと?」
「いやごめん。ごめんなさい。奥さんです」

 

 鋭い眼光にロランがヒュッと息を呑んで慌てて私の呼び名を言い直す。ほんとは奥さんじゃないからウタで合ってるんだけど、アドルフは何をそんなに怒っているの?
 大体、怒っているのは私の方なのに。


「私、ちゃんと言いつけは守ってるよ。お友達をもてなして、なにが悪いの? 嘘ついてたアドルフの方がよっぽど悪いじゃん!」
「ああ゛?」
「お……おい。アドルフ、落ち着けって」
「黙ってろ。これはうちの問題だ」


 顔、こっわ。
 睨まれたロランが気の毒でならない。親切心で届け物をしにきただけなのに、こんなのやってらんないだろうな……。
 それでも引かずに私とアドルフの仲裁をしようと、ロランはフルフルと頭を振ってアドルフに根気よく語りかけている。


「アドルフ、ダメだ。奥さんが怖がってる」
「……こいつは何もわかってない。自分がいかに軽はずみで無防備か。その危うさをわかろうともしないんだ」
「そんなことない! アドルフだって…っ」
「あああ奥さんは今入ってこないで…!ちょっと待って…!」


 せっかく仲裁してくれてるのに、黙っていられなくてごめんロランさん。
 でもアドルフは横暴なのだ。
 

「文句があるなら出て行け!」


 ほら、私が出て行けないのを知っていて、すぐこんなひどい事を言う! 昭和の亭主関白かよ!
 

「……わかった。出ていく」
「なんだと?」
「出て行ってやる!」
「いやいやいや奥さん!? それはちょっとっ」
「ロランさん、私を街まで一緒に連れて行ってください!」
「ひいっ!? 困りますっっっ!!!!」


 私とアドルフの板挟みにされたロランは悲鳴を上げた。

 明らかに鋭さを増したアドルフの眼光に怯え、半泣きになりながら『オレが間男みたいになっちゃってるんで無理!! 頼むからふたりとも落ち着いてちゃんと話し合って?! お願いしますっ!!』と叫んで、逃げるように家を出て行ってしまったのだ。
 

 ちょ、連れてけよ。
 出ていくと啖呵を切った手前、私だってここに留まるわけにはいかなくなってしまったんだから。

 私に持っていくほどの荷物はない。パジャマ以外、全てアドルフにもらったものだ。なので、無言で寝室へ行きパジャマを抱えて戻ってくると、アドルフはそんな私を睨み付けながら扉の前に仁王立ちしていた。


  

  


 
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