学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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夏休みに尋ねて来た方々

夏休みに尋ねて来た方々 その5

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 白い元神憑きの少女が去ってから一週間ほどだった頃だろうか。
 ミアがスティフィの制止も聞かずに、オオグロヤマアリの討伐の参加をなんだかんだで決めた頃でもある。
 いつものように早朝からの薬草採取を終え、下準備を終えて食堂で休んでいると、どこからともなくスティフィがやってきてミアの隣に座り共にだらだらしだす。
 そして、ミアが調合室に制作中の水薬や薬の様子を時々見に行ったりはするものの、やはりだらだらと食堂で大部分の時間をつぶしている。
 ついでに、なぜ食堂にいるかというと、食堂は涼しいからだ。ミアには原理はわからないが、なぜか食堂は涼しく暑さを凌ぎやすい。
 なので、食堂には、食事目当てではなく避暑目的で、他にも学院の生徒がちらほらと見かけることができる。
 ただ暑さを凌ぐだけなら、食堂よりも図書館の方が変温対策と除湿対策されており過ごしやすかったりはするし、実際に夏季の間は図書館は人気で結構人が多かったりする。
 食堂からミアが使っている調合室は場所的に近いので、ミアは食堂で休んでいることが多い。
 ついでに調合室は、ガンガンと薪で火を焚いて湯を沸かしているので非常に蒸し暑く、夏の間はいつまでもその様子を見ていられるような場所でもない。
 また使っている竈も長時間煮込むことも想定されて造られている竈なので、そこまで火の番をしていなくても平気なのもある。それでもたまに様子を見には行かなければならないが。
 そんな理由からか、ミアも食堂でダラダラとしているのが日課になりつつある。
 最初こそ、ミアも食堂で魔術書でも読もうと思っていたが、食堂は涼しくはあるが湿度は高く、本がダメになりそうなので、それも諦めていた。その結果やることがなくだらだらとしている。
 ここまではいつも通り。ほぼここ最近の同じ毎日だ。
 そんな時に彼らはやってきた。
 かなりの大人数で、その中にはミアも見知った顔がある。
 身の細い綺麗な姿勢の身なりのいい中年。
 険しい顔と異様な気配を持つやはり身なりと姿勢のいい老人。
 そして、不貞腐れた顔をしているルイーズだ。
 あとの者達は護衛なのだが、その人数は多くぱっと見ではニ、三十人はいそうだ。ルイーズの護衛、ブノアの顔もその中にある。
 彼らはゾロゾロとミアのところまでまっすぐにやってくる。
「え? あっ? え? な、なんですか?」
 と、訳も分からずミアが声をかけるその横で、スティフィは静観している。
 もう手を出す気もないが、護衛全員が恐らく自分よりも強い。そんな気配と隙の無さを感じ若干ではあるが緊張している。
 細身の身なりの良い男性がミアに向かい両手を広げ、
「おお、フィリアの、そして我が娘よ」
 そう言った。
 ミアは知らなかったが、スティフィはその人物を知っている。
 このリズウィッド領の領主、ルイ・リズウィッドだからだ。
 その言葉にスティフィも、ただ食堂に居合わせた客も皆ミアに視線を集めた。
「え? だ、誰です?」
 だが、ミアから出た言葉はそれだった。
 けれど、ルイはそんなこと気にしてはいない。
「ほら、見ろ。実物もちゃんと美しいリズウィッドの金髪をしているじゃないか」
 領主であるルイはそう言うが、護衛も含めて周りの者達は良い顔をしていない。
 それはどう見てもミアの髪は黒髪だからだ。
「お父様。どう見ても、美しくはありますが黒髪ですよ。ベッキオ様も黒髪に見えますよね?」
 ルイーズが少し困った表情で姿勢の良い老人に声をかける。
