学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由

西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由 その10

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 西門の前の広場では、闇の小鬼との戦いは完全な乱戦となっていた。
 当たり前だ。
 闇の小鬼は飛び散ったその血が付着した物陰から湧き出て来るのだ。
 どんなに囲むように陣形を組んでいても、その血や肉片さえ、どこかに飛び散っていれば、そこから湧き出て来るのだ。
 闇の小鬼の前では陣形など意味がない。
 強制的に乱戦にされるようなものだ。
 救いがあるとすれば、闇の小鬼は一個体とすれば、それほど強くはないと言うことだ。
 基本的に武器は持たないし、武器や防具をもって湧き出て来るわけでもない。
 その武器は爪と牙くらいだが、金属製の鎧を貫けるほど鋭いものでもない。
 なので、どんなに数がいようとも闇の小鬼相手には最初は優勢となる。
 だが、相手は不死なのだ。
 疲れた者から闇の小鬼に喰われていく。
 その血を浴び毒に侵された者から倒れていく。
 じわりじわりと、闇の小鬼達が盛り返していくのだ。
 終わりがない戦い程恐ろしいものはない。
 最後にその戦場に立つ者は闇の小鬼しかいないのだ。
 闇の小鬼は個であり群でもある。
 群を統べる王自体もまた群なのだ。
 故に群そのものが王であり、個々すべてが王なのだ。
 その群を殺し切ることはできない。
 少なくとも人間には不可能だ。
 それが闇の小鬼という外道種だ。

 その外道種の前に一人、また一人と倒れていく。
 その多くがこの町の住人の義勇兵だ。
 自分達の町を守るために立ち上がったが戦闘には慣れていない者達だ。
 闇の小鬼をどんなに倒しても、次の瞬間には新しい闇の小鬼が湧き出てきてくる。
 相手が弱くとも精神的に辛いものがある。
 また戦いに慣れている、騎士隊や、この町の兵士、傭兵と言った者達にも犠牲者は出始めている。
 この終わりなき戦いは歴戦の戦士達の精神すら蝕んでいく。
 この戦いで生き残るには敵を殺し続けなければならない。
 何かの理由で殺せなくなった時点で殺されるのは自分になる。そして、それには終わりがないのだ。
 この戦場はそんな地獄のような戦場なのだ。
 闇の小鬼は本当に厄介な外道種だ。
 怪我させたり、捕らえて闇の小鬼を行動を封じようとしても、身動きが出来なくなると闇の小鬼は弾けるように自爆する。
 そして、その毒性があり、湧き出て来る起点となる血と肉片を周囲にばらまくのだ。
 スティフィの言う通り、町に一匹でも入り込まれた時点でどうにもならない。
 逆にすべての闇の小鬼をリグレスの町に誘い入れ、閉じ込めてしまい、新しい封印の地としてしまうのが最適な答えかもしれない。
 それほどまでに闇の小鬼の不死性は厄介なものだ。

