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第43話 痛みの雨は降り続く

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 俺の痛みを代弁するような、強烈な豪雨は続いていた。

 俺たちは一度、峡谷村へと帰還し、生存者の傷の治療を行うことにした。

 結局、死んでしまったのは『地獄骸』だけだった。

『地獄暴食』、『地獄射手』、『魔地馬』、『邪神砲』……いずれも瀕死の重傷を負っていたが、辛うじて呼吸は残っていた。

 レーナたちが召喚した治療モンスターによって、彼らは今、傷を癒している最中だ。

 初め、俺は彼らを残して一人でアルギア召喚宮殿に向かおうとした。だが、自らの血に染まった身体で、彼らは言ったのだ。

 自分たちも連れていってくれ、と。

 その言葉には怨嗟が込められていた。

 憎しみが込められていた。

 怒りが込められていた。

 そうして気づく。彼らは俺と同じ気持ちなのだ。

 仲間を殺され、尊厳を踏みにじられ、怪我がなければすぐにでも殴り込みをかけたいはずなのだ。

 だから、俺は彼らの意思を汲むことにした。

 俺はこの後、アルギア召喚宮殿を正面から襲撃する。

 そして、その中心メンバーは今回、傷を負った者たちで構成することに決めた。

 手加減はしない。

 暗黒城や中央村に置いてきた戦力と合流し、120体のアンデッドを引き連れるだけでは気が収まらない。

 今回は俺の文字召喚の力を存分に振るう。

 クリエイトゲージの持つ限り、文字召喚を続け、アルギア召喚宮殿を破壊し尽くす。それによる被害者のことなど知らない。

 積極的に敵を殺す気はない。それでは、あの薄汚いフードの連中と同格の存在に堕してしまうことになる。

 だが、積極的に生かす気もない。

 死んだら死んだ、生き残ったら生き残った、だ。

 俺は敵の生死に興味がない。

 襲撃の最優先目的は、召喚宮殿の最深部にあるという再召喚を可能にする宝物。
 
 そして可能であれば、最深部に向かう過程で、アルギア召喚宮殿の機能を奪う。そのための破壊だ。

 二度と、こんな惨劇を繰り返させてはいけない。

 そのためには、アルギア召喚宮殿という存在ごと消してしまえばいいのだ。

 レーナやアリカは峡谷村に帰ってきてから、俺と口を利いていない。

 俺が一方的に遮断しているということもあるが、自分たちの身内がこの仕打ちを行ったことに動揺している面もあるのだろう。

 だが、彼女たちは身内をかばうことはしなかった。

 それはそれで妙な話だが、俺としては良かった。

 もし、あのクソより醜いフードの男たちを少しでもかばうようなことがあれば、現在の関係は崩れ、俺の最初の攻撃目標になっていたことだろう。

 もしかしたら、アルギア召喚宮殿の中にも派閥があるのかもしれない。

 レーナやアリカのような穏便派とフードの男たちのような好戦派。

 仮にそうだとしたら、召喚宮殿を破壊することは穏便派のことを思うと心苦しい。

 だが、壊す。
 そこに迷いはない。

 アルギア召喚宮殿と関わりを持っているというだけで、今回は同罪である。

 俺の仲間に加わったレーナとアリカだけを対象外とし、召喚宮殿の文字召喚術師全員を敵と見なす。

 ……レーナとアリカには、本当に大事な者にだけ、避難を勧告するように言っておこう。

 彼女たちの反応からして、そんな人間がいるのかどうかは怪しいが。

 最悪の想像が一瞬だけ頭をよぎる。

 穏便派と好戦派に分かれているという件。

 もしかして、レーナとアリカだけが異端なのではないか。

 穏便派と好戦派という関係ではなく、レーナ・アリカとそれ以外の文字召喚術師という対立図なのでは。

 レーナはアリカの正当な弟子である。

 アルギア召喚宮殿第三位文字召喚術師、アリカ・リンリーが穏便志向という特異な存在であり、その弟子であるレーナに同じ志向が受け継がれた。

 そのため、レーナとアリカは召喚宮殿の中では肩身が狭く、レーナは帰りたくないと言い、平和主義者だった俺のもとに残った……。

 辻褄は合う。だが全ては憶測だ。

 どうせ、召喚宮殿に赴けばわかることだろう。

 峡谷村を一望できる祭壇の丘の上で、これからのことを考えていると、背後から足音がして、俺は振り返った。

 そこにいたのは、レアナ・オルビーク。

 ツインテールの髪を揺らした小さい身体の彼女は、神妙な顔つきで言う。

「此度の『剣豪―三刀―』、『グラウンドイーター』の撃退はお主の力がなければできなかった。認めよう。シュウトは魔術師であるわらわよりも強い。もちろん、他の文字召喚術師は魔術師よりも下じゃ。お主だけ特別だぞ。そして、村を脅かしていた両者の撃退は村にとっては大きな利益となった」

「別に礼はいらない。元々、『剣豪―三刀―』を招き入れてしまったのは俺だ」

「そうじゃな。じゃが、どのみち村への侵入を許すのは時間の問題じゃった。そして、お主がいなければ、村は壊滅していたじゃろう。だから、その件は許すことにする」

「……そう言ってもらえると助かるよ。ごめんな」

「それでじゃ。わらわはしばらく、シュウトに同行することにした」

 オルビークはそう言って、皮肉気に笑う。

「わらわが見ていないと、今のお主は歯止めが効かなくなりそうじゃからの。本当の本当に、シュウトが誰の手にも負えなくなった時、わらわが高潔な魔術師の血を以って止めてやろう。これは村を結果的に救ってくれた礼じゃと思え」

「けど、止められるのか? 俺の方が強いと認めたのに」

「やりようはいくらでもある。正面から戦うのみが戦闘ではない」

「……そうかもな」

 オルビークが同行してくれるというのは、正直心強いことだ。

 瞬間的に火力を生み出せる魔術師の力は、俺が文字召喚行うことができなくなった時に重宝するだろう。

「じゃが、わらわは召喚宮殿に攻撃はせんぞ。シュウトを守ってやるが……それだけじゃ。わらわにはどちらが正しいのか、未だわからん」

「ああ、それで構わない……よろしく、頼む」

 俺にだって、これから行うことが正しいのかはわからない。

 だが、それでも、この胸の内の憎悪は消えないのだ。

 だから俺は、アルギアの召喚宮殿を目指す。
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