それなりに怖い話。

只野誠

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つかれた

つかれた

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 男は地下鉄の駅でベンチに座っていた。
 歳ということもあり、久々の満員電車に少し疲れたからだ。

 勤めていた会社を定年で退職して数年だ。
 あれほど毎日乗っていた満員電車に乗るだけで、これほど疲れてしまうとは、男も思わなかった。

 自分も歳をとったものだと、男は思う。

 駅のベンチに座りながら、駅を行き交う人々を見る。
 まだ朝で通勤時間ということもあり、人通りは凄まじい。

 男はその人の多さだけでも酔いそうだったので、目線を下げた。
 行きかう人々の足だけを見て、気を休めていた。

 本当に様々な人がいる。
 スーツ姿の男と女、私服のような者達もいる。
 まだ夏休みの時期だが、学生服を着た者も大勢いる。
 それに加えて、外国の観光客や、男には理解できない奇抜な服を着ている者もいた。

 だが、誰も彼も皆急ぎ足で歩いて行く。
 男の視界から消えていく
 乗り換えがある駅なので、次の電車に乗るためだろう。

 行きかう人々を見ていた男はふと視線を一点に向ける。

 素足で歩く人を見かけたのだ。
 流石に男も駅で素足でいることには驚く。

 だが、男はその足の主を見たいとは思わなかった。
 透き通るほど白い、いや、青白いその足は、他の者とは違いゆっくりとした歩みで歩いて行くのだが、どこか違和感があった。

 男の勘が、あの足の主を見てはいけない、そう伝えてきていた。
 ベンチに座りながら男は冷や汗を流し始める。

 ただの足だ。素足の足だ。
 それが何でこんなにも恐ろしく感じるのか、男にはわからなかった。
 けれども、男はその足を注視してしまう。

 目を離したら、何か起こってしまうのではないか、そう思えて仕方がなかったのだ。

 こんな朝から、しかも人が多くいる場所で何を、と男自身そう思うのだが、どうしてもあの素足を警戒してしまう。
 男は視線を下げたまま、その足を、何も履いていない、素足だけを警戒するように見続けた。

 すると、その足の歩みが止まる。
 ゆっくりと歩いていた素足は止まり、ベンチの方へ、男がいる方へと、歩いてくる。

 男は動悸が激しくなる。
 浅い呼吸を繰り返し、何でこうなった、と自問するがわからない。
 男はベンチに座り休んでいただけだ。
 そこで奇妙な素足を見ただけだ。

 なのになんで今、こんなにも恐ろしいのか、まるで理解できない。
 なにが怖いのかすら理解できない。

 素足はゆっくりと男が座るベンチの方へとやってきて、男の目の前で止まる。
 そして、少女の声で聴くのだ。

 ねえ、見えているの?

 と。
 男は震えながら固まっていた。
 その問いに答えることは男にはできなかった。

 男は心の中で助けてくれ、誰か助けてくれ、と願うが、他の者達はせわしなく歩いて行くだけで、ベンチで休んでいる男の事など気にする者はいない。
 しばらく男がベンチの上で震えていると、男の視線に入っていた足がすっと上に移動していき、男の視界から消えた。

 そして、男の肩にずっしりと重く冷たい何かがのしかかる。

 その時、男は思ったのだ。ああ、つかれてしまった、と。



 

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