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最終話 史上最強の弟子、黒川さん
ねてるから
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李さんの中華料理を食べた翌日。
僕は午前中の予定をキャンセルし、氷川さんの入院する病院を訪れていた。
大部屋のベッドの一つに横たわっていた氷川さんは僕に気付くと、生気のない細い声を絞り出した。
「ああ、きたのか」
「それは見舞いに来たのかって意味と、僕が北野って意味とのダブルミーニング、つまり寒すぎる愛発動ですね?」
「・・・個人的なトラブルで入院なんざ、人事査定は上がらねえわな」
そう言って、口角を少しだけ上げる。
僕らの間に、気まずい空気が流れた
そりゃあそうだ、僕はまだ氷川さんの口から、あの夜高輪にいた理由を聞いていない。
「やっぱり若い方がいいんですか」
「お前・・・開口一番それかよ。ちげえって」
「なら、どうしてストーカーまがいのことしたんですか」
「それは・・・お前たちを追っていたのはだな・・・」
思いつめた表情をしていた氷川さんだったが、意を決したように口を再び開く。
「お前らが、推しCPだからだ」
「・・・なるほど。全く意味不明ですね」
「マンガでよくあるだろ、初めてデートする二人を影からフォローするために、後ろから隠れて見守る友人枠」
いや、いるけどさ。
両手に木の枝持って茂みに隠れて、逆に周りから怪しまれたりするけどさ。
「あれが、俺だ」
「何か、すごいメタいこと言ってません?」
「なんだよ、さっさと告白しろよ」
床に伏せてなお強引だな、この人。
だとしても、定時で帰ったあとにたまたま居合わせるわけがない。
「そう、帰り道を守ってくれと監督に言われた俺は考えた。俺が断ればきっとお前にお鉢が回るとな。夏の夜、二人歩く若い男女、何も起きないはずがなく...」
「確かに起きたは起きましたね」
どこまで本気で言っているのかわからないが、今日氷川さんに会いに来たのは問い質すためじゃない。
黒川さんに想いを伝える。
そのために、彼女がいそうな場所を聞きに来たのだ。
「わかりました、告白します。だから彼女のいる場所を教えてください」
「待てバカ、本気か!?早まるなよ!」
氷川さんが急に大声を出したせいで噎せる。
それを嗜めるかのように、相部屋の患者たちも咳払いをし始めたので、僕は「すいません」と氷川さんの代わりに謝った。
「告白してほしいのかそうじゃないのか、はっきりしてくださいよ」
「...じゃあ聞くけどよ、勝算はあるのか」
「僕はそんなものなくても構いません。行かせてください」
「お前それ、事業部長の事業計画書に書かれてたらGO出せるか?」
「馬鹿言ってんじゃないよと突っ返しますよ」
「何だろうな、まだ意識の残ってるゾンビ見てる気持ちだぜ、俺ぁ」
失礼な、誰がゾンビだ。
僕はいたって正気だし、むしろ生き生きしている。
僕を引き留めたいのか、それとも結ばれてほしいのか、どっちなんだ?
「知らないならそう言ってくれればいいんですよ」
「いや、候補がないわけじゃないんだけどよ」
「ごたごた言ってねぇでよぉ!教えてやったらいいんじゃねぇあなぁ!」
その声は、まったく予想だにしない方角から聞こえてきた。
振り返ると、その声は他のベッドの主のものだった。
太った禿げのおじいちゃんだ。見覚えがマジでない。
するとその声に呼応して他の患者も「そうだ、そうだ」と口をそろえて不満を口にし出した。
「意地悪すんなよ、新入りの癖によー」「さっきから聞いてりゃよぉ、若い奴の目を摘んでどうすんだよ」「俺たちゃあ、兄ちゃんの味方だぜ!」「教えてやれよおとっつぁん」
・・・全員知らないおじさんだ。
みな一様に点滴を刺して具合の悪そうな顔をしている。
なぜ彼らが僕の肩を持つのか分からない。
そんな顔をしていたのを見たのだろう、一人が僕に言った
「俺たち、いつ死ぬかもわからん身の上だ。しかも、そろいもそろって家庭を持てなかった人生の敗北者だ。次の世代に何も残せないこの悔しさ、お前が晴らしてくれねえか」
「つまり非モテの希望が僕に託された、ってことですか」
僕の言葉に、病室はシンと静まり返る。
なんだよそれ、いい話じゃんか。
...いい話か?いい話じゃないような気もするけど。
「うるせえ簡単にまとめやがって、殺すぞ!」「誰が非モテだ!俺はモテようとしなかっただけだっつーの!」「(過激な表現を含んでいます)!ギルティ!ギルティ!」「いあ!いあ!」