 スティフィも妖刀を振るいながら冷や汗をかく。
 一匹一匹は大したことない。
 のだが、不意に死角から湧き出て来られると肝を冷やさざる得ない。
 それに使徒魔術で痛めた中指が紫に腫れてきている。
 痛みは耐えれるが、それはそれでスティフィの精神力をじわじわと蝕んでいくし、力が物理的に籠められなくなってきている。
 そのくせ妖刀からは力が流れ込んできていて、意図しなくとも中指にも力が入ってしまい、怪我を悪化させていっている。
 スティフィは無理にでも使徒魔術で右中指を治しておくべきだったと反省するが、今は乱戦の真っただ中だ。
 流石に中指を治療している時間はない。
 それに癒しの使徒魔術は左手が触媒となっている。無理やり動かし、痛みを耐えつつ使徒魔術を使わなければならない。
 スティフィでもこの戦場の中でそれをしている暇はない。
 それに、徐々にこちらの味方が倒れて行くことで、余裕もなくなってきている。
 誰かが倒れれば他の誰かが相手しなければならない闇の小鬼の数が増えていくのだ。
 闇の小鬼は本当に厄介な外道種だ。
 そんな中でも荷物持ち君は大健闘している。
 槍の様に伸ばした支えを使い、ものすごい勢いで闇の小鬼達を倒していく。
 既に全身が闇の小鬼の血にまみれるほどだ。
 だが、その血は起点となるのだ。闇の小鬼が再誕するための。
 荷物持ち君の背中から、正確には背中と背負っている籠の間から、その間に入り込んだ闇の小鬼の血から、闇の小鬼が湧き出て来る。
 そして、荷物持ち君におぶさりかかる。
 そんなことで荷物持ち君の動きが鈍るわけはない。
 それが一匹だけなら。
 まさに多勢に無勢だ。次々と闇の小鬼が荷物持ち君の背中から湧き出て来る。
 それは爆発的なまでにまとまって湧き出てくる。
 闇の小鬼もこの戦場で一番厄介なのは古老樹である荷物持ち君だと認識したようで一斉に潰しに来たのだ。
 その、まさしく群れを、湧き出てくる闇の小鬼達を荷物持ち君は払い飛ばし、槍で突き、応戦するが流石に自分の背中から次々と湧き出て来られたら止めようがないしきりもない。
 最終的には、湧き出て来た闇の小鬼の小山のような状態になり、荷物持ち君も流石に動けなくなる。
 いや、動いても新しい闇の小鬼が湧き出て来て、どうにもならない、闇の小鬼で埋められたような状態になっていく。
 結果としてだが、荷物持ち君は動きが取れなくなってしまう。

 エリックは竜鱗の剣を振るいながら、背中に巻いて背負っていた頑丈な布を地面に広げる。
 荷物持ち君が闇の小鬼の群れに飲み込まれたのを横目で確認していたからだ。
 それで荷物持ち君がやられるとはエリックも思ってはないが、荷物持ち君の働きが封じ込められるのは大変な痛手だ。
 荷物持ち君を助け出すためにエリックはその布を地面に広げたのだ。
 布に描かれているのは簡易魔法陣だ。
 元騎士隊副隊長、マージルの奥の手である戦の神の持つ雷の弓を召喚するための魔法陣だ。
 それを隙を見て自分の手に着いた血で簡易魔法陣に書き足し陣を完成させる。
 だが、そこまではなんとかできたが、次々と湧き出て来る闇の小鬼相手に拝借呪文を唱える隙も、その魔法陣に魔力を流し込む隙をエリックに与えない。
 エリックもそれをちゃんと理解している。
 自分に飛び掛かってくる闇の小鬼を切り伏せたところで、空いてる左手で腰にぶら下げておいた杖を取る。
 使徒魔術の触媒だ。
 エリックはそれを掲げ、契約を実行するべく素早く呪文を唱える。
「金は金なり。巡り巡る黄金に輝く車輪の御使いよ! その巡りを一時止め防壁を授けよ」
 エリックは商家の息子だ。
 家で崇めている神も、また商いの神だ。
 そう言った先祖代々で崇めている神がいるのなら、使徒魔術で契約する御使いもその神のものの方がなにかと相性は良い。
 となると無論、エリックが契約をしている御使いも商いの神の御使いだ。
 エリックの契約に御使いが応え、エリックの周囲に不可視の防壁ができ、一時的にはだが闇の小鬼の侵入を防ぐ。
 エリックが、戦場で、実戦において、この魔法陣を安全に使うためだけに契約したともいえる使徒魔術だ。
 竜鱗の剣を鞘にしまい、その商いの神の魔力を借りるべく拝借呪文を唱える。
 エリックの体に金運とも言うべき金色の魔力が流れ込む。
 それを制御して完成した簡易魔法陣へと流し込み魔力を回す。
 回転する黄金の魔力が陣の持つ意味に力を与える。
 魔法陣から雷が激しく放出しそれが弓に形を成していく。
 使徒魔術の触媒である杖を投げ捨て、エリックがその雷の弓を手に取る。
 雷の弓をエリックが構えた瞬間だ。
 エリックが魔法陣から目を離した瞬間、簡易魔法陣、その欠けた部分を描かれたところから闇の小鬼が湧き出て来た。
 エリックは闇の小鬼の血で、簡易魔法陣の欠けている分を書き足していたせいだ。
 だが、エリックは冷静に湧き出て来た闇の小鬼を足蹴にして踏みつける。
 そのまま、小山状に集まっている闇の小鬼に向けて弓を構える。
 弓を引くとそこに雷が集まって来て矢となる。
「荷物持ち君なら、これにだって耐えれるだろ」
 そう言ってエリックは弓を引き絞り放つ。
 放たれた雷の矢は周囲の闇の小鬼だけを打ち払うように雷撃を浴びせて飛んでいき、闇の小鬼が群がる小山に命中する。
 そこから更に凄まじい雷撃が周囲に放たれる。
 エリックはその結果を確かめる前に右手で竜鱗の剣を抜き、踏みつけていた闇の小鬼を蹴飛ばし、簡易魔法陣の上からどかした後、無造作に首だけを跳ねる。
 そして、簡易魔法陣についていた闇の小鬼の血をふき取り、器用に脚だけで簡易魔法陣の書かれた布を丸めつつ、再び竜鱗の剣を鞘に戻し丸めた簡易魔法陣を拾い上げ、大事そうに背負う。
 竜鱗の剣を右手に再び構え戦いに供える。
 左手には雷の弓を携えてエリックは闇の小鬼を蹂躙していく。

