【完結】神様は愛し子を餌付けしたい

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番外編その2 愛しい猛獣の作り方

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 あと少し、もう少し――
 ようやくやってきた金曜日、新太は逸る心を宥めつつ、家路を急ぐ。

「うう……またしっとりしてる……」

 ねちょり、と男であればまず味わうことの無い気持ち悪さを感じて、新太は盛大に顔を顰めた。
 既に今日は二回もライナーを変えているというのに、この分だと自宅に帰る頃にはべっとりであろう。
 自慰を我慢し続けた息子さんは、壊れた蛇口のように渇望の涙を零し続けるようになるだなんて……何て無駄な知識が付いてしまったのだろうとため息をつきながら、しかしこれもあと数時間の我慢だと確たる希望を抱いて、新太はアクセルを踏み込むのだった。

 夢の中でまで一晩中寸止めされるような生活に、新太の身体は明らかに限界を訴えている。
 檻の中の雄芯は、何をしようが大人しくなることは無い。狭い金属の中で痛みが来ないギリギリまで膨らんだまま、ほんの些細な刺激――それこそ女性が近くにいるだけでも、このずっしり重くなったふぐりの中身をぶちまけたいといきり立つ。

 車の振動すら、今の自分にはちょっとしたご褒美で、とんでもない拷問だ。
 意識を切り替えれば気にならない、それは事実だが、逆に言えばふっと気を抜いた瞬間一気に頭の中は射精一色に塗り替えられるから、いつも以上に運転には慎重にならざるを得ない。

「俺、頑張ったよな……? 流石に今回は、神様のご褒美が欲しいよなぁ……」

 ようやく訪れる解放に向けて、新太は「その後」への期待をこぼす。
 ムシュカの願いを叶えた後――多分次の日は伏せっているだろうけど、元気になったらちょっとだけ神様に甘えさせて貰おう……そう思索に浸ってでもいないと、とても正気でいられる気がしなくて。

 頭の中に浮かぶのは、これまで振る舞われた絶品料理ばかりなのは、もう仕方が無い。
 久しぶりに故郷の甘い物でも作って貰おうか、それとも本場仕込みの魚団子麺か……想像するだけでお腹は元気な音を立てて、どうしようも無い射精欲からちょっとだけ意識を逸らしてくれる。

 ただ、正直「これから」に不安を覚えているのも事実で。

「……本当に……これを外したら出来るのかな、俺……」

 そもそもこの貞操具による射精管理の目的は、ムシュカが新太の抑圧された獰猛さを引き出し、丸ごと愛するためであって。
 確かに今の新太は、盛りの付いたオス犬状態だ。今、仮に何らかの事情で貞操具がすっぽり外れたならば、人目も気にせず中身が空っぽになるまで延々と精を吐き出し続ける自信がある。

 実際あの寝具達によるお節介もあって、夢の中では毎夜のように推しを蹂躙しているのだ。
 身体は十分、あの美しい神様を貪り尽くせという指令を嬉々としてこなしている。
 ただ

「……現実で……あれは、やっぱり無理なんじゃ……」

 事ここに及んですら、新太には自信が無かった。
 きっとムシュカのことだから、解放されるが否や存分に自分を煽り、赦し、全てを男らしく受け入れてくれるであろう。
 あの初めての夜を超えた後の様に、足腰が立たず声も出ず挙げ句の果てに熱まで出そうが、偉大なる推しは「ようやくお主の全てを受け入れられた」と爽やかな笑顔をもたらすに違いない。

 そこまで分かっていても、果たして今夜彼と向き合ったときに、自分は理性を忘れた獣になれるとは思えなくて――

「…………まぁ、無理だったら土下座するしか無いな……」

 例え失敗したところで、ムシュカは絶対に新太を責めない。
 ただし、あの神様に「諦める」という概念が存在しない以上、またとんでもない作戦を練ってくることは確実だが。

「……とにかく、行きますか」

 車を停めた新太は、ズボンのポケットから耳飾りを取り出す。
 しゃらん、と涼やかに耳元で揺れる音にもどかしげに腰を揺らし、しかしここで変な動きをしたらそれこそお巡りさんこちらです案件になる! と気合いを入れて、仕事を終えたであろう新太の待つ学生食堂へと足を運ぶのであった。

 ――そこに最後のトリガーが待ち受けているとは、露ほども思わずに。


 ◇◇◇


「ムシュカ様、お迎えにあがりまし……た……?」
「ああ、来たかヴィナ。すまぬが少しだけ待っていてくれるか? まだこの子の迎えが来ていなくてな」
「え……あ、はい……」

