19 / 27
A.行方不明の画家の家にしては整頓されてないか?
しおりを挟む
カイリはアトリエのどこにもいなかった。
連絡も既読にならないし、通話しても反応がない。
靴が玄関になかったことで、外に出たのだと気付く。
「どした、そんな焦って」
車の停めてある裏手では、ヒカリが木陰に腰掛けてせせらぎに向かって釣り竿を垂らしていた。
ちろちろと流れる水は綺麗に澄んでいるが、魚が泳いで影は見えないし、木の枝にたこ糸をくくりつけただけの竿は揺れる様子もない。
「カイリ見なかった?連絡取れなくて」
「うん、見た見た」
ヒカリがひょいと、釣り竿をあげる。
糸に括られたサキイカに、サワガニがしがみついていた。
「取ーれた、取れた。で、なんだっけ?」
「カイリ」
「あーね、川上の方にバシャバシャ歩いてったよ」
そう言われても、川沿いに道の様なものは見えない。
こちら側は藪だし、向こう側は切り立った斜面に木々が生い茂っている。
「え、どうやって?」
「だから、川に入ってったんだって。まさか追いかけるん?」
ヒカリが見るように促した先には、看板が立っていた。
「毒蛇注意」と書かれている。
そう言えばユカリのお母さんも、このあたりにいるっていう毒蛇に噛まれたんだっけ。
「ちな、蛇はマジでいるよ。毒があるかはわからないけど、水面から頭が出てたから」
「そんなとこでよく釣り出来るね~」
「水辺に近寄らなきゃ大丈夫でしょ」
そこも十分水辺だと思うけど。
そうなると、カイリのことが心配だ。
アタシが川上りする意思を曲げなかったので、ヒカリは「あーもう」と頭を掻いてから、履いていた長靴を貸し出した。
「水虫移したら殺すから」
「そっくりそのままお返しなんだが~?」
ザブ、ザブと川を上がっていくと、ソイツと目が合った。
せせらぎの水面から頭を出した大きな石の上で横になっている、黒い蛇だ。
長めの充電ケーブルくらいの体長。東京ではなかなか見ない、大物だ。
ヤツもこちらに気付いて、顔を大きく上にもたげた。
チロチロと赤い舌を出し入れしたかと思うと、そのまま川に飛び込んで、川上の方へと泳いで行ってしまった。
「ついてこい」、とでも言いたいの?言われなくても、用事があるから行くが?
は?人間様舐めんなよ?やっかこら!江戸の娘とは勝気強気あたりきしゃりきやで!
無茶苦茶に考えることで、アタシは嫌悪感を必死に押し込めて、歩みを進める。
両岸から川を遮るように伸びた枝を押しのけると、水面の上に仰向けに人が倒れていた。
「カイリ!」
アタシは叫んで、急いで駆け寄った。足元の水が、アタシの足を押し戻そうとする。
それを、さらに力強く蹴っ飛ばして、プカプカと浮かんで、石に引っかかっているカイリの顔を覗き込んだ。
「ああ、ミカリ。どうしたんです」
パチリと眼鏡の奥の目が開く。
「こんなとこで何やってんの!蛇いるんだよ、蛇!」
「何って、見ての通り水浴びですよ」
「着替えは?」
「それなら、あのアトリエにありますよ」
・・・え?ん?はぁっ!?
「な、何?どういうこと?そんなの持ってきてたっけ?」
「いいえ。だから、アトリエに着替えがあるんですってば」
アタシは絶句していた。絶句しながら、カイリに何を言おうとしていたのか忘れて、ただ考えていた。
そうか、肖像画を描かせるくらいだから、着替えぐらい用意するか。うんうん。
いや、するかぁ!?普通ッ!?
プカプカ浮かんだまま、カイリは続けた。
「あのうどん、私にとっては本当に『懐かしい味』だったんですよ、ミカリ」
「それは・・・絵を描かせるためにここに来るとき、夕多さんに作ってもらったってこと~?」
「いいえ」
ニヤリと笑ったカイリは、パシャリとあたしの顔に水を掛けた。
「あれね、母のレシピなんです」
カイリの顔は、どこか清々しかった。
アタシなら、自分の母親が不倫しているなんて、知りたくなかった。
カイリの母親は、きっとあそこに来ていたのだ。
それも、アナゴが賞味期限切れにならないような、つい最近に。
「昔話をしましょうか」
カイリは引っかかっていた石を掴んで体を起こす。
いつのまにか、ポニーテールを縛っていたヘアゴムはどこかに行ってしまったらしい。
長い黒髪が木漏れ日に反射して、服はぴったりと体に纏わりついていて。
本当にカイリか?と思うほど、大人びた・・・いや、妖艶とさえ思った。
「するのはいいけど帰りながらにしたいかな~」
それとこれとは話は別!
