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31,[カイン視点]謙虚な彼女
しおりを挟むフラれた、と言っていいのか分からない。けれど彼女がもう二度と、望んで私の前に現れることはないと、それだけは分かる。
リーザが自分の生活から、日常から消えたところで何も感じはしないと思っていた。何も変わりはしないのだと考えていた。
「カイン様」
「あぁ、ヒューリア。来てくれたんだ」
今日彼女を呼んだのは、特にすることがなかったからだ。異国から頂いた茶を侍女に淹れてもらい、カインはヒューリアにも勧めた。
「美味しいんだ、このお茶。…それよりまさか来てくれると思わなかったよ」
「? 来ないと思ってお呼びしたのですか?」
「ルイスが許さないと思ったんだ。ルイスの溺愛ぶりは結婚しても変わらないな」
「愛されておりますので」
さらりと言ってのけるヒューリアに笑ってしまう。呼んでよかった。そう思った。
「それより、カイン様。政務はどうなさったのですか?仮にも王子なのに、暇だなんて」
「仮にもって酷いなぁ。今日はすることがなくなったんだよ」
「けれど貴方が暇だなんて言って私を呼んだのは、今日が初めてでしょう」
「……まぁね」
いつもはリーザがいたから。彼女は自分から尋ねてきて、文句を言うでもなく自分の政務が終わるのをただ待ってくれていた。
「それにしても…大丈夫なの?母上様は」
「あら、私の心配ですか」
ヒューリアが驚いたように言う。まぁ呼びつけたのは私だけれど、一応これでも心配しているのだ。
「母上様は君を気に入っているだろう。仲良くやっているようで何よりだけど」
王妃は私のことを嫌っているから、私とヒューリアが会うのに良い顔はしないだろう。
「…王妃様は、カイン様を嫌ってなどおりませんわ」
まさか。私はずっと疎まれてきた。
「私が初めてだよ、この国で。茶髪の王位継承者だなんて」
「カイン様、そのことは…」
髪色に関して、皆がまるで腫れ物に触るかのように、口に出さないでいる。ただ視線はやはり、髪なのだ。
一度だけ聞いた、伯爵令嬢の言葉。
『カイン様に見初められるなんてゴメンだわ。あんな茶髪の王子なんて、継承者がルイス様に変わるのも時間の問題よ』
一番自分に近付いてきたその女に、カインは内心で笑っていた。
誰がお前など見初めたりするものか。こちらから願い下げだ、そんな言葉を使う女は。汚らわしい。
「…毎日がね、つまらない」
政務が終わって、時間を知って。まだ一日はこんなにも時間が残っているのか。そう考えるほど、しんどくなる。残りの時間をどう過ごせばいいのか分からなくて。
いつもリーザと通っていた場所に行っても、話す相手などいないのだからつまらない。
好みの本を見つけても、同じ趣味を持つリーザがいなければ面白くもない。
気が付けば自分は、リーザがいる生活が当たり前になっていたのだ。自分の行きたいところについてきて、何も文句を言わずに何でもやってくれる。彼女がいたから、退屈な日などなかった。
(…何を考えているんだ、自分から突き放したのに…)
そう、自分から突き放したのに。今更未練がましいことをしようとするなんて。
(…リーザは今頃どうしている?)
ブラウンの横で笑っているのだろうか。自分に笑いかけたように、その笑顔をあの男に向けているのかもしれない。
「…難しいものだね、人の心っていうのは」
「……難しくしているのは案外、自分だったりしますけれど」
「君は本当に、思ったことを口にするね」
ルイスが羨ましい。そう認められたのは、この女のおかげだと今では思える。
黒髪が羨ましい。優しい母がいて羨ましい。期待されて羨ましい。人望をすぐに作ることが出来るルイスが羨ましい。
「君はやっぱり、いい女だな。逃がすんじゃなかった」
「あら、今更口説かれるの?」
「まさか。ルイスに殺されるよ」
「…私などより、リーザさんの方がよっぽどーーいいお方だと思いましたけれど。貴方のことを慕っているのが、本当によく分かったものですから」
「……はぁ」
まさかヒューリアの口からリーザの名前が出るとは思わなかったので、間の抜けた返事をしてしまった。
「そこいらの貴族の令嬢と付き合ってごらんなさい。これ以上ないほど我儘で傲慢ですから」
何を言っている。リーザも大概我儘だった。自分に時間を合わせろだの、アクセサリーが可愛いから欲しいだの。
「私が見た限り、リーザさんほど謙虚な方はいらっしゃいませんよ。男爵家の令嬢にしておくのが勿体無いくらいですから」
何を言う、そこらの上流階級の女の方がよっぽど謙虚だろう。
「…そんなわけがない」
ヒューリアは大袈裟に言い過ぎなのだ。他の女とデートしてみろ。リーザといるよりもきっと楽しいに違いない。
それをヒューリアに証明してやる。
カインはそんなことを考えていた。
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