楽天的な後悔と尊厳と自立、ときどき堕落

ベボシ樹々

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1.【彼の爽快な告白】

【彼の爽快な告白】

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  いつもの居酒屋で、いつもの安い料理を食べ、いつもの安い酒を飲む。
仕事終わり、それが日課になっていた。
そして、いつも一緒に来るのは同じ会社で働いているコイツだけだ。
お互いに恋人はいない。
コイツとは今の会社の同期であり、かれこれ一年ほどの付き合いになる。

「僕はおまえが嫌いだ」

酔いがまわると、コイツはいつもこう言う。

俺と知り合ってから、コイツは飲めない酒を飲むようになったみたいだった。
そうは言っても、いまだにビールしか飲めないが。
コイツとは普段から凄まじく仲が良いわけではない。
かといって大喧嘩したこともない。
しかし、酒が入るとコイツは口癖のように言うのだった。

「嫌いなら一緒に来なきゃいいだろ」

半分聞き流しながら、これまた決まった返事をする。

酒は本音を引き出してくれるというが、思考回路が麻痺している状態で本音も何もあったものではないだろう。
だから、酒の席の言葉ほど信用無く支離滅裂なものはない。


  その日、店内は珍しく満席だった。
ここは、俺と同い年くらいの店主が一人で切り盛りしている小じんまりした居酒屋だ。
なんというか、独身の溜まり場のような雰囲気がある。
通い慣れた店ではあったが週末に多少混み合うことはあれど、こんな平日に満席というのは初めて遭遇するかもしれない。

俺とコイツが座るカウンター席の後ろ、その小上がり席で男女ペアの4人組が騒がしく飲んでいる。
店の雰囲気を察してほしいものだ。
基本的に落ち着いて飲みたい俺にとっては、紛れもなくいい迷惑だった。

「まあ、今日はいい機会だね」

不味そうにビールを飲みながらコイツは言った。
相変わらず、飲むペースはまるで亀のように遅い。
それに伴って炭酸の抜けたビール、それはそれはさぞ不味いことだろう。

裏腹に俺の横では、身体つきの立派な若い男が静かに、でも豪快に熱燗をすすっている。

「とうとう、俺のことが嫌いだっていう理由を話してくれるのか?」

別に気にしてはいなかったが、今まで頑なにはぐらかされてきた話題だった。
理由が聞けるのであれば、この停滞した日常を払拭する、ちょっとした話のタネくらいになるのではないか。

注文していた料理を店主がそっと差し出してきた。
こういった居酒屋でカウンター席を嫌う人種は必ずいるが、俺からすれば理解に苦しむ。
この、店主と客の絶妙な間合いをなぜ楽しめないのかと。

「僕に妹がいたって話、したことなかったよね」


  五年の付き合いなのに誠に申し訳ないが、それはなかなか驚くべき初耳だった。
なにせ会社以外でコイツと関わるのは、思いつく限りこの居酒屋くらいだったから、それも仕方がないが。

「妹は僕の二つ下でね。名前は……まあ別にいいか。  ーー小さい頃はいつも一緒に遊んでいて、いつも僕のあとをついてくる、そんな可愛いやつだった」

追加で頼んだ日本酒が出てくる。
お国の酒というものは、どうしてこうも地物に合うのか。
海外の食文化も、その国の酒に合わせて作られているものが多いそうだ。
こんな並の料理でも、それが程よく酒に溶けて旨味を引き出してくれる。
日本酒を飲む際は決して慌ててはいけない。
ゆっくり含んで口の中で少し転がすのが良い。

「妹は小学生の頃から頭がよかったな。スポーツも万能で、そのおかげか友達もたくさんいたしね。  ーー僕と妹は周りからよく比較された。僕は妹に比べれば不出来で、そのせいで妹に冷たくしてしまった時期も確かにあったんだけど……つまるところ妹は、僕の自慢の妹だった」


  なんだか長い話になりそうだ。

店内の神棚の横にある小さなテレビからは、いつものニュース番組が流れている。
店主はバラエティ番組というものが好きではないらしい。
この居酒屋のBGMはもっぱらこればかりが垂れ流されていた。

しかし、世の中は気分の悪いニュースばかりだと思う。
強盗だの、殺人だの、経済情勢も悪化の一途で、酒の肴になる明るい話題はめっきりと少なくなった。

「妹は中学に上がってから、ますます周囲に好かれていった。今もあるのかな、学級委員長ってものにも推薦されるくらい。それにひきかえ僕は昔からこんな性格だったから、清掃委員とかペット委員とか、そんなのばかりだったけどね。  ーー妹は家事の手伝いもよくしてくれていたから、母親も喜んでた。父親はそんな妹を見て、僕に″もっと立派な兄貴になれ″ってぼやいていたっけ」


