異世界区役所〜転生するために、労働をします〜

玉菜たろ

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1章

12.~徐々に自分の気持ちを取り戻してきた?~

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 3時間も待つとなれば、流石に雑談をしないと間が保たない。けれど、雑談となればなにを話せばいいのかが分からない。俺にとっては珍しい時間を過ごしたとしても、彼女にとっては日常の一瞬だろう。そうして、直近の二人でできる話題といえば、このあと死ぬという人か天気の話ぐらいだろう。生憎の曇天で、流石にいい天気とは言えない。故に行き着く話題は、死にゆく魂だけだろう。

「死神ちゃん、ところでこれから医療事故で死んでしまう人ってどんな人なんだ?」

 俺の言葉に、彼女はゆっくりとこちらへ顔を向ける。改めて肩との距離は近すぎるので、顔の全てが見える訳ではない。この距離で見る頬というのはかなり膨れて見える。

「そうですね、本来ならお話するのはあまり良く無いと思うんですが……。まあ、貴方はもう死んでいるので、構わないでしょう!」

「それってコンプラ的にどうなんです?」

「コンプラってなんですか?まあ、いいです。ただ、あまり直情的にならずに聞いて下さいね!」

 果たして、それは可能なのだろうか。こちらに来てから、今までよりも自分の生き方を思い出してきた。むしろ、今までは何か信念の無い、自分であって自分でないような感覚であった。死に対しての、この感情は恐らく、生きていた時に持っていた信念に近いのだろう。

「必ずしも、とは約束できないな。それでも聞いておきたい、これから自分が見る出来事になるのだろうから。」

 そう言わないと、彼女は話してくれないだろう。全ての死が悪いものでも無いだろうし、それをどうこう出来る自分では無かった。でも、今は違う。

「分かりました。まあ、今の貴方であれば私に敵うことは無いでしょうし、いいでしょう。まず、対象になるのは8歳の男の子です。」

「8歳の!?」

「ちょっと、貴方はバカですか?3歩もあるかず忘れる鳥以下の魂ですか?話すのやめますよ。」

 思わず声を荒げてしまったが、落ち着くのが先だ。これはある意味運命であるのだろうし、ここで話を辞められてしまえば、俺はなにもすることができない。

「いや、思わず感情的になってしまった。すまない、とりあえず続けてほしい。」

「本当ですかァ?まあ、とりあえずは信じましょう。次は本当にないですからね。」

「分かりました。心して、お聞きいたします。」

 いいですね、その心構え。瞳から伝わってきます。と彼女はいい、先程までの戯けた調子は霧散して、落ち着いた声で話し始めた。

「8歳の少年、名前は山井幸太郎くん。病名は絞扼性イレウスという長官障壁の血管がなんらかの要因で圧迫されてしまい、血行障害が起きます。あまり有名な病気では無いかもしれませんが、早期の治療が必要となる病気です。本来、幸太郎くんは綿密な検査を受けて、この病名を診断される筈でした。ただ、そうはならなかったんです。実際に検査はレントゲンに超音波検査もしています。この辺りは、大きい病院では当たり前にすることでしょう。ただ、大きな病院には設備が揃っていても、それ以外の要因で医療ミスが起きることがあります。それはーー」

「人間関係、もしくは過労、ですね。」

「鳥以下のわりに、冷静ですね。そうです。今回の場合は、その両方が要因と言えるでしょう。搬送時刻は本日の午後3時頃、運ばれた幸太郎くんを診察したのは、小児科医の副部長でした。腕は、十分でした。それ以外の要因でその日の彼は疲労困憊だったのです。大病院の割に、人員が不足していて、ここ1週間で寝れた時間は14時間にもならないでしょう。そのような状況でも、彼は子供を守るという志を持って医療にあたることに誇りを持っていました。数年前までの彼でしたら、こんな事故は起きなかったでしょう。」

