異世界区役所〜転生するために、労働をします〜

玉菜たろ

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序章

3.~本当に信じてついて行っていいのか?~

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 彼女が言ったドロというもは、どこまでも続く彼岸花の上を浮き埋めつくすようだった。その言葉のように、形は取り留めもなく原型があるかも認識ができない。そんな、形容しがたいそれらは、おそらく俺に視線を集めていた。おそらくというのは、ドロには目と言われるものが無いからだ。それでも、俺がみられていることだけは分かった。

「あー、これでさっきの言葉はわかってもらえました?あんな状況で、間をすり抜けてきたんですよ。」

 彼女の言葉に、先程までの状況を思い出してゾッとする。もし、俺が言うことを無視して、横に飛び出していたら、ドロにどうされていたのだろうか。

「つまり、死神ちゃんはあの中で、間を見つけて歩いていたって事?」

「まあ、おおよそそんな感じですよ。だらか、案内人。正確にいえば、水先案内人なんですよ!死神って存在は実はそんなもんなんです。」

 彼女は、意味もなくクルッと回ってそんな事を言った。確かに、死んでからの死を操っていると言っても過言ではないか。だから、死神。どこか腑に落ちる。

「まあ、そんな大層なモノでもないんですけどね。正確にいえば、死後を案内する『神』なんですから!」

そう言いながら、神の部分で両手を上げて、指をクイっと曲げた。


「ちなみに、一応聞きたいんだけど、さっき横に飛んでいたらどうなっていたの?」

「あー、そこ聞いちゃいます?もう大丈夫だから言いますが、永遠にあのままになります。闇の中で、意識は多少あるらしいですよ。聞いただけですから、正確には分かりません。ただ、過去に一度も魂が戻ったとは聞いた事ないです。だから、溶けつづけるドロなんですよ。」

 永遠に、あのままで。死よりも恐ろしい、そんな場所じゃないのか。そう感じてしまった。異世界に行けるどころじゃないだろう。そんな場所を抜けてきたという実感がやっと湧いてきた。

「あそこで、止めてくれてありがとう。多分、説明されたら歩けなかった。」

「まあ、だから説明しなかったんですけどね!見えないまま過去に一回説明して、好奇心から飛び出した魂を知ってますから。」

 そう言った、彼女の顔はどこか寂しそうで、なにも言えなくなった。

「あ、来ました来ました!あーもー、そんな泣きそうな子犬みたいな顔しないで。この先は安全ですから。船が見えますか?あれがいわゆる三途の川の渡し舟です。」

 いつの間にか下を向いていた顔を上げて、振り返ると確かにそこには小さな船が一隻流れて来た。流れてきたという表現は、船頭もなくひとりでに船がこちらへ向かってきているからだ。

「これが、あの有名な三途の川の渡し船ってこと?」

「ええ、その通りです。前に見える黒い帯が、三途の川です。川っぽくないですよねー。」

「確かに、川とは思えないな。これは、ただの空間というか……。」

 その言葉に、笑みを浮かべて彼女は答える。

「確かに、空間はそうですね。私も初めてみた時にはそんな感じでした!まあ、慣れってやつです。さあ、船がつきました。この先は、みんなが言うあの世になります。行きましょう!」

 あまりにもカラッと言うものだから、少し躊躇う。なにも現実に後悔が無ければそのまま、乗っていたのかもしれない。けど、一つだけやり残したことがあった。だから、足が動かない。

「どしたんですか?躊躇っているのは分かるんですが、この先に行かないと、あのドロと同じになっちゃいますよ。」

「あの、死神ちゃん。聞きたいことがあるんだ。これに乗ったら、もうあの、俺がいた場所には戻れないの?」
 その言葉は、後悔から絞り出していた。

「えー、そうですね。戻る手段はあります。ただ、乗ったらあなたはこちらの住民になります。けど、乗らなければドロになるだけです。永遠に死ぬこともなく、苦しむだけになります。私としては、業務とか関係なく乗って欲しいですね。」
 彼女の顔を見たら嘘など無いと分かった。

「わかったよ。つまり、全く戻る手段が無い訳では無いんだな。それなら、大丈夫。乗るよ。どうせあんな状態じゃ生き返ることもできないだろうから。」

その言葉を聞いて、彼女は得意げに鼻を鳴らす。俺の答えに満足したんだろう。

「それならば、早速行きましょう。この広い川を渡ればやっと異世界区役所になります!行っちゃいましょう!それでは……。」

 彼女は、そのまま手を俺の胸に伸ばしてくる。いきなりで、一歩引くがそれ以上に彼女の手が早く避けられない。これは、手が当たる……。と目を瞑るがなにも当たる感触も無い。どういうことだと思い、目をゆっくりと開けると彼女の腕が胸の中に入っている。え、入って、いる?ただ、それでしか表現ができなかった。

