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第7話 蜘蛛の巣を払う黒川さん
ホンモノと偽物
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「処女作ならそこのポートフォリオにあるけど」
KEIKOさんは顎で、壁から出たフックに掛けられたクリアホルダーを指し示した。
近くにいた僕は手に取り、ペラペラとめくる。
カタログと比べると解像度が低く、何よりシンプルなデザインのタトゥーの写真。
どうやら店を持つ前後の作品らしい。
一番古い写真はおよそ四年前。
水色のリボンで作られたメビウスの輪のタトゥーが、手の甲に浮かび上がるような陰影と共に刻まれている。
水樹もそれをチラリと見るが、お眼鏡には叶わなかったらしい。
小さく空しげな息を吐き、再び向き直る。
「KEIKOさん、独立する前に友人にタトゥーを入れたりしませんでした?」
「...ああ、そういうこと。あるよ、それなら。学生時代のトモダチに頼まれて、亀と蛇を」
その初仕事に深い思い入れがあることは、口振りから明らかだった。
大切な思い出なのに、人に話したくないのに、それでも堰を切ったように、言葉が流れ出てくる。
そんな自嘲にも似た感傷が伝わってくる。
「5年くらい前かな。初めて指名された仕事だったの。アタシは留年もしてたし、大学院も出てたし、今の仕事で生きてく腹を決めるのも遅くて。その娘は新卒で大手企業でデザイナーをやっててさ、キラキラしてて羨ましくて。そんな娘の新雪を他でもないアタシが踏み荒らすの」
そう語るKEIKOさん。
じゅるりと、よだれを啜る。
「すごく、興奮したんだ。自分で自分の腕に彫るのと訳が違う。ここで亀の頭を亀頭で彫ったら?蛇の頭をチ○コにしたら?いっそドアラの顔を彫ったら?色んな想像をしたよ。彼女は泣くだろうけど、私は爆笑できる自信があったね」
御仏のような顔からは想像できない発想。
この人はマトモだと思ったのに!
クスリでもやってるのか?
あるいは中日ファンは性欲が強いのか?
そう思わずにいられない。
「そのとき初めてアタシは他人の人生を握ってることに気が付いた」
恍惚とした表情からまた元の仏頂面へと静かに切り替わっていく。
そして水樹と宮古島先生を交互に見つめた。
「それで、この話は何の記事になるわけ?」
「...!気付いていたんスか」
「宮古島って名前で女子高生小説家なんて、あの拳銃発砲事件のルポの人しかいないよ」
呆れたようにKEIKOさんは小さく笑った。
「まさか、あの娘のことを探してる、なんてことないよね?」
「いえ、並べるのが失礼なほどに別件です」
「そうよね」
「その」
しゅんとするKEIKOさんに好奇心を堪えきれなかったのは、意外にも宮古島先生だった。
「失礼すけど、その人とは喧嘩別れでもしたんスか?」
推理小説家の血が騒ぐのか、あるいは百合の波動を感じたのか。
「チ○コのタトゥー、ホントに入れたとか」
すいません、先生もチ○コにご関心でした。
「...しばらく音信不通なんだ。家庭に問題もあったし、何かトラブルに巻き込まれて死んでるかも」
いや、チ○コのタトゥー入れたのかは答えないんかい。
表情に影を落とすKEIKOさんは、店主らしく空気を変えようと、「というか」と半笑いに切り出した。
「並べるのが失礼ってどういうことか、逆に聞きたいんどけど」
水樹は断りもなく、僕の目の前で僕の赤裸々な恋心を僕よりも雄弁に語った。
最初こそニタニタと聞いていたKEIKOさんだったが、次第にその顔は嫌悪に青ざめていく。
「腕に執着する変態?美大にはいたけど」
「ええ、コイツ、変態なんです」
水樹は茶化すように僕の肩に手を回す。
違いますよと、手でジェスチャーする僕。
KEIKOさんは体裁だけ申し訳なさそうにして、手を合わせる。
「仮に名前を教えてもらっても、ごめんだけど話せないかな。守秘義務ってのがあるから」
そりゃあ、そうですよね。
日はまだ高い。
悲しいほどに、徒労だった。
「ちなみにタトゥーは入れてく?男の人にやるのは初めてだし、お任せでいいなら安くするよ」
僕と水樹は顔を見合わせる。
僕はやるわけないし、水樹も首を横に振った。
それを見て、宮古島先生が口を開く。
「お任せって、ちなみに何を入れるつもりなんスか?」
「ドラアのチ○コ!」
今日一の元気でそんなこと言うなよ!
