婚約者を見限った令嬢は、1年前からやり直す。

伊月 慧

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2,1年前からやり直し

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「ヒューリア様、おはようございます」


 その声で目が覚める。
 見慣れた天井に、聞き慣れたメイドの声。カーテンの開く音と共に、朝の光が部屋に射し込む。

「…え…?」

 ゆっくりと目を開け、驚く。
 痛くも痒くもない体には四肢が変わらずついている。

「……どうして…え?」

 私は確かに塔の上から飛び下りた。その光景はしっかりと目に焼き付いているのだから。

「ヒューリア様、今日は旦那様と塔の建築経過を見に行くとか。旦那様がそろそろ支度をするように、と」

 淡々と告げるメイドのアリザが着替えを用意する。

「…塔の…建築経過…?」

 確か、塔はとっくに完成した……と考えたところで、ふと思い出す。
 随分と前に、このセリフを聞いた気がする。そう、去年。確かその日は、ルイスと初めて出会った日。

「アリザ、塔は完成しているでしょう?」
「はい?……いえ、塔の完成にはまだ月日がかかるようですが…?」
「……うそ…」

 確かに塔は完成した。そして私は飛び下りた。

「塔の完成にはあと数年かかると存じていますが」

 数年?……夢を見ているのかしら。けれどもう、死んでいるはず。なのにどうして?

「……そ、う…」

 回らない頭で支度をする。


「ヒューリア、おはよう」
「…おはようございます、お父様………あら?その服…」

 確か、私の記憶では。お父様が塔の見物のためにわざわざ新調した服。気に入ったと言っていたのに、この日着たらもうクローゼットの奥に仕舞い込んでいたのだ。それがオシャレなのだと言うが、ヒューリアには気に入ったものを着ない理由が分からない。

「あぁ、気に入ってね。せっかく塔を見に行くんだ、新しい服を買おうと思って」

 やっぱり。記憶にあるセリフと同じ。

「…そう…ですか…」

 どうしてだろう。こんなにもモヤモヤする。まるで時間が一年前に戻ったみたい。
 …なんて考えたのは、やはり間違いなかった。
 確かに塔は一年前の経過を見た時と全く同じで、完成はしていない。そして決定付ける一つの、出来事。

「君に一目惚れをしたようだ」

 紅く染まった顔でそう告げてきたのは、大好きだった婚約者の顔。

「…どうして…」

 確かに私は飛び下りた。落ちる感覚と光景を確かに覚えているのに。どうして死んでいなかったの?
 完成しない塔、父の同じ言葉、同じようにすれ違う人々、あの日と同じ訪問者。そして、ルイス大好きだったひとからの告白。

「君の名前を教えてくれないか?」

 私は本当に一年前に戻ったのだと理解するまでに、そう時間はかからなかった。

「…私の名は…」

 いま考えても、やはり私の何がいけなかったのかは分からない。けれど分かるのは、もうこの人に溺れてはいけないということだ。
 そしてこれは、神様が私に与えてくださったチャンスなのかもしれない。
 私を裏切ったこの人を、今度は私が裏切るのだ。
 もう本気になったりしない。

「…ヒューリア・アルテミスと申します」

 これは復讐のための、新しい人生なのだ。

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