  テレビでは、1ヶ月ほど前に起きたバラバラ殺人事件の再報道をしていた。
どうやら遺留品らしい遺留品が見つからず、被害者の身元はまったくの不明なのだそうだ。
さらにはこんな大それた事件にも関わらず目撃者も一人も現れない、かなりの難事件らしかった。

そんな恐ろしい事件が起きている一方で、俺はコイツの、顔も知らない妹の自慢話を聞いている。
この妙な対比に俺は笑いそうになった。

「そんな妹に初めての彼氏ができたのが、妹が高校二年生のときだった。妹は嘘がつけない正直な性格だったから、あのときはもの凄く舞い上がっててそれはもう大変だったよ。  ーー僕は、妹のことは大切な家族だともちろん思っていたから。だから一応兄貴の立場として妹の相手が気になりはしたんだけれど。それでも、あの妹が選んだ彼氏に大きな間違いなんてないだろうと、僕は深くは追求しなかった。僕なんかその当時から独り身だったし、正直、聞くのも野暮だと思ったしね」


  コイツの話を聞いていると、兄弟のいない俺をどこかバカにしているふうにも思えてくる。
いったい、この話題のどこに俺は相槌を打てばいいのか。

俺も、実際に兄弟という存在に憧れていた時期もあった。
しかし俺の両親は仲が悪く、俺を産んで心の余裕なんてものは無くなっていたらしかった。
両親とは現在疎遠になっている。
そもそも家族の繋がりなんてものは小さい頃からほとんど記憶に無い。

俺自身、ある程度まともになったのは社会人になってからだ。
昔は、そういう系統の仲間とつるんで遊びまくっていた。
悪いことも結構した。
最近、そいつともぱったり連絡が取れなくなったが、どうせろくでもない人生を歩んでいるに違いない。

「その彼氏と妹との関係は、結果的に一年で終わったんだけどね。  ーーそういえば、その彼氏の誕生日やクリスマスなんかのイベント事には、プレゼント選びによく妹に付き合わされたよ。普通自分の兄貴に、恋人に渡すプレゼントの相談なんかするか?  それも高校生にもなって」

口調とは裏腹にコイツは嬉しそうだ。
ともあれ、これは『僕に可愛い妹がいますよ』という自慢話に他ならないと俺は改めて思う。
他人の身内の自慢話は完全に時間の無駄である、俺の今日の教訓はこれにしようと決めた。

今までコイツの家族の話なんて聞いたことはなかったが、そもそも妹の話だけでどれだけ喋るつもりなんだコイツは。

「それで?  今も『お兄ちゃん大好き』ってオチで終わったら殺すぞ」

そんな俺の冗談も聞こえているのかいないのか……コイツはまた遠い目をして語り出す。

「まあ待てよ。どこまで話したっけ。……ああ、そうそう彼氏のプレゼント、あれには参ったよ。妹の高校はバイト禁止だったから、プレゼント資金は父親から貰う小遣いだけだったし。  ーーでも気持ちが大事なんだって、妹は言ってたな。見ているこっちもなんだか嬉しくなるくらいだから、たぶん妹は幸せだったんだろうなと思うよ」


  店主の包丁の音が響く。
トントントンと小気味良い。

コイツの横では、若い女の二人組がスマホを片手に馬鹿笑いしている。
今日は日が悪い、店内にいつもの落ち着きが無くなっているみたいだ。
それにしてもその二人組、凄い爪だ。
まるで魔女みたいだと、ふと思う。

「それで、そろそろ一年が経とうかという頃かな。ほら、結婚記念日みたいなのあるだろ?  付き合って一年おめでとう的なあれ。  ーーその日はお泊りするんだって妹は喜んでたよ。母親は、そういうことに関しては寛大だったから″変な遊びはしない″という条件付きで許していたけれど、父親は最後まで反対していたっけな。  ーー彼氏のことについてはその頃も妹は詳しく話してくれなかった。ただ、電車に乗らないといけない距離にその彼氏がいるのは聞いていた。だからその日も、朝から電車で彼氏に会いに行ったんだ」

