押しかけ女房は叶わない恋の身代わりらしい

雪成

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街に連れて行け

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「おい、いつまで不貞腐れてんだ」
「……」

 
 朝食は昨夜に食べ損ねた謎肉のトマト煮込み。温め直してパンと一緒に頂く。一晩寝かせた煮物は異世界でも変わらず美味しいんだなあ。
 食べ物に罪はないから出されたものは有り難く食べるし、ちゃんと手を合わせていただきますも言った。
 でも何事もなかったかのように話しかけてくるアドルフをずっと無視して食事に集中している。

 しばらくすると、目の前に座るアドルフは私の憮然とした態度に眉を寄せて呆れたようにため息を吐いた。
 

「ずっとそうして何も喋らないつもりなのか?」
「……」


 もぐもぐ。


「美味いか?」
「……」


 もぐもぐ。
 

「……ウタ、おかわりは?」
「……」


 おかわり……。


 無言でスッと皿を差し出し意思表示すると「頑固なやつだな」と小さく笑われた。
 お皿を受け取ったアドルフは大きな手で私の髪をくしゃっとかき混ぜてから席を立ち、おかわりをよそって持ってきてくれる。
 こういうところが、彼は大人だと思う。
 こっちは嫌な態度を取っているのに、向こうはそれほど意に介さないというか、まともに相手にしていないというか。それが良いのか悪いのか知らないけれど、喧嘩をしても手応えがない。
 なんだかそのうち私も『まあいいか』ってなってしまいそう。いや、もうすでにちょっとなりかけている。
 あー、朝からご飯が美味しい……って、だめだ絆されるな!
 
 

「……嘘つきめ。コロス」
「いきなりなんだ」
「私の乙女心を弄んだ」


 初心にかえって吐き出した呪いの言葉に、アドルフは『いつ俺が弄んだんだ』と、とぼけようとする。


「だいたい、お前を弄んで何の得がある? めんどくさくなるのが目に見えているのに。遊ぶならもっと遊べる相手を選ぶ」


 は? この私の何処が面倒くさいんですか? いつもすごく大人の対応してますけど。説明してくださる? と噛みつけば、「そういうところだ」と冷静に返された。なるほどね。

 
 
「よし、ようやく喋ったな。もう無視はいいのか?」


 しまった! と、アドルフの言葉にハッと口を押さえるけど時すでに遅し。
 とっくに食事を終えてテーブルに頬杖をついたアドルフが、私へ反抗期の子供を見守る親のような生温かい眼差しを向けていた。
 珍しく眉間に皺を寄せていない優しい表情に、ドキリと胸がなってしまう。ぐ…っ、か、顔が良い!
 

 
「サ…っ、サービスタイムはここまでだから! お喋りしたければ、街に連れて行くんだな!」
「お前ほんとブレないな」

 
 ここで折れたら私はずっと外へ出られない気がする。なにこの謎の監禁生活。誰得なんだ。


「靴は買ってくれたのに、なんでダメなの?」
「街は……アレだ。治安が悪い」
「それならこの森の中の方がよっぽど悪いでしょうが! 何本も足が生えた肉食獣がその辺彷徨いてる以上に悪い治安ってなんだよ!」
「それにお前のひ弱な足じゃ、街まで半日以上掛かるぞ」
「そこは頑張る!」


 疲れて歩けなくなった私を担いで帰ることになるのではないかと懸念しているのかもしれないけれど、大丈夫! たぶん。おそらく。何の根拠もないけど。やれば出来る。


「大体、行ってどうする気だ? 欲しいものがあるなら言え。俺が買ってきてやる」
「いやそれは有難いけど、なんか違うんだよね」
「食うものや寝る場所には困っていないだろ。一体何が不満なんだ」


 むしろ寝る場所に困っているのは俺の方だ、と嫌味を言ってくる。今や彼の寝室は私の部屋と化し、アドルフはリビングに布団を敷いて寝起きしている状態だ。文句を言うなら同じ部屋で布団を敷いて寝ればいいじゃん、と提案したけれどシンプルに「馬鹿」と一蹴された。なんでだよ。


「別にアドルフがイケメンだからって襲ったりしませんけど? ちょっと自意識過剰なんじゃないですか?」
「お前はもう少し意識しろ。そういうところだぞ馬鹿」
 

 本日二度目の馬鹿呼ばわりだが、慣れてきたのかもう痛くも痒くもない。バカっていう方がバカだからな。

 気を取り直して真面目な話に切り替える。
 私が街へ行くべき最大の理由をきちんと伝えておかなくては。
 
 
「さすがにそろそろ私も働かないと!」
「なぜ働く? お前は働く必要なんてないだろうが」
「えっ」
「こう見えて金はある。お前ひとり養うくらいどうということはない」
「は?」
 

 驚きで目を見開く私に、アドルフは「俺はそんなに甲斐性なしに見えるのか」と憮然と腕を組んだ。


「え? だって、働く必要ないだなんて……え、働かない、え? 待って。生きていく上で、そんな選択肢あるの?」


 ホワイトに見せかけた内情ブラック企業の元社畜にとって働くなという言葉は、マグロに泳ぐなと言っているようなものだ。
 当たり前だと思っていたことが真っ向から否定されて今とても動揺している。
 

「働かざるもの食うべからず。し、仕事を……、仕事をくだ、さ……い……」
「お前、大丈夫か?」

 
 突然机に突っ伏しブツブツと戯言を呟く私へ掛けられるアドルフの声に、心配と動揺が入り混じる。


「なぜ、そこまで働こうと……?」


 ハッと息を呑む音が聞こえて顔を上げると、アドルフが顎に片手を添えて痛ましそうな目で私を見ていた。


「まさか、ウタ……お前……」
「なに?」
「いや、いいんだ。なんでもない」


 え、なに?
 なんでもないって顔してないじゃん。
 なんで緩く頭を左右に振りながら眉を顰めて私の両肩をポンポンしてくるの? これ私、なんか同情されてない?


「大丈夫だ。お前が何者であろうと、俺は放り出したりしない」
「あ、ありがとう……?」
「今日は夕食にお前の好きなものを用意しよう」
「急に優しくされると怖いんだけど」


 しかも『用意しよう』って、また街にひとりで行く気だろ。連れてけよ。
 そうこうしてる間にアドルフは席を立ち、出立の準備を始めてしまう。
 しかも、もう街へ行くことを隠す気がないのか、憚らずに討伐した魔獣の素材を売ってくる、と具体的な予定を言いやがった。

 
「まって、私も行く!」


 慌てて立ち上がると、すでに扉に手を掛け外に出ようとしていたアドルフが振り返る。
 お、連れてってくれるのか?


「いいか、ウタ」
「?」
「俺が魔獣避けをしているのは、この家だけだ」
「うん?」
「今は特に魔獣が繁殖期で活性化している。お前のような奴は良いエサでしかないんだから、ひとりで一歩でも外に出たら命は無いと思え」
「……」

 

 エサ……。
 かつて出くわした魔獣の不気味さ、襲われる瞬間の恐怖を思い出して顔を青くする私に、アドルフがニヤリと口角を上げた。

 

「じゃあな。大人しくしてろよ」



 固まる私の目の前で扉が閉まる。 


「ちょっと!!??」

 
 結局また私は置いて行かれてしまった。
 



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