学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常

試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常 その12

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 ミアが使い魔格闘大会に出た次の日には海に入れるようになっていた。
 どうもグランドン教授が色々と賭け合ってくれたようだ。
 とは言え外道の話は伝えてない。
 それに加えて、集まってきていた精霊も荷物持ち君にそれとなく伝えて、ミアの護衛に問題がない範囲で解散して貰っていたようだ。
 グランドン教授が、それらをどう伝えたかまではミア達は知らないが、上手く隠して伝えてくれたようだ。
 荷物持ち君が使い魔格闘大会に出てくれたことへのささやかな礼だったのかもしれない。
 そのおかげで、再びミア達は海で遊べ楽しむことができた。
 四日目の朝、既に帰り支度を終え、フェチ神から借りていた水着をエレノアに返し終わった所だ。
 他の神の儀式を見たいと思ったミアは、エレノアが神に水着を奉納するところを見せてもらった。
 ただあまり参考にはならず、奉納台に置かれた水着が、魔法陣に魔力を通してエレノアが祈ると、目の前から瞬時に消えただけだった。
 ロロカカ様の時のように、その御手が出てきたりするわけでもなかった。
 ただ奉納したとき、エレノアには神の声が聞こえた、とのことでとても喜んでいる。
「驚きました。フェチ神の評価が一番高いのがミア様だったので…… 私はスティフィ様が一番高いのかと思っていたのですが、私もまだまだですね。よろしければ、ミア様には来年も来ていただきたいのですがどうでしょうか?」
 エレノアの機嫌がとてもいい、とはいえ、既に道化の化粧をしているのでとても分かり難くはあるが、機嫌が良い事だけは明白だった。
 それを聞いたミアはどう反応していいか困るしかない。何とも言えない気持ちでいる。
 ロロカカ様に評価されるのであれば、ミアにとってはとてつもなくうれしいことだっただろうが、よその神であれば、しかもよくわからない、ミアの目から見れば、なんかわからないがいかがわしいような神であれば、ミアがそう思うことも無理はないのかもしれない。
 ついでに、どういう評価だったのか、その内容までは聞かないことにした。
 そこを深く聞いてしまうと、ある種の深淵を覗いてしまう気がしたからだ。
「ど、どうと言われましても……」
 ミアもそう言いつつも内心はとてもうれしくはある。フェチ神に評価されたことではなく来年もまたここへ遊びに来れることがだ。
 来年もここで夏の余暇を満喫できるというのであれば、それはとても嬉しいだし、素敵な事なのだろう。
 そもそも、巫女の仕事が忙しくまともに友人らとまともに遊んだことがなかったミアにとって、この旅行はとても大切な思い出ともなった。
 しかし、それとは別に少しばかり気がかりになることもある。
 例えば、使い魔格闘大会はやはり出禁になった。
 流石に勝負にならないほど強い上に、解体だけならまだしも相手の素材を取り込むともなると、出禁にせざる得ないようだった。
 そもそも使い魔格闘大会は操者の腕を競う大会というのが根幹にあり、自ら判断して動く荷物持ち君はその理念にも反しているというのもある。
 次の日、海辺で遊んでいると後ろ指を度々刺されるようなこともあったくらいだ。荷物持ち君は悪い意味でもいい意味でも有名になってしまっている。
 それに自分のせいで外道が寄って来たともなると、少し考えてしまうところもある。
 ただエレノアとグランドン教授は大変満足していたようだった。
 二人とも上機嫌だし、エレノアなどは大きな獣や魚を解体する見世物もいいかもしれないですね、などと言い出す始末だった。
 ミアからしてみれば複雑な気持ちだ。
 ただここ、ティンチルでの滞在はとても楽しかったことだけは確かだ。ミアにとって全てが夢のような体験だった。
「まあ、ミアは神様に好かれやすいからね。いいじゃない。来年もただで来れるなら? ご指名で招待されるって言うなら、今度こそ不正ではないんだし?」
 まさかこういったことでミアに負けたこと若干動揺しつつも、スティフィはそう言ってその動揺を隠した。
 とはいえ、相手がミアなので、神に気に入られることであれば、スティフィなど足ものとに及ばないのかもしれない。
 それと今回の旅行の切っ掛けとなった福引には、不確かだが不正はあったのかもしれない。が、結局のところミアには真相はよくわからないし、旅行を十分に堪能してしまった。
「また、ただでいいんですか?」
 それはそれとして。
 ただであるのならば、確かにまた来てみたいとも思ってしまうの事実だ。
 海遊びは想像以上に楽しかったし、この街はどこも幻想的で素敵で現実を忘れさせ夢心地にしてくれる。何より料理が驚くほど豪華で美味しい。
 まさしく夢の街だ。
 夏の一時の幻想のようにすら思えてしまう。
「はい、そのように手配させていただきます! フェチ神の評価がこれほど高かったのも、お言葉を頂けたのも、久しぶりの話ですよ! 神も大層お喜びになっておいでです。是非にでも、また来てください!!」
