女子大生の魔女裁判―高級プリン盗難事件―

八木山

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このプリン、★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★です!

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探索者が家に着く頃には、日は高く登り、いよいよ額に汗が浮かんでいた。
原付で移動する分には体力など使おうはずもなく、日差しはヘルメットによって遮断されている。
だが、頭にはびっしりと嫌な汗をかいている事実は変わらない。


空の青さが忌々しい。


マンションの入り口ですれ違ったベビーカーが、探索者の足に小さくぶつかる。
それ自体に、大した痛みはない。
しかしスマートフォンに夢中になっている母親は、そのことにすら気付いていない。
一瞬、文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、赤ん坊がいることに思い至り、口をつぐむ。


ツイていないだけだ。
そう言う日もある。


オートロックを開けてエレベーターに入り、いつものようにボタンを押す。
たが、いつまでたってもドアが閉じない。

バチバチと、閉じるボタンを押す。
「ドアが閉まります」という、女の無機質な声が鳴るものの、肝心のドアは動く気配がない。

工事中かと思い、室内にそれらしい張り紙を探すが、見当たらない。
故障なら、電話を掛けるべきか?
受話器のマークのボタンへ指を伸ばすも、すぐにそのあと待ち構える面倒さに辟易し、手を離した。

なら、まさか、階段で上るのか?
水泳教室帰りに?

額の汗が、鼻の頭まで垂れてくる。
答えはNOだが、そもそもその選択肢は用意されていない。


こうしていても仕方がないのだ。
そう思って出ようとしたら、いきなりドアが動き、危うく挟まれた。


「なんだよ」


誰に言うでもなく、一人だけを乗せて急上昇する鉄の箱に呟く。

探索者が部屋に着く頃には、苛立ちよりも疲れが勝っていた。

探索者がドアを開けても、反応はない。
人の気配はあるが、元より猫のような気性の女しか住んでいない部屋だ、障らないに越したことはない。

喉の乾きと汗の不快感を天秤にかけ、まず軽くシャワーを浴びる。

どことなく温い水を被りながら、探索者は心が曇るのを感じていた。
シャワーと言うものは、冷水を浴びるために作られていない。
頭が冴えるような強い刺激はなく、ぬるぬるとした液体が自分の肢体を濡らしているだけ。
なんだ、これは。


着替えてから水道水を汲もうとするが、思い直す。
確か、共用のコーラがあったはずだ。
それを飲んで、せめて頭をスッキリさせよう。

しかし、冷蔵庫によく冷えた飲み物は何もなかった。
そんな気はしていた。
だから落胆しないかと言えば、そうではないのだが。

冷凍庫から取り出した氷に水道水を被せても、溜飲は下がらない。

どこかにコーラが隠れてないか、ともう一度冷蔵庫を見ても答えは同じだった。
ならせめて同じ思いはさせまい、買って来なければ。

ドアを閉めようとしたその時だった。
冷蔵室の中で、何かが光ったのだ。

まさか、ありえない。
だが、探索者の目には、五つ並んだ高級プリンが輝いて見えた。

こんな糞みたいな日を帳消しにするためにあるかなような、ゲームクリアのためのキーアイテムのような、そんな、どうしても消費しなければならないという、義務感さえこちらに覚えさせてくる。



気付けば探索者の目の前には、空になったプリンの容器と金属製のスプーンの転がったテーブルの景色が広がっていた。

私は何をした?

いや、食べたのだ。
確かにこの手で。
口に残る確かなカラメルの甘さと卵黄のコクが、それを物語っていた。
それに、牧場で絞りたてのソフトクリームを食べたような、バニラの風味が、今なお奇跡の幸福となって、舌を味蕾をゆるやかに包んでいる。


しかし、何より恐ろしいのだ。
プリンを食べたと言う味覚は残っていても、触覚は残っていないのだから。


仮に綿菓子を食べても、口にはベタつきや繊維の記憶が残るはずなのだ。
液体だとしても、喉ごしやとろみといった情報を伴う。


しかしそれが、まるで霞を食べたように、どこにもない。


残っているのは、多幸感のみだった。


理解すると同時に、死神が骨だけの指先でで背中をなぞった。
自分は何か、とんでもないものを食べてしまったのではないか?
味の残滓だけを残した、冒涜的なまでに洗練された口溶けを伴った、プリンのような何かを啜ってしまった。

誰にも言わず、一人だけで。

その僅かな罪悪感が、確かに存在した過去の幸福に一筋の淀みを生んだ。


う、うわぁ!


そう放たれるはずだった叫び声は、頭に響く啓示によってあえなく潰された。



なら、もう一つ食べればよい。
今度は正しく、コーヒーを輩にしながら。


芸術とはそれだけで、どんな犠牲を払おうとも、その真なる姿を以て味わう価値がある。

貴公もそう思うだろう?
くっくっく...
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