総務の黒川さんは袖をまくらない

八木山

文字の大きさ
30 / 61
第7話 蜘蛛の巣を払う黒川さん

タトゥーアーティスト KEIKO

しおりを挟む
「ホンモノ」

ネオンで作られたその文字を潜り、ガラス張りドアを開ける。

備え付けられたベルがカラコロという音を立てると、奥の方から「只今」と低い女の声が響いた。

どこか全体的に、甘い匂いがする。
明るすぎない照明が、クリーム色の壁と赤茶色のカーペットを照らしているからか。
あるいはギャリギャリと流れる「Rock姉」の曲のせいだろうか。


ーーレアチーズケーキってさ
ーー結構見るけどどこがレアなん?
ーーエクレアの方が好みなんだ
ーーでもケーキというより菓子パンじゃない?


多分、この曲のせいだな。

部屋の真ん中においてある、ゆったりとくつろげそうな、二人掛けのソファに腰かける。

膝ほどの高さしかないテーブルに置かれたカタログをめくると、露出された様々な人間の肌に刻まれた鮮やかな絵柄と文字の写真が並んでいた。

でも、僕のイメージしていた物騒さより、華奢というか、繊細というか、華やかな印象を受ける。


それもそのはず、ここは女性専用タトゥースタジオ、ホンモノ。
僕がタトゥーを入れに来た訳がない。


「これすごいぞ北野。まるで本当に肌の下にケーブルがあるみたいだ」


塗装が剥げてそこから青い配線が見える作品に興奮している、オールバックに髪を撫で付けた同僚、水樹。
巧みな叙述トリックによってこいつが行きなり女性だと明らかになって、自分の肌に心情を刻むのを拝みに来たのだ。
...んなわけないのだ。


「好きなものなら、ブタメンのブタとかでもいいんスもんね?」
「先生はそれでいいんですか...!」
「いや水樹さんが入れるんスよ?」
「はぇ!?」


僕らは、現役ギャル女子高生小説家、宮古島先生の付き添いである。

ギャルならタトゥーくらい入れないとネ!というステレオタイプなのかすらもオジサンズにはわからない理屈で、あれよあれよと言うままに連れてこられた。
「黒川さんがタトゥーを入れてると思う?」などと水樹に聞かなければ生涯入らなかった施設は、髑髏!薔薇!パンクロック!という僕のイメージからはかけ離れていた。
だからと言って居心地がいい訳でもなく、オシャレ女子のための空間は明らかに僕に「No」を両手で突きつけている。辛い。


「おまたせしましたー、彫り師のKEIKOです」


現れた店主も、店の雰囲気にそぐう、いたって普通の女性だった。
茶髪のボブヘアーに、花柄のTシャツ。
すらりと細い顔立ちと細い目の端に見える細かいシワからは、僕らと同じアラサーだと伺える。
だが、仏頂面というのだろうか、雰囲気がどこか仏像然としている。

だが一番目を引いたのは、びっしりとタトゥーの入った左腕だった。
意匠に気が付いたのは、宮古島先生だった。


「風、花、鳥。花鳥風月スか」
「ん、よく気付いたね。君が予約いれた子?」
「宮古島っす。あの二人は、私が未成年なので念のための付き添いスね」


場から浮いている二人の男を一瞥するも特に取り合わず、彼女は宮古島先生に歩み寄る。


「失恋した?」
「なら聞き方考えましょうよ」
「一度彫ったら完全には元に戻せない。だから君みたいに若い娘に彫るなら相当な理由がないと」


宮古島先生は言いにくそうな顔を浮かべ、何とか「興味本位」という動機を取り繕った。


「ウチ小説家でしてぇ、その小説の取材にできないかなってぇ」
「興味本位ってわけだ」


おいおい、玉砕だよ。
しかしKEIKOさんは僕らを追い出そうとはせず、むしろ好奇の眼差しを向けている。
機に乗じて、気を遣った問いを先生は投げ掛けた。


「例えば、タトゥーをいれた腕を頑として隠すってこと、あると思います?」
「普通にあるよ。正直怖いし。でもそれで避けられたくないでしょ?あとは、元カレの名前なんて入れた日にはサイアク」


心当たりがあるのだろう、ケタケタと笑うKEIKOさん。


「お風呂には入れないんスか?」
「別に入れるよ。公衆浴場は他の客がビビっちゃうからNG出してるとこがほとんど。最近はスミOKのとこもチラホラあるけどねー」


日本人がタトゥーを敬遠するのは今に始まった話じゃない。
元来受刑者の証として刻まれていたからとも、ヤクザのイメージが強いとも言われているが、自分の体を目に見える形で傷つけてまで何かを残したいというその覚悟にこそ、僕は畏怖を覚えるのだ。


彼女は「デザイン決まったら教えて」と言い残して再び店の奥へと戻ろうとする。
その背に声をかけたのは水樹だった。


「初めて他人に彫ったタトゥーって、どんな感じだったんです?」    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...