 エレノアはそう言った後、すぐに思いついたかのように言葉を続ける。
「急に来られた時は、私の名を出してくだされば通れるようにしておきますので、いつでも好きな時に何度でも来てください。お友達とご一緒でも構いませんよ! あっ、ついでにジュリーさんとマーカスさんは評価の対象ではなかったようです」
 と、エレノアは明らかに、ミアとスティフィを贔屓してそう言った。
 卑下しているわけではないが、格差を感じるほどの声色の違いはあった。
「まあ、聞いている話ですと、男の俺が評価されるわけないのでは?」
 マーカスはそんな事どうでもいいようだ。マーカスに心残りがあるとすれば、もう一度海洋館へ出向きたいと言うことくらいか。
「私も評価すら……」
 ジュリーは少し落ち込んでいる。
 ジュリーも少し考えれば、よくわからない、自分が信仰しているわけでもない神に何かを評価されても仕方がないことに気づいていたかもしれない。
 ただ三人いる女子の中で自分だけ評価すらされなかったことに、少し乙女心が傷ついているのかもしれない。
 それを見たエレノアも少し態度を改める。
「ジュリーさんは…… まあ、日焼けの治療で軟膏を大量に塗られていたので、それで評価の対象外だったんでしょうね」
 これは嘘ではない。
 なぜならばフェチ神だからだ。そういったものに強いこだわりのある神なのだ。
「そ、そうですか……」
 と、ジュリーは納得しないまでも、もしもう一度来る機会があれば、先に日焼け対策はしっかりしておこうと心に誓った。
「ジュリーさんも来年また一緒に来ましょう」
 その決意が周囲にまであふれていたのか、ミアはそれに気づきジュリーに声をかける。
 そうするとジュリーの顔が、パッと明るくなる。
 ジュリーも心底楽しんでいたことだけは事実のようだ。恐らくはこの一行の中で一番この街を満喫したのはジュリーで間違いはない。
「冬場は温泉街に早変わりするので、良ければその時期もいらしてください。水着で温泉を巡るのも中々楽しいですので」
「は、はい……」
 と、ミアは返事しつつも、エレノアの熱い視線に若干引いている。
 今までこんな感情をミアは向けられたことは少なくどう対応していいかわからないのだ。
 スティフィはなんだかんだミアをかまってくれてはいるが、どこか打算的なところがあり、それがミアにとっても心地よかったりはした。
 エレノアはエレノアが信仰する神が上機嫌になったから、という理由があるものの、ミアに純粋な好意を向けている。
 もちろん恋愛のそれではないのだが、そのまっすぐな好意がどうもミアは慣れていないのか、どうしていいかわからないのだ。
「神様に気に入られるって得よね。まあ、致命的なほど面倒なことの方が基本多いんだけど……」
 スティフィはうんざりとした顔でそう言った。
 確かに神に気に入られると言うことは良い事もある。
 が、どちらかというと神に気に入られるというのは、人にとっては命を失うような事の方が多い。
 この世界では人は、神の作物であり家畜なのだ。
 単純にそう言い切れる話ではないが、気に入った食べ物があれば食べたくなるのが通りだ。
 その言葉を聞いたエレノアも少し困った表情を浮かべるが、その発言の内容自体は真実なので認めざる得ない。
「まあ、それは否定しませんが。スティフィ様の評価も高かったので、ミア様とまたご一緒に来ていただきたいですね。歓迎しますよ。それにフェチ神は直接手を出す神格ではございません。フェチ神は天よりそっと我らを、いつでもどこでもなんどきも、見守っていてくれるのです」
 エレノアはそう言って天を仰ぎ見た。
 とはいえ、ここは室内で上を向いたところで、豪華で綺麗な吹き抜けが見えるだけだ。
 見る価値がないとは言えないが、流石にそこに神は居なさそうだ。
「いや、まあ、あれね。ミアが来るならね、私も来ると思うわよ……」
 来年、自分が生きているかどうか、スティフィには余り自信がない。
 何がきっかけで死ぬか、それこそわからないし、ダーウィック大神官やオーケン大神官の意向次第ではすぐにでも命を落としたり、差し出したりもする。
 それがデミアス教の在り方だ。強者こそが全てだ。スティフィもそれに準じ命を差し出すこと自体には異論はない。
 スティフィにはダーウィック大神官が既に自分を排除したいと思っているように思える。
 恐らく間者であることがバレているのだろう。
 ただそれでもスティフィは、ダーウィック大神官の元に仮初であれ仕えていたいし、今はこの学院の生活で少しでも長く生きていたいと思っている。いや、そう思い込んでいる、だけなのかもしれない。
「はい、お待ちしています」
 エレノアは仰々しく頭を下げて礼を尽くした。
 ミアとジュリーはそれに対して頭を下げて返す。
 そのままエレノアと別れ、馬車駅までの道中で、
「三泊四日…… 早かったですね」
 と名残惜しそうにジュリーが口を開く。
 馬車が出発する時間までまだかなりあるので街並みを観光しつつ歩いて向かっているところだ。