 いつものように学食に入れば、そこにはムシュカと一人の女子学生が向かい合って腰掛けていた。
 栗色のボブカットに、ほんのり赤みを帯びた白い肌。アメジストを思わせるくりくりした瞳を持つちょっとぽっちゃりした彼女は、ここで何度か見かけたことがある。

(確か一年生だっけ……父親の仕事の都合で時々迎えが遅くなるから、ここで待たせて貰っているって言ってたよな)

 新太の姿にぎくりと身を固くした少女は、ぎこちなく会釈をして再びムシュカとの会話に戻る。
 このガタイに額の傷だ、どうしても怖がられるよなと新太は少しだけ離れて座り、二人の様子を見守っていた。

「そうか、チセは北欧の血縁を持つのか。確かにこの国ではあまり見ぬ髪色だな」
「母方の祖母がデンマーク出身なんです。お陰で目立っちゃって……鞍馬さんは確か、海外生まれなんですよね」
「ああ、母は日本人だが父が南洋の人でな。と言っても親は早くに亡くしたから、写真でしか知らぬのだが」

 こちらに合わせた設定を織り交ぜ、和やかに話す様子は、いつもと変わりが無い。
 今日は少し遅い時間だから彼女以外の学生はいないが、普段はムシュカ、否、学食のお兄さん目的に(ついでにまかない目当てに)やってきた学生で、夕方とは思えないほど賑わっているし、新太にとっては見慣れた光景だ。

(……ムシュカ様はいつだってスマートだよなぁ……誰にでも好かれるし……はぁ)

 なのに。
 今日は二人の空間が、妙に気になって仕方が無い。
 あれか、この金属の檻のせいで学生にまで反応しているのか! ? と、じわじわ痛みを訴えてくる股座にげんなりしていれば、チセと呼ばれた少女は目の前のデザートを口に運び「はぁ、天国の味がするぅ……」と実に幸せそうに微笑んだ。

(今日はデザートなんだな、まかないじゃなくて、って、あれ……まさか……)

 新太は、何気なく彼女の手元に視線を移し……そうして、ピシリと固まる。
 ――今の顔を神様が見ていなくてよかった、いや、むしろ見て欲しかったと、矛盾した思いを抱きながら。

「それにしても、このかき氷めちゃくちゃ美味しいですね。ココナッツミルクとあんこの組み合わせなんて思いつきもしませんでした……緑のゼリーには青虫かなって、最初びっくりしましたけど」
「ははっ、青虫か! だがその割には他の学生と違って、試食会の時から大口開けて堪能していたようだが」
「うぅ、意地悪言わないで下さいよぉ! 鞍馬さんが作るご飯は、何だって美味しいのが悪いんです! ! お陰で最近ちょっとほっぺのお肉が増えた気もするしぃ」
「なに、美味しい物に罪はないからな。ほら溶けてしまわぬうちに食べるが良い」
「あっはい、ふふっ……ほんっと幸せぇ……」

 一口、また一口とかき氷を口に運ぶ少女に、そしてそれを穏やかな笑顔で見守るムシュカ。
 どこか現実離れした光景が眼前に流れる中、新たの胸にはこれまで感じたことのない想いがふっと過った。

 神様が、よりによって俺以外を、餌付けしている――

(…………ああ、早く迎えが来れば良いのに……)

 あまりの射精欲で、苛立ちが押さえられなくなっているのだろうか。
 とにかく一刻も早く神様を連れて家に帰りたい、そしてこの戒めを解いて貰いたいと、新太はどうにも度し難い濁った気持ちをそっと瞳に宿してムシュカに視線を送る。

 ……当然ながら、学生の相手をしている彼が気付くことはないけれど。

(まあそうだよな。ムシュカ様は別に男色って訳じゃない。どっちだっていけるんだし)

 穏やかな雰囲気とは裏腹に、新太の胸の内はすっかり荒んでいた。

 こんなガチムチの大男より、若くて健康的な女性の方が魅力的に決まっている。それは前世から変わらない『ヴィナ』の自己評価だ。
 決まっているけど……何故なのだろう、今日に限っては耳の後ろがチリチリして、胸が妙に焼け付くように感じてしまう。

(折角、貞操具から解放されて久々にえっちできるのに……いや、夢の中では散々してるけどさ……)