連絡も既読にならないし、通話しても反応がない。
靴が玄関になかったことで、外に出たのだと気付く。
「どした、そんな焦って」
車の停めてある裏手では、ヒカリが木陰に腰掛けてせせらぎに向かって釣り竿を垂らしていた。
ちろちろと流れる水は綺麗に澄んでいるが、魚が泳いで影は見えないし、木の枝にたこ糸をくくりつけただけの竿は揺れる様子もない。
「カイリ見なかった?連絡取れなくて」
「うん、見た見た」
ヒカリがひょいと、釣り竿をあげる。
糸に括られたサキイカに、サワガニがしがみついていた。
「取ーれた、取れた。で、なんだっけ?」
「カイリ」
「あーね、川上の方にバシャバシャ歩いてったよ」
そう言われても、川沿いに道の様なものは見えない。
こちら側は藪だし、向こう側は切り立った斜面に木々が生い茂っている。
「え、どうやって?」
「だから、川に入ってったんだって。まさか追いかけるん?」
ヒカリが見るように促した先には、看板が立っていた。
「毒蛇注意」と書かれている。
そう言えばユカリのお母さんも、このあたりにいるっていう毒蛇に噛まれたんだっけ。
「ちな、蛇はマジでいるよ。毒があるかはわからないけど、水面から頭が出てたから」
「そんなとこでよく釣り出来るね~」
「水辺に近寄らなきゃ大丈夫でしょ」
そこも十分水辺だと思うけど。
そうなると、カイリのことが心配だ。
アタシが川上りする意思を曲げなかったので、ヒカリは「あーもう」と頭を掻いてから、履いていた長靴を貸し出した。
「水虫移したら殺すから」
「そっくりそのままお返しなんだが~?」
ザブ、ザブと川を上がっていくと、ソイツと目が合った。
せせらぎの水面から頭を出した大きな石の上で横になっている、黒い蛇だ。
長めの充電ケーブルくらいの体長。東京ではなかなか見ない、大物だ。
ヤツもこちらに気付いて、顔を大きく上にもたげた。
チロチロと赤い舌を出し入れしたかと思うと、そのまま川に飛び込んで、川上の方へと泳いで行ってしまった。
「ついてこい」、とでも言いたいの?言われなくても、用事があるから行くが?
は?人間様舐めんなよ?やっかこら!江戸の娘とは勝気強気あたりきしゃりきやで!
無茶苦茶に考えることで、アタシは嫌悪感を必死に押し込めて、歩みを進める。
両岸から川を遮るように伸びた枝を押しのけると、水面の上に仰向けに人が倒れていた。
「カイリ!」
アタシは叫んで、急いで駆け寄った。足元の水が、アタシの足を押し戻そうとする。
それを、さらに力強く蹴っ飛ばして、プカプカと浮かんで、石に引っかかっているカイリの顔を覗き込んだ。
「ああ、ミカリ。どうしたんです」
パチリと眼鏡の奥の目が開く。
「こんなとこで何やってんの!蛇いるんだよ、蛇!」
「何って、見ての通り水浴びですよ」
「着替えは?」
「それなら、あのアトリエにありますよ」
・・・え?ん?はぁっ!?
「な、何?どういうこと?そんなの持ってきてたっけ?」
「いいえ。だから、アトリエに着替えがあるんですってば」
アタシは絶句していた。絶句しながら、カイリに何を言おうとしていたのか忘れて、ただ考えていた。
そうか、肖像画を描かせるくらいだから、着替えぐらい用意するか。うんうん。
いや、するかぁ!?普通ッ!?
プカプカ浮かんだまま、カイリは続けた。
「あのうどん、私にとっては本当に『懐かしい味』だったんですよ、ミカリ」
「それは・・・絵を描かせるためにここに来るとき、夕多さんに作ってもらったってこと~?」
「いいえ」
ニヤリと笑ったカイリは、パシャリとあたしの顔に水を掛けた。
「あれね、母のレシピなんです」
カイリの顔は、どこか清々しかった。
アタシなら、自分の母親が不倫しているなんて、知りたくなかった。
カイリの母親は、きっとあそこに来ていたのだ。
それも、アナゴが賞味期限切れにならないような、つい最近に。
「昔話をしましょうか」
カイリは引っかかっていた石を掴んで体を起こす。
いつのまにか、ポニーテールを縛っていたヘアゴムはどこかに行ってしまったらしい。
長い黒髪が木漏れ日に反射して、服はぴったりと体に纏わりついていて。
本当にカイリか?と思うほど、大人びた・・・いや、妖艶とさえ思った。
「するのはいいけど帰りながらにしたいかな~」
それとこれとは話は別!
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる