きんいろの太陽がもえる朝に

八木山

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探偵

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中華風の服の上にマントをつけているその女は、ガラス越しにベッドに横たわる渡辺教諭を無言で見つめていた。ガラスに当てた左手の薬指には、銀色の輪が光っている。包めたコートを自分の腕にかけていた弓削は、彼女に声を掛けた。




「あの……この度は……」


と言いかけて、「ご愁傷さまです」ではない別の言葉が出てこなかった。渡辺は生きているのだから、それでは不適切である。こういう時になんといえばよいか事前に調べてくればよかったと後悔するが、一方でそれは無理からぬ話であろう。ベッドに横たわる男が音楽準備室で倒れているのを生徒が見つけてから、副担任である弓削はそんな時間を取れないほど大変だったのだ。それを察してか、女性はこちらを向いた。黒くまっすぐな髪の下に、左目の痛々しく大きな傷とそれを覆い隠している眼帯が見える。それ以外にも顔の所々に小さな傷痕が見えて、弓削は思わず目を逸らしそうになった。彼女は小さく頭を下げて、シンプルに名乗った。


「代永です。渡辺のパートナーをしています」
「弓を削るで弓削ゆずりです。渡辺さんの同僚で、高校の教員をしています」

パートナー?彼女、と言うことか?ゾワリと弓削の背筋を悪寒が走る。薬指の指輪は、まさか婚約指輪だろうか。
と同時に、その苗字に聞き覚えがあることに気付く。2年2組の生徒である『代永美夕』。その伯母は渡辺教諭と『金髪狩り事件』に巻き込まれており、その名前も同じく「裕子」だったはずだ。


「もしかして、あなたが弓削裕子さん?」
「もちろん。『金髪狩り事件』を解決に導いた、あの代永裕子よ。この顔の傷が何よりの証拠ね」


彼女はそう言いながら、左目を指さした。彼女が犯人たちに受けた傷なのだろうか。「わあ、すごい」以外に返す言葉のない弓削を気にすることなく、裕子は腕を組みながら廊下に備え付けられたベンチ椅子に腰を掛ける。


「同僚と言うことは、高校の教師よね。わざわざお忙しい中お見舞いに?ありがとう」
「ああいえ。私、渡辺さんが担任をするクラスの、副担任なんです」
「もちろん」


要領を得ない返事に弓削は戸惑いながら、同じベンチ椅子の彼女から一席分開けた位置に腰を下ろす。ガラスの向こうにいる男は動く気配はなく、代わりに胸元から伸びるケーブルやチューブによってつなげられたいくつかの機械の液晶が、絶え間なく変化している。いわゆる意識不明の重体と言う奴だろう。非常にまずいことだけは見て取れたが、念のために裕子へと尋ねてみる。


「……その、渡辺さんの体調って」
「見ればわかるでしょう?よ。全く枯れちゃって。昔のかわいいお顔はどこへやら。前から大分無理していたみたいね~」
「それは、その……なんと申し上げたらよいか」


裕子の声色は静かで落ち着いていた。まるで渡辺が帰ってくることを確信しているかのように。一方で、どこかこちらを責めるような、青い怒りの様なものも入り混じっているように感じた。それはそうだろう、教師の仕事はブラックで有名である。渡辺が倒れた一因をその労働環境に求められてしまえば、否定はしきれない。


「弓削さんは働く姿を近くで見ていて、何か気付くことはなかったの?」
「その、正直、兆候の様なものはなくて。でも、私が気付いて、何か巻き取れればよかったです、よね……」
「それは私も同じ」


そう言って、裕子はため息を吐いた。項垂れ、手を膝の上で組んで、口だけは小さく笑う。
ヘラヘラとした薄っぺらい笑いが、病院の薄暗い廊下に小さくこだました。


「あなたみたいに毎日顔を合わせないからこそ、変化に気付けたかもしれないもの」
「……そうでしょうか。そんなに責任を感じてもしょうがないとは思いますけど」


裕子は顔だけをこちらに向ける。細められた目がこちらをまっすぐに見る。
その口元はにへらと笑っていた。


「責任?私が?まさか」
「えっ?」


意図を掴みかねて、弓削は押し黙った。その様子を見て、裕子は肩をすくめて立ち上がった。


「ああ、そうそう。一命は取り留めたみたいだから、今日の所は一旦引き上げましょう?」
「引き上げる?見守らないんですか?」
「ええ、今はゆっくり休ませてあげましょうってこと。外野がゾロゾロいたら彼も気が気でないでしょ?それにあなたは明日も仕事でしょうし」


確かに明日は平日で、今の時間は22時を回っている。自分が第三者なら、帰って休むべきだというだろう。だが、峠を越したわけでもない渡辺を、一人置いて帰ってしまっていいのだろうか。人の絆が奇跡を呼び起こすというような綺麗ごとを、弓削は存外馬鹿にできないと思っている人間である。しかし目の前で倒れているのが信頼している同僚であるなら話は別だ。できることは全てしてあげたくなる。その場から動けないでいる弓削に小さく首を振ると、裕子は小さく頭を下げて、その場を後にしようと踵を返す。
弓削は、問わずにはいられなかった。


「その、裕子さんのお仕事って何なんですか」


まるで彼女は明日は仕事がないような口ぶりだったからだ。
裕子は振り返って言った。


「私?分かりやすく言うなら、探偵かな」
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