at night

八木山

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ギィーー、ゴトン。

カチャカチャ、ガチャン。

りりりりりりり。

ざっ、ざっ、ざっ。

ころころころころ。

ざっ、ざっ、ざっ。


私はいつも通り職場に鍵を掛け、だだっぴろい駐車場の暗闇を突っ切って歩く。
目には見えない虫たちの異常に主張の高い鳴き声が、秋の訪れを告げていた。
どこか肌に纏わりつく湿った空気が、少しだけ残っている。夏の残滓だ。
私は後ろ髪を縛っていたヘアゴムを外しながら、手で額を拭った。
あ、大きな欠伸が出そう。が、憚ることなく私は大口を開けて、深い息を吐き出した。

声にならないうめき声が、暗闇に溶けていく。
淑女らしくはないだろうが、別に誰も見ていないのだから問題ないだろう。

この街は地方都市の郊外、いわゆるベッドタウン。
そのはずれにある、ホームセンターだ。
深夜の3時にもなると、もはや車も通らない。
犬を散歩に連れあるく人影も、運動不足解消にジョギングする中年男性もいない。
どころか、人の温もりを感じられる灯りはどこにもない。

あるのはこの駐車場にいくつも備え付けられた背の高いライトから照らされる、青白い光、いや、光の柱だけだ。
夜空には、東京にいた頃はどこに隠れてたんだと言いたくなるほど、星々が瞬いている。
レモンのような不格好な月が、そんな中に交じって仄かに爆発していた。


私はこの景色が、嫌いだ。


今日は見事なまでの秋空、雲一つない快晴だったっけ。
だからこんなに星が出ているのか。
檸檬型の爆弾で有名なのって誰だったっけ。
あれは、谷川俊太郎だった気がする。

とりとめのない現実逃避。
それは、たった一人で地元でも首都東京でもない場所で、友達も家族も持たずに生きている私の生きる知恵だった。
ロッシーがいるのは、檸檬爆弾じゃなくて野生爆弾の方で・・・と整理を始めたその時だった。


ちゃんちゃかちゃんちゃん、ちゃちゃんかちゃんちゃん


深夜に似つかわしくない、陽気な三味線の様な電子音がどこかから聞こえる。
いや、聞こえるなんてもんじゃない、ずっと暗闇の中でやかましく鳴り響いている。


ちゃんちゃかちゃんちゃん、ちゃちゃんかちゃんちゃん
ちゃんちゃかちゃんちゃん、ちゃちゃんかちゃんちゃん


何故だろう、顔を白塗りにして芸者のコスプレをした中年男性が頭によぎった。
きっと、携帯電話の通知音だろう。
「お客様」が落としたのなら、回収した方がいいに決まっている。
今からまた事務所まで戻って、鍵を開けて、落とし物の報告書を書いて、また鍵を掛けて、歩いてここまで戻ってくる。簡単な仕事だ。


―――疲れたな。


そのうち鳴り止むだろうと、私は帰路への歩みを進めた。
ここを私が通りがかったことなど、誰も知る由もない。
今日、私はもう頑張った。もういいだろ。
そう思った瞬間、電子音はふっと立ち消える。
とたんに、あまりにも深い静寂。
いつしか私の耳には、虫たちの交尾要求チャントは届かなくなっていた。
駐車場のライト以外には何も見えない暗闇の向こうから、何かが見ている気がした。
顔面白塗りの中年男性?それとも芋洗坂係長?
違う、こちらを見ているのは「孤独」そのもの。
暗闇に映っているのは、一人ぼっちの私自身だ。
いつもはそんなことを感じないのに、どうして今日に限っ・・・


ちゃんちゃかちゃんちゃん、ちゃちゃんかちゃんちゃん


うっせぇわ!
暗闇を切り裂くあまりに場違いな着信音に、内心でツッコミをいれる。
きっと、電話をかけられる時間の上限に達して、もう一度かけなおしたのだ。
しかも、どうやらその音源は、ちょうど私の変える方向に落ちているらしい。
歩けば歩くほど、不愉快な着信音の大きさは増していくのだった。


背えたかのっぽの青白いお化けライトの足元。
照らし出されて本来の黒さが白んだコンクリートの上にある車止めの上に、携帯電話があった。


ちゃんちゃかちゃんちゃん、ちゃちゃんかちゃんちゃん


間違いない、こいつからこの音は出ている。
無視して通り過ぎようとしたら、がさっという音が鳴った。
慌てて私は音の方を振り返ると、携帯がバイブレーションで車止めから落ちた音だった。
まだ、鳴っている。鳴りやむ気配もなく、

誰がこんなに掛けてきているのか、ふと気になった。
考えられるとしたら、持ち主だろうか。
家の電話から、携帯に向かって掛けているのだ。
ソファの間やトイレットペーパーの上に置き去りにしたなら、すぐに気付けるだろう。
勿論、その目論見は空振りと言わざるを得ない。
だって、ここで鳴っているんだから、携帯電話。

持ち主がに自宅に携帯電話がないことに気付いたのだとすると、きっと今日の足取りを振り返っているに違いない。
すると電話を掛けているのは、持ち主本人ではないということになる。
深夜の3時にそんなことに付き合ってくれる関係か。
恋人とか、あるいは家族かも。


分かり切っていたことだが、けっったくそわるい気分になった。


・・・そんな存在、私にはいないもんな。手を振りほどき、絆は切り落としてしまった。
自業自得なのだが、誰に見られるでもないのに、恥ずかしさに顔を赤らめる。
と、同時に頭にも血が上っていく。


ちゃんちゃかちゃんちゃん、ちゃちゃんかちゃんちゃん


この陽気なBGMのせいだ。ピアノソナタ『月光』でも流せよ馬鹿野郎。
気付けば私は、携帯電話の前に屈みこんでいた。
無機質な光が私を照らして、指の根元の影が一層濃く照らし出される。
私は携帯電話に手を伸ばしていた。

「もしもし」
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