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第1章:追放 ――ログ覚醒編

第2話:追放宣告

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 洞窟での戦闘を終え、勇者パーティーは夕暮れ色に染まりつつある空の下を歩いていた。洞窟の冷たい空気から一転、舗装の