「ああ、間違いなく黒髪だ。ルイよ。なぜこれが金髪に?」
 姿勢の良い老人、ベッキオもそう答える。ベッキオも後ろでまとめられはいるが綺麗な金髪をしている。が、年のせいか白髪も混じりだしてはいる。
「ルイーズもベッキオも何を言っている? こんなきれいな金髪なのに。あの写真でもそうだったじゃないか?」
 ルイーズがお土産にと買っていった写し絵を見た、ルイーズの父、ルイはその写し絵を見て、ミアが金髪だと言い出したのだ。
 そして、いてもたってもいられずになり今に至る。ただ時間が空いたのは少し理由がある。
「お父様、やっぱり目の病気を疑うべきですよ」
 ルイーズがため息交じりにそう言うが、ルイが気にしている様子はない。
 というか、今のルイにはミアしか視界に入っていない。
「検査の結果、問題なかっただろ? そのせいでこんなにも遅れてしまった。それに、なぜこれが黒髪にみえるのかがわからない」
 これが一週間ほど時間が空いた理由だ。
 その結果は異状なし、との診断だった。
 そのことがルイに確信を与えてしまい、ルイはミアの髪が本当に金髪に見えると思い行動している。
「あの? なんなんですか?」
 ただミアからすれば、なにがなんだかわからない状況だ。
「ああ、すまんね。我が娘、ミアよ。君は間違いなく私の娘だ。実際に会って確信は深まったし、フィリアの幼いころと瓜二つじゃないか」
 と、ルイがそう反応する。
 抱き着いてきてほしそうに両手を広げはするが、ミアが何か行動を移すことはなかった。
「それは、まあ、たしかに。金髪であればそうであるが」
 姿勢の良い老人、ベッキオはミアの顔を見ながら、たしかにこの娘は、我が子の娘なのだろう、と確信する。
 体つきこそ違うが、顔つきはまさに瓜二つだ。
 その顔を見ていると、裏では鬼と言われているベッキオも目頭が熱くなる物がある。
「先ほどから金髪金髪と誰のことを言っているんですか?」
 相変わらず訳が分からないミアが困惑して声を上げるとすぐに返事が返ってきた。
「ミア、君のことだよ」
 ルイが優しい表情をミアに向け、そう言った。
「え? 私は生まれつき黒髪ですが?」
 それに対してミアは幼き頃から、自分の記憶の限りは黒髪だったことを思い出し、それをかみしめて告げた。
「ほら、どう見ても黒髪ですよ、本人もそう言ってるじゃないですか、お父様! いい加減目を覚ましてください」
 ルイーズは今の父を見ていられないのか、悲痛な声を上げた。
 だが、その声はルイには届かない。
「何を言っている、こんなにも金色に輝いているのに」
「金色に輝く?」
 その言葉にベッキオは怪訝そうな表情を浮かべる。
 とうとう本格的に狂い始めたか、とも危惧している表情だ。
「ああ、ベッキオ。私にはミアの髪が輝いて見えるよ。まるで、父と子の再開を祝福しているようだ」
 ルイは悟ったような表情でそう言って、ミアを愛おしそうに見つめた。
「お父様、とりあえず場所を変えましょう」
 ルイがあまりにも周りを気にしないので、とうとうルイーズがそう発言した。
 自分も似たようなことを一週間ほど前にやっているのだが、それは棚に上げてある。
 それはさておき、あまり周りに聞かせたい話ではないのは事実だ。
「ふむ、そうだね。この学院には来賓室がある、そこへ行こう」
「あ、私も行ってもいいですか?」
 と、スティフィが手を挙げてそう言うが、ベッキオから鋭い視線を送られ、スティフィは手をおずおずと手を下げた。
「これがデミアス教の娘か。ご遠慮願おう。祖父と孫。それと錯乱し自分を父親と思い込んでいる男、それらのただの話し合いだ。面白い話はない」
 有無を言わさず迫力でベッキオはスティフィに向かい言い放つが、それをスティフィは受け入れながらも威圧されることはない。
「あー、はい、わかりました。上からも揉めるなと言われるんで……」
 確かにベッキオの胆力はすさまじいものがある。
