学院の魔女の日常的非日常

只野誠

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旅は道なりではなく世は情けない

旅は道なりではなく世は情けない その4

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 翌朝の事だ。
 ミアは仕分けが終わった本の目録を持って報告へ向かう。
 そこで、騎士隊の天幕の中で、一心不乱に事務仕事をしている男を見つける。
 何度か顔を合わせたことのある男だ。
 その名を……
「あっ、えーと…… 騎士隊の……」
 ミアは思出せない。
 いや、そもそもその男の名を聞いた覚えもない。
 ミアは声を掛けたものの、その次に続く言葉がわからないでいた。
 そんなミアに気づいた男が、逆にミアに話して来る。
「ああ、ミアさんでしたね? なんですか? それと、私は騎士隊ではないですよ?」
 そして、その男は自分は騎士隊ではない、そう言った。
「そうなんですか? ではなんで?」
 なんでこんなところで事務仕事をしているのだろう?
 ミアは素直に疑問に思う。
「トラヴィスです。私はただの手伝いですよ。私の村もなくなってしまいましたから、当面の働き口を探して、と言った感じですが、そのまま騎士隊に入るつもりはないですね」
 男は苦笑しながら、名乗り、そして、自らの境遇を簡単に伝えた。
 ミアもその説明に納得する。
 字の読み書きができるのであれば、事務の仕事を任されるのも分かる話だ。
 魔術学院では、文字の読み書きは基本的な技能だが、外に出ればそういう訳でもない。
 ミア自身も文字は読めても、魔術学院に行くまでは書くのは若干苦手だったくらいだ。
「そうですか、すいません」
 きっと自分には想像もできないほど辛いことが起きたのだと、それを思い起こさせてしまったと、ミアは素直に謝る。
 ここいらの村は、ほぼ闇の小鬼達により滅ぼされてしまったのだから。
 だが、トラヴィスと名乗った男はさほど気にした様子はない。
「いえ、で、何用ですか?」
 それどころか、自分を気遣ってくれたミアに笑顔を向け仕事の話を始める。
 まるで本当に気にしていない、そう言った感じすら思わせる。
 ミアも男の反応を少し奇妙だと思いつつも、それほど気にかけはしない。
「ああ、えっと、昨日ですね。騎士隊の方に言われていた壁を作るための本が見つかったので報告と、それとこれ、今までに仕分けが終わった本の目録です」
 ミアはそう言って仕分けが終わった本の内容が書かれている紙を手渡す。
 どの本も題名がない本ばかりなので、ある程度の外観とその内容を走り書きした目録となっている。
 トラヴィスはそれを見て、丁寧な仕事に若干感嘆しつつ、
「そうですか、私の方から伝えておきます」
 と、その目録を大切そうに仕舞い込んだ。
 その際に、トラヴィスはミアの名を書いた付箋をその目録の挟んでおく。
 終わった仕事ということだけでなく、ミアの功績だとちゃんと伝えてくれるつもりのようだ。
 ついでに似たように付箋の挟まれた書類が既に山積みになっているので、ミアだけが特別というわけではない。
「で、本の作業の方はどうしますか? まだ続けてて良いんですか?」
 ミアはそんな事よりも、今の作業を続けていて良いのか、それをトラヴィスに聞く。
 聞かれたトラヴィスの方が少し驚くくらいだ。
「ええ、もちろん。というか、良いのですか? 報酬もないと聞いてますが?」
「えっ、えーと、はい、だ、大丈夫です!」
 逆にそう聞かれたミアの方が挙動不審になる。
 確かに貴重な本を失うのは良くないと、そうミアも思っているが、その本に書かれている内容を見れることの方がミア的には大きい。
 それに比べれば、本の仕分けなど労働のうちに入らない。
「あっ、ああ…… そう言えば魔術学院の生徒さんと教授さんという話でしたね」
 だが、トラヴィスもミアの反応を見てすぐに察する。
 本の中身の方が気になるのだと。
「あ、いえ、その……」
 気づかれてしまったミアは少し気まずそうにするが、トラヴィスの方は笑顔のままだ。
