押しかけ女房は叶わない恋の身代わりらしい

雪成

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隙をつく

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 結局。
 初めてのお出かけで、アドルフは私を本屋に連れて行ってはくれなかった。
 18禁はだめだと26歳の私に言いやがる。
 アドルフは一度こうと決めたら頑として譲らない。とんでもねぇ頑固親父(二歳差)である。


 18禁本の代わりにうちに来たのは全年齢対象の喋るぬいぐるみであった。アドルフの独断と偏見で選ばれた安全で健全な玩具だ。
 しかしこれはこれでなかなかに可愛い。見た目はふわふわ毛並みのフクロウ型でまつ毛の長いまん丸お目目。パチンパチンと瞬きもする。
 フクロウなので、名前は“ふーちゃん”にした。
 こんな子供騙しの玩具で誤魔化されるか! と当初は憤ったものだが、健気にお喋りしてくるふーちゃんに絆され今はなんだかんだで気に入っている。
 


「ふーちゃん、おはよう」
『おはよー』
「アドルフがまた街に行くらしいよ。ひとりで。私を置いて。酷い男。クソやろう」
『んだねぇ』
「あ゛?」


 今日もダイニングテーブルに置いたふーちゃんとふたりでお話ししていると、こめかみに青筋を立てたアドルフが玄関扉の前でわざわざ振り返って凄んできた。
 あらあら。ふーちゃん、あれ見て。ちょっとした冗談なのに、大人気ないでちゅねー。


「馬鹿な会話をするんじゃない。街に行くのは魔物の素材を売る為だ。仕方ないだろう」
「では私も手伝おう」
「断る」
「……ふーちゃん、聞いた?アドルフは私の善意を門前払いするんだよ。酷い男。クソやろう」
『んだねぇ』
「おい」


 ふーちゃんとはとても気が合う。良い感じに常に私の味方だ。
 たまにトンチンカンな返事をしてくる時もあるけれど概ね会話が成立してるのがすごいと思う。
 どんな仕組みになっているのかはよくわからないけれど、お尻のところにボタンで留められている部分があった。
 ちょっと開けてみたくなる好奇心をグッと耐える。そこはふーちゃんの秘められた場所なので。アドルフにも「そこは開けてはダメだ」と言われている。
 現代でいうところの電池……魔石でも入っているのかもしれない。
 
 
「いいか、余計なことはしなくていい。土産はなにか買ってきてやるから、家でおとなしくしているんだ。わかったな?」
「はぁーい。まかせて~。いってらっしゃい~」



 嫌味なアドルフに手を振ってウィンク付きで応えると、苦虫を噛み潰したような顔をされる。
 なんでだよ。ウィンク上手くできただろうが。
 

 
  ふんだ。べつに、置いていかれてもいいもんねー。
 いつもならアドルフが出ていくギリギリまで「街へ連れていけ」と駄々をこねるところだが、あの超過保護セットがあれば自分ひとりでも安全に街に行けるということがわかっている。
 
 渋々お留守番していると見せかけて、アドルフが仕事に出かけている間にチョチョッと行って帰ってくればバレないのではないだろうか。


 私はその機会を密かに窺っていた。
 街へ行く目的は、バイト先を探すこと。
 元社畜にとって職がないというのはとてつもない不安要素なのである。
 異世界に来てから全く戻れる気配がないからもうここで生きていくしかないのかなと腹を括ってはいるが、自分がこの世界で通用するのかもわからない状態なのは怖いのだ。
 今はアドルフが養ってくれているけれどいつか気が変わるかもしれない。感情の変化は人間なんだから仕方ないとも思う。
 アドルフは無精髭(最近は伸びて完全に髭)の無骨なオジサンに見えても本当は意外と若いし、顔の作りだってべらぼうに良いのだ。こんな山奥でなければワンチャン結婚だってするかもしれない。そうしたら、私はなんだ?って話になる。小姑? ペット? どちらにしても一緒にくっついていく事はできないだろう。

 だからこそ、異世界でもちゃんと地に足をつけたい。アドルフという保険があるうちに自立するのだ!
 




 私は超過保護セットを身につけて、少しずつ外に出る訓練を繰り返すことにした。

 アドルフが私を警戒しながらも家から離れたのを小窓から確認し、ニヤリとほくそ笑む。そして素早く超過保護セットを身につける。

 初日は庭から数歩出てはすぐにダッシュで家に戻るを繰り返した。

 いつ茂みから魔獣が飛び出してくるか、ドキドキしながら注意深く周囲を窺う。護身用にと片手で握った短剣はロラン曰く守護の魔石付きだと言うが、そんなスピリチュアルは感じないのでどうにも心許ない。
 気を張りすぎてヘロヘロになったけれど、結局その日、魔獣は一度も現れずして終わった。


 訓練二回目の日は、もう少し先まで進んでみることにした。
 森の中は暗いので手にはライト代わりに暗闇で発光する石を持つ。
 しんと静まり返る空間の中で何度も振り返りながら数十メートル進んでは止まり、神経を研ぎ澄まして生き物の気配を探る。生い茂る木々や植物に囲まれているからかそこは無風で、草木のすれ合う音すらしないのが逆に不気味だ。
 パキッと足元で自分が踏んだ枝が折れる音に驚いて悲鳴をあげて飛び上がってしまった。慌てて口元を抑えるけれど、何も起こらず。私の荒い息遣いだけが耳の奥で妙に響いていた。