 そんなエリックを横目で見つつ、スティフィはミアを守りながら、迫りくる闇の小鬼を切り殺し、そして、死体を遠くへと蹴飛ばす。
 幸いスティフィの持つ血水黒蛇は血を吸う妖刀だ。
 闇の小鬼の死体さえ離して置けばスティフィが倒した付近で闇の小鬼が湧き出ることはない。
「エリックの奴、いつの間にあんなに実戦ができるようになってんのよ」
 と、スティフィは驚きながら、辺りを警戒する。
 エリックが派手に暴れてくれたおかげでミアやスティフィの付近には闇の小鬼が余り来ていない。
 それも計算してエリックが戦っているのであれば、スティフィもエリックの評価を変えざる得ないほどだ。
 スティフィが倒した闇の小鬼をいちいち蹴り飛ばしていられるのは、エリックと荷物持ち君が派手に暴れていてくれるのが大きい。

 雷に打たれ焼け焦げた闇の小鬼の死体の山から、荷物持ち君が闇の小鬼の死体の山を弾き飛ばし立ち上がる。
 だが、その姿は焼け焦げている。
 闇の小鬼の攻撃より、それを助けようとしてエリックが放った雷の矢の方が被害が多そうだ。
 そこへ再び湧き出た闇の小鬼が無数に飛び掛かっていく。
 その瞬間荷物持ち君が黒く爆ぜる。
 荷物持ち君が黒く爆発したように確かに見えた。
 だが違う。
 それは荷物持ち君の体内から、爆発的にあふれ出た髪の毛だった。
 元はミアの髪の毛だ。
 それが荷物持ち君の体から無数に生え、意識あるように蠢き、飛び掛かった闇の小鬼に巻き付き絞め殺していく。
 その締め付ける力はすさまじく、簡単に闇の小鬼の体をひねりつぶす。
 それだけではない。
 荷物持ち君は粘土の体から、根を生やし一時的にではあるが大地に根を降ろす。
 それにより大地に流れる龍脈の恩恵を得る。
 根を降ろしたことで荷物持ち君自体は動けなくはなったが、黒くどこまでも伸びる髪の毛を操り荷物持ち君は闇の小鬼を捻りつぶしていく。
 例え闇の小鬼がその中で再び湧き出ても、そのまま捻りつぶされるだけだ。