「大丈夫ですよ。私はそもそも騎士隊ではないので。まあ、あそこには危険な魔導書もあると思いますので、ほどほどにしておいてくださいね」
 魔術学院の生徒であれば、それは興味のある本も存在するであろうと、トラヴィスも理解できる。
「でも、仕分けするには中身を確認しないとですし。それに貴重な本をあのままにしては置けませんよ」
 ミアは少し言い訳ぽくはあるが、そう答える。
「そうですが。私には権限も何もありませんが、手伝っていただけるなら、きっと騎士隊の方でも助かると思いますよ」
 ただ、トラヴィスはミアを咎めるようなことはしない。
 そもそも、騎士隊の方から手が回らないからと、仕事を振ったのだ。
 仕分けの仕事を頼んでいる以上、中身を見るな、というのは無理がある話だ。
 だからこそ、魔術学院の教授と共にいるミア達にエリック経由で回って来た仕事なのだろう。
 教授と共にいるのであれば、身元はしっかりしているはずだと。
「はい、頑張って本を引き上げます!」
 トラヴィスの言葉にミアは後ろめたさを払拭し元気に返事をする。
「ははっ、よろしくお願いします」
 トラヴィスもそう言って、ミアの様子を微笑ましそうに見る。
 そうして、ミアは騎士隊の天幕を後にする。

 ミアが天幕から出てきたところで、
「ミア、あの男、何者かしらね?」
 と、スティフィがミアに話しかける。
 スティフィの見立ては、あの男は演技をしている。
 人の良さそうな人間のふりをしているだけで、実際はどう思っているか、そんなことまでは流石にスティフィにもわからないが、あれが男の素顔ではない事だけはわかる。
 それがただ単に男の処世術、と言うことかもしれないが。
「え? どうしたんですか? 近くの村に住んでいたって言ってたじゃないですか」
 近くにはいなかったが、どうせスティフィの事だから会話も盗み聞きしていたのだろうと、ミアはそう言った。
「それにしては、あの図書室のこと、詳しく知っているじゃない? それにあいつ自身、恐らくは魔術師みたいだしね」
 ただの手伝いにしては事情を詳しく知りすぎているのではないかと、スティフィは勘ぐっている。
 それはただ単に、トラヴィスが雑用周りの事務をしているだけで詳しかっただけの話だ。
 これに関しては、ただの濡れ衣でスティフィに疑われているだけだ。
「そこまで気にすることなんですか?」
 と、ミアがスティフィに聞く。
「うーん、どうなのかしらね? ミアにはあまり興味を持っていないようだし……」
 とりあえず怪しそうな人物ではあると、スティフィは思っている。
 だが、それがミアに関連しているかと言われると、そういう訳でもない。
 少なくとも、あのトラヴィスという男はミアに関心がない様にスティフィには思える。
 なら、無駄に関わらないほうが良いとスティフィが判断したところで、ジュリーが慌てて走ってくる。
「ああっ、いました! 二人とも大変です!」
「どうしたんですか、ジュリー?」
 ミアが聞き返すと、ジュリーは大慌てで息も絶え絶えになりながら答える。
「とうとうあの埋まってた図書室が崩れました」
 それを聞いたミアが絶句する。
 まだ貴重な本が山ほどあったはずだ。
「あー、危なかったわね、ミア。作業してたら……」
 逆にスティフィは安心する。
 荷物持ち君がいるので大事にはならないと分かってはいるが、昨日と同じようにミアがあの埋まった図書室で作業をしていたら、危なかったかもしれない、と。
「ええっ、た、大変です! 早く掘り返さないと!」
 ミアはそう言って大慌てで図書室の方へと走っていく。
「そっちなの?」
 自分の無事を喜ぶべきでは、とスティフィは思いつつミアの後に続く。



「で、まだ進んではいけないんですか? もう…… 何日になりましたっけ?」
 白竜丸の背中の上で寝息を立てて寝ているディアナの様子を見ながら、マーカスはそんな言葉を口にする。
 マーカスとディアナの他に、この場にはアビゲイルしかいないのだが、別にアビゲイルに向けていった言葉ではない。
 マーカスの独り言のようなものだ。
 だが、アビゲイルはそれをわかりながらも答えてやる。
「一週間くらいですねぇ…… 食料は…… 現地調達できているので問題ないですが、そろそろ野宿は嫌ですねぇ」
