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「よぉ!」
同じ病院施設の、全く別のフロア。
地下深くに設置された、コンクリートむき出しの部屋に入った俺に、気さくな挨拶を向けてきたのはやはり死神だった。
「よぉ、どうだよその後は。アガタ・サナについて聞けたか?ん?」
ベッドに寝かされた包帯ぐるぐる巻きの人影。
顔面は全く見えず、口元に大口のチューブが繋がっている。
左腕と両足はすでに、繋がってすらいない。
先ほどのフルイチと言う男も大概だったが、この人物をみているとかすり傷に思えた。
そんな観察よりも確かにこの人物の余命を象徴するのが、その枕元で片手でレモンを弄んでいる死神の存在だった。
間違いない、俺に呪文を教えた、あの死神だ。
うるせぇ、と口を開きかけたその時、ヒュオン、という機械音が壁に取り付けられたスピーカーから響く。
それに続いて、機会のノイズ混じりの野太い声が響いた。
「聞こえているか、サイモン・ハルマ。こちらはソラツキだ」
あの後、フルイチの病室に駆け込んできたのは、俺の部屋を訪れた警察官だった。
イエジ・ソラツキと名乗った彼は、フルイチ刑事と同じ事件を追う警部補だという。
そのソラツキ警部補によって、俺はこの病室に連れてこられたのだ。
「ええ、聞こえてますよ」
「よろしい」
ゴンゴン、と脳みそを金づちで叩かれたような音と、あー、あーという男の声がスピーカーから漏れる。
きっと、機械の調整をしているのだろう。
「まずは礼を言わなければな。フルイチ刑事は快方に向かっている。どうやったのかは教えてくれないのか?」
「さっきも言った通りですよ、刑事さん。それは企業秘密ってやつです」
ふうむ、とスピーカーからため息が漏れた。
「社会全体の大きな損失だが、今はその議論をする余裕はないか。単刀直入に言おう、そこにいる男も同じように蘇生してほしい」
そこにいる男も同じように、か。それがどれだけ難しいのか、警部補はわかっていない。
死神はその枕元の床で、足を大きく前後に開き、両手をまっすぐ頭の上へと伸ばしていた。
・・・・ヨガ?それは枕元で立っている、でいいよな?
俺は諦めてスピーカーに向かって言った。
「言いにくいんですが、この人もう助からないですよ」
「そーだそーだ」と死神も手をメガホンのようにして続く。
警部補には勿論、その声は届いていないだろう。
「私怨か?」
「私怨?」
警部補が返した反応は、まるで予想外のものだった。
俺はこの男を知らない。本当に。
困惑から黙っていると、警部補は続けた。
「この男は、10年前からマフィアが囲っていた殺人鬼だ。車でひき殺しそのまま逃げるという、余りにお粗末なもやり方だが、そのせいで交通事故とされてきたものもゴマンとあるだろう。仕事がない時期は、社会から爪弾きにされた孤独な人間を狙った強盗殺人で小金を稼いでいた、生粋のクズだ。先日君を狙い、別の階に住むバクラ氏を殺したのも、この男で間違いない」
そこまで言い終えてから、警部補は口をつぐんだ。
俺の反応が見たいのだろうか。
その俺の心はあまりに静かだった。怒りよりも困惑が勝っていた。
俺を、殺そうとした?強盗殺人だって?
でもまあ、俺が死んだところで誰も悲しまない。
親はいない、アガタもいない、そんな俺なんて。
生唾を飲み込むような音の後、スピーカーから再び鳴った音が、そんな俺の心を切り裂いた。
「そしておそらくは、君の元恋人、アガタ・サラさんを殺したのもソイツだ」
「・・・・は?」
突然の言葉に、俺の脳はフリーズした。
警部補の回答の代わりに、ヒュオンというハウリングの音がスピーカーから漏れた。
「こりゃ意外な展開だな」
と言う死神の呟きは警部補に聞こえてはいないだろうが、それにこたえるように説明が続く。
「彼女の親は政治家だっただろう?それも、雇い主であるマフィアを明確に敵視し、警察による取り締まりを強めようと働きかけていた。それに対する報復として、娘さんの命が狙われたん」
「でも、彼女は、彼女の死体が見つかったなんて一度も・・・」
そこまで言いかけて、年老いた死神の言葉を思い出す。
―――寿命は18、車に撥ねられる
「まさか、いや、そんな・・・この男が、アガタを殺した、なんて・・・」
警部補は狼狽する俺を説得しようと、真摯に語りかけた。
「この男はこのままだと『死に逃げ』だ。私は、フルイチが命がけで逮捕したこの男に、正当な裁きを下したい。だから、この男を生かしてほしいんだ」
ここで起きたことは一切口外しない。
カメラは元より置いておらず、スピーカーの電源をオフにすれば録音も残らない
つまり、ここで起きたことは、完全になかったことにできる。と、警部補は俺を説得した。
俺だって、このまま見殺しにするだけで溜飲が下がるわけがない。
コイツに相応しいのは生き地獄だ。それは間違いない。
「頼む、いや、お願いします・・・この男を、司法の場に引きずり出させてください!」
「そもそもアガタを本当に殺したのか、その口から真実を聞き出したいのは俺も同じです。ただ・・・」
警部補は本気だった。泣きそうな、すがるような声。それがまごうことなき心からの叫びと確信していた。
俺は、ベッドの枕元に立っている死神を見やった。
死神は黙って首を横に振った。
「やっぱり無理なんです。どうしても、手の施しようがない」
警部補はその言葉を聞くと、深く落胆のため息をついた。
しばらくの沈黙の後、「わかった、もう少しだけ、考えてほしい」とだけ言い残し、スピーカーは部屋に来た時と同じ音を立ててその電源が切られた。