 常人であれば委縮してしまうことだろう。
 だが、暗黒神の魔力の残滓を纏い、人々に自然と恐怖を与えるダーウィック大神官の元に仕えているスティフィからしたら、人間が発する圧に威圧されるようなことはない。
「君はミアの友人かね?」
 ベッキオとは逆にルイは物腰柔らかにスティフィに接した。
 生き別れの娘、だと思っている者の友人と思ったから、かもしれないが。
「はい、領主様。ミアの親友のスティフィ・マイヤーと申します。以後お見知りおきを」
 スティフィはそう言って優雅にお辞儀をした。
 そのお辞儀を見てルイは、ベッキオに威圧されながらも、見事と感心する。
「ふむ。君にもミアの髪の毛は黒髪に見えるかね?」
「はい。ですが……」
 と、意味ありげに表情を作り、スティフィは続ける。
「ですが?」
「ミアの髪の毛は呪物と似たようなもの、とも聞いています。この学院の教授が言っていましたので、そう言うこともあるのかな、と」
 スティフィの言葉に、ベッキオがミアの髪を凝視する。
 その瞳は、人間の瞳とは少し変わっている。一見して爬虫類のものに、瞳だけを見るのであればだが、見えなくもない。
 その奇妙な瞳がミアの髪を凝視する。
「呪物? ふむ…… たしかに。これは普通の髪とは到底言えぬな。ルイの話も眉唾ではないかもしれぬ……」
 ベッキオにはこの黒髪には得体のしれない不気味さと巧妙に隠されてはいるが魔力そのものを感じ取った。
 常人どころではなく、おそらく魔術学院の教授でも、よほど注目しないと気づかないほど巧妙に隠されている。
 ただこれ以上調べるにはここは人の目が多すぎる。
「ベッキオ様まで」
 その言葉にルイーズが非難の声を上げる。
「私は事実を述べた迄。とりあえず場所を変えよう」
「ミアよ、少しの間、付き合っておくれ」
「は、はい。あっ、スティフィ、作りかけの魔力の水薬、適当なところで火を止めておいてください。魔力込めと容器に移すのは私がやりますので」
 ミアはスティフィに作りかけの魔力の水薬のことを手短に頼む。
 とはいえ、あとは火の様子を見て、適当なところで止めてくれるだけで良いはずだ。
「はいはい、軟膏の方はいいの?」
 もう一つ同時に作っている軟膏の方のこともスティフィは確認だけしておく。
「そっちはまだ平気ですので」
 ミアはそう言って微妙な表情を作りつつも微笑んでいた。

「で、えーと、私って、その領主様の娘なのですか?」
 場所を来賓室に移した後、ミアは複雑な表情で領主であるルイに聞いた。
「うむ、そうなる。やはりフィリアはあの時身籠っていたのだね、それで問題を起こさぬように自ら姿を消したのか」
 などとルイはそう言ってはいるが、その言葉をまともに聞いている者は少ない。
 中でもルイーズは父のそのやり取りを聞きたくない、とばかりに、ミアの髪を少し分けてもらいそれを調べているベッキオにルイーズはついて回っている。
「ベッキオ様、何かわかりましたか? ベッキオ様まで変なこと言わないですよね」
 ルイーズはミアのことが特に嫌いというわけでもない。
 なんならミアが貴族という身分に興味がないことに安心し、そのことで個人としては好意的でさえある。
 ただ父に自分の母以外にもそういう人がいた、という事実を受け止めきれずにいる。
「いや、黒髪は黒髪だ。それは変わらない。ただ確かにこれは呪物と言って過言ではない物だ。いや、神の祝福なのか? どちらにせよ、人には身に余るものだ。この髪も古老樹の護衛者とやらに渡しておいてくれ。外についてきているはずだ。これは、この髪は人には危険すぎる……」
 眼の使い過ぎか、目頭を押さえ、部下にミアの髪の毛を渡して、荷物持ち君に渡して来いと指示をだした。
 ベッキオの魔眼、いや、邪眼というべきか、それをもってしてもこの髪のことは結局よくわからなかった。
 ただ確かに呪物と言えるほど危険な物だと言うことだけは理解できる。