 そう言って、アビゲイルは鼻を鳴らす。
 そして、自分から漂ってくる臭いに嫌な顔を見せる。
 アビゲイルも見なりにそれほど気を使う人間ではないが、一週間も野営していれば多少は気になりはする。
 特に人の臭いは、人里離れた地では様々なものを呼び込んでしまう。
 アビゲイルはそれを気にしている。
 このままではこの辺りに潜む外道種を引き寄せてしまってもおかしくはない。
「まだ…… まだ…… ダメ…… ダメ……」
 と、まるで寝言のような、いや、ディアナ本人は寝ているので、寝言なのだろうが、そんな返事も返ってくる。
「大丈夫ですかね? ディアナ」
 すやすやと寝息を立てているディアナを見ながら、マーカスは心配する。
 この一週間、ディアナが起きるのは飯を食べるときくらいで、後はずっと白竜丸の背中の上で寝ている。
 白竜丸は迷惑そうにはしているが、ディアナを無理に振り落とすようなことはしていない。
 白竜丸もディアナに宿っている存在に気づき、気を使っているのかもしれない。
 聖獣となった今ではそう言ったことも出来るようになっている。
「糖分が足りてなさそうですねぇ。流石にディアナちゃんが必要な糖分を確保するのは無理がありますよぉ」
 まだ本格的な冬は来ていないので、木の実や果実にありつけることはできる。
 マーカスやアビゲイルにかかれば、それらを集めるのは苦でもない。
 だが、流石にディアナを満足させられるような量を集めるのは無理がある。
 その身に御使いを宿すディアナの燃費は相当悪い。
「一旦、近くの村か町まで引き返しますか?」
 マーカスがそう提案する。
 流石に準備もなく、これ以上野営するのは無理がある。
 ただ、ここいらの町は既に闇の小鬼により壊滅してしまっている。
 下手をすればリグレスまで戻らないと町や村といった物は存在いていないかもしれない。
 本来ならいくつか宿場町のようなものも街道沿いに存在していたのだが、今となってはそれもない。
「ディアナちゃん次第なんでしょうが、っと、完全に寝てしまいましたねぇ」
 結局は、ディアナの、その身に宿った御使い次第なのだが、御使いとの連絡役でもあるディアナは完全に眠ってしまったようで、もう寝言も言わない。
「はぁ、とりあえず今日はこのまま野営ですね」
 マーカスは諦めたようにそう言った。
 アビゲイルはそんなマーカスに何も言わなかったが、今日の晩御飯を探してくるとばかりに無言で近くの森の中へと消えていった。
 それに期待するように、鰐の白竜丸が大きく口を開ける。
「燃費の悪い人達ばかりだな」
 と、マーカスはなんとなく愚痴った。
 なんとなく、このまましばらくここで野営しなければならないのだろうと、そう確信しながらだ。



「これは…… 見事に崩れてしまいましたね。に、荷物持ち君? どうにかなりませんか? 埋まってしまった本を取り出したいのですが?」
 ミアはとりあえず荷物持ち君に相談する。
 古老樹という上位種でもある荷物持ち君なら、どうにかできないかと考えてのことだ。
 そうすると荷物持ち君は背中の籠から、古老樹の杖を取り出して、ミアに手渡す。
「これでどうにかできるんですか?」
 杖を受け取ったミアが荷物持ち君に確認すると、荷物持ち君は頷いて見せた。
 ミアは杖をまじまじと見ながら考える。
 確かにこの古老樹の杖には、自分を助けるための魔術が、それも上位種である古老樹の朽木様による魔術が、いくつも仕込まれているという話だ。
 自分以外が持つと何か良くないことが起きる。
 植物を巨大化させ生物のように動かし、それを操ることができる。
 恐らくだが死者を寄せ付けなくする光を発することができる。
 また触媒として破壊されても再生することができる。
 この杖の能力でわかっているのは、今のところこれくらいだ。
 これらだけでも十分にすさまじい能力なのだが、まだいくつもの力が秘められているのだというのだ。
 ただ、この杖の主であるミアもこの杖を使いこなせていない。
 なんなら、危ないからと普段は荷物持ち君に預けているくらいだ。
「どうすればいんですかね?」
