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「危険?」
私は、落ちていた携帯電話の持ち主「ミユキ」の友人、サナのその言葉を復唱した。
反射的に辺りを見回すが、何もおかしいことは起きていない。
規則的に点在する駐車場のライトから降り注ぐ光の柱には何の変哲もない。
立っている何者かの姿が照らし出されている、ということもない。
念のため暗闇に目を凝らすと、そのはずみで鍵がポケットから落ちた。
「合鍵⑤」そう書かれたタグのくっついた、ホームセンターの事務室のシンプルな銀色の鍵だ。
私が誰かに殺されてこの鍵を奪われたとしても、他の社員のスペアであっけなく事務所の鍵は開くことだろう。
そして誰かが言うのだ。「最後にカギ閉めたの誰だっけ?」と。
私の存在なんて、シフト表の「田中」の二文字以上の実体はないんじゃないかとさえ思う。
そう言う小さなことからも、私は私としての唯一性の希薄さを見つけ出してしまう私自信が、心底嫌いなのだ。
「疲れている」の一言で片づけられてしまう些細な心象を私は頭から追い払うように、サナへと言い返した。
「私が危険って言ったの?」
無意識に、少し毒気のある言い方になっていたかもしれない。
どこか皮肉気に、私の口元は笑っていたから。
私を気遣う言葉に、体勢が取れなかっただけなのだが。
『ミユキがそう言ってたんです。今日、アガタさんを一人にしたら死んじゃうって』
「はい?私が死ぬ?どうして?」
『わからないですよ、そんなの。言い出したのはミユキだもん』
困惑したように、サナは答えた。
そりゃ、希死念慮はある。ずっとそうだ。
例えインドに行ったって、このクソみたいな世界も、クソみたいな私も、決して変わることはない。
クソみたいなキャラクターで始めたクソみたいなゲーム、エンディングに興味がないならさっさと電源を切った方がましだと、いつも思っている。
でも、それが今日だって?
再び、辺りを見回す。
静かな夜の後継はすでに落ち着きよりも先に、恐怖を感じさせる暗黒に塗り替わっていた。
ライトの光の下には何も見えないという事実が、そこ意外の暗闇に何かが居るという認識に挿げ変わり、急に怖くなってきた。
―――それは確か、ボロい布切れをまとった、骨だけの姿をしていたはずだ。
「まさか、死神」
『・・・もしかして、見ちゃったんですか?』
こういうので一発で当たることあるんだ。うわー。
サナは否定しなかったが、死神って。いや死神って。
そこはそれこそオバケとか、そういうのじゃないの?
そもそも、現実に死神なんていないに決まってるのに。
名前を書いた相手が死ぬノートでもくれるのか?
・・・もらったところで使うイメージが湧かないが。
そんなことを考えた瞬間、ジジッ、という嫌な音がした。
正面を見ると、駐車場のライトがチカチカと点滅したかと思うと、ふっと消えてしまったのだ。
で、出来すぎたタイミングだ。仕込みに決まっている。
『見ちゃったなら、すぐに忘れて下さい!』
電話で急に大声を出すもんだから、びっくりして携帯電話を落としてしまった。
それを拾おうと屈みこむと、じっとりとした嫌な汗が首筋を垂れた。
顔をもたげて、暗闇を見つめる。
いる。私を見ている何かが、間違いなくそこにいて、今目が合っている。
一時もこちらから目を離すまいとする、貪欲な視線。
私は無意識に、虚空に向かって手を振った。
もちろん反応が変えてくることはない。
私はその方向から目を離さないように立ち上がりながら、ゆっくりと携帯電話を耳に当てた。
『アガタさんは何も悪くないんです、だから・・・』
聞こえたのは、サナの明らかに焦った口調だった。
最初こそ、自分には心当たりなどないという風にとぼけていたのが嘘のように、彼女は私を励ます言葉を言おうとした。それを遮って、私は聞き返す。
「忘れろって言われても・・・」
『・・・聞いちゃったんです。その、アガタさんがそうだと、最初気付かなくてごめんなさい』
「私をおいて話を進めないでよ、自分たちは世間に見つかってない物語の主人公気取り?」
彼女たちが魔法少女で、私は悪者に改造されて街を襲う哀れな一般人ってこと?
彼女たちが亡霊を倒して回る死神代行で、私は成仏できなかった生霊ってこと?