 全体的な目で見れば、西門での戦いは既に闇の小鬼側が押し始めている。
 騎士隊やこの町の兵士も奮闘はしているが、相手はやはり不死だ。
 止めようがないのだ。
 闇の小鬼の中には街中の民家を目指して走り出す者もいる。
 それを追って数人この戦場を離れなければならないし、追って闇の小鬼を倒したところでその場が闇の小鬼が新しく湧き出て来るだけだ。
 戦場は、無差別に、急速に、街に広がり続け、その戦火は四方八方へと広がっていく。
 市民の避難など間に合うはずもないし、逃げ場もない。
 闇の小鬼に抗う力のない者は見つかり食い殺されるだけだ。
 他の門に集まっていた騎士隊やリグレスの兵士などから、西門へと援軍も派遣されているが、西門に到着する頃には、この戦場はもう手が付けれない状態にまで悪化した後だろう。
 本当に門の内側に一匹でも入り込まれた時点でこの防衛戦は失敗だったのだ。

 乱戦の中、ミアは大きな魔法陣を一心不乱に描き続ける。
 神に、ロロカカ神に祈り続けながら、魔法陣を描き続ける。
 ミアは今、ロロカカ神の招来陣を描いているのだ。
 周囲に何が起きようとミアがそちらに気を取られるようなことはない。
 それだけにミアの魔法陣を描く速度は恐ろしく早い。
 巨大な魔法陣がすらすらと一度たりとも間違うこともなく描かれていく。
 まだ町の外壁の上にいる者達は、その描かれていく魔法陣の美しさと完成度の高さに感動すらしていたという。
 ミアは古老樹の杖の石突の部分で、地面に、石畳の地面をまるで砂にでも描くかのように魔法陣を描いていく。
 それを邪魔するように闇の小鬼がミアに襲いかかるが、それをスティフィが仕留め、闇の小鬼の血を妖刀へと吸わしていく。
 スティフィが仕留め損ねても、ミアに憑く大精霊が闇の小鬼を彼方へその触手で弾き飛ばす。
 それらのことが起きていてもミアの気がそれることは微塵もない。
 まるでミアには魔法陣を描くこと以外、まるで気になっていないかのようにミアはただひたすらに魔法陣を描き続ける。

 スティフィは周辺を確認する。
 荷物持ち君もエリックも大健闘をしている。
 特にエリックの戦いっぷりはステイフィの想像以上の戦果だ。
 だが、それでももうこの場は闇の小鬼に押されつつある。
 恐らくではあるが、実際にスティフィも数を数えたわけではないのだが、既に闇の小鬼数は半数とされていた五百匹をゆうに超える数の闇の小鬼が居る。
 領主邸や東門で死んだ闇の小鬼達も、町の中に入れた西門に合流しているのだろう。
 もう、ここにいる戦力で押さえきれる規模の数ではない。
 いくら闇の小鬼の個体自体に戦力がないとはいえ、あとは数で蹂躙されていくだけだ。
 だが、荷物持ち君が地に根を降ろした時点で、もうこの戦場から逃げだすこともままならない。
 ミアの描いている魔法陣に、ミアの信仰している神に、ロロカカ神に頼るほか生き残る手立てはない。