 と、ミアは杖を握りながら、スティフィとジュリーの方を向く。
「分かるわけないじゃない」
「なんか、こう…… てきとうに願えばいいんじゃないですか?」
 聞かれた方も聞かれた方で、そんな答えしか返せない。
「えっと、古老樹の杖よ、埋まってしまった本をどうにかしてください!」
 ミアがそう言って杖を掲げる。
 そうすると、杖に刻み込まれている文字の一つが金色に光り出す。
「ひ、光りました!」
 そう声を上げたのは、杖を掲げているミア自身だ。
 まさかそれで何か起こるとは、ミアも考えていなかった。
「おお、なにが起こるの?」
 その金色の光にスティフィが驚きつつも次に何が起こるのか気になる。
「に、逃げたほうが良くないですかね?」
 ジュリーにいたっては既に逃げ腰だ。
 そうしていると、崩れ落ち完全に埋まってしまった図書室のあたりから土が盛り上がっていく。
 そして中から、巨大な草が物凄い勢いで成長していく。
「これ、植物の化物を作り出したあの能力?」
 スティフィが、無月の女神の館で突如として現れた巨大植物達のことを思い出す。
 一時的にではあるが、植物を巨大化させてミアの支配下に置ける能力のようだ。
 その詳細は不明のままだが。
「で、ですかね?」
 と、ミアは曖昧に答える。
 ミア自身理解できてないし、その原理もまるで不明だ。
「これがですか? 話には聞いてましたが…… あの時は目が見えなかったのですが、これが」
 と、ジュリーの方は逆に興味が出て来たのか、逃げ腰ではあるのだが、その草を遠くからではあるが、まじまじと観察しだす。
 自然魔術を本格的に学び始めた今のジュリーからすると、巨大植物など興味のわく存在に他ならない。
「てか、今度は何を巨大化させ…… ああ、ミアの大好きなあの臭い草ね」
 スティフィはそう言って呆れかえる。
 どの草か判断する前に、鼻に着くツンとした臭いでその正体がわかってしまった。
「巨大なラダナ草ですね」
 と、ジュリーもラダナ草の特徴を目視で確認してそう言った。
「ラダナ草が図書室の瓦礫を撤去してくれてますね……」
 ミアは茫然とその不思議な光景を見ている。
 普段よく取れるのに有用な薬草、だけれどもその臭いと味から、あまり使われることのない薬草が、巨大化し、崩れ埋まってしまった図書室を掘り出されている光景を不思議そうに見ている。
 自分が願っておいてなんだが、なぜ巨大なラダナ草がそうしてくれているのか、ミアには理解できていない。
「あの…… ついでに本を丁寧にあっちの天幕に運んどいてくれますか?」
 けれども、ミアはミアだ。
 巨大なラダナ草に対して、更に注文を付ける。
 そうすると、巨大ラダナ草は頷くように花を上下に揺すった。
「あ、花の部分の頷いて返事している…… なんだか生き物みたいよね?」
 それを見たスティフィがそんなこと言った。
「使い魔、というよりは精霊の使役みたいなものでしょうか?」
 ジュリーはそう言って考え込む。
 そして、早く師匠に知らせなくては、とサリー教授の姿を探し始める。
「そう…… ね? ミア以外にこんなことできる人知らないけど…… 古老樹の力?」
 スティフィはそうミアに聞くが、ミアにもそんな事はわからない。



 ジュリーに呼ばれて、やって来たサリー教授は腰を抜かすほど驚く。
「い、一時的な…… でも、古老樹化ですよ、これは……」
 サリー教授は震えながらその巨大なラダナ草を拝むように見ている。
 一時的で、限定的ではあるが、これは植物の種としての進化だ。
「植物の古老樹化って、物凄いんじゃ……?」
 スティフィも目を見開き巨大なラダナ草を見る。
「物凄い…… って、言う話じゃ…… ないですよ…… まさに奇跡ですよ……」
 目を輝かせ、巨大なラダナ草をまじまじとサリー教授は観察しだす。
「まあ、そのおかげで本の運び出しは今日中に終わりそうなので、明日から仕分けができますよ」
 ミアはそんな事を得意げに言うが、それをサリー教授は信じられない、と言った顔で見る。
 スティフィもミアの発言に呆れかえって、
「ミア…… あんたの感想はそんなものなの?」
 と、言う言葉しか出てこない。
「え? ダメでしたか?」
