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第50話 強欲が呼ぶ魔剣
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恐怖に侵された絶叫が、召喚宮殿内を満たしていく。
突如、召喚宮殿内に足を踏み入れてきた謎の文字召喚術師らしき男が、120体を超える召喚モンスターを従えていたのだから、それは無理もないだろう。
その文字召喚術師の靴には門番二人の血液がべっとりと付着している。
それが召喚宮殿の人間にとって、敵であることを示しているのは明白だ。
いきなり宮殿に襲撃をかけた文字召喚術師その人である俺は、冷たい視線を周囲に向ける。
正面入り口から入った一階部分は大きな広間になっていて、七、八人の文字召喚術師がいた。
悲鳴を上げて逃げていった人間たちは主に使用人のような立場の者らしい。
文字召喚術師たちはさすがに宮殿内での地位が高いからか、いきなり逃げるということはできなかったようだ。
敵地に無言で侵入するというのも不作法だ。
なので、俺は彼らに丁重な挨拶をすることにした。
「誰か、やりたい奴は?」
俺はぽつり、とそれだけを呟く。
広間にいた文字召喚術師たちは、俺の意味不明な言葉に胡乱げな表情を浮かべた。
俺の背後に控えるアンデッドたちに気圧されたのか冷汗をかきながら、警戒するように視線を鋭く尖らせる。
だが、別に構わない。俺は彼らに声をかけたのではない。
「貴様……何者だ? その召喚モンスターの数はどうした? ここがアルギアの召喚宮殿だということを知っているのか? 見たところ、文字召喚術師のようだが……所詮、召喚宮殿に属さない人間の召喚するモンスターなどハリボテに過ぎないのだぞ? 態度を大きくしないことだ」
文字召喚術師の一人が一歩後ずさりながら、そんなバカなことを口にした。
「くだらないな。なら、なぜお前は今、引いたんだ?」
敵の強がりに付き合うのも馬鹿らしく思い、俺は深くため息を吐いた。
しかし、彼らの思想も理解はできる。
彼らは文字召喚術の高い適性があるからと無理やりに連れてこられた人間たちだ。
彼らにとって、高い適性を持った人間は召喚宮殿に集まってくることが当然であるのだから、王国で一番強い文字召喚術師が自分たちであるという選民意識を形成することも無理はない。
むしろ、そういう思想で自らを守らなければ、自分の存在意義さえ曖昧になってしまうだろう。
だが、それはあくまで彼らの考えであって、現実は違う。
峡谷での一件も、圧倒的な数での奇襲を受けなければ、容易く跳ね返すことができたはずだ。
つまり、こうして正面から戦いを挑む今、俺が目の前にいるような底辺召喚術師に負ける要素は一つもない。
「それで、誰かやりたい奴はいないのか?」
俺はもう一度、問う。
敵の文字召喚術師たちはまたも理解できない言動に対し、動揺して声を荒げた。
「貴様はさっきから何を言っているのだ!? あまり意味の分からないことを言っていると、こちらも武力で応じるぞッ!!」
俺はその言葉を無視して、後ろを振り返る。
そして、言った。
「誰か、一番にこの場所を破壊したい奴はいないのか? 恨みを真っ先にぶちまけたい奴は?」
「なっ……!?」
背後で、文字召喚術師たちが緊張に包まれるのがわかった。
だが、雑魚がいくら身構えようとどうでもいい。
俺は小首を傾げる。
なぜか、俺の配下たちは黙ったままだった。
皆、真っ直ぐに俺のことを見ている。
「僕たちもやりたいのは山々だけどね。やっぱりみんな、初めの一撃は召喚主、あんたに決めてもらいたいみたいだよ」
呆れたように手をひらひらと振って、『地獄射手』が息を吐く。
『地獄暴食』は大きく笑って、それに合わせて、アンデッド軍全員が頷いた。
「そういうことか……なら、お言葉に甘えて」
俺は目を閉じて、念じる。