 ここまで話して、彼女は口をつぐんだ。それは担当医を慮っているのかも知れない。彼女の口はキツく結ばれて、暫くの沈黙が続いた。今にも雨が落ちてきそうな分厚い雲が、都会の光を反射して晴れの日よりも、明るくて暗い空気が広がっていた。

「どうして、そんなことになってしまったんだ。彼の身内に不幸があったとか?」

 沈黙に耐えきれずに、思わず口を出してしまう。その言葉に死神ちゃんは、少し頬を上げたのだけれど目は暗闇を捉えているようであった。

「それでしたら、どれだけ救われたんでしょうね。どの時代のアースでも、修行の場としては一二を争う厳しさです。今回の医療事故の被害者は子供ですが、その根本的な要因もまた、子供なのです。担当医は三年前に結婚をしました、相手は小児科医の看護師で所謂できちゃった婚というやつでした。」

 流石に、今は授かり婚ですよと言うのは無粋だろう。茶々を入れずに話を聞くことにする。

「小児科医はこの病院院長の息子で、看護師はあまり裕福な家庭では無かったのです。周りからは色々と噂されてし
まい、奥様は産休に入った後に仕事を辞めて専業主婦になりました。そのため、周りからの好奇の目は、彼が一身に背負うことになりました。そうして職場の雰囲気は悪化して、辞めていく人も多くなり、彼は業務負担を一身に背負うことになります。生まれたお子さんと会えるのは、年に何度だったのでしょうか。自分の子供よりも誰かの子供を見ている時間の方が長くなり、彼は仕事に葛藤を覚えるようになりました。『自分の子供すら満足に観てやれないのに、なにが小児科医だ。果たして、私の仕事というのは本当に正しいのだろうか。親のレールに則った夢を追いかけて、本当の自分を押し殺して、行き着く先は、このザマか。』普通の彼では湧き出なかった感情でした。それでも、環境が変われば、この世界ではすぐに魂に影響が出るのです。それでも、彼は道を踏み外さないように必死に職務に当たっていましたが、それも限界があったのです。」

 彼女が話を終えて、全てを理解した今、俺はあまりにも救えない状況に口を開きたくても言葉が出てこなかった。ここで何を言っても解決にならない。これほどまでに、不幸な出来事がこの世には蔓延っている。もしかしたら、それを見ることがなく死ぬことができた自分はそれなりに幸せだったのかも知れない。それでも、それにしても……。

「その先がわからない。小児科医の事情は良く分かったけれど、幸太郎くんは死んではいないんだろ、死神ちゃん。その先はどうなるんだ?」

 自分でも驚くほどに、低い声が空気を震わせた。それほどまでに、俺の感情も揺さぶられているのだろう。多分、ここに戻ってくる前の自分であれば、内なる激昂すら湧き上がることが無かっただろう。俺の感情を知ってか知らずか、死神ちゃんは続きを話し始める。

「その先は、案外呆気ないものですよ。幸太郎くんは急性胃腸炎として診断を受けるの。そうして、彼は入院をするのですが、深夜に病室で動くこともできず、声を上げることもできずに苦しんで死にます。午前2時頃に心拍が停止した状態で、当直看護師が発見して緊急措置を施しますが4時には死亡診断を受けることになります。」

 あまりにも呆気ない最後だ。こうして、人の死というのはあまりにも、呆気ない最後を迎えてしまうのだと思い知らされてしまった。それでも、幸太郎くんが死ななければ……。

「『幸太郎くんが死ななければ』とか考えているようでしたら、辞めた方がいいですよ!私の職務は幸太郎くんの魂を、異世界区役所へお送りする事です。それ以上も、それ以下もありません。職務を妨害するようでしたら、負い目がある貴方でも容赦をしないことを覚えておいてください。」

 俺の考えを先回りした、あまりにも綺麗な返答。裸の魂であれば、思考を読まれていたかも知れないが、今はそうでは無いだろう。だからこそ、予想ができるほどに、自分の全てが幸太郎くんの死を回避したいというメッセージを発していた。
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