ダメだ、暴徒になっちゃった。
「みんなの気持ち、伝わったぜ・・・ッ!」
氷川さんは氷川さんで、何の感銘を受けているんだ。
そして、僕に引き締まった顔を向けた。
「北野、お前に一つだけ約束してほしい」
「...何ですか」
「フラれても、会社辞めないでくれるか」
「氷川さん、その心配は不要ですよ(だって、フラれないですから)」
自信に満ちた僕の顔に満足したのだろう、小さく頷く氷川さん。
「彼女は今頃、港区にある父親の道場に向かっているはずだ」
◆
自分の判断は、果たして本当に正しかったのか。
いや、正しいわけはないか。
お礼をして去っていく北野を見送った氷川は、小さく苦笑した。
病室の面々の来t場に少しだけホロリとしてしまった挙句、情報をポロリしてしまった。
「へへっ」「きっとフラれるな、ありゃあ」と軽口をたたき合う病人たち。
尽きかけた命の灯火を北野が、轟轟と燃え上がる恋の炎にできる可能性は万に一つもない。
それでも、氷川自身も賭けたい、そう思ってしまっていた。
その時だった。病室に看護師が入ってきた。
部屋は「あっ」「ッスー・・・」「へっへへ・・・」と静まり返る。
看護師のマスクで覆われた顔は5割増しで綺麗に見えるものだし、それを差し引いても目元の皺からは決してピチピチフレッシュとは言えないが、それでも白衣の天使に見えるのだろう。
「それじゃあみなさん、リハビリの時間ですよー」
「「「はーい」」」
何人かがいそいそと、点滴を片手にベッドから立ち上がる。
だが、思っている以上に背筋がまっすぐで、瞳にはキラキラと言う光が灯っていた。
その目は勿論、看護師に集まっている。
・・・騙された!どこが「いつ死ぬともわからない」だ!
いや、恋とは偉大である。そう言うことにしておこう。
帰ったら妻にハグをしよう、そう心に誓う氷川であった。
僕は午前中の予定をキャンセルし、氷川さんの入院する病院を訪れていた。
大部屋のベッドの一つに横たわっていた氷川さんは僕に気付くと、生気のない細い声を絞り出した。
「ああ、きたのか」
「それは見舞いに来たのかって意味と、僕が北野って意味とのダブルミーニング、つまり寒すぎる愛発動ですね?」
「・・・個人的なトラブルで入院なんざ、人事査定は上がらねえわな」
そう言って、口角を少しだけ上げる。
僕らの間に、気まずい空気が流れた
そりゃあそうだ、僕はまだ氷川さんの口から、あの夜高輪にいた理由を聞いていない。
「やっぱり若い方がいいんですか」
「お前・・・開口一番それかよ。ちげえって」
「なら、どうしてストーカーまがいのことしたんですか」
「それは・・・お前たちを追っていたのはだな・・・」
思いつめた表情をしていた氷川さんだったが、意を決したように口を再び開く。
「お前らが、推しCPだからだ」
「・・・なるほど。全く意味不明ですね」
「マンガでよくあるだろ、初めてデートする二人を影からフォローするために、後ろから隠れて見守る友人枠」
いや、いるけどさ。
両手に木の枝持って茂みに隠れて、逆に周りから怪しまれたりするけどさ。
「あれが、俺だ」
「何か、すごいメタいこと言ってません?」
「なんだよ、さっさと告白しろよ」
床に伏せてなお強引だな、この人。
だとしても、定時で帰ったあとにたまたま居合わせるわけがない。
「そう、帰り道を守ってくれと監督に言われた俺は考えた。俺が断ればきっとお前にお鉢が回るとな。夏の夜、二人歩く若い男女、何も起きないはずがなく...」
「確かに起きたは起きましたね」
どこまで本気で言っているのかわからないが、今日氷川さんに会いに来たのは問い質すためじゃない。
黒川さんに想いを伝える。
そのために、彼女がいそうな場所を聞きに来たのだ。
「わかりました、告白します。だから彼女のいる場所を教えてください」
「待てバカ、本気か!?早まるなよ!」
氷川さんが急に大声を出したせいで噎せる。
それを嗜めるかのように、相部屋の患者たちも咳払いをし始めたので、僕は「すいません」と氷川さんの代わりに謝った。
「告白してほしいのかそうじゃないのか、はっきりしてくださいよ」
「...じゃあ聞くけどよ、勝算はあるのか」
「僕はそんなものなくても構いません。行かせてください」
「お前それ、事業部長の事業計画書に書かれてたらGO出せるか?」
「馬鹿言ってんじゃないよと突っ返しますよ」
「何だろうな、まだ意識の残ってるゾンビ見てる気持ちだぜ、俺ぁ」
失礼な、誰がゾンビだ。
僕はいたって正気だし、むしろ生き生きしている。
僕を引き留めたいのか、それとも結ばれてほしいのか、どっちなんだ?