同じ病院施設の、全く別のフロア。
地下深くに設置された、コンクリートむき出しの部屋に入った俺に、気さくな挨拶を向けてきたのはやはり死神だった。
「よぉ、どうだよその後は。アガタ・サナについて聞けたか?ん?」
ベッドに寝かされた包帯ぐるぐる巻きの人影。
顔面は全く見えず、口元に大口のチューブが繋がっている。
左腕と両足はすでに、繋がってすらいない。
先ほどのフルイチと言う男も大概だったが、この人物をみているとかすり傷に思えた。
そんな観察よりも確かにこの人物の余命を象徴するのが、その枕元で片手でレモンを弄んでいる死神の存在だった。
間違いない、俺に呪文を教えた、あの死神だ。
うるせぇ、と口を開きかけたその時、ヒュオン、という機械音が壁に取り付けられたスピーカーから響く。
それに続いて、機会のノイズ混じりの野太い声が響いた。
「聞こえているか、サイモン・ハルマ。こちらはソラツキだ」
あの後、フルイチの病室に駆け込んできたのは、俺の部屋を訪れた警察官だった。
イエジ・ソラツキと名乗った彼は、フルイチ刑事と同じ事件を追う警部補だという。
そのソラツキ警部補によって、俺はこの病室に連れてこられたのだ。
「ええ、聞こえてますよ」
「よろしい」
ゴンゴン、と脳みそを金づちで叩かれたような音と、あー、あーという男の声がスピーカーから漏れる。
きっと、機械の調整をしているのだろう。
「まずは礼を言わなければな。フルイチ刑事は快方に向かっている。どうやったのかは教えてくれないのか?」
「さっきも言った通りですよ、刑事さん。それは企業秘密ってやつです」
ふうむ、とスピーカーからため息が漏れた。
「社会全体の大きな損失だが、今はその議論をする余裕はないか。単刀直入に言おう、そこにいる男も同じように蘇生してほしい」
そこにいる男も同じように、か。それがどれだけ難しいのか、警部補はわかっていない。
死神はその枕元の床で、足を大きく前後に開き、両手をまっすぐ頭の上へと伸ばしていた。
・・・・ヨガ?それは枕元で立っている、でいいよな?
俺は諦めてスピーカーに向かって言った。
「言いにくいんですが、この人もう助からないですよ」
「そーだそーだ」と死神も手をメガホンのようにして続く。
警部補には勿論、その声は届いていないだろう。
「私怨か?」
「私怨?」
警部補が返した反応は、まるで予想外のものだった。
俺はこの男を知らない。本当に。
困惑から黙っていると、警部補は続けた。
「この男は、10年前からマフィアが囲っていた殺人鬼だ。車でひき殺しそのまま逃げるという、余りにお粗末なもやり方だが、そのせいで交通事故とされてきたものもゴマンとあるだろう。仕事がない時期は、社会から爪弾きにされた孤独な人間を狙った強盗殺人で小金を稼いでいた、生粋のクズだ。先日君を狙い、別の階に住むバクラ氏を殺したのも、この男で間違いない」
そこまで言い終えてから、警部補は口をつぐんだ。
俺の反応が見たいのだろうか。
その俺の心はあまりに静かだった。怒りよりも困惑が勝っていた。
俺を、殺そうとした?強盗殺人だって?
でもまあ、俺が死んだところで誰も悲しまない。
親はいない、アガタもいない、そんな俺なんて。
生唾を飲み込むような音の後、スピーカーから再び鳴った音が、そんな俺の心を切り裂いた。
「そしておそらくは、君の元恋人、アガタ・サラさんを殺したのもソイツだ」
「・・・・は?」
突然の言葉に、俺の脳はフリーズした。
警部補の回答の代わりに、ヒュオンというハウリングの音がスピーカーから漏れた。
「こりゃ意外な展開だな」
と言う死神の呟きは警部補に聞こえてはいないだろうが、それにこたえるように説明が続く。
「彼女の親は政治家だっただろう?それも、雇い主であるマフィアを明確に敵視し、警察による取り締まりを強めようと働きかけていた。それに対する報復として、娘さんの命が狙われたん」
「でも、彼女は、彼女の死体が見つかったなんて一度も・・・」
そこまで言いかけて、年老いた死神の言葉を思い出す。
―――寿命は18、車に撥ねられる
「まさか、いや、そんな・・・この男が、アガタを殺した、なんて・・・」
警部補は狼狽する俺を説得しようと、真摯に語りかけた。
「この男はこのままだと『死に逃げ』だ。私は、フルイチが命がけで逮捕したこの男に、正当な裁きを下したい。だから、この男を生かしてほしいんだ」
ここで起きたことは一切口外しない。
カメラは元より置いておらず、スピーカーの電源をオフにすれば録音も残らない
つまり、ここで起きたことは、完全になかったことにできる。と、警部補は俺を説得した。
俺だって、このまま見殺しにするだけで溜飲が下がるわけがない。
コイツに相応しいのは生き地獄だ。それは間違いない。
「頼む、いや、お願いします・・・この男を、司法の場に引きずり出させてください!」
「そもそもアガタを本当に殺したのか、その口から真実を聞き出したいのは俺も同じです。ただ・・・」
警部補は本気だった。泣きそうな、すがるような声。それがまごうことなき心からの叫びと確信していた。
俺は、ベッドの枕元に立っている死神を見やった。
死神は黙って首を横に振った。
「やっぱり無理なんです。どうしても、手の施しようがない」
警部補はその言葉を聞くと、深く落胆のため息をついた。
しばらくの沈黙の後、「わかった、もう少しだけ、考えてほしい」とだけ言い残し、スピーカーは部屋に来た時と同じ音を立ててその電源が切られた。
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