「それではー、交通量いっただきますねー!」
 死神ちゃんは、そう言いながら腕を引っこ抜いた。その手は握られていて、何かをつかまれたようだった。

「え、ちょっと待って。交通量?なに持っていったの?心臓は魂だろうから無いだろうけど。いやなに!怖い!死んだのに怖い!」

「まあ、それ聞いちゃいますよねー。そんな大したものじゃないですよ。これを貰いました。文字通り、交通量ですよ。ほら、これ。」

 そう言いながら、死神ちゃんは手を広げた。その中には、260円?え、硬貨、だね。しかも日本円だ。これって、ほんとに交通量ってことか。

「あー、これも人によって見え方が違うんだけどね。まあ、この間は六文銭って言えば通じたんですけど。その人の認識がわかりやすい通貨に変えられてるの!これで三途の川を渡るですよ!」

 つまり、今俺は何処からともなく、260円を徴収されたみたいだ。俺のからだから、現金を徴収した死神ちゃんは、俺の後ろに周り背中を押してくる。

「ささ、早く乗りましょー!正真正銘、あの世行き終点、異世界市役所行きの渡し舟になりまーす。三途の川の景色を思う存分楽しんでくださいね。」

 そんな、観光ガイドばりの口上で、説明をされてしまう。さっきは俺の胸をすき通ったのに、今はしっかりと押されている。それを思うと、この世界に来た時も手を繋げていたな。理屈がよくわからないが、押されるままに船に乗る。

「別にあの世に行くのはいいんだけど、さっきの260円ってなに?」

 その言葉を、聞いてか聞かずか、それねーとか言いながら先程のお金を船の先端に積んでいる。全てが積まれた瞬間に、船に沈んでいった。沈むと言うのが、わかりやすい表現だが、死神ちゃんが俺の胸に触った時によく似ていた。
 2、3人乗りの手漕ぎボートなのに、勝手にオールが動き、船着場から離れていく。自動と言えば聞こえはいいが、どちらかというと船が生きているようだった。先が見えない霧の中を道がわかっているように進んでいく。

「え、ちょっと。これほんとにどう言うことなの。説明して欲しいんだが。死神ちゃん!異世界区役所とか、この船の事とか、あとはさっきのお金のこと!持って無かったはずだ!」

「あー、その事ですね。私からは、概要しか話せないですが、それでもいいなら質問も受け付けますよ!まあ、体感時間としては1時間なんで、適当にどうぞ!」
 くるっと回るのは癖なのだろうか。縦方向に。とりあえず、この時間で色々と聞くことにした。

 まず、この世界は確かにあの世で、三途の川も同じ。そして、先程の硬貨260円の話が、理解に苦しみ、かなり時間をとってしまった。260円と言うのは、実際のお金ではなくて、生きていた時に行った良いこと=善行をしたものらしい。今回は通貨の形にしたらしいが、本来はポイントのようなものらしい。生きている時には、なにが善行で悪行が何かは意図的にわからないようにしているとの事だ。そこで、あの世に行ける最低限の善行ポイントが、その魂に馴染みがある硬貨に認識が置換されているようだ。だから、俺は260円で、昔の日本人は6文だったようだ。


「であるからして、魂っていうのは本体で、肉体がある間は、魂にある情報は無意識下でしか認識でいていないってことなんです!何となくわかりましたか?」

 そういい、口元に人差し指を当てる仕草は、こんな状況出なければドキッとしていたかもしれない。ただ、今は現状認識で精一杯だ。

「何となく、わかりました。結局、魂が本体で肉体は仮染ってことかな。ぎりぎり現状は認識できたと思う。」

 あとは、死神ちゃんは見た目に反して、丁寧だし親切で説明時の言葉は分かりやすいので、理解しやすかった。言葉にはしないが。

「ま、まあ。それならよかったです。ちょうど着きますから、この後の説明が楽になりました!私の仕事っていうか、引き継ぎ先が楽になっただけですが。さあ、これが異世界区役所です!」

 川の先を覆い隠していた霧が晴れて、その先に大きな建物が現れた。その建物はあまりにも巨大で、高く広く大きな立方体の集合体だ。ただ、これまでの経験からも認識が俺の知識に合わせられているのかもしれない。中央には大きな門のようなものがり、その中央側は少し窪んでいる。階数を重ねるごとに少しずつ、階段のようになっており、10階ほどからは、真っ直ぐ聳え立つ。それが窪みを基点として対照構造になっている。どこかで、見たことがあると思ったが、沖縄旅行へ行った時の市役所がこんな形をしていた気がする。

「あれあれー、驚きすぎて言葉も出ませんかー。まあ、そうでしょうそうでしょう!これだけ大きい建物なんですから!改めまして、ようこそ異世界区役所へ!」
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