「知らないならそう言ってくれればいいんですよ」
「いや、候補がないわけじゃないんだけどよ」
「ごたごた言ってねぇでよぉ!教えてやったらいいんじゃねぇあなぁ!」
その声は、まったく予想だにしない方角から聞こえてきた。
振り返ると、その声は他のベッドの主のものだった。
太った禿げのおじいちゃんだ。見覚えがマジでない。
するとその声に呼応して他の患者も「そうだ、そうだ」と口をそろえて不満を口にし出した。
「意地悪すんなよ、新入りの癖によー」「さっきから聞いてりゃよぉ、若い奴の目を摘んでどうすんだよ」「俺たちゃあ、兄ちゃんの味方だぜ!」「教えてやれよおとっつぁん」
・・・全員知らないおじさんだ。
みな一様に点滴を刺して具合の悪そうな顔をしている。
なぜ彼らが僕の肩を持つのか分からない。
そんな顔をしていたのを見たのだろう、一人が僕に言った
「俺たち、いつ死ぬかもわからん身の上だ。しかも、そろいもそろって家庭を持てなかった人生の敗北者だ。次の世代に何も残せないこの悔しさ、お前が晴らしてくれねえか」
「つまり非モテの希望が僕に託された、ってことですか」
僕の言葉に、病室はシンと静まり返る。
なんだよそれ、いい話じゃんか。
...いい話か?いい話じゃないような気もするけど。
「うるせえ簡単にまとめやがって、殺すぞ!」「誰が非モテだ!俺はモテようとしなかっただけだっつーの!」「(過激な表現を含んでいます)!ギルティ!ギルティ!」「いあ!いあ!」
ダメだ、暴徒になっちゃった。
「みんなの気持ち、伝わったぜ・・・ッ!」
氷川さんは氷川さんで、何の感銘を受けているんだ。
そして、僕に引き締まった顔を向けた。
「北野、お前に一つだけ約束してほしい」
「...何ですか」
「フラれても、会社辞めないでくれるか」
「氷川さん、その心配は不要ですよ(だって、フラれないですから)」
自信に満ちた僕の顔に満足したのだろう、小さく頷く氷川さん。
「彼女は今頃、港区にある父親の道場に向かっているはずだ」
◆
自分の判断は、果たして本当に正しかったのか。
いや、正しいわけはないか。
お礼をして去っていく北野を見送った氷川は、小さく苦笑した。
病室の面々の来t場に少しだけホロリとしてしまった挙句、情報をポロリしてしまった。
「へへっ」「きっとフラれるな、ありゃあ」と軽口をたたき合う病人たち。
尽きかけた命の灯火を北野が、轟轟と燃え上がる恋の炎にできる可能性は万に一つもない。
それでも、氷川自身も賭けたい、そう思ってしまっていた。
その時だった。病室に看護師が入ってきた。
部屋は「あっ」「ッスー・・・」「へっへへ・・・」と静まり返る。
看護師のマスクで覆われた顔は5割増しで綺麗に見えるものだし、それを差し引いても目元の皺からは決してピチピチフレッシュとは言えないが、それでも白衣の天使に見えるのだろう。
「それじゃあみなさん、リハビリの時間ですよー」
「「「はーい」」」
何人かがいそいそと、点滴を片手にベッドから立ち上がる。
だが、思っている以上に背筋がまっすぐで、瞳にはキラキラと言う光が灯っていた。
その目は勿論、看護師に集まっている。
・・・騙された!どこが「いつ死ぬともわからない」だ!
いや、恋とは偉大である。そう言うことにしておこう。
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