 当のミアは何が悪かったのか、思い当たらないようだ。
 ただ、古老樹の荷物持ち君にそんな名をつけるのだから、ミアは元からミアなのだ。
「いや、まあ、ミアっぽいと言えば、ぽいんだけど…… ミアの杖、本物のバケモンね」
 そう言って今はもうミアの手にはなく荷物持ち君の背中の籠にしまわれている古老樹の杖を見ながらそう言った。
 巨大化した植物が本当に古老樹というのであれば、あの杖一つで一つの町どころか領地を更地に出来るような代物だ。
「そうですよ。別に私が凄いんじゃなくて杖が凄いだけですからね」
 と、ミアもそのことをわかっている。
 わかっていて、割と雑に扱っている。
 古老樹化した植物と聞いてジュリーが目を輝かせる。
「あのラダナ草を使えば、特別な、物凄い霊薬でも作れるんじゃないんですか? 師匠!」
 と、とんでもない価値の霊薬が作れるはずだと。
 普通なら買い手が付かないほど価値のある霊薬になるはずだ。
 けれど、ジュリーにはその売り先に伝手がある。
 ルイーズ辺りなら、そんな霊薬でもきっと買ってくれるはずだと。
「でしょうけど…… あれを…… 採取というか、傷つける勇気が、あるんですか?」
 そんなジュリーにむかい、サリー教授はそれを確認する。
 巨大化しただけのラダナ草ならともかく、あの朽木様の力で、一時的にとはいえ、古老樹化しているものに危害を加えられるのかと。
「ないですね……」
 ジュリーもすぐに理解する。
 それは不可能な事だと。
 そんなやり取りを見たミアは、
「明日には元に戻っていますよ、ホウズキとかもそうでしたし」
 と、少し不思議そうにそう言うのだ。
 それを聞いたサリー教授は少し考えだすが、答えは変わらない。
「一日程度の間ですか…… それでも…… 奇跡の力ですよ……」
 それでも、その植物には以後も特別な何らかの力が宿っていてもおかしくはない。
「でも、本物の古老樹には遠く及ばないわよね? あの呪いに負けていたし」
 スティフィはあの時のことを思い出して、そう言った。
 それと同時にあの呪いの塊に触れるどころかその力を吸収しようとしていたことも納得がいく。
 あれが古老樹化していたと言うことであれば、呪詛に対して強い耐性があるのも納得がいく話だ。
「古老樹は…… 長い年月生きることでその力を増していくので……」
 大地に根付き、地脈を管理している古老樹の力は、生きている年数によって比例して上がっていく。
 長い年月生きた朽木様という古老樹の力はとてつもなく強く、古老樹とはいえ、荷物持ち君のように古老樹にしては生まれたばかりの存在はそれほど力を持ってはいない。
 即席で古老樹化された植物など、なおさらの話だ。
「それでも、荷物持ち君の足元にも及ばない力しかなかったわよ?」
 スティフィがそう言うと、サリー教授も困り顔で、
「即席ですので……」
 と、答えるしかない。
「まあ、そうよね。疑似古老樹と言ったところかしらね?」
 スティフィはそう結論づけ、またとんでもない能力が発覚したと、ため息をつく。
 その杖を扱えるミアは、領地でも簡単に滅ぼすことができるほどの力を持っていると言うことだ。
「正確には、植物が古老樹になるための幼体…… と言ったところでしょうか? 植物から古老樹という種族に変わる前の段階…… その植物と古老樹の合間の存在といった?」
 サリー教授は考えをまとめて、一旦そのような結論を出す。
 とんでもない能力で恐るべき力だ。
 普通なら人間が手にして良い力ではない。
 だが、ミアは古老樹からその力を正式に与えられているのだ。
 誰も文句は言えないし、下手にその力を取り上げようものなら、逆に古老樹のほうから何かされかねない。
「でも一日で戻っちゃんですよね?」
 ミアは不思議そうにそう言った。
 その力の凄さがまるで理解できていない、そう言った感じだ。
「あくまで…… きっかけの一つです。このラダナ草も年月が経てば古老樹に進化する可能性も十分に生まれた、と言うことですよ…… 学院で、このラダナ草は保管すべきです……」
 少なくとも、サリー教授はこのラダナ草が元の大きさに戻ったら、鉢植えに移して持っていく気でいる。
