Cocktail Story

夜代

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#019 カーディナル

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朗読用台本

_______________________________________


「·····ねぇ、マスター」

「はい?」

「マスターは、嘘をついたことはある?」

「嘘、ですか?」

「そう。嘘」

「そうですねぇ、、小さい嘘なら、ついてきたかもしれません」

「じゃあ、絶対に最後まで隠し通さなきゃいけない嘘をついたことはある?」

「·····どうでしょうか、私は嘘が得意じゃありませんので」

「·····私はね、あるの」

「·····」
   
「私ね、恋人がいたの。ほら、この店にも何度か連れてきたことあったでしょ?」

「あぁ、あの方ですね。最近はお見えになられていませんでしたが、お元気なんですか?」

「·····どうだろう、わからないな」

「·····どうしてです?」

「·····別れちゃったの。私たち」

「·····そうでしたか、それは·····」

「私からね、別れをきりだしたんだけど·····、彼ったら最後の最後まで泣いてたなぁ。別れたくないって、何度も言ってた」

「それは、あなたのことを本当に愛していらっしゃるからなのでしょう」

「うん·····そうだね、それはわかってた。けど仕方ないの。私は、彼と一緒にいられないから」

「一緒にいられない?」

「·····私ね、もうすぐ死んじゃうの」

「·····」

「·····ちょっと前にガンが見つかったんだけど、その時にはもう余命宣告されちゃったんだよね。治療するには遅すぎるし、手術するにも、私にそんなお金なんてないから·····」

「·····余命は、」

「あと1ヶ月」

「そんな、それを彼には」

「伝えられるわけないよ」

「なぜです」

「私が死ぬことを伝えてたら、きっと彼は最期まで私のそばにいようとしてくれたと思う。でもそれは、私が死んだあと、彼が1人になっちゃうってことでしょ?」

「·····」

「彼は優しいから、きっと傷ついてくれる。私のことを思い出しては、涙を流してくれる人だと思う。でも、そんなの私が嫌なの。」

「彼には、何と言って別れを·····?」

「もう、あなたのことなんて好きじゃない·····って」

「·····それはまた、随分と大きな嘘を·····」

「ホントにね。思ってもないことを言うのがこんなにも大変なことだったなんて知らなかった」

「·····」

「·····あの時の彼の顔が、ずっと離れない。あんなに悲しい顔をしているのは初めてだった。彼は、いつも笑顔だったから」

「·····」

「あの顔をさせてしまったのは私なんだと思うと、胸が張り裂けそうになるの。ほんと、今少し思い出しただけで涙が出そうになるくらい辛かった」

「·····そうでしょうとも。あなたも彼を心から愛していたのですから」

「でもそれで、私が傷つくなんてお門違いなの。自分のことをあれだけ大切に思ってくれていた人を、あんな形で傷つけて、悲しませて、、最低だよね」

「·····そんなにご自分を責めないで差し上げてください。全て、あなたが彼のことを思ってしたことでしょう」

「だとしても、彼からしたら許せないことだよ。そう、許されなくていい。それで彼が幸せになってくれるなら·····それでいいの」

「·····本当にそれでいいのですか?」

「·····うん。もう決めたことだから。彼への気持ちは、このまま持っていくって」

「·····」

「·····この嘘は、最後まで貫き通すよ。今は苦しくても、彼のことを支えてくれる人が、この先きっと現れてくれる筈だから·····」 

「·····あなたのことは、誰が支えるんですか」

「私はいいの。もうすぐ死んじゃうんだから」

「その寂しさと孤独を、最期まで一人きりで抱えていくおつもりなのですか」

「·····そうだよ。それが、彼を傷つけてしまった私への罰だから·····」

「·····私は、あなたが彼に嘘をついたことが、最低だったとは思えません」

「·····」

「確かに、彼は酷く傷ついているでしょう。その傷が、いつ癒えるのかもわかりません。それでも·····、あなたがしたことは全て、彼を思ってのことなのでしょう。それが許されるべきではないと、私は思えないのです」

「·····」

「·····あなたの嘘は、彼への愛だ」

「·····マスター」

「·····よく、頑張りましたね。辛かったでしょう。そして、その辛さと苦しみを、あなたは最期の時まで抱え続けなければならない。それがどれほどの痛みなのか、私には分かり得ません·····でも、あなたとこうして話すことはできます。同じ時を過ごすことも·····」

「·····」

「だから、いいんですよ。頑張り過ぎは、今のあなたの体にもよくない」

「·····マスター·····」

「はい」

「·····マスターッ、私·····」

「はい」

「·····私、彼のことが·····」

「はい」

「·····好きなのッ·····」

「·····はい」

「彼のこと、好きで堪らない·····。本当は、ずっとそばにいたかった。もっともっと、彼の笑顔が見たかった·····」

「·····はい」

「私、心から彼のこと愛してるのッ·····」

「·····そうですね。なら最期の時まで·····、その気持ちをずっと大切にしてあげてください」

「·····ッ」

「·····今のあなたの体に、これはおすすめ出来ませんが·····、私からの気持ちだと思って受け取っては頂けませんか」

「·····これは、、カクテル?」

「はい。カーディナルというカクテルです」

「カーディナル·····」

「カクテル言葉というものはご存知ですか?」

「カクテル言葉?」

「えぇ。花言葉のように、カクテルにもそれぞれ意味が込められているのです」

「·····このカクテルには、どんな意味が?」

「·····それは、、」

「·····マスター?」

「あなたがまた元気な姿でこの店にいらしてくださった時に、お教えしますよ」


ー完ー


今回のカクテル 「カーディナル」

赤ワインとカシスを合わせたポピュラーなカクテル。
白ワインベースで作られる「キール」のバリエーションの一つ。

深みのある赤ワインの味わいの中に、カシスの甘い香りが広がり飲みやすい。

「カーディナル」は、「枢機卿(すうききょう)」という意味。カクテルの赤い色を、カトリックの高位聖職者が身に纏う赤いケープを見立てて名付けられた。

カクテルの意味は「優しい嘘」


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