 二人の笑い声が妙に耳について、このままじゃ神様の前で笑えない気がして。
 新太は早々にこの時間が過ぎ去ることを祈りながら、拳を……爪の痕が残るほど強く握りしめていた。


 ◇◇◇


「どうした? ヴィナ。折角の解放日だというのに、あまり嬉しそうではないな」
「え? い、いや、そんなことはないですよ? やっと気持ちよく出せるかと思うと……今すぐここで始めてもいいくらいで」
「それはまた熱烈なお誘いだな。その割には……何かあったのか?」
「…………ちょっと、イライラしてるんです」

 夕食は外で終わらせ、家に辿り着いたムシュカは早速シャワーを浴びる。
 受け入れる側はどうしたって準備が必要になる。既に昼間から慣らしは万端(!)であるが、解放されればすぐにでもまぐわいたいであろう愛し子を、これ以上待たせるのは忍びない。

(さて、今日はどのようにして誘えばよいか……)

 仕込みは十分。
 後は自分の煽り次第で、この世界に猛獣となったヴィナを顕現させられるはずだとあれこれ思案しながらリビングに戻れば、意外にもそこには浮かない顔をした新太が俯いて腰掛けていた。

(……様子がおかしいな)

 解放を前に逸る気持ちを抑えているのかと思ったが、それにしては随分と……珍しくとげとげしたものを感じる。
 苛立ちを口にした新太に「ふむ、懺悔でもするか?」とソファにもたれかかれば、愛し子はこれまた珍しく口を尖らせぶすくれた様子で、だが躊躇することなくごろんと神様の膝に寝転がった。

 少し伸びた髭が、太ももに刺さってむず痒い。
 ぐりぐりとほおを押し付けてくる様子はまるで駄々っ子のようで、こんなヴィナは初めて見たなと目をぱちくりしていれば、どこか拗ねたような声色で新太はぼそりと呟いた。

「……ムシュカ様は、ああいう若い子が、お好みですか」
「…………ん?」
「だから、その……美味しそうに食べてくれる子なら、若い女の子の方がいいのかって、聞いているんです」
「若い女子……む、先ほどのチセの事か」

 チセ、という名前を聞いただけで、新太は一層口をとがらせ身体を強張らせた、気がする。
「あのかき氷……クラマ王国のものじゃないですか……」と小さな声で訥々と零す初めての仏頂面に、ムシュカは一瞬面食らい……そして十数秒にわたる思案後、大きく目を見開いた。

「ヴィナよ、お主まさか……焼きもちを焼いたのか?」
「え」
「何という事よ、お主に嫉妬などと言う感情があったとはな!」
「へぁっ!?」

(え……俺が、嫉妬! ? 学生さんに!?)

 唐突なムシュカの指摘に、次は新太が膝の上で目を丸くする番だ。
「なに、私の心がお主一人だけのものであることは、お主が一番よく知っておるであろう?」と優しく額の傷跡をなぞるムシュカの口元は、堪えきれない喜びですっかり緩んでいた。
 それが余計に気に入らなくて……ああ、今日は随分無礼な口を聞いてしまうと思いつつも、新太は問いかけを止められない。

「……だって、俺こんなに頑張ってるのに……ムシュカ様のためなのに……学生さんの前でもあんな風に笑うんだって思ったら……もう、何でそんなに嬉しそうなんですか!」
「ふふっ、嬉しくもなろうぞ! 大体お主、あの頃は私がレナと仲良くしようが、他の正室候補と二人きりで茶会を楽しもうが、そんなことは一言も言わなかったでは無いか。それどころか、自分よりも彼らの方がずっと殿下に相応しいと平然と抜かすばかりで……」
「それは、そうですけど……」
「あれはあれで、私は悲しかったのだぞ? ああ、しかし欲を封じることにこんな効果があるとはな! そうかそうか、ヴィナが私に焼きもちを……はっ、これがお主の言う『尊い』の感覚」
「そんなところで、推しの概念を会得しないで下さい!」

 ならばさっさと外そうでは無いかと、ムシュカは新太を促す。
 まだ何か納得がいかない様子ではあるが、解放自体は早いに越したことは無い……そう新太はしぶしぶ起き上がり、下着をその場に脱ぎ捨てた。

「……臭いですよ、まだ洗っていないし」
「なに、外してから洗う方が二度手間にならぬであろう。それに……お主の匂いだ。強い雄の匂い……っ、私も大概きているようだな、胎が疼いて堪らぬ」
「っ、もう……」