・・・・生霊か。言いえて妙だと自分で感心してしまった。
何のために生きているのかもよくわからず、死んでないだけの私は、生霊といって差し支えないだろう。
今世への未練を断ち切って成仏させるために大鎌を振り下ろすのが死神なら、本望かも。
もはや私の人生は、挽回も卍解もできそうにないのだから。
私が乾いた笑いを漏らすと、サナは心配そうに言った。
『金城さやかさんってご存じですよね』
「金城・・・」
私は反芻する。もちろん、忘れたことなどない。
高校時代のクラスメートだ。そして今やテレビや映画で清純派女優として活躍している。
三十代となった今なお主役級の役を貰っていたはずだ。
「金城さやかがどうしたの?」
『同じ部活だったんですよね、アガタさん』
・・・そうだ、そうだとも。
私は、私とさやかは同じ演劇部の女優だった。
私は、落ちていた携帯電話の持ち主「ミユキ」の友人、サナのその言葉を復唱した。
反射的に辺りを見回すが、何もおかしいことは起きていない。
規則的に点在する駐車場のライトから降り注ぐ光の柱には何の変哲もない。
立っている何者かの姿が照らし出されている、ということもない。
念のため暗闇に目を凝らすと、そのはずみで鍵がポケットから落ちた。
「合鍵⑤」そう書かれたタグのくっついた、ホームセンターの事務室のシンプルな銀色の鍵だ。
私が誰かに殺されてこの鍵を奪われたとしても、他の社員のスペアであっけなく事務所の鍵は開くことだろう。
そして誰かが言うのだ。「最後にカギ閉めたの誰だっけ?」と。
私の存在なんて、シフト表の「田中」の二文字以上の実体はないんじゃないかとさえ思う。
そう言う小さなことからも、私は私としての唯一性の希薄さを見つけ出してしまう私自信が、心底嫌いなのだ。
「疲れている」の一言で片づけられてしまう些細な心象を私は頭から追い払うように、サナへと言い返した。
「私が危険って言ったの?」
無意識に、少し毒気のある言い方になっていたかもしれない。
どこか皮肉気に、私の口元は笑っていたから。
私を気遣う言葉に、体勢が取れなかっただけなのだが。
『ミユキがそう言ってたんです。今日、アガタさんを一人にしたら死んじゃうって』
「はい?私が死ぬ?どうして?」
『わからないですよ、そんなの。言い出したのはミユキだもん』
困惑したように、サナは答えた。
そりゃ、希死念慮はある。ずっとそうだ。
例えインドに行ったって、このクソみたいな世界も、クソみたいな私も、決して変わることはない。
クソみたいなキャラクターで始めたクソみたいなゲーム、エンディングに興味がないならさっさと電源を切った方がましだと、いつも思っている。
でも、それが今日だって?
再び、辺りを見回す。
静かな夜の後継はすでに落ち着きよりも先に、恐怖を感じさせる暗黒に塗り替わっていた。
ライトの光の下には何も見えないという事実が、そこ意外の暗闇に何かが居るという認識に挿げ変わり、急に怖くなってきた。
―――それは確か、ボロい布切れをまとった、骨だけの姿をしていたはずだ。
「まさか、死神」
『・・・もしかして、見ちゃったんですか?』
こういうので一発で当たることあるんだ。うわー。
サナは否定しなかったが、死神って。いや死神って。
そこはそれこそオバケとか、そういうのじゃないの?
そもそも、現実に死神なんていないに決まってるのに。
名前を書いた相手が死ぬノートでもくれるのか?
・・・もらったところで使うイメージが湧かないが。
そんなことを考えた瞬間、ジジッ、という嫌な音がした。
正面を見ると、駐車場のライトがチカチカと点滅したかと思うと、ふっと消えてしまったのだ。
で、出来すぎたタイミングだ。仕込みに決まっている。
『見ちゃったなら、すぐに忘れて下さい!』
電話で急に大声を出すもんだから、びっくりして携帯電話を落としてしまった。
それを拾おうと屈みこむと、じっとりとした嫌な汗が首筋を垂れた。
顔をもたげて、暗闇を見つめる。
いる。私を見ている何かが、間違いなくそこにいて、今目が合っている。
一時もこちらから目を離すまいとする、貪欲な視線。
私は無意識に、虚空に向かって手を振った。
もちろん反応が変えてくることはない。
私はその方向から目を離さないように立ち上がりながら、ゆっくりと携帯電話を耳に当てた。
『アガタさんは何も悪くないんです、だから・・・』
聞こえたのは、サナの明らかに焦った口調だった。
最初こそ、自分には心当たりなどないという風にとぼけていたのが嘘のように、彼女は私を励ます言葉を言おうとした。それを遮って、私は聞き返す。
「忘れろって言われても・・・」
『・・・聞いちゃったんです。その、アガタさんがそうだと、最初気付かなくてごめんなさい』
「私をおいて話を進めないでよ、自分たちは世間に見つかってない物語の主人公気取り?」
彼女たちが魔法少女で、私は悪者に改造されて街を襲う哀れな一般人ってこと?
彼女たちが亡霊を倒して回る死神代行で、私は成仏できなかった生霊ってこと?
・・・・生霊か。言いえて妙だと自分で感心してしまった。
何のために生きているのかもよくわからず、死んでないだけの私は、生霊といって差し支えないだろう。
今世への未練を断ち切って成仏させるために大鎌を振り下ろすのが死神なら、本望かも。
もはや私の人生は、挽回も卍解もできそうにないのだから。
私が乾いた笑いを漏らすと、サナは心配そうに言った。
『金城さやかさんってご存じですよね』
「金城・・・」
私は反芻する。もちろん、忘れたことなどない。
高校時代のクラスメートだ。そして今やテレビや映画で清純派女優として活躍している。
三十代となった今なお主役級の役を貰っていたはずだ。
「金城さやかがどうしたの?」
『同じ部活だったんですよね、アガタさん』
・・・そうだ、そうだとも。
私は、私とさやかは同じ演劇部の女優だった。
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