 途中で昼食を、もう自費になってしまうが、格闘大会で皆、相当な配当金や出場料を得ているので特に問題なく、ここティンチルでの食事をして、更に一休みしてからの出発となる。
 かなりゆったりとした歩きで馬車駅を目指して帰路を歩く。
 滞在中にも何度か歩いたが、やはり統一された街並みで、こうやって歩きながら見ているだけでも十分に楽しく観光にもなっている。
 皆、名残惜しいようにその街並みを見てため息をついている。
「帰りに、宿場町と都でもう一泊づつでしょう? もう少し旅行気分が味わえるのでは?」
 こんな豪華な場所ではないが、それでも旅行気分はもう少し続くとばかりにマーカスは答えるが、
「いえ、道中の宿場町では一泊しますが、レグリスでは泊まらずに、馬車の乗り継ぎだけで、そのまま学院まで直行のはずです。明日の夜には学院についている感じですね」
 と、ミアがそれを訂正する。
 この旅行に出る前に、一度旅の予定は伝えておいたはずだが、マーカスは聞き逃していたのか、聞いたが忘れたのか、そもそも興味がなかったのか、覚えていないようだ。
「じゃあ、後は馬車に揺られるだけか」
 そして、詰まらなそうにマーカスはそう言った。
 御者台に乗せてもらって馬を見ているのもいい、そんな事を考えている。
 まあ、乗合馬車がそう簡単に御者台に関係ない人間を乗せることはないが。
「またしばらく馬車か。逃げ場がないのよね」
 さらにスティフィがミアを、正確にはミアに憑いている、その目には見えない精霊を感じながら愚痴を漏らした。

 ルイーズ一行とミア達が砂浜で出会ったその日、その夕刻まで話は少し遡る。
「ルイーズ様、本当に宿場町で休まないのですか?」
 ルイーズの護衛を任されている騎士団、それに所属している部隊の隊長であるブノアが確認する。
 そもそもティンチルに着いたの昼過ぎで、そこからとんぼ返りしたのでまだ宿場町にすらついていない。
 ブノア率いるこの隊は、リズウィッド領の騎士団に所属はしているが少々特別な立ち位置の部隊となっている。
 ついでに騎士隊は王都の王直属であるのに対して、騎士団は各領地の所属である。この領地本来の正規の軍隊だ。
 とは言え、一般人からしてみれば、幾分か騎士隊のほうがなじみやすいが、騎士隊も騎士団も似たような存在ではある。
「ええ、馬たちだけ宿場町で変え、先を急ぎましょう。
 お父様もいつまでリグレスにいるかどうかわからないですし、今は急ぎたいのです」
 ルイーズのその提案に、ブノアは少し困った表情を浮かべる。
 今、この馬車を引いているのは訓練された軍馬だ。
 そこらの馬とは格が違う。
 それをおいそれと交換することはできない。
 とはいえ、とんぼ返りになったため、訓練されている軍馬とはいえ馬達も疲れていることは確かだ。
 馬を新しく買い、軍馬を宿場町に預け、あとで軍馬を迎えに来なければならない。
 が、ルイーズのはやる気持ちも十分に理解できるし、ブノア自身も真相を早く知りたいと思っている。
 禁忌とされてた魔術を使う外道狩り衆。
 行方不明となったとされる同胞、その一人の手掛かりが得られる機会だ。
 この領地が禁呪や危険な呪術にまで肝要なのは、田舎と言うこともあるが、それらを許可している領主にとっては外道狩り衆の存在が大きい。
 その歴史は古く、噂ではだが、神代戦争の前、法の神が外道を敵と定める以前から、外道を狩っていたと言われる集団である。
 外道狩り衆と呼ばれる面々は、長い歴史の中でリズウィッド領領主の預かりとなっている。
 ただ外道狩り衆が使う術は禁呪と呼ばれるようなものがあまりにも多く、公にできるものではない。
 近年まで秘密裏に存在してはいたものの、つい数年前に解散となり、その構成員も全員騎士団員となった。
 忠義に厚くはあるが、その扱いは非常に難しく、領主も迷った挙句に、娘や自分の護衛役に外道狩り衆の頃から利用していた。
 腕が立つのは確かで、外道狩り衆の力を使わなくとも通常の騎士とは一線を画している。
 近衛騎士の役割に近い、が、その存在は公にはできなかった。それが正式に騎士団となったため、公に護衛として姿を現せれるようになった。
 外道狩り衆の使う魔術は、禁忌とされるものが多い。それは他の領地の領主が知れば、それは目を覆いたくなるほどのものだ。
 それを数年前、外道狩り衆の術を封印し、外道狩り衆を正式に騎士団として向かい入れ、外道狩り衆を解散されたのだ。
 それは日の目を見ることがなかった外道狩り衆としても嬉しいことだ。
 それもそのはずだ。外道狩り衆の掟にはその存在を知られてはいけない、というものがある。
 外道狩り衆は三つ目の模様がある鍔広の三角帽子を被り、更に三つ目の布で顔を隠していたと言われているが、その姿を知っている者はその掟のおかげで本当に少ない。
 知られてしまえば生かしては置けない、そのような影の存在として今まで生きて来たのだ。それから解放されることとなったのだから、当人達も反対する者はいなかった。
 何より、外道狩り衆の役割はとうの昔に終えている。
 それにこの領地の魔術学院に元竜の英雄でもあるハベルが騎士隊の教官として赴任してきたことも、解散に至った理由の一つだ。
 そもそも、外道狩り衆という名であるが、近年は外道狩りなどはしていなく、主に領主の一族の護衛が主な仕事になっていた。