 旅の道中には邪魔になる物だが、そんなことを考えるまでもなくとても貴重なものだ。
「そう言えば、あのホウズキも気が付けば、ちゃっかりマユリ教授が接収してたのよね…… そう言う事?」
 スティフィが思い出したかのようにそう言った。
 なんやかんやあった後、あのホウズキはマリユ教授の物になっている。
 元々マリユ教授の土地なので、誰も文句は言わなかったが。
「ですね…… 私にも…… 見せてくれなかったわけですよ…… 何に使うつもりかは…… わかりませんが」
 サリー教授はそう言って、少し不穏そうな顔を浮かべる。



「ほう、これが例の指輪か」
 オーケンはマリユ教授から受け取った、気味悪い草と髪の毛で編まれた指輪を指で突く。
 凄まじいほどの力が込められた呪具だ。
 自分でも、これだけの物を作る自信はオーケンにもない。
 それはとても、芸術的なまでに素晴らしいものだ。
 見た目はともかく。
「そうよ、ミアちゃんの髪の毛と古老樹に、一時的とはいえなった植物の蔓で編んだ特製の…… ね」
 マユリ教授はその指輪を見る。
 想像以上の呪物だ。
 数々の秘蔵していた呪物を失いはしたが、それ以上に、特にマリユ教授にとっては価値のある物となった。
 マリユにとってはその気の遠くなるほど長い人生の中でも最高傑作と言っても過言ではない。
 ただ髪の毛をと蔓を編み込んだだけの物なのだが、マリユ教授は命懸けでこれを作ったのだ。
「これで本当に防げるのかよ?」
 と、その強力な呪具を掌に載せ、もう片方の手で突きながら、怪訝そうにそう言う。
 相手がオーケンでなければ、マリユは激怒していたところだが、オーケンの懸念は正しい。
「まあ、気やすめ程度…… には?」
 この呪具ですら、気休めにしかならない。
 他の神の祟りであるならば、この呪具であれば、寄せ付けもしない。
 だが、無月の女神は祟り神として別格なのだ。
 法の神の力でさえ、無月の女神の祟りを収めることはできない。
「だよなぁ、これはこれで物凄い呪物ではあるがな。相手が無月の女神じゃあなぁ」
 自分の掌の上にのせているのが、下手をすれば世界最高の呪具であることはオーケンも理解している。
 だが、素材はともかく、これは人の作った物だ。
 神の力にはどうしても届かない。
「どうするんです? 私を諦めるんですか?」
 マリユ教授は笑顔を浮かべ、試すようにオーケンを見る。
 その笑みは普通の男なら、逃げ出したくなるほどの、そんな笑みなのだが、オーケンからしたら、ただ微笑まれたくらいにしか思っていない。
「それはねぇよ。まあ、こっちもこっちで色々とやってるんだ。もう少し待ってくれよぉ」
 オーケンはそう言って、マリユを見る。
 良い女だと、オーケンの目には映る。
 そして、どうしても手に入れたい、そんな欲を抑えきれないでいる。
「待つのは得意よ。もう自分の年齢も分からないくらいにはね」
 マリユ教授はそう言ってゾクゾクするような笑みを浮かべる。
「実際何歳なんだよ」
「フフフッ、女に年齢を聞くだなんて。でも、意味ないわよ。神代大戦以前のことを気にするだけ、本当に意味はないわよ」
 それだけでオーケンも理解できる。
 とんでもなく長く生きているのだと。
 自分も五百年以上生きて来てはいるが、それが霞むほどの長い年月を、この女は生きて来たのだと。
 それこそ、本当の神話の時代から生き続けているのだと。
 そう思うと、オーケンはやはり手に入れたくて仕方なくなるのだ。
「それ、俺も詳しく知りたいんだけど?」
 ダーウィック教授ではないが、オーケンとて神話の時代の話に興味がないわけではない。
 しかも、その神話の時代から生きている人間が目の前にいるのだ。
「いいわ、話してあげる。ゆっくりと、お酒を嗜みながら、ね?」
 マリユ教授は楽しそうにそう言った。
 それを聞いたオーケンも笑みを浮かべる。
「いいねぇ、いい女と酒、それだけあれば他にはなにもいらねぇよなぁ」
 オーケンはそう言って、心から嬉しそうに笑う。
 オーケンにとってはそれが最高の宝だ。



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