 その場に腰を落としたムシュカが首の後ろに手を回す。
 ちゃり、と小さな音を立てて目の前に現れたのは、喉から手が出る程欲していた貞操具の鍵だ。
 改めてみると、こんなちゃちな鍵一つでこれほどの苦悶を強いられるだなんて、貞操具とは恐ろしいアイテムだなと、新太はどこか人ごとのように心の中で独りごちる。

「これほど分かりやすく持っておったのに、結局お主は一度も鍵を奪いに来なかったな……」
「当然です、ムシュカ様に手をかけるだなんて概念は、俺の辞書にはありませんから」
「ヴィナよ、騎士としてのお主の忠義は大層厚いものであったが、そろそろ甘い関係になっても良かろうに」
「……えっちしてるので、あまあまです」
「そうかこれであまあまか……まあヴィナであるからな……」

 鍵を差し込み爪の部分を回せば、ロックは簡単に解けてしまう。
 ムシュカはそっと檻を掴み「外すぞ」と一声かけて、ずるりと奥に埋まった管を抜き始めた。
 
「んぅ……気持ち悪い……」

 小さな呻き声を上げ顔を顰めて、新太は内側を擦られる感覚に耐える。
 ふと細目を開ければ、そこには新太を傷つけないよう真剣に、けれど穏やかな笑顔を湛えて装具を抜き取る推し神様の姿があって……

 じわり、と心の中に粘ついた泥が広がった、気がする。

(ムシュカ様……あの子にだって、同じ顔をしてた……)

 どこか嬉しそうに装具を外す神様は、頬を染めうっとりと潤んだ瞳でその中心を見つめていて、どう見ても新太が欲しくて仕方が無いと全身で訴えているようだ。
 ……なのに、今日は足りない、そう感じてしまうのは……欲を吐き出したいと叫ぶ衝動のせいか、この泥のような気持ちのせいか。

(まだだ、もっと、美味しくなる)

 窮屈な檻がようやく外れ、身体の中に押しこみリングから引き抜かれた途端に、むくりと頭をもたげる己の凶器。
 いつもよりも血管をくっきりと浮きだたせ、止まらぬ涙でムシュカの手を汚すその姿は、新太に初めての感情を訴えて。

(麗しの神様をもっと、俺好みの……俺だけのためのごちそうに作り替えなければ)

 ……今の新太に、それを拒む力は無い。
 拒みたいとも……思わない。

「っ……」
「最初よりは上手く通せるようになった気がするな。まぁこれで終わりなのだが……痛みや痺れは無いか? 見た感じ、傷も腫れもなさそうだが」
「大丈夫です」
「うむ、ならば湯浴みをしてくるといい。……待っておるぞ、私の愛し子よ」
「…………はい」

 双球をつるんとリングから押し出して、ようやく金属の感触から解放された喜びも、今の新太には些末事だ。
 愛おしそうに己を見つめる神様の柔らかな唇にそっと口付けを落とし、言葉少なにくるりと踵を返して、獰猛さを宿した獣は部屋を後にする。

「……ふふ、良い顔をしておる。……今日こそお主の全てをこの身で受け止められるのだ、何と素晴らしきことよ」

 ぱたん、と扉の音が閉まると共にムシュカの口から漏れたため息は、どうしようも無い熱と恋心を帯びていて、これまでになく彼が舞い上がっていることをありありと示していた。

「なるほど、嫉妬とはな……記憶が戻ったときといい、お主は本当に面白い男よ……んうぅ……」

 んっ、と下腹部に力を入れれば、ムシュカの中を埋めていたプラグがぬるんと抜け落ちる。
 太ももを伝うぬめりに「気合いを入れて入れすぎたか」と慌てて尻を締め付け、床に落ちたプラグを拾えば己の熱が指先に伝わった。

 獰猛さを纏った私の愛し子の熱は、こんなぬるいものでは無い――
 そう思えばますます胎は寂しさを訴えて……ああ、ほんの数分がこれほど長く感じるとは!

「ふぅっ……ヴィナ…………早く、戻ってこい」

 次に扉が開くときに、愛し子が見せる表情を夢想して。
 ムシュカは無意識に胎をさすり、その時を待つのであった。

 ……けれど、彼は最後まで気付かなかったのだ。
 バスルームへと向かう新太の背中には……明らかに今までと違う凄みが宿っていたことに。
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