 外道狩り衆が出張るような外道が少なくなってきたのが一番の理由で、騎士隊が正常に働いていればそもそも外道狩り衆の出番はない。
 見られたら見た相手を始末しなければならない、腕は立つがそんな掟を持つ部隊を、太平の世でおいそれと使うこと自体が馬鹿らしい。
 まさしく役割を終えた組織であり、念のために領主とその身近な血族、それらの陰の護衛として残していたものを、ついに解散させただけの話だ。
 解散にあたり軋轢もなく、外道狩り衆の頭領であった貴族の一族もホッと胸を撫でおろし、これからは普通の貴族として生きていけることを喜んでいるくらいだ。
 リグレスの東に位置する小鬼の半島に住む外道の王の存在は気がかりだが、騎士隊が何十年もの間封じ込めに成功しているし、あの外道の王は不死のため、外道狩り衆の力をもってしても滅ぼすことはできない。
 歴史的には、騎士隊が登場したことで、外道狩り衆としての役割は終わっていたのだ。
 ただ念のためにと、近年までその技術を受け継いできただけに過ぎない。それも終わりを迎えた。ただそれだけの話だ。
 だが、解散する数年前、一人の外道狩り衆が行方を晦ましている。
 もし、行方を晦ました者が生きているのなら、最低でも禁呪の封印だけはしなければならないし、それを拒むようであれば始末しなければならない。
 そのためにはルイーズの父である現領主には話を通さなければならない、自分だけで判断していい話ではない、だからルイーズは急いでいるのだ。
 せっかく闇に生きて来た者達が日の目を見れる生活をしだし、軌道に乗っているのだ。今邪魔されるわけにはいかない。
 ただ道を急ぐルイーズに釘を刺すように、
「ここいらの街道、特に最近、良い噂を聞かないんですがね?」
 ブノアの部下の一人がポツリとそんなことを漏らした。
 ひょうひょうとして冗談にも思える口ぶりだが、ルイーズは知っている。その男が冗談のようにいう時こそ、本当に気を付けなければならないと言うことに。
「あら、盗賊でも出るというのですか?」
 と、ルイーズがとりあえず反応する。
 自分を護衛している者達にとって盗賊や野党など物の数ではない。
 そんなことで、わざわざ口を挟んでくる部下ではないことは百も承知している。
「そんなのなら、なんの問題もないですよ。出るのは未確認種という話です」
 ため息を軽く吐いた後、変わりに隊長であるブノアがそう答える。
 未確認種。
 法の神が呼び答えなかった者達が外道種。そして、そもそも法の神に呼ばれなかった者達が未確認種と言われている。
 ただし、これも人が作った造語であり、あまり意味のある言葉ではない。
 ただ多岐にわたり色々な物や生物を、またはそれ以外を指し示す言葉でもある。どういう訳か幽霊なんかもそれにあたるという話だ。
「未確認種? お化けでも出るというのですか?」
 怪訝そうな顔でルイーズはブノアに聞き返す。
 神がいる、特に冥界の神がいる地域では、いるはずもない存在だ。
 冥界の神がいない地域では、夜な夜な死者が歩き回る、などという迷信があるが、この地には冥界の神がいて死者を管理しているはずだ。
 彷徨える魂、幽霊なんてものが存在しているはずはない。
「はい、それも行方不明者が確認されているって話ですね」
 そう答えはのは、ブノアではなく先ほど良い噂を聞かない、と漏らした部下だ。
 ブノアは少し不機嫌そうにその部下を睨む。その部下は少し苦笑してペコリを頭を下げ以後黙った。
 ブノアはルイーズが面白半分で首を突っ込むのではと危惧しているからだ。
 聞いている話では、かなりの厄介事で、領主の娘であるルイーズには首を突っ込んで欲しくはない。
「この辺りも冥界の神は…… デスカトロカ神よね? しっかりとした神と聞いていますが?」
 デスカトロカ神。さほど広い地域ではないが、ここら一体の地域の冥界の神として冥界を管理している神だ。
 冥界の神としては温厚で優しい神と言われてはいるが、その分、約束を破った者には厳しい、と言われている。
「ここ数年、その神のご機嫌がよろしくないとの噂で…… そのせいで冥界の門がわずかに開いているとも言われています」
 ブノアは観念してルイーズに知っていることを話す。
 冥界の門が開けば、現世に冥界の亡者が溢れだすと言われている。
 そんなものにルイーズを巻き込ませるわけにはいかない。
「はぁ、ただでさえ夏場は冥界とつながりやすいとも聞きますね。あなた達は幽霊に対処はできるんですか?」
 ルイーズに恐れた様子はない。
 ただ淡々と確認をする。それほどまでにこの者達を信頼している。なにせ自分が物心つく前から自分の護衛として仕えてくれている者達だ。
 昔は陰から支えてくれていたが、外道狩り衆が解散となった今ではこうやって面と向かって支えてくれている。
 その信頼は今も昔も変わりない。
「ご命令とあれば。と、言いたいですが私達も実際に見たことはないですので何とも。聞いた話では、ですが、霧が出たら要注意とのことです」
 ブノアがそう答える。
 歴戦の猛者、ブノアでも未確認種なんてものと遭遇したことはない。
 ただ主であるルイーズが対処しろというのであれば、その覚悟はある。