 町中に入れた時点で、東門と領主邸に残っていた闇の小鬼達の囮としての役割は終えた。
 後はどれだけ速やかにこの町に広がれるかだと闇に小鬼の王は考える。
 だから、領主邸や東門で死んだ者達にも、こちらで、西門付近の乱戦が繰り広げられている戦場で再誕する様に王は命じた。
 このまま町の中で広がってしまえば、どんなにあの巨人が強くても、もう無意味だ。
 違う場所でこの町を喰らいつくすまで広がり続ければ良いだけだ。
 闇の小鬼達は始祖虫との戦いを生き残るために知恵を身に着けた。
 道具を、憎むべき人間達が作り出した道具をも利用することも厭わなくなった。
 例え、この大きな町に閉じ込められるような事になっても、この町から逃げ出すことさえ容易だと闇の小鬼、その王は既に理解している。
 そのための知恵を既に闇の小鬼達はもう身に着けたのだからと。
 この戦いは既に勝ったのだと、闇の小鬼の王は確信していた。
 あとは腹を満たしていくだけだと、一時でも、この渇きようのない飢えを満たすべく人間達を一人でも多く喰らうだけだと、王はそう喜び勇んでいた。

 ミアは巨大な魔法陣を物凄い速度で描き終える。
 本来なら、この魔法陣を起動することはミアには許可されていないほど巨大な物だ。
 これだけ大きな魔法陣を起動するには、それなりの資格がいるのだが、まだミアはその資格を取れていない。
 たが、それを咎める者はここにはいない。
 そして、ミアの知識的に、技量的に、この魔法陣を起動できない訳がない。
 ミアはロロカカ神の魔力を拝借すべく拝借呪文を唱える。
 ひたすら集中し、今までないほどロロカカ神に強く願い、その強大にして凶悪な魔力を借り受ける。
 ミアに、常人では感じただけで背筋が凍るような不吉を通り過ぎて凶兆や厄災そのもののような魔力が流れ込む。
 あまりにも破滅的なその魔力は人間どころか、闇の小鬼すらその視線すら奪う。
 誰もが手を止め、その凶悪で破滅的な魔力を宿した少女に目を奪われた。
 とてもじゃないが、人間の身に宿せる魔力の量ではない。
 魔力酔いどころか瞬時に廃人になりえるほどの魔力量と質だ。
 しかも、その魔力はどこまでも凶兆であり厄災そのもののような、そんな魔力なのだ。
 誰もが、闇の小鬼、その王ですら震え上がるほどの破滅的な魔力だ。
 ミアはその膨大な魔力で意識を半ば失いつつも、押しつぶされそうになる意識の中、その魔力を何とか制御して魔法陣へと流し込む。
 それを感じた闇の小鬼の王が、ミアを、あの人間を最優先で狙えと命令を下す。
 だが、闇の小鬼達は誰一人としてミアにたどり着けない。
 黒い髪の毛の塊と化した荷物持ち君が道を塞ぎ、その伸びた漆黒の髪の毛で闇の小鬼達を飲み込んでいく。
 雷の弓を構え迫りくる群れに雷そのもののような矢を放ちエリックは闇の小鬼達を焼きはらう。
 雷の弓もそれで雷となって消えていくが、エリックにはまだ竜鱗の剣もある。
 竜鱗の剣、片手にエリックは雄たけびをあげて闇の小鬼の群れへと突っ込んでいく。
 そのエリックを超えたところで血を吸う妖刀を扱う、ある意味闇の小鬼の湧きを封じることが出来るスティフィもいるのだ。
 そのスティフィすら掻い潜ったところで、大精霊がミアに憑き絶えず守っているのだ。
 今更ミアを止めることなど闇の小鬼にはできない。
 ミアは流し込んだ魔力を魔法陣に沿って回転させる。
 魔力は円を描いて運動させることでその力を最大限に発揮させることが出来る。
 巨大な魔法陣に凶悪な魔力が流れ込み、意味に力が宿る。
 そうすると力が、どうしょうもない程の大きなる力が近づいてくるのが誰にもわかる。
 この町にいる者、巨人であるカリナですら震えあがるほど、まるで世界の終焉そのものがこの町にやって来たかのような、そんな恐怖をこの町にいる者すべてが感じ取る。
 ミア以外のすべての者が、もう終わったのだと、もうすべてが、この世界そのものが終わってしまったのだと、そう錯覚するような感覚に囚われる。
 それは絶望という感情だ。
 そんな中ミアは魔法陣にむかい祈る。
 声に出して、ミアは祈る。
「ロロカカ様、ロロカカ様。私の命を捧げます。その代わりどうかお助けください」
 ミアはその言葉を躊躇なく発した。
 神に願い事をするのだ。ならば、代わりに差し出せるものは自信の魂しかない、とミアはそう考え、決心し、行動を起こした。
 スティフィはその言葉を聞いて慌てるが、魔法陣から感じる恐ろしいほどの凶兆とした気に、厄災そのもののような気配に気圧され身動き一つできない。
 言葉一つ発せられない。ただ迫りくる恐怖に身を震わすことしかできない。
 そして、ミアの願いは成就される。
 巨大な魔法陣から、青白い死人のような、それでいて透明で薄っすらと輝く手が無数に生える。
 瞬時に生えて出て来る。
 皆が、その魔法陣の異様な光景に目を奪われていると言うのに、誰もその手が生えて来た瞬間を目に出来た者はいない。
 それは最初から、そこにあったかのように、その不吉な手は突如として存在していた。
 その手を動いたところを誰も確認できない。
 その手は動いた、という事象しか残さないのだから。
 故にその手をかわすことは誰にも出来ない。
 その手の形自体は、人の手でありながらとても奇妙だ。
 その手は伸びるのだが、手自体が伸びるわけではなく関節が増えるように、押し出されるように伸びていくのだ。
 もちろん、伸びていく瞬間を目にできる訳ではない。
 誰も瞬きすらできていないのに、その瞬間を見ることができない。
 関節が瞬時に増え結果として手が伸びているのだ。
 そんな奇怪な手が魔法陣から無数に生えて来たのだ。
 その場に居たミア以外の全員がその凶兆とした無数の手に震え上がる。
 その忌まわしき手に触れられたら間違いなく死ぬ。
 それをその場にいた全員が直感的に理解する。いや、無理矢理理解させられる。