 こんなものは人間が持っていても身を亡ぼすだけだ。
 古老樹が喜んで受け取るなら渡してしまう方が良い、と呪術の達人でもあるベッキオも判断する。
 よくミアがこんな髪を生やしながら無事でいたと感心するが、そのための帽子なのだろうとベッキオは思い当たる。
 呪術において強すぎる力は身を亡ぼすものだ。危険な術が多い呪術だからこそ、その危険性をよく理解している。
 今もミアがかぶっている帽子がなかったら恐らくミアも、その自身の髪の力に負けてどうなっていたかもわからない。それほどの物だ。
 ただ、なんでわざわざ外道狩り衆の帽子が使われたかまでは確信が持てない。
 ルイーズが言うように、ミアの出生を明かすためなのかもしれないが、神がそこまで人に関わってくるとも考えにくい。
「えっと、あの。私は魔術を学び終えたらリッケルト村に帰らないといけないのですが……」
「聞いている。だが、それと我が娘とのことに何ら支障はない。君は確かに私の娘だ。父親としての義務を果たさせてほしい」
 その言葉にミアは困った表情を浮かべ、ルイーズは苛立たし顔を露にする。
「ベッキオ様、お父様を止めてください!」
 確かに、今いる面々の中でルイを止めることができるのは、ベッキオぐらいだろうが、今のルイをベッキオも止める自信はない。
 それほど、今のルイは活力に満ちている。
「こんなルイを見るのも久しぶりだ。本当に娘なのやもしれぬな。フィリアの娘、私の孫であることは変わらない。ステッサの家名を名乗りたければ名乗るがよい、許そう」
 事前に家名が欲しいと聞いていたベッキオはそれを伝える。
「あっ、良いんですか?」
 その言葉にここにきて初めて、ミアが嬉しそうな表情を浮かべた。
 周りの者がほとんど家名を持っているのに自分だけなくて、ミアも少し羨ましいと思っていたのだ。
 ベッキオも孫の笑顔に、つい笑みを浮かべてしまう。
 その様子をベッキオの部下達が神妙な、珍しい物でも見るような顔で見ている。
 だが、次の瞬間ルイも動く。
「ああ、構わないとも、リズウィッドの名を……」
 と、ルイがとんでもないことを言い出すのを、流石にとルイーズが止める。
 神々の取り決めにより王と堂々と名乗れるのは世界でただ一人だけだ、それ以外の者は領主と名乗ることになってはいる。
 だが、それは領主が王と名乗れないだけで、実際には王とそう変わらないともいえる。
 いずれ世界が完成し神代大戦が再開されれば、各地の領主達も王に返り咲き戦いが始まる。
 その名を軽々しく名乗って良い名でもない。
「お父様!! さすがにそれは……」
 ルイーズはルイを止めるも、驚愕の表情を浮かべている。
「どうしてだい、ルイーズ? キミの姉さんだよ」
 ルイにはなぜルイーズがそんなに驚いているのかがわからない。
 いや、普段のルイならそれに気づかない訳はない。
 今のルイにはミアしか見えていないのだ。
「えっと、あの…… 未だによく事情が呑み込めてないのですが? あと、ルイーズ様、あの、あんな表情していますが、良いんですか?」
 と、かなり困った顔をしてミアもそう進言する。
 実際ルイーズはもう泣きだす寸前のような表情を浮かべている。
 ただミアはあまり興味がないし、領主の立場や貴族のこともよくわからないのでどうしてこんなにもめているのかも理解できていない。
 だが、自分のせいで、ルイーズが泣くのは心苦しいものがある。
「新しい家族ができて少し戸惑っているのだろう、ミア、気にしなくていい。時間が解決してくれる」
 ルイはそう言ってミアを見つめた。ルイーズを見ようともしない。
 そこで、ベッキオがこれ以上は見てられないと、話しに割って入る。
「いや、流石にリズウィッドの名はまずい。今や実名と共にただの田舎貴族のステッサの家名なら、まだ構わないが」
 ベッキオも流石にここまで腑抜けてしまったのかと、驚きの表情でルイを見ている。
