Cocktail Story

夜代 朔

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#006 ボストンクーラー

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   海外出張4日目。帰国が明日に迫る中、最後の仕事が予定より早く終わったので、今日の夜に空き時間が出来た。

   毎日仕事漬けでゆっくり出来なかった分、今夜は好きに過ごそうと思い、俺はホテルの中にあるバーへ行くことに。
   そのバーは屋外に設置されており、すぐ側に海が見える。心地いい波の音と、爽やかな風を感じながら酒を楽しむことが出来るという、なかなかにシャレたバーだ。

   夕日が沈み始めたころにバーを訪ね、カウンター席に座ると、色男が注文を聞いてくる。
   ウイスキーでも飲もうかと思ったが、せっかくから普段飲まないようなものが飲みたくなり、俺は彼のオススメを聞いた。
   彼は、「OK」と軽く答え、傍にあったシェイカーを手に取り、テーブルの上に置かれた中から必要になるものを入れていく。そして、先に用意していたシェイカーの中へとそれらを注いでから蓋を閉め、そのまま小刻みにシェイカーを振り始めた。
   一定のリズムで刻まれる涼しげな音が、耳をくすぐる。

   バーテンダーは、シェイカーをしばらく振ったあと、細かく砕かれている氷の入ったグラスの中へその中身を注いだ。
    最後にジンジャーエールでグラスを満たした状態を軽く混ぜ、レモンを飾りつけると。何とも涼し気なカクテルが完成した。

   バーテンダーが爽やかな笑顔で、グラスを俺の前に置く。俺は軽く礼を言って、キンキンに冷えたグラスを手に持った。
   そしてそのまま、もう限界までにカラカラに乾いていた喉へ酒を流す。
     
   飲んで一瞬のことだ。
   俺は、初めて飲む酒のうまさに驚いた。喉を滑り落ちていく炭酸の泡が乾きを一気に潤していく感覚に、一瞬で虜になってしまう。
   鼻に抜けるレモンの香りが、一口、また一口と飲み進めたくなる意欲を掻き立てた。
   ゴクッ…ゴクッ…と喉を鳴らしながら、グラスの中身を半分まで減らす。

「これはなんて言うカクテルだ?」

   俺が訪ねると、彼は「ボストンクーラー」と答えた。
   初めて聞いた名前に、今までこんなにもうまいカクテルを知らなかった自分がおかしく思えてくる。
    
「うまいな」

   そう呟くと、彼は嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。俺は今日本語で呟いたのだが、どうやら彼にもこの気持ちが伝わったらしい。勿論彼は英語で答えたのだが、俺は自分の気持ちが英語ではなくても伝わったことが、何となく嬉しくなった。

   フッと、自然に笑みが零れる。
   やはり、ここに来て正解だった。こんなにも最高な場所でうまい酒が飲めたことで、ただの出張が、最高な出張に思える。

   体の奥底まで染み渡る美味さに、飲み進める手が止まらない。俺は、中身があっという間になくなってしまったグラスを彼に差し出し、同じものをもう一杯頼んだ。

   普段はそんな簡単に酔わない俺も、疲れが溜まっているからなのか、一杯目で軽くほろ酔い気分になる。
   いや、疲れが溜まっているからと言うのは、今日はよそう。
   俺は、このうまい酒に酔っているのだ。そしてきっと、この心地いい波の音と風に酔っている…


ー完ー

   今回のカクテル 「ボストンクーラー」 

   ラムをベースにしたロングタイプのカクテル。
   ラムの風味とレモンの酸味に、ジンジャエールの香ばしさと炭酸の爽やかさが加わった、夏にピッタリなカクテル。一気飲みしたくなるほどの爽やかさと美味しさが心地いい。

    意味は 「そよ風に吹かれて」

     
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