再び、瞼を開くと、目の前には魔法記述具が顕現していた。
今回は手加減なしだ。
俺は万年筆を握ると、空中に浮かぶ羊皮紙に文字列を記述していく。
どんなものを召喚するかは決めていた。
今回の戦いは自分の手で参加しないと気が済まない。
だから、コンセプトはモンスターであり、物である存在。
俺は書き終えた文字列を親指で一気になぞる。
文字列が光り出し、やがては羊皮紙全体が発光する。
そうして、召喚宮殿の天井から闇の雷撃が俺の左手へと落ちた。
強烈に闇の光を放つその物体。
それは禍々しい剣の形をしていた。
持ち手には髑髏の装飾、剣身は黒色に染まっていて鈍く輝く。
アンデッドたちが感嘆の息を漏らす中、俺はその剣を強く一振りした。
すると、持ち手の髑髏がくしゃりと顔を歪めて口を開く。
『――俺を呼び出すとはいい度量だな。召喚主よ、お前の望みを言え』
「この宮殿全ての敵の排除だ」
剣の髑髏は、俺の希望を聞いて楽しそうに笑い声を上げた。
『面白いことを言うな! この宮殿内の敵の気配は、百以上もあるぞ!? それを全部か?』
「そうだ」
『――誠に強欲。いいだろう。お前の望み叶えてやる。ならば召喚主、代償としてお前のその左腕、借り受けるぞ』
「ああ、俺の血肉をいくらでも使うがいい。それで目的が果たされるのなら」
そう言った俺の左腕は自分の意志とは別に、黒い剣をもう一振りしてみせた。
〈召喚モンスターデータ〉
『邪神を支配する左剣』SS級
かつて邪神が左手に持ったとされる魔剣。
敵はその剣技に圧倒されたというが、実際にその左腕を操っていたのは魔剣であり、邪神は肉体を貸与していただけであった。
魔剣を握ると、対象者の左腕の感覚は一切なくなり、完全に支配されてしまう。魔剣を手放すことも不可能になるため、その後、魔剣の同意なくして、支配を解除することはできない。
魔剣は強欲を抱く者に共感し、それを果たすために力を貸すが、気に入らない人間が魔剣を手に入れた場合は、制御を奪った左腕で、すぐにその人間の心臓を一刺しにしてしまう。
突如、召喚宮殿内に足を踏み入れてきた謎の文字召喚術師らしき男が、120体を超える召喚モンスターを従えていたのだから、それは無理もないだろう。
その文字召喚術師の靴には門番二人の血液がべっとりと付着している。
それが召喚宮殿の人間にとって、敵であることを示しているのは明白だ。
いきなり宮殿に襲撃をかけた文字召喚術師その人である俺は、冷たい視線を周囲に向ける。
正面入り口から入った一階部分は大きな広間になっていて、七、八人の文字召喚術師がいた。
悲鳴を上げて逃げていった人間たちは主に使用人のような立場の者らしい。
文字召喚術師たちはさすがに宮殿内での地位が高いからか、いきなり逃げるということはできなかったようだ。
敵地に無言で侵入するというのも不作法だ。
なので、俺は彼らに丁重な挨拶をすることにした。
「誰か、やりたい奴は?」
俺はぽつり、とそれだけを呟く。
広間にいた文字召喚術師たちは、俺の意味不明な言葉に胡乱げな表情を浮かべた。
俺の背後に控えるアンデッドたちに気圧されたのか冷汗をかきながら、警戒するように視線を鋭く尖らせる。
だが、別に構わない。俺は彼らに声をかけたのではない。
「貴様……何者だ? その召喚モンスターの数はどうした? ここがアルギアの召喚宮殿だということを知っているのか? 見たところ、文字召喚術師のようだが……所詮、召喚宮殿に属さない人間の召喚するモンスターなどハリボテに過ぎないのだぞ? 態度を大きくしないことだ」
文字召喚術師の一人が一歩後ずさりながら、そんなバカなことを口にした。
「くだらないな。なら、なぜお前は今、引いたんだ?」
敵の強がりに付き合うのも馬鹿らしく思い、俺は深くため息を吐いた。
しかし、彼らの思想も理解はできる。
彼らは文字召喚術の高い適性があるからと無理やりに連れてこられた人間たちだ。