「ベッキオ……」
 そんなベッキオにルイは、わかってくれ、と、そういう目で見返すだけだった。
「ルイ、少し落ち着け。仮にミアがおまえの子であっても、今すぐここでリズウィッドの名を名乗らすことなどできないことはわかっているだろう?」
 そんなルイに向かい、ベッキオは少しは領主としての自覚を持ってくれ、と言葉には出さないが訴える。
「それは…… そうですね。色々と手続きを……」
 それでもルイはその意志は固いとばかりに、考えを改めるつもりはないようだ。
 否が応でも、どんな手を使ってでも、ミアを自分の娘だと主張するつもりだ。
「あの、私はここで魔術を学ばねばならないのですが、それの妨げになるようなことはご遠慮したいのですが?」
 ミアにとってはそれが重要で、それを厳守しなければならないことだ。
 何かよくわからないお家騒動に巻き込まれては困るのだ。
 ミアにとって領主や貴族の地位など何の意味はない。
 ただ、お金に困ることはなくなる、と知れば、少しは心動くかもしれないが。
 ミアは今、魔術の研究を始めたくて仕方がないのだが、それにはお金がかかるのだ。
 ミアにとってはその程度のことでしかない。
「ほら、ミア様もそう言っています。領主の娘ともなれば、色々と責務が生じます。魔術を学ぶどころではないですよ」
 と、ルイーズもここぞとばかりにそう言うが、
「そうは言っているが、ルイーズ。夏季だからとティンチルにまで遊びに行く余裕はあるようじゃないか? まあ、それでミアを見つけてくれはしたのだが」
 と、ルイに言い返されてしまう。
「うっ……」
 その言葉にルイーズも言葉を返せない。実際それほどルイーズに責務などあるわけないのだから当たり前だ。
「あ、あの…… 私は、その、貴族のことはまるでわからないのですが、母の事なら…… 少し知りたいと思っています…… どんな人だったのかも、私は知らないので……」
 ミアもこのままでは良からぬ方向に話が向かいそうだったので、一旦そう話を振った。
 実際、自分の母親がどんな人間だったか、興味がないわけではない。
「確かに。そうだ。ならば、話そう。私の娘の話だ」
 ベッキオもミアの案に乗る。
 このままルイが強い意志で話を進めれば、ミアは無理やりにでも娘というところに落ち着かされてしまう。錯乱気味でもルイはこの領地の領主なのだ。
 ミアがベッキオの孫というのは、月の印字がその身に入り込んだことで確定してはいるが、ミアがルイの娘というのは何の確証もなく、ルイがそう確信しているだけなのだ。
 さすがにそれを認めることはできない。
 ベッキオとしてもどうにか時間を稼ぎ、ルイをどうにか説得させたい。
 そのためにはルイを落ち着かせ正気に戻す必要がある。
「ベッキオ様までミア様にやさしくないですか?」
 だが、普段ならともかく感情的になっているルイーズにはその意図が伝わらない。
「むっ、そう…… かもしれんな。いや、フィリアの忘れ形見と思うとどうもな…… 顔が緩んでしまう。ルイも、とりあえず子かどうかは置いておいて、一緒に話してやって欲しい」
 少し痛いところをベッキオもつかれ、確かにミアを孫として迎え入れたいという自分がいることを自覚し、その感情に驚きもする。
 まだ現役で外道狩り衆の長をしていたなら、そんな感情は押し殺していたことだろう。
 そして、そのためにはルイを落ち着かせ説得する時間も必要なのだ。
「そうだね、フィリアは、とても強くて、まっ直ぐな女性だったよ」

「ありがとうございます。母のことを知れてうれしかったです。母もこの学院で学んでいた時期があるんですね」
 色々話を聞かされたミアは、自分とは余り似てないと感じた。
 ただそれはミアがそう感じているだけで、もしスティフィがこの場にいて聞いていたら、そっくりね、と評価していたかもしれない。