 そして、それを遂行できる力も持っていると自負している。
「隊長、それ本当ですが?」
 と、御者をしている部下が御者台から、馬車内に聞こえる様に大声を上げた。
「なんだ、霧でも出たのか?」
 と、ブノアが聞き返すと、
「ええ、まあ……」
 そう言って御者をしていた部下は苦笑いしながら返事をした。



 ルイーズ・リズウィッドの場合。

 護衛役にして隊長であるブノアと共にルイーズは、一軒の廃屋に逃げ込んで来た。
 幸運なことに、廃屋自体はかなり荒れているが、壁と扉は無事で外にいる者達の侵入を防ぐことはできそうだ。
 ブノアは廃屋の内部を探るが、何かが動くような気配はない。それで気を抜くわけではないが、一息はつける。
 その他の護衛とは霧が出てすぐにはぐれてしまった。いや、霧に飲まれ強制的にはぐれさせられたというべきか。
 ブレアはルイーズの手を引いていたからか、引きはがされずにすんだ。
 荒い息を整えてルイーズは癇癪を起したように叫んだ。
「なんですか、あれは!?」
 それに神妙な面持ちでブノアが答える。
「恐らくは未確認種…… 幽霊というやつです、冥界か地獄かまではわかりませんが、亡者と言ったところでしょうか」
 表にうようよいる連中は、確かに亡者としか言い表しようがない容姿をしている。
 全身が黒く変色しており、痩せこけていて、目玉は抜け落ちていてなにもなく暗いがらんどうの闇だけが見つめている、そして、生者と求めてさまよい襲う。
 亡者としか言い様がない。
「亡者であるならば、元人間でしょう? なら土曜種でしょう? 未確認種というのは、そもそも法の神が名を呼ばなかった種の名称のはずです!」
 ルイーズがそんなことを言い出す。
 だが、その言葉に意味はない。
「どういう訳か、死んだ人間、幽霊も未確認種と呼ぶ事が多いのですよ。そもそも未確認種という言葉自体、学会のやつらが適当に作った言葉ですよ。それ自体に何の意味もありません。しかし、参りましたね。使徒魔術で起こした火では特に効果が無いように見えました」
 もちろんブノアも亡者に対して抵抗したが、亡者たちは実体を持っていないようで使徒魔術でも何の効果も出ていない。
 そもそも、すでに死んでいる冥界の亡者を再度殺すことなど人にできる話ではない。
「幽霊には火が効果的って、誰かが言ってたじゃない!」
 ブノアの部下、その誰か思い出せないが以前にもそんなことを言っていたことをルイーズは思い出して、それを文句のようにブノアにぶつける。
「それは火葬される地域ならではの伝承ではないでしょうか」
 と、ブノアは適当に答える。
 それが本当に合っているかどうかはブノアにもわからない。そもそも幽霊など信じてはいないし、冥界の亡者なんてものは見たのも今回が初めてだ。
 そんなものにどうやったら対処ができるかなど、外道狩り衆が秘密裏に保存していた古文書にも載ってないだろう。
「この地域は火葬じゃないの?」
 と、ルイーズが真面目に返事を返してくる。
 ブノアは苦笑して、
「このあたりは確か土葬じゃなかったですかね」
 と、やはり適当に返事をする。この辺りは土葬かどうかなんてブノアにはわからない。
 ついでに、ルイーズはブノアが適当に返事をしていることを知っている。
 ブノアとの付き合いは長い。その割といい加減な性格も熟知している。
 ただ荒事に慣れていないルイーズは何か話し合ってないと怖くて仕方がないのだ。
 何かを話し返事をしてもらえることでやっと平静を保ってられるのだ。
 それでも毅然とした態度でいないといけないのは、彼女が領主の娘だからだ。
「だから、あんな腐ったような容姿をしているのね。じゃあ、火葬の地域なら骨だけなのかしらね」
 と、思いついた言葉を適当にルイーズは口にして気を紛らわしているが、その足は恐怖で震えている。
「どうでしょうか。生前の姿で現れるとも聞きますが。どちらにせよ、肉体はないようなので、火がどれほど効果があるのかもわかりませんがね」
 自然の火には浄化の力がある。
 だから、神は火から御使いを創ったという言い伝えがある。
 それが本当か嘘かはわからないが、こういった場合はそう言ったものに頼るのはありかもしれない。
 火をつける物をブレアは探すが、そう簡単に見つかるものではない。
 少なくとも使徒魔術で起こした火では効果がなかった。魔術で起こした火では効果がないのかもしれないし、そもそも火では効果がないのかもしれない。
 相手のことがわからな過ぎてどう対処していいのかもわからない。
 何かないかと逃げ込んだ廃屋を家探しををしていると、ドンドンドン。廃屋の扉を叩く音がする。
「誰だ!」
 と、ブノアが扉に向かい声をかけるが返事はない。
 その代わり、扉をガタガタガタと激しく揺する。
 部下を期待していたが、この不可思議な霧の中では再会することは無理なのかもしれない。
「ああ、もう!! なんでこんなことに!! 宿場町へ着く以前の問題じゃない!! もういいわ、ブノア、どうにかしなさい!」
 恐怖に耐えきれなくなったルイーズはブノアに命令を下す。
「良いんですね?」
 と、ブノアが確認をする。
「緊急事態です。ある意味ですが!