KEIKOさんは顎で、壁から出たフックに掛けられたクリアホルダーを指し示した。
近くにいた僕は手に取り、ペラペラとめくる。
カタログと比べると解像度が低く、何よりシンプルなデザインのタトゥーの写真。
どうやら店を持つ前後の作品らしい。
一番古い写真はおよそ四年前。
水色のリボンで作られたメビウスの輪のタトゥーが、手の甲に浮かび上がるような陰影と共に刻まれている。
水樹もそれをチラリと見るが、お眼鏡には叶わなかったらしい。
小さく空しげな息を吐き、再び向き直る。
「KEIKOさん、独立する前に友人にタトゥーを入れたりしませんでした?」
「...ああ、そういうこと。あるよ、それなら。学生時代のトモダチに頼まれて、亀と蛇を」
その初仕事に深い思い入れがあることは、口振りから明らかだった。
大切な思い出なのに、人に話したくないのに、それでも堰を切ったように、言葉が流れ出てくる。
そんな自嘲にも似た感傷が伝わってくる。
「5年くらい前かな。初めて指名された仕事だったの。アタシは留年もしてたし、大学院も出てたし、今の仕事で生きてく腹を決めるのも遅くて。その娘は新卒で大手企業でデザイナーをやっててさ、キラキラしてて羨ましくて。そんな娘の新雪を他でもないアタシが踏み荒らすの」
そう語るKEIKOさん。
じゅるりと、よだれを啜る。
「すごく、興奮したんだ。自分で自分の腕に彫るのと訳が違う。ここで亀の頭を亀頭で彫ったら?蛇の頭をチ○コにしたら?いっそドアラの顔を彫ったら?色んな想像をしたよ。彼女は泣くだろうけど、私は爆笑できる自信があったね」
御仏のような顔からは想像できない発想。
この人はマトモだと思ったのに!
クスリでもやってるのか?
あるいは中日ファンは性欲が強いのか?
そう思わずにいられない。
「そのとき初めてアタシは他人の人生を握ってることに気が付いた」
恍惚とした表情からまた元の仏頂面へと静かに切り替わっていく。
そして水樹と宮古島先生を交互に見つめた。
「それで、この話は何の記事になるわけ?」
「...!気付いていたんスか」
「宮古島って名前で女子高生小説家なんて、あの拳銃発砲事件のルポの人しかいないよ」
呆れたようにKEIKOさんは小さく笑った。
「まさか、あの娘のことを探してる、なんてことないよね?」
「いえ、並べるのが失礼なほどに別件です」
「そうよね」
「その」
しゅんとするKEIKOさんに好奇心を堪えきれなかったのは、意外にも宮古島先生だった。
「失礼すけど、その人とは喧嘩別れでもしたんスか?」
推理小説家の血が騒ぐのか、あるいは百合の波動を感じたのか。
「チ○コのタトゥー、ホントに入れたとか」
すいません、先生もチ○コにご関心でした。
「...しばらく音信不通なんだ。家庭に問題もあったし、何かトラブルに巻き込まれて死んでるかも」
いや、チ○コのタトゥー入れたのかは答えないんかい。
表情に影を落とすKEIKOさんは、店主らしく空気を変えようと、「というか」と半笑いに切り出した。
「並べるのが失礼ってどういうことか、逆に聞きたいんどけど」
水樹は断りもなく、僕の目の前で僕の赤裸々な恋心を僕よりも雄弁に語った。
最初こそニタニタと聞いていたKEIKOさんだったが、次第にその顔は嫌悪に青ざめていく。
「腕に執着する変態?美大にはいたけど」
「ええ、コイツ、変態なんです」
水樹は茶化すように僕の肩に手を回す。
違いますよと、手でジェスチャーする僕。
KEIKOさんは体裁だけ申し訳なさそうにして、手を合わせる。
「仮に名前を教えてもらっても、ごめんだけど話せないかな。守秘義務ってのがあるから」
そりゃあ、そうですよね。
日はまだ高い。
悲しいほどに、徒労だった。
「ちなみにタトゥーは入れてく?男の人にやるのは初めてだし、お任せでいいなら安くするよ」
僕と水樹は顔を見合わせる。
僕はやるわけないし、水樹も首を横に振った。
それを見て、宮古島先生が口を開く。
「お任せって、ちなみに何を入れるつもりなんスか?」
「ドラアのチ○コ!」
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