「余り貴族は魔術学院では学ばんのだがね。少し変わった呪術の教授がいるのでな」
 外道狩り衆は呪術の専門家たちでもある。
 魔術を正規の手続きで奇跡を起こす術とするならば、呪術はどちらかというと裏側から奇跡を起こす術、と話す者もいる。
 それも、魔術の学問的な話、でのたとえ話ではあるのだが。
「呪術というとマリユ教授ですか?」
 呪術の教授といえば、ミアの心当たりにあるのはマリユ教授くらいのものだ。
 マリユ教授は見た目二十代後半に見えるが、教授になるような魔術師にとって見た目の年齢などあまり意味はない。
 ミアの母親、フィリアがこの魔術学院に通っていた時も、きっと今と何も変わらない容姿でマリユ教授はいたことだろう。
「うむ。確かにその教授だ。その教授からもフィリアのことを聞くことができるかもしれんな」
 と、ベッキオがそう言い。ルイもとりあえずフィリアの話をミアに伝えて落ち着いてきた、そう思えたときに、ルイーズが堪えられなくなったのか、突如立ちあがった。
「で、ミア様はこれからどうするおつもりですか? 領主の娘として名乗りを上げるつもりですか?」
「ルイーズ……」
 と、驚きの様子でルイはルイーズを見つめた。
 ルイーズの目は決意に満ち溢れている。
 それらのことがあったからではないがミアにそんなつもりは毛頭ない。なにより単純に興味がない。なんとなくだが、今の生活の邪魔になりそう、としか考えていなかった。
「できればそれはご遠慮したいのですが……」
「なぜだい? 魔術を学びたいのなら、専属の講師を付けよう。その方がよき学びを得られる」
 確かに一対一で教わるほうが良い学びを得られるのかもしれない。
 だが、ミアは別に魔術を学びたいわけではない。ミアは、シュトゥルムルン魔術学院で魔術を学んで来い、と言われてそれを実行しているのだ。
 シュトゥルムルン魔術学院で魔術を学べないのであれば、それはミアにとって無意味なことでしかない。
「いえ、ロロカカ様はこのシュトゥルムルン魔術学院で学んで来いと告げられました。この地を離れるわけにもいきません」
「そうか……」
 神の命であるならば、ルイも異論を唱えることはできない。
「ルイよ。本当のことがどっちかなどわからぬ。そう急ぐな。とりあえずミアの身は私が預かる。良いな?」
 有無を言わさず強い圧をかけベッキオはそう言った。
 通常時のルイであれば、それでベッキオの発言を飲んでしまうのだが、今のルイは一味違う。
「しかし、ベッキオ!」
 と、ルイには珍しく声を荒げて反論した。
 その様子に少なからず護衛の元外道狩り衆達も驚く。
 ルイがここまで感情をあらわにすることがは稀だからだ。
「奥方殿もふさぎ込んでいるのであろう、ルイーズを見よ。今にも泣きだしそうだぞ。それに、ルイよ、お前はルイーズの母と結婚し、フィリアは理由はどうあれおまえの元を去ったのだ。その事実は変わらない」
 ベッキオはより強い口調でルイに叱咤を飛ばす。
「それは……」
 事実であるだけにルイは何も言い返せない。
 そもそも、ルイはベッキオに幼いころから頭が上がらないのだ。
 立場はルイのほうが上なのだが、ルイがここまでベッキオに反抗すること自体が珍しい。
「おまえに、領主であるおまえに、黒髪が金髪に見えるほど錯乱しているなんて噂が流れでもしたらまずい事くらいは理解できるよな?」
「ああ、それは……」
 少しづつではあるが、ルイの目に迷いが生じ始めている。
 ミアにフィリアのことを話せて、少しだけではあるが心のつかえが取れたせいかもしれない。多少ではあるがルイに正常な判断が戻ってきている。
「おまえの目には、いや、おまえの目にしか、ミアの髪は金髪にしか見えない。それはミア自身の目で見てもだ。わかるな?」
「わかった、ベッキオ。確たる証拠を探せばいいのだな?」
 だが、ルイの意志は固い。
 そこだけは譲らないとばかりに、強い意志を見せつける。