 外道狩り衆の力を使ってでもどうにかしなさい!」
「御意!!」
 ブノアがそう返事をして、生き生きとした表情を見せた。



 ジュリー・アンバーの場合。

 ジュリーは直走って逃げていた。
 何から? よくわからない者達から。
 後は帰るだけのはずだった。
 なんだかんだで、いや、最初っから最後まで、こんなことにならなければ楽しい旅行のはずだった。
 しかも、出費どころか、使い魔格闘大会の配当金が想像以上に多かったので今年の夏休みは働かなくとも自堕落に過ごせるはずだった。
 それなのに最後に待っていていたのはこれだ。
 何が起きた? それはジュリーにもわからない。
 帰りの馬車に乗っていたはずだ。都と呼ばれるリグレスのとの中間点にある宿場町へと向かっていたはずだ。
 夕刻、日暮れ、逢魔が時、そんな時間にも関わらず急に霧が出てきて馬車が包まれた。
 余りに濃い霧だったので、一旦街道から外れて馬車を休ませると言った話のはずだった。
 が、気づくとジュリーは一人で馬車の中にいた。
 ミア、スティフィ、マーカス、それぞれの名を呼ぶが返事は一向に返ってこない。
 誰もいない。
 馬車には御者も他の客も乗っていたはずなのに、自分以外誰もいない。
 さすがにおかしいと思ったジュリーは、馬車の外に出た。ジュリーが後から思い返すと、ここから間違っていたのかもしれない。
 馬車の中で恐怖に震えながらも篭っていれば、それだけで済んだ話だったのかもしれない。
 霧が濃い。すぐ目の前すらよく見えないほどの濃霧だ。
 それに妙に寒い。今は夕刻でも咽かえるほど蒸し暑い時期なのに、身震いするような寒気がジュリーの体を駆け抜けた。
 このおかしな地域の気候でも、朝ならまだしも、夕刻にこんな霧ができることはない。
 何もかもがおかしいとジュリーが思っていると、霧の向こうにフラフラと歩いている人影を発見した。
 人だと思ったジュリーは声をかける。
「あの、他の人達を知りませんか?」
 その声にフラフラと歩く人影は反応し、無言で、いや、妙な呻き声を発しながらフラフラとジュリーに近寄って来た。
 ジュリーがなにかおかしい、と思った時にはもう遅かった。
 それは濃い霧の中から現れた。
 一言で言うと亡者。いや、どこからどう見ても亡者だった。その体は黒くやせ細り、そして腐っているかのような汚らわしい肌をしている。
 その亡者がフラフラとジュリーに向かい間近まで、その手を伸ばし歩み寄って来ていたのだ。
 その瞬間、ジュリーの頭は完全に恐慌状態となる。
 気づけば亡者とは逆方向に全速力で走り出していた。
 転びそうになるのをどうにか耐えて、訳も分からずただただ走りだしていた。
 それに気づいた亡者達はどんどんとジュリーを追っていく。



 ミアとスティフィ・マイヤーの場合。

 その濃霧はすごい勢いで馬車を飲み込み、馬車の中まで霧が入ってきた。
 霧に飲み込まれた他の客はスティフィの目の前で気配ごと視界から消えていった。
 声を発する間もなくジュリーもマーカスもすぐに霧に飲み込まれて消えていった。
 すぐに普通の霧ではないことに気づいたスティフィはすぐにミアの手を取った。
 だからだろうか、ミアとスティフィが分かれることはなかった。
 それ以外の人間とは、恐らく無理やりはぐれさせられたようだ。
 ミアは馬車に揺られ転寝をしていたため、霧から逃れることはできなかった。
 スティフィ一人であれば、霧を避け、抜け出せたかもしれない。
 霧に飲み込まれた後、スティフィはミアを揺すって起こす。
「宿場町に着いたんですか?」
 と、目をこすりながらすぐにミアが起きるが、馬車の内部にまで入り込んでいる濃い霧を見て少し驚く。
「ミア、用心して、普通の霧じゃない。手を離したらはぐれるから、手を離さないで」
 と声をかける。
「わ、わかりました…… ジュリーさんやマーカスさんは?」
 と聞き返し、ミアはスティフィが握る手を強く握り返す。
「霧に飲み込まれて消えたわ。他の客もね。どうなったかまではわからないけど、死んだわけじゃないでしょうね、私達も…… 多分まだ生きてるし」
 と言いつつも、スティフィも自信はない。
 もしかしたらもう死んでいるのかもしれない、そういう気さえするほど、スティフィも訳が分からずにいる。
「荷物持ち君!? いますか?」
 ミアがそう声をかけると、霧の中、馬車の積み荷の方から荷物持ち君が起き上がり、ミアの元へとやって来た。
「荷物持ち君は普通にいますが……? 他の人は? 精霊さんはいます?」
 ミアも馬車の中であちこち見回すが、他に誰も居ないのがわかる。
 ただスティフィと荷物持ち君がいることはミアにとってはとても心強い。
「古老樹だし、荷物持ち君はこの霧の中でも平気なのかしらね? あとミアの精霊もちゃんといるわね。今も嫌なほどぞわぞわするわよ」
 ミアの精霊は今もミアにまとわりついてミアを守っている。