 そしてまた別の日。早くも気持ちに少し余裕が出てきた。相変わらず私はどんな状況においても馴染むのが早い。
 そういえば学生時代、『メンタルがダイヤモンド』と友人に言われたことがある。当時は宝石に例えられたことで褒められたと思っていたけれどよく考えたら悪口じゃね?と何故か今気づいた。


 前回より断然足取り軽く進んでいく。短い丈の草木を掻き分けサクサク進む。
 こんなに日当たりの悪い森なのに、足元に小さな白い花のようなものが点々と咲いていることに気がついた。思わず足を止めてしゃがみ込む。

(なんだろこれ。花? 苔? いや、よく見たらキノコかな?不思議な見た目……)

 なんだかよくわからないけど毒があるかもしれないから手は出さずにじっと観察するに留まる。
 その横では蟻のように小さくて黒い虫が列を作って行進していたので、ついでにそれも暖かく見守る。近くに巣があるのだろうか?一寸先は闇、という森なので、行列の先は見えなかった。

 そんなことを繰り返し、最終的に鼻歌を歌いながら歩きスキップで戻っても最後まで魔獣に出くわすことはなかった。
 


「こ、これは……!」

 ーーーーなんだか、本当に行ける気がしてきたぞ。






「ねえ、ふーちゃん。魔獣ってそんなに匂いに敏感なのかな? 魔獣除けの草の匂いは私にはよくわからないんだけど、ふーちゃんにはわかるの?」


 家に戻ってダイニングテーブルからこちらをつぶらな瞳でジッと見ていたふーちゃんに近づき、陰気魔法使いローブを脱ぎながら匂いを嗅がせてみる。


『おはよー』
「そうだよねぇ、わかんないよね。ふーちゃんは魔獣じゃないから仕方ないか」
『ちかたない』
「でもここ数日試してみて何の問題もないから、ちゃんと効いてる気がするんだよね。この感じなら近いうちに本当に街に行けるかもしれないよ、ふーちゃん! あとは私自身の体力次第ってとこかなぁ」
『んだー』
「ふふっ」


 ふーちゃんは玩具なので大きなお目目をパチパチするだけで魔獣除けの効果の確証は得られなかったけど、私の意気込みを全肯定して応援してくれるので心強い。
 陰気魔法使いローブは寝室の小さなクローゼットにしまってリビングに戻る。ふーちゃんのいるテーブルに座り、突っ伏すようにして目の前のフクロウ型玩具を両手で掴んだ。
 まだ近距離しか出掛けていないけど、やっぱり緊張していたから家に入るとどっと疲れが溢れてくる。こうしてふーちゃんの全身ふわふわの毛並みをモフモフすると癒されるんだよねぇ。
 

 



 外出は街での鉢合わせを避けるためアドルフが朝から魔獣狩りで出掛ける日に決行することにした。
 すでに彼の仕事のルーティンはなんとなく把握している。おそらく、そのチャンスは早ければ明後日にやってくるはずだ。
 今か今かと悶々とするのは性に合わないので、夕食時にさりげなく探りを入れることにした。



「アドルフ、明日は家にいる?」
「いや、いない。だが、罠を仕掛けに行くだけでそれほど遅くはならない。洗濯した物も問題なく取り込めるだろう」
「それは良かった。じゃあ明後日は? 街に行く?」
「明後日は罠に掛かった魔物を捉えに行くから街には行けないし、帰りは遅くなるな。……ウタ、だからと言って夕食を準備しようとするなよ? 洗濯もだ。気を回すな、絶対に」


 なにそれ、押すな押すな系のフリなの? そう言われると逆に家事したくなるんだけど。
 
 そしてさりげなく聞くつもりがドストレートに予定を聞いてしまった。アドルフの作ってくれた謎の魔物肉の角煮が柔らかくトロトロで、思わず口が滑ってしまったのだ。
 けれどアドルフに家事以外で私を疑う様子はない。まさか魔獣に怯えていた私がひとりで街へ行くとは思いもしないのだろう。
 おかげで予定を普通に答えてくれるから助かる。

 ついニヤリと口端を上げた私にアドルフが怪訝な顔をし眉を寄せた。


「……おいウタ。何を考えている?」
「え~? このお肉、どうやったらこんなに柔らかくなるのかな?って」
「お前には無理だ」
「やだな~、べつに作るなんて言ってないじゃん~」
「……」



 ああ、だめ。どうしても顔がニヤニヤしてしまう。アドルフは私が料理をしようとしていると勘違いしたのか、夜中に火打石っぽいものをどこかに隠していた。

 ふははは!残念だったな!私は料理なんてしない!!

 善は急げ。思い立ったが吉日。
 決行は明後日で決まりだ!!

 


 予想通り。
 決行日にアドルフは早朝から弓を背負って、さらには「火は絶対に使うな」としつこいくらいに言い残して家を出て行った。



 

 
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