押しかけ女房は叶わない恋の身代わりらしい

雪成

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お久しぶりです

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「ママぁ、ケンカしてるよー」
「こ、こら…っ、指を差しちゃダメ! ほらあっちにいきましょう」


 子供達が親に手を引かれ、私達から距離を取る。
 アドルフがそれに気付いて気まずそうに顔を歪めた。


「……ウタ、一度店を出るぞ」
「アドルフの顔が怖いから、保護者に教育に良くないと思われたのかな」
「おい」


 怖い顔が更に怖くなった。しかしいつもならすでに舌打ちが出ている所をグッと堪えている。子供の前でこれ以上大人の良くない部分を見せるわけにはいかないとか思っていそうだ。


「もう玩具屋さんには居られないね。諦めて本屋さんいこう!」
「居られなくなったのはお前が我儘言うからだろうが」
「違うよ。アドルフがおとなげないからだよ」
「あ゛あ?」


 ほらそれだよ、それ。
 私はアドルフが口の悪いただのお人好しだと知っているから全然平気だけど、それなりに初めて会った時は怖かった。放つオーラがもうカタギではないと思った。イケメンだけど目つきは悪いしかなり長身で服の上からも筋肉の盛り上がりがわかる。
 だから、無駄にニコニコしてるくらいじゃないと普通の人は近付き難いと思うんだ。
 『あんたを見てると気が抜ける』と友人達に評されていた気抜け顔の私がそばに居てもアドルフの雰囲気を和らげる効果は全くない。むしろ、今は丈の長いローブを着てフードで顔が隠れているから得体の知れない怪しさを追加させて更に子供達を怯えさせている。

 仕方なく夢いっぱいの玩具屋さんで反社会的な顔をしているアドルフの腕をぐいぐい引っ張って店を出た。
 途中、でかいアドルフをポカンと見上げる子供達に出くわしたけど「比較的大人しいから大丈夫だよ」とできるだけ優しく声を掛けて手を振る。
 すると子供達も小さな手をおずおずと振り返して見送ってくれた。あらまあかわいい。
 アドルフは隣で「何と比較されたんだ俺は」とぶつぶつ文句を言っているので「ゴリラ」だと答えておいた。
 




 店の外に出ると、再び立ち並ぶ賑やかな屋台に目を奪われてしまう。
 いいなぁ、この感じ。珍しい、目新しい物ばかりに囲まれると、やっぱりワクワクしてくる。
 良い匂いがいたる所から流れてきて、鼻を小さくすんすんと鳴らした。
 さっきはお肉を食べたから、次は甘いものがいいかもしれない。


「アドルフ、あの飴が食べたいです!」


 指を差したのは、以前アドルフが仕事帰りに買ってきてくれた事のあるリーゴという果物が甘い飴でコーティングされたものだ。見た目はりんご飴。しかしその飴は虹色に輝いていた。
 魔道士の帽子もレインボーだったけど、この国では七色に何か意味でもあるのだろうか。
 買ってくださいお願いします、と下手に出て頭を下げる。つい先程までアドルフをいじり倒していた私の急なしおらしさに怪訝な顔をされるが、目的のためなら掌を返すことを厭わない。


「さっきは腹がいっぱいだと言っていただろうが」
「女子にとって甘いものは別腹ですから」


 揉手で女子であることをアピールすれば、少し考えて間をおいたアドルフから「ちゃんと自分で全部食べられるのか」「俺は甘いものは食わん」と念を押され、うんうんと頷く。
 まだ全然食べられる。ナゲヘラはビジュアル的にお腹いっぱいだっただけだから……。




※※※



 
 
「あれ、アドルフ?」


 ふと声をかけられて振り返れば、そこに居たのはいつぞやに森の奥の家に訪ねてきた男の人だった。
 えーと、名前はなんだっけ?
 頑張って思い出そうとしている間に、その男性は柔かに笑って小走りに歩み寄ってきた。