 スティフィの右手が、精霊に触れてか触れないでかわからないが、鳥肌になっている。
「ジュリーさんやマーカスさんは無事でしょうか?」
 ミアは心配そうにそう言うが、スティフィにとっても今は想定外の状況だ。
 スティフィからすればミア以外を気にしている暇はない。
「マーカスは、まあ、無事なんじゃない? ジュリーはわからないけど」
 と、思っていることをそのまま口に出す。
 ジュリーはスティフィから見ると、ミア以上にどんくさい。
 恐らく戦闘や荒事自体とは無縁の人間だ。
 こういった状況下では真っ先に死ぬのでは、とさえ思えてしまう。
「そ、そんな」
 と、ミアは悲痛な声を上げるが、現実はそんなものだし、今は他人の心配をしている場合じゃない。
 今の自分たちがどうなっているのかだって、スティフィには理解できていない。
「今は自分の身を案じなさい、ただごとじゃないの。この霧、かなりヤバいわよ」
 スティフィの見立てでは、ミアはそれほど焦っていない。というか、状況をまだ理解できていない。
 だから、他人の心配ができているのだと、スティフィは思っている。
「確かに。この霧からは何か特別な力を感じますが……」
 ミアは空いている手、右手で霧を掴むようにしながら、何かを感じ取っている。
 神の巫女ならでは感覚でもあるかのようだ。
 ただこうして馬車の中にいるのが安全とは限らない、まずは状況の確認を優先させなければならない。
「一度、馬車から出るわよ、手は離さないように」
「それじゃあ、スティフィ手が使えないじゃないですか」
 と、ミアがすぐに返事を返す。
「大丈夫よ。私は足癖も悪いのよ」
 そう言いつつも、両手を使えないのはスティフィにとってかなり厄介だ。武器の大半が使えなくなるし、使徒魔術も使えなくなる。
 ただ荷物持ち君もミアの精霊もいる。
 ある意味、ミアの周囲が一番安全迄ある。危機が迫ってもスティフィが何かしなければならないような状態にはならないだろう。
 馬車から降りた瞬間、スティフィは何者かが、目にはとらえれなかったが、走って遠ざかって行くのが気配でわかった。
 ただそれが誰かなのかまではわからない。
 この霧の中では上手く気配や周囲の様子を探ることが、訓練しているスティフィにもできない。
 そして、その走り去った者を追いかける様に、霧の中から亡者がゆらりと現れた。
 その亡者がスティフィとミアに気づいた瞬間、不可視の触手が亡者を弾き飛ばした。
 凄まじい力で弾き飛ばされた亡者は霧の奥へと飛んで消えていった。
「え? 今、人のような何かがいませんでしたか? 急に飛んでいきましたけど……」
 ミアが驚いてそう言う。
 恐らくはミアの精霊が弾き飛ばしたのだろう。ミアがそれを確認できたかどうかはわからないが、しっかりとその姿を見ることはなかったようだ。
 しかし、ミアの精霊があの亡者を攻撃したということは、あの亡者のような者はミアにも害を及ぼすような存在ということだ。
 ミア、というか、生者に対して手当たり次第に襲いかかっているようにも思えるが。
 どちらにせよ、害を及ぼす存在であることは確かだ。
「良くわかないけど、まっとうな人間じゃなさそうだから平気よ。多分…… 死者とか亡者の類じゃないかしらね? 私も見たの初めてよ」
 先ほど見た亡者のような存在は外道種ではない。
 それは一目見てスティフィには理解できた。
 亡者も外道も不浄な存在であることは変わらないが、その感じ方が違う。
 外道種は明らかな敵対者としてその存在を感じ、亡者は死者でより不浄な死の存在だと感じられる。
 なにより法から外れたと言え、外道種も一応は生物であり生きてはいるのだ。
 死者とはその存在の在り方がやはり違う。それは肌で感じ取れるほどの違いがある。
 ただの感覚の違いなのだが、それは明らかに、なにかが根本的に違うとスティフィには判断できた。
 あの亡者は少なくとも外道種ではない。
 ではなにか、と言われれば思いつくのは伝承や与太話で言われるような冥界の死者である亡者しか思い浮かばない。
「死者? 亡者? お化けですか?」
 ミアが少し困惑したように反応する。
「近くの冥界の門でも開いたのかしらね……」
 冥界とつながる門が開くと、冥界の亡者たちがこのように闊歩するという伝承がある。
 どこの地域でも一つはある昔話の類だ。
 ただそれを眼の辺りにする人間は非常に少ない。冥界の神をよほど怒らせなければこのようなことにはならないはずだ。
「地獄の釜の蓋が開くって奴ですか?」
「地域により色々呼び名があるのね、って、そんな呑気なこと話してる場合? もしかしてミアはこういうの慣れているの?」
 ミアが未だに落ち着いているので、ミアの故郷では割と頻繁に起こることなのかと疑ってしまう。
「いえ、私も初めてですが?」
 そう言って、ミアはきょとんとした。
 ただ単に状況を理解できていないだけのようだ。
「そ、そう…… その割には落ち着いているのね」
