Cocktail Story

夜代 朔

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#007 ロブ・ロイ

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   いらっしゃいませ…

    ……おや、今日はいらっしゃらないかと思ったのに、どうされたんですか?
    
   なぜ?なぜって…そりゃあ、あなたが昨夜、(声を変えて)明日は彼氏とデートだから行けない~って仰っていたからですよ。

    …!? どうされたんです? 大丈夫ですか?
    
   いや、急に泣きだしたら心配するに決まってるでしょう…

   泣きじゃくったって何も分かりませんよ。ほら、落ち着いてください。そこに座って…
   あぁ…、もうそんな泣かないでくださいよ、どうされたんですか一体…。
    
   わかりました、わかりましたから。話ならゆっくり聞きますから。ただ、ちょっと待ってください。もう店じまいしなくちゃいけないので、
  
   …すぐですよ、すぐ。…ほら、お水でも飲んで待っていてください。いいですね。

    (店じまいする)

   …まったく、急に泣き出すから驚きましたよ。

   とりあえず、これでその涙を拭いてください。
   
   それで? 一体どうされたというんですか。

   最悪なことがあった…? 

   昨夜はあんなに嬉しそうにして、わざわざ新しい服を私に見せに来ていたのに…

    …うん…、うん。はぁ…なるほど(相槌を打つ感じ)

   待ち合わせ直前に体調が悪いからとドタキャンされ、心配して家に行ったら見知らぬ女性がいた…ということですか。
    
   なるほど…、それはもう完全な浮気現場ですね。

   それでその女性と取っ組み合いになって、新しい服ボロボロにしてきた訳ですか…
   そのうえ、彼氏は相手を庇って自分は捨てられた…と。

   また随分と災難な目にあいましたね…

   何でそんなに他人事みたいに…って、そりゃあ他人事ですからね。

   はいはい、そう怒らないでください。わかりましたから。ちゃんと聞きますよ

   …まぁ、そうですね。あなたがあの男を連れてきた時から、何となくこうなる事は予想出来ていましたが…

   どうしてって、あんな男、どう見たって浮気しそうじゃないですか。あなたと付き合う前にも、一度浮気かなんかして前の相手と別れていたのも知っていますし…

   いや、言っても良かったんですが…、あなたが幸せそうな顔して付き合った報告をしてきたので、そこに水をさせなかっただけです。

   別にいいじゃないですか。これからズルズル浮気を隠されるよりは。これを機にスッパリ別れてしまえばいいんです。
 
   次に行ってやろうくらいの気持ちでいいじゃないですか。

   …ヤケ酒? ダメですよ。今のあなたが飲みだしたらろくな事がない…
 
   次に進むためってあなたね…、その後の私が大変でしょうが。ダメです。

   もう閉店時間ですから。
   何回お願いしたってダメです。

   ダメなものはダメ。

    ……あー!もう。わかりましたよ。なら一杯だけです。いいですね?

   はぁ、少し待ってください。

    (カクテル作り中…)

   …何ですか。私に恋人なんていませんよ

   別に、出来ないんじゃなくて、つくらないだけです。

   勿論、交際していた方はいましたよ。でも、この仕事をしていると、やはり彼女以外の女性と関わることも多いですし、結局フラれました。

   仕事とプライベートを分けて考えられないような女性は嫌なんです。私の仕事はそういうものですし、そこにいちいち突っかかってこられても困りますからね。
     
   だから、しばらく恋人はつくらないようにしているんですよ。

   え?私じゃダメか…って?
   何を馬鹿なこと言っているんですか。

   あなた嫉妬と束縛激しそうですし嫌ですよ。

   そんなことないですって? どうだか…

   それにあなた、私のことはタイプじゃないって言っていたでしょう。

   恥ずかしくて言えなかった…って、あなた子供ですか。

    全く…、あなたっていう人は…

    はいはい。馬鹿なこと言っていないで、これを飲んだら早く帰ってくださいよ。

     (カクテルを渡す)

    …何って、「ロブ・ロイ」ですよ。

    度数は高めですが、甘口なので飲みやすいでしょう。あなた甘いカクテルの方が好きですしね。
    ただあなた飲むペースが早いので、そこだけは気をつけてください。すぐ酔いが回るので。

   よく知ってるね…って、そりゃあ、私はバーテンダーですから。お客様の好みはなるべく把握するように心がけていますよ。

   私だけじゃないの。ってあなたね。この店に何人のお客様が来ると思ってるんですか。お客様それぞれの好みを把握できていなかったらこの仕事は務まりません。

   いいからほら、早く飲みなさい。あー、もう!一気に飲まない!
   
   まったく…、困った人ですね本当に。

   困ってばっかりって、あなたが困らせてるんでしょうが…

   店に来ない方がいいのか…?そんなこと一言も言っていないでしょう。あなたはこの店の大切なお客様ですし、あなたが来ないと私の調子も狂うので、来て頂かないと困ります。

   何言ってるんですか。好きとかそういう話じゃないですよ。毎日のように顔を見せてた人が急に来なくなったら、どうかしたのか心配になる…誰だってそうでしょう。
      
   素直じゃない…? フッ…、あなたが逆に素直すぎるんですよ。

   別にダメなんて言ってないでしょう。どうしてそう、すぐ悪い方に考えるんですか。

   …あなたが落ち込んでいるのはわかっていますよ。だからこうして話を聞いているじゃないですか。

   めんどくさくないのって、めんどくさかったら、まずこうして話も聞かないですし、何なら店にもいれないですよ。

  …別に、誰だって傷ついた時はこうしてネガティブになるものでしょう。
    
   さっきから言っていますが、別にダメなことじゃないですよ。落ち込むことも、泣くことも、誰かに弱音を吐くことも。

    私は、あなたに迷惑をかけられているとは思っていません。
    えぇ、本当ですよ。

   …そりゃあ、嫌に思う人はいるでしょう。人それぞれ相性がありますから。

   …私は、別にあなたのこと嫌いじゃないですしね。

   だからそういう意味じゃないと…
   まったく、すぐ調子にのるんですから…

   私が彼氏だったらよかったのに……?

   あなた、あまり冗談でそういうことをいうもんじゃないですよ。本気にする男がいたらどうするんです。

   冗談じゃない……?

   はぁ…、さっきまで彼氏にフラれて泣いていた人の発言とは思えませんね。

   はいはい。酔っぱらいは早く帰って、とにかく寝てください。Go ホームです。

   …お会計はまた今度でいいですから。気をつけて帰ってくださいよ。

    ……まぁ、また何かあったら店に来てください。話くらいは聞きます。

   早く元気だしてくださいよ。いつまでも落ち込んでいるなんて、あなたらしくないですから。

   ……私は、泣いているあなたより、笑っているあなたが好きなので。

   これは、そういう意味に捉えても…いいですよ。

   ……聞き間違いです。ほら、終電なくなる前に行かないといけないんじゃないですか。

   …はい。お気をつけて。
   またのお越しをお待ちしております。

    (店のドアが閉まる音)

ー完ー

   今回のカクテル 「ロブ・ロイ」
    
   ロンドン生まれ。
   英雄の名前が由来となっている。

   鮮やかな赤色が美しい、ロマンチックで大人な雰囲気を持ったカクテル。

   ウイスキーと白ワインベースのフレーバードワイン「スイートベルモット」で作られる。
   度数は高めだが、甘口な為飲みやすい。
   グラスにはレッドチェリーが飾られる。

   意味は 「あなたの心を奪いたい」
    

     
     
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