「そういうことを言っているわけでは…… いや、それだけ決心は硬いと言うことか?」
 逆にベッキオの方が折れ始めた。
 そもそも、外道狩り衆の長であるから裏側では力を持っていたが、その外道狩り衆は既に解散している。
 今のベッキオはただの一貴族に過ぎない。
 ルイが強行すれば止めることなどはできない。
「ああ、私はずっと悔いていた、それをあがなえる機会にやっと出会えたのだ」
 ルイは天を仰ぐように、それでいて祈るようにそう言った。
 ルイにとっては長年悔やんでいたことがやっと贖える機会を得たのだ。
「フィリアは一人でも十分に生きていける。おまえが悔いる必要などは……」
 フィリアは強い。そう育てた。
 少し抜けているところはあったが、一人でも十分に生きていくことはできたはずだ。
「だが、フィリアは死んだ。外道狩り衆とはいえ病には勝てない…… その結果ミアは一人で、見知らぬ地で生きて来たのだ。親である私にはその償いすら許されないのか?」
 今のルイは領主という立場よりも、親であり愛した者との間にできていた娘の為に何かをしてやりたいという思いを優先させている。
 領主であることより、親であることを選んでいる。
 しかも、ルイーズからしたら、自分ではなく、愛人との間にできた子にこれほどの愛情を注いでいるのだ。
 そんなルイをルイーズは見ていられない。こらえきれずに涙がとうとうあふれ頬を伝っていく。
「確かに、それはそうだが、参ったな。ここまで思い詰めていたとは……」
「お父様は…… そこまで狂ってしまわれたのですか……」
 ルイーズは泣くことを隠しもせず、苛立ちの感情すら失い、ただ茫然とそう言った。
 ベッキオもルイーズのその表情を見て、流石に優しく声をかける。
「ルイーズ、それは違う。ルイは今、悔いの念に囚われているだけだ。いずれいつもの父に戻るだろう、そんな顔をするな」
 ベッキオがそうは言うが、ルイーズの目からは涙がこぼれ落ち行くのは止まらない。
「えっと、あの…… そんなにもめているようなら、私は貴族の立場なんていらないのですが……」
 その様子を静観していたミアは、軽くため息を吐いてそう言った。
「ま、またこの方はそんなにあっさりと!!」
 が、逆にそれはルイーズに逆鱗に触れる。
 ルイーズにとって領主の役目は尊くも崇高なものとして教えられ育ってきた。
 それをいとも簡単にいらないと、捨てることができるミアがルイーズには信じられないのだ。
「私の使命はロロカカ様の巫女を全うすることです。それ以外は…… 些細な事なんです…… 些細な事です!!」
 がだ、それはミアにとっても同じことで、領主の御役目などよりも、ロロカカ神に言い渡された使命の方が大事なのだ、比べるまでもない。
「こちらもこちらで、問題ありか。いや、神に仕える者としては正しいのであろうな。案外、本当に親子なのかもしれないな。この頑固さは似ているぞ」
 結局ミアは一旦はベッキオの孫というところで落ち着きはした。
 ただミアはベッキオの館に行くことも断り、この学院で魔術を学ぶことを選んだ。
 それだけのことだ。ミアにとって何も変わることはない。

 ミアがベッキオの孫と言うことが正式に発表され、シュトゥルムルン魔術学院にも正式に通達されるもミアの生活に変化はない。
 未だにミアは周りからは祟り神の巫女という認識で、関わろうとする者が少ないからだ。
 それはミアが貴族だろうとなかろうと変わることはない。
 ただそれ以上に、より大きな事件が数日のうちに起こったからかもしれない。


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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

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