 ミアに対し、どこからともなく声が聞こえて来る。
 それは確かに女性の声だった。
 リッケルト村に伝わる通りロロカカ神は女神なのだ。
「この時を待っていた、ミアよ。おまえが我にその無垢なる魂を捧げてくれる時を」
 その言葉にミアは涙を流して感動する。
 自分の矮小な魂をロロカカ神が求めてくれるなど、ミアは考えてもいなかった。
 ミアはロロカカ神に求められたことに感動し、感謝し、至福に包まれていた。
「ロロカカ様! ロロカカ様なのですね! そんなこと命を下してくださればいつでも……」
 とう言ってミアは額を地面に擦りつける。
 魔法陣にむかい尊敬と敬意、そして、完全なる服従の意を伝える。
「よい。願いは叶える。おまえの魂は、これで我がものとなった。これにておまえは正式に我が巫女となる、よいな」
 ロロカカ神の言葉にミアは天に舞い上がるかのような思いとなる。
 自分の魂を受け取ってもらえて尚且つ、その巫女として、正式に認めてもらえたのだ。
 ミアにとってそれはあまりにもの光栄であり、魂を捧げたら死ぬのではないか、そんな事すら頭の中になかった。
「は、はい! 私の命を、全てを! ロロカカ様に捧げます!」
 ミアは自ら喜んで捧げるように涙を流し、感動しながらそう答えた。
「うむ、では、これがその証だ。面を上げよ」
 ミアは慌てて地面に擦り付けていた顔を上げる。
 そうすると魔法陣の中から生えて来た一本の手が瞬時にやって来て、その手の指先がミアの額に触る。
 その瞬間、額に熱い痛みのような物を感じる。
 ミアは、ああ、このままロロカカ様に自分は捧げられるのだ、なんと幸福で光栄な事だろうと、そう夢心地の様に感じていた。




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