「やっぱりアドルフだ。今日はこっちに来てたんだな」
「ああ」
「しかも誰かと一緒なんて珍しい。あ、こっちはもしかして、アドルフの奥さん……?」


 男にフードに隠れた顔を覗き込むようにして言われた。これは、無視できない。


「こんにちは」
「はは、正解だ! お久しぶりですね。ええと、ウタさん?」


 ニコッと効果音がつくように男が笑った。
 私もつられて他所行きの笑顔を浮かべる。

 相手は私がウタだと覚えているようだ。まずい、まずいぞ。こっちは忘れましたとは言えない。なんとか話の流れでこの人の名前が出てこないだろうか。

 内心で焦りながらも臆面には出さず、当たり障りない返事をする。


「はい。お久しぶりです」
「一緒ということは、あれからふたりとも仲直りしたんですね。安心しました」
「その節はご心配をおかけしました」
「いえいえ」


 男はホッと息を吐き、胸に手を当てた。
 とても育ちの良さそうな上品な仕草だ。白い騎士服のようなものを着ているから余計に品行方正に感じるのかもしれない。
 そして私は未だ彼の名前が思い出せないままなんとなく話を合わせている。
 ランドとか、ロンドとか、そんな感じの名前だった気はするんだけど確証が持てない。
 元の世界で働いていた頃、八方美人が災いして街中で知らないおじさんに声をかけられる事が多かったことを思い出す。たぶん話の内容的に仕事上で知り合った取引先の担当者だろうとは思うのだが、いつどこで会ったのか、名前どころか顔も部署も思い出せないまま最後まで世間話をし続けて「それでは今後ともよろしくお願いします」と笑顔で別れることはザラにあった。
 そんな私の適当社会人スキルが異世界でも発揮される時がきたようだ。


「今日はお買い物ですか?」
「はい、これから本を買いにいくところです」
「買わせないけどな」


 私と男の和やかな会話に、憮然とした声が差し込まれた。反社会的な顔が半目で私を見下ろしている。
 それに対し名前の思い出せない男が「アドルフ」と諌めるような声を掛けた。


「本くらい買ってあげたらいいじゃないか」
 

 まさかの援護射撃!
 そうだそうだ! もっと言ってやってください、名もなきお方!


 アドルフは腕を組み、私を顎で指す。さっきから態度悪過ぎない?


「余計なことを言うな。こいつの買おうとしているものは有害図書だ」
「え? それは、禁書か何かなの?」
「え……ええ、まあ……」


 禁書は禁書でも、18禁書だけど。
 やましさに「なんでまたそんなものを?」と首を傾げる名無しさんからそっと視線を逸らしかけて、いやいや、だめだ。こういう時は堂々とすることが大切なのだ! と思い直す。
 18禁は恥ずかしいものではない!
 顔を上げて、ニコリと笑顔を向けた。
 

「たとえ禁書でも私は大人ですから自己責任だと思っています。今までの狭い世界で満足していたら成長はありません。規制に守られ、知るべきことを知らず、目を背け続けるのではなく、自らもっと知見を広げて勉強していかないと!」
「……っ、なんと! 素晴らしいじゃないですか!」


 名無しさんは感心したように抑揚に頷いて、私を褒める。


「物事の本質を見極めようとするその探究心! ウタさんほど自律的な女性に出会ったのは初めてです!」


 照れて「よせやい」と笑うと、アドルフにフードを下に引っ張られて視界が遮られた。


「ちょ……! なにするの?!」
「だから、顔を出すなと言っただろうが」
「お話してるんだから今は良くない!?」
「ダメだ。あと、もう喋るな」
「はあ!?」
 

 なんて横暴な。それ元の世界だったら完全なモラハラ野郎だからな!


「じゃあ黙るから早く本屋に連れて行って」
「リーゴ飴を買ってやる。ちょっとここで待ってろ」


 話をすり替えやがった。
 でもリーゴ飴は欲しい。ここは大人しく待って、リーゴ飴が手に入ったらまた騒ごうと決めてピタリと口を閉じた。
 アドルフがそれを見て納得したように頷くと、「いいか? ここから絶対に動くなよ」と私に念を押した上に隣にいた名無しさんに「ロラン、悪いがこいつを暫く見張っていてくれ」と頼み、リーゴ飴の屋台へ足を向けた。
 

 ロラン……名無しさんは、ロランという名前か。
 棚ぼたで名無しさんの名前をゲットした。
 そういえばそんな感じだったかも。いやほんとはまだピンと来てないけど。

 すると、クスクスと名無し改めロランの忍び笑いが聞こえてきた。


「ふふ、くく…っ、あのアドルフが、まさか。ははは!」


 え……、今笑うところあった?
 ロランの笑いのツボがよくわからなくて困惑する。


「あの?」
「ふっ、ふふふ。すみません。だってアドルフがあまりにもキャラ崩壊してるから面白くって。本当にウタさんのことを大切にしてるんですね」


 大切? アレのどこが?


「私、顔出すな、喋るなって言われてますけど」


 疑う余地のないモラハラだぞ。大体私を「見張っておけ」ってなんだよ。何かやらかすとでも?


「それはウタさんのことを他の人に見せたくないのだと思いますよ。気安く話す私に嫉妬したのかもしれません」
「……ロランさんってとてもポジティブな解釈をされますね」


 まだ彼の中で私はアドルフの奥さん設定のままなんだろうけど、どう考えても嫉妬だなんて生温い雰囲気は皆無だった。
 ロランは夢みがちだな……と白けた目で見ていると、彼は切れ長の瞳をパチリと瞬いた。



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