彼らにとって、高い適性を持った人間は召喚宮殿に集まってくることが当然であるのだから、王国で一番強い文字召喚術師が自分たちであるという選民意識を形成することも無理はない。
むしろ、そういう思想で自らを守らなければ、自分の存在意義さえ曖昧になってしまうだろう。
だが、それはあくまで彼らの考えであって、現実は違う。
峡谷での一件も、圧倒的な数での奇襲を受けなければ、容易く跳ね返すことができたはずだ。
つまり、こうして正面から戦いを挑む今、俺が目の前にいるような底辺召喚術師に負ける要素は一つもない。
「それで、誰かやりたい奴はいないのか?」
俺はもう一度、問う。
敵の文字召喚術師たちはまたも理解できない言動に対し、動揺して声を荒げた。
「貴様はさっきから何を言っているのだ!? あまり意味の分からないことを言っていると、こちらも武力で応じるぞッ!!」
俺はその言葉を無視して、後ろを振り返る。
そして、言った。
「誰か、一番にこの場所を破壊したい奴はいないのか? 恨みを真っ先にぶちまけたい奴は?」
「なっ……!?」
背後で、文字召喚術師たちが緊張に包まれるのがわかった。
だが、雑魚がいくら身構えようとどうでもいい。
俺は小首を傾げる。
なぜか、俺の配下たちは黙ったままだった。
皆、真っ直ぐに俺のことを見ている。
「僕たちもやりたいのは山々だけどね。やっぱりみんな、初めの一撃は召喚主、あんたに決めてもらいたいみたいだよ」
呆れたように手をひらひらと振って、『地獄射手』が息を吐く。
『地獄暴食』は大きく笑って、それに合わせて、アンデッド軍全員が頷いた。
「そういうことか……なら、お言葉に甘えて」
俺は目を閉じて、念じる。
再び、瞼を開くと、目の前には魔法記述具が顕現していた。
今回は手加減なしだ。
俺は万年筆を握ると、空中に浮かぶ羊皮紙に文字列を記述していく。
どんなものを召喚するかは決めていた。
今回の戦いは自分の手で参加しないと気が済まない。
だから、コンセプトはモンスターであり、物である存在。
俺は書き終えた文字列を親指で一気になぞる。
文字列が光り出し、やがては羊皮紙全体が発光する。
そうして、召喚宮殿の天井から闇の雷撃が俺の左手へと落ちた。
強烈に闇の光を放つその物体。
それは禍々しい剣の形をしていた。
持ち手には髑髏の装飾、剣身は黒色に染まっていて鈍く輝く。
アンデッドたちが感嘆の息を漏らす中、俺はその剣を強く一振りした。
すると、持ち手の髑髏がくしゃりと顔を歪めて口を開く。
『――俺を呼び出すとはいい度量だな。召喚主よ、お前の望みを言え』
「この宮殿全ての敵の排除だ」
剣の髑髏は、俺の希望を聞いて楽しそうに笑い声を上げた。
『面白いことを言うな! この宮殿内の敵の気配は、百以上もあるぞ!? それを全部か?』
「そうだ」
『――誠に強欲。いいだろう。お前の望み叶えてやる。ならば召喚主、代償としてお前のその左腕、借り受けるぞ』
「ああ、俺の血肉をいくらでも使うがいい。それで目的が果たされるのなら」
そう言った俺の左腕は自分の意志とは別に、黒い剣をもう一振りしてみせた。
〈召喚モンスターデータ〉
『邪神を支配する左剣』SS級
かつて邪神が左手に持ったとされる魔剣。
敵はその剣技に圧倒されたというが、実際にその左腕を操っていたのは魔剣であり、邪神は肉体を貸与していただけであった。
魔剣を握ると、対象者の左腕の感覚は一切なくなり、完全に支配されてしまう。魔剣を手放すことも不可能になるため、その後、魔剣の同意なくして、支配を解除することはできない。
魔剣は強欲を抱く者に共感し、それを果たすために力を貸すが、気に入らない人間が魔剣を手に入れた場合は、制御を奪った左腕で、すぐにその人間の心臓を一刺しにしてしまう。
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