「え? ま、まあ? よくわかってないだけかもしれないですけど、なにかまずいんですか?」
 ミアはこの状況を全く理解してないようだ。
 スティフィはこの霧に触れただけで不吉な死の気配を感じている。
 人の死に多くかかわって来たからこそ、これがとても不浄な物で、死によほど近いだと本能で理解できている。
 ただミアは、それ以上に、不穏で不吉な物をいつも身近に感じているせいか、危機感を持てずにいるのかもしれない。
 死の気配でさえ、ロロカカ神の魔力から感じる深い理解しがたい不気味さには遠く及ばない。
「かなりまずいはずよ。亡者に捕まって冥界にでも連れてかれたら、そのまま死ぬんじゃないかしらね? すでにここが冥界って話も既にありそうだけどね。というか、亡者に襲われたら普通に殺されると思うのだけど?」
 冥界の亡者が出てきている、と言うことは冥界の門が開いていれば、冥界に入り込めると言うことでもある。
 もし入り込んだ状態で、冥界の門が閉じてしまえば生きながらに死んでしまうようなものだ。
 次いつ冥界の門が開くかなどわかったものではない。
 それまで冥界で生き抜くことなど不可能だろう。
「た、大変じゃないですか!!」
 やっと現状を理解できたのかミアが慌てだした。
「だから、そう言ってんのよ」
「他の人達は?」
 それでもミアは他の人達のことを気にするようだ。
 恐らく本心から心配しているのだが、そういう者達も神の命があればだが、本人の意志とは関係なく、迷うことなく、それこそ寸分の躊躇なく殺す事ができるのがミアという人間だと言うことをスティフィは既に知っている。
「霧に飲み込まれて消えたわ。それ以上は私にもわからない」
 スティフィもそれ以上のことは本当にわからない。
 様々な修羅場をくぐって来たスティフィでも、こんな出来事は体験したことがない。
「なら、どうすればいいんでしょうか?」
 ミアは困った表情を見せている。
「とりあえず…… 私にもわからないわよ! 朝、そう朝まで待つしかない! 朝になれば冥界の門は自然と閉じるというし……」
 しかし、もし仮に今いる馬車がすでに冥界へと取り込まれていた場合、それは死を意味する。
 が、その可能性は低いはずだ。
 そうであるのならば、古老樹やミアの精霊が何らかの行動を起こすはずだ。
 彼らが動いてないということだ、恐らく冥界の門が開きはしたが、少なくともこの場所はまだ冥界に取り込まれたということは考えにくい。
「でも、ジュリーさんやマーカスさんを助けないと」
 ミアは心配そうにそう言っているが、現状本当に他の人間まで心配していられる余裕はない。
 他の二人、何なら自分の命を捨ててでもミアは救わなければならない。
 それが今のスティフィの使命だ。自分が死んでもダーウィック大神官が、代わりの友人を用意してくれるだろうし、代わりの間者もすぐに来るに違いない。
 人形である自分の代わりなどたくさんいるのだ。
 だが、門の巫女候補であり、ダーウィック大神官が、将来デミアス教の大神官と望むミアの代わりなどいない。
 だから、自分のことも他の二人のことなど気にしている余裕はスティフィにはないのだ。
「今は他人のことを気にしている場合じゃないわよ。私達も既に冥界の中にいるかもしれないのよ? とりあえず動かずに馬車で籠城しましょう」
 そう言って、スティフィは荷物持ち君の方をじっと見つめる。
 その視線に気づいた荷物持ち君も、スティフィの方を向き、頷くような仕草をした。
 ここが安全であることは間違いないようだ。
 恐らくこのまま馬車に籠城しているのが正解なのだろう。下手に動き回って本当に冥界にでも入り込んだら本当にどうしようもない。
 また馬車の外にいる亡者たちは馬車の中にまでは、どういう訳か入り込んで来ようとしてない。
「助けに行かなくていいんですか?」
 ミアは落ち着かない様子で当たりを見回しながら、未だにそんなことを言っている。
「それも朝になってからよ。そもそもこの霧じゃ助けるどころじゃないでしょう? 今、無暗に飛び出してもただ迷ってバラバラになるだけよ、私達も無事とは言い難いの。遭難しているのと変わりないのよ?」
 下手に動けば、それこそ致命的なことになりかねない。
 現状最も安全なのは上位種のいるこの馬車だ。
 亡者たちが馬車の中に入り込まない理由はわからないが、そもそも、馬車に繋がれいる馬にも亡者は襲いかかろうとしていない。
 もうしかしたら、人のみに襲いかかるのかもしれない。
 なので馬車の中にいる限り、亡者達には人の姿を確認できないので襲ってこないのかもしれない。
 少なくとも亡者の感知能力はかなり低いように思える。
 仮に亡者が馬車に入り込んできても、荷物持ち君やミアの精霊がいる。亡者ごときどうとでもなる。
「それはそうですけど……」
 ミアは納得はしているが、相変わらず心配そうな表情を浮かべている。


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