つまらない話で眠くなってくる。

もう少しで日付が変わりそうだ。
俺は自分の腕時計を見てそう思った。

気づけば持ち前の酒が空になっている。
俺は店主に同じ日本酒を頼んだ。

「聞いていた当初の予定では、次の日の午前中に帰ってくるはずだった。僕と母親はいつも通りの時間に寝たんだけど、面白いことに父親は明け方近くまで起きてたみたいだったよ。父親って生き物は娘に対しては過度に心配性になるんだなってその時思ったね。  ーーそれで、そのまま朝になって僕と母親はいつもの早い時間に起きた。その日は日曜日だったんだけど、母親は自分の起きる時間をころころと変えない人だったし、僕も友達と遊ぶ約束があったからさ」

同じものを頼んだはずのに、店主はお冷ではなく熱燗で出してきた。
店主は何も喋らず笑顔のままだ。
別に構わないが、こんな意味のわからない話でチビチビと飲めというのだろうか。

「夕方、僕が家に帰ってきたら、母親も父親もいなかった。そのときは、どこかへ出かけたのだろうと思った。僕の両親は仲が良かったから別段気にならなかった。どのみち夕飯までには帰ってくるだろうと思っていたし。  ーーでも、おかしなことに妹の靴もまだ無かったんだよ。どうやらいまだに帰ってきていないみたいだった。もともと約束は必ず守る子だったから少し変だなと思った」


  熱燗は酔いが早いから、あまり好きではなかった。
しかし、お冷以上に料理と合う。
俺は店主にそっと会釈した。

「結局、両親が帰ってきたのは次の日の朝だったよ。あのときの両親の顔は今でも鮮明に思い出せるなあ。  ーー我が子が死ぬと親はこんなにも別の人間みたいになるのかと。父親の開口一番は、妹の死の事実だった。駅のホームからの飛び降りでさ。  ーーおまえ知ってるか?  轢死って見事に体がバラバラになるんだよ。僕もそのときに初めて知ったんだ。妹の遺体、両親は見ないほうがいいって僕を制したけど、僕は見ないと信じられないって言ってもちろん病院に確認しに行ったよ。と言っても結局見ることができたのは妹の顔だけだったんだけどね。  ーー本当に、そのままの意味で妹の顔だけ……」

店内のざわめきが、遠くなった。

「不思議と涙は出なかった。いや、もちろん悲しくなかったわけじゃないよ?  なんていうのかな……僕の知っている言葉では言い表せない感情だったね、あれは。  ーー妹の死は自殺だと警察に言われたけど、そんなことはとても信じられなかった。そりゃあ警察は事件を解決するプロなのかもしれないけど、妹を知る僕からすれば……いや、家族みんなからすれば絶対に信じられるわけがないよね。  ーーでも、ホームに設置されたカメラには、妹が自らの足で落ちていくその姿がしっかりと映っていた。突発的な自殺って最近よく聞くと思うけど、まさにそれだってさ」


  ーー喉が乾く。
僕はそんな我儘な喉を潤すために目の前にある、ぬるくなったビールを一口飲んだ。
ああ不味い、相変わらず最悪の味だ。
水分補給に適さない最低の飲み物だと常々思う。
勘違いしないでほしいけど、決してぬるいから不味いんじゃない。
僕は元々お酒が大っ嫌いなのだ。

「次の日から僕は当然大学を休まざるをえなくなった。妹の死で周囲はバタバタだったけど……僕はとにかく、妹の死の真相が知りたかったんだ。  ーー当時発見された妹の荷物からはもちろん遺書なんてものは出てこなかった。まあ、そのことも″突発的な″っていう部分に拍車をかけていたんだろうけどね。  ーー彼氏の家に泊まりに行く前、妹におかしなところはなかった。いつもと変わらない、いや、むしろいつも以上に明るい雰囲気だった。でも、その次の日の朝に妹は自殺している。 ーー至極簡単な話だった。僕の出来の悪い頭でもわかる……原因はその彼氏以外に、ない」

いつものここはひどく居心地が悪いけど、今日はなんだかいい雰囲気だ。

僕は、彼の減らない熱燗を見てそう思った。

「僕はその彼氏に会いたかった。そして、妹が死んだことを知らせてやりたかった。もし知っているのなら、とことん責めてやりたかった。どんな理由があろうと、おまえのせいで妹は死んだのだと。他人が聞いたらひどく短絡的だと思うだろうね。実際に原因はまだわからなかったのに……でも、僕にはそれ以外に考えることができなかったんだ。  ーーさて、ここからが問題だった。だって僕はその彼氏のことをぜんぜん知らないからね。当時の妹は携帯電話を持っていたけど、なぜか妹の遺留品からは発見されなかった。たぶん、死ぬ前にどこかの川にでも捨てたんだろうと思う。自殺者は自分の痕跡を消したがると聞いたことがあったしね。  ーーしばらくは妹の友達にその彼氏のことを聞いてまわったけど、年上らしいことだけしか情報はわからなかった。1年も付き合っていたのに、妹は友達にも詳しい話はしていなかったみたいだった。もしかすると、周囲から冷やかされることが嫌だったのかもしれないね」

僕は馴染みやすい白木のカウンターを指でそっとなぞった。
使い古されているけど、決して汚いわけじゃない。
好きな感触だった。


「聞き込みだけじゃどうにもならなかった。両親が協力してくれればもっと効率は良かったんだろうけど……言い方が悪くなるけどもう使い物にならなかったからね、あの二人は。  ーーそんなこんなで、最後の望みは結局妹の部屋だった。普通はまず最初に調べるべきなんだけどさ、ほら、生前を思い出すって言うじゃない?  両親からも妹の部屋に入るなと言われていたしね。僕だって本音を言えば絶対に入りたくなかったけど、もう仕方がなかった。  ーー妹の部屋は僕の部屋のとなりにあった。綺麗好きな妹らしい、シンプルな部屋だった。それが逆に妹がいなくなったことを嫌でも実感してしまって、ひどく悲しくなったのを覚えてるよ。皮肉だよね。ああ、そういえば……妹の部屋をまじまじと見るのはそのときが久しぶりだったっけ。  ーー実を言うとさ、妹の部屋を調べる前から確信めいたものが僕にはあったんだ。僕は、妹の性格上きっとあるんだろうなと思っていたんだよ。そう、日記ってやつが」

僕はふと周囲を見渡した。
軽くのびをして身体をほぐす。

「案の定、それはあった。おそらく物心ついた時から書いていたんだろうね、何冊も引き出しの中に入っていた。  ーーその日記の中には、妹がまだ生きているようだったよ。楽しい過去も、これから起こるであろう楽しい未来も、そこには書いてあった」

今はもう、その日記は無い。
一冊残らず燃やしてしまった。
思い出に浸っても妹は帰ってこない。

知りたかったことは一つだけ。

「もちろん、そこにはちゃんと彼氏の名前が書いてあった。その男は大学生で、その大学名も、住まいもね……ああ、つまり、おまえのことだよ」


  ーー奈々美が死んだことは聞いていた。
でも、俺は何もしていない。
奈々美の自殺は俺には関係ない。


  ーー奈々美は、あの日の夜、彼とその友人の二人に強姦された。
一晩中、奈々美は弄ばれた。

調べまわってやっとその事実を知ったとき、僕は急激に冷めていった。
確かに、僕は奈々美の死の原因は彼氏にあると言ったけど……、責めてやりたいとも思ったけど……。
そんな考えは甘かったのだ。
彼らは、人間じゃない。

「ここまでの準備で1年もかかったけど、ようやく終わるんだと思うと気が抜けるね。もう半分は終わってるから、あとはおまえで残り半分。  ーー妹がバラバラで死んじゃったから、二人とも絶対にそう殺してやりたかった。まあ、僕一人だけじゃとても無理だったけど」


  ーーもう、昔遊んだ仲間の顔は思い出せなかった。

「やっぱり妹は人気者だった。本当、僕の思っていた以上にね」

少し前まであれだけ騒がしかった店内が、もうなんの音もしない。
店主も、四人組の男女も、若い男も、二人組の女も、そのほか店内の全員が、気付けば誰も言葉を発してない。

みんな、俺のほうを見ている気がする。

「今までは割り勘だったけど、今日は特別だ。僕が奢ってあげるよ。おまえの悪友の分も兼ねてさ。  ーーそうそう、それになんといっても、おまえからはビールの不味さってやつも教わったことだしね」

みんな、俺のほうを見ている。
もうコイツの声しか聞こえない。

「それじゃあ、お勘定で」






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感想 1

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みんなの感想(1件)

綾川広大
2018.06.30 綾川広大

自分もアルファで小説書いているものです。(綾川広大という名前でやってます。)
情景の説明や台詞間の表現等感動しました!
勝手に参考にさせてもらいます(笑)
お互い頑張りましょう!

2018.06.30 ベボシ樹々

感動してはいけません!笑
でも、ありがとうございます。

解除

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