あたしと彼の12ヵ月【改稿版】

トグサマリ

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あ た し が で す か !?

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 ウチの課にはバレンタインの慣習なんてものはない。
 よこちゃんが入ってくるまで女子はあたしだけだったから、もうひとつある島とウチの島とそれぞれにでっかい箱入りのチョコ菓子をどん! どん! と買ってくるだけだ。
 当然ながら、ホワイトデーにお返しをしてくれるような素敵男子もしくは素敵おっさんもいない。
「ホワイトデー? なにそれ美味しいの?」
 みたいな顔で毎年スルーされる。
 オトコに期待するほうがアホなのだ。どうせバレンタインのチョコ菓子もほとんどあたしが食べちゃうわけだから、期待されるほうも困るのかもしれないけど。
 彼氏なんてものがいないと、バレンタインもホワイトデーも、どこぞの企業が企てたただの商業戦略のひとつだ。手ぐすね引いて消費者を引っかける側と、まんまと引っかかる消費者の、一種の熱に浮かされたお祭り騒ぎでしかない。
 昔はあたしだって、そんな見え見えな戦略に乗っかってあげてたんだけどねぇ……。
 そんな虚しくも切ない溜息ばかりなホワイトデーが過ぎた頃。
 本社の営業が血の汗を流して頑張って取ってきた顧客がウチの支社に振られることになって、四月から本格的な取引が始まるその担当があたしにまわってきてくださりやがった。
 今年は新入社員はウチの支社には配属されないらしく、なのにその他の業務もぽろぽろと増えていくもんだから、仕事が増えるだけで人手がとにかく足りない。
 正直、この仕事を取ってきた本社の営業を恨む。
 余計なことをしやがってー!
 これで昇給少なかったら、どうしてくれようか……!
 ―――と、この日の朝もあたしは溜りに溜まった疲れとストレスに、ほっけに頬を埋めながらもふもふしていた。
 ほっけー。ほっけー。かわいい……。もうどうしてこんなにあんたはかわいいんだよ、ほっけー……。好き……。
 しかし。
 布団にくるまってほっけとともに微睡まどろみながら過ごしていた至福の時が、無情なスマホの着信音に唐突にぶち壊された。
 誰よ、いったい……。土曜の朝……えっと、何時なんだろ、朝七時前に、七時前……! まだ寝れるじゃん、……じゃなくて。こんな時間に電話してくるなんて非常識人が!
 表示されている番号には見覚えもなければ、もちろんアドレスに入っているものでもない。
 なによ。これって、間違い電話なわけ? 朝っぱらからはた迷惑な。
 無視。
 無視に限る。
 布団の下に深くスマホを押しやって、着信音を遠退ける。
 出ないんだって気付けよ! ってくらい延々と鳴りつづけた着信音がようやく鳴りやんだ。留守電までのコール回数、設定し直そうかな。
 って思っていたら、しばらくしてまた元気よく鳴りだした。
 確認すると、同じ番号からだった。
 出ない。
 出ないんだからね。あたしは寝るの。寝るのよ。昨日だって終バス逃してタクシーで爆睡しちゃったくらいなんだから。
 間違いだって早く気付こうよ……。
 あたしはほっけに顔を埋めたまま、そのまま少し寝てしまったようだ。
 ふと気付いてスマホを手に取ると、七時二十分過ぎ。三十分くらい眠ってたみたい。スマホは鳴ってない。でも着信履歴見たら七回も同じ番号からかかって来てる。
 留守電になんか入ってるよね、と暗い気持ちで聞いてみたら、一気に目が覚めた。
 課長からだったの!
 なんで!? あたしこの番号課長に教えてないし! って、そりゃ、会社には報告してあるけど。
『しわすがトイレしなくて苦しそうでトイレばっかり行ってて。出張に行かなくちゃならなくて。あ、唐澤です、それで』
 あわあわと珍しく切羽詰まった声でまくし立てている内容をまとめてみると、飼い猫がトイレで苦しんでるっぽい。
 猫ちゃん、しわす、って名前にしたの?
 十二月に保護したからしわすなんだろうか。なんと安直な……。
 って、自分のことはさておきどっか冷めた疑問はあったけど、とにかく猫がトイレで苦しむってのはヤバイ症状だっていう知識はある。あたしは急いで折返し電話をかけた。
 コール一回ですぐに繋がった電話によると、今朝方トイレでごそごそしている気配があったみたい。土曜日だけど課長は今日、出張だ。その準備をしながらも気にしている間中、しわすちゃんはトイレで頑張ったりアソコを舐めたりするばかりで、おしっこが出てないんだという。
 家族に動物病院に連れてってもらえばいいのにって訊いてみたら、いまひとりだからって困りきってるみたい。猫を飼ってることを知ってるのはあたしだけだったんで、代わりに動物病院に連れて行ってもらいたいって……懇願されたんですけど……。
 あ た し が で す か !?
 ……。
 というか、ひとり?
 ……夫婦喧嘩でもして奥さん子供連れて家出中? それか旅行中とか?
 よく判んなかったけど、猫の命がかかってるから、とりあえず渋々ながらも了解して課長の家に向かうことにした。
 いやだなぁ、家人がいない家に入るってのは。なんであたしなんだよぅ。
 なんであたし、課のみんなに課長が猫飼ってるってこと言わなかったんだろ。言えばよかったあのとき……。そうすれば貴重な土曜の素敵な朝を、ほっけと過ごすことができたのに……。
 あぁぁ、莫迦ばかバカ。
 後悔先に立たずって言葉を、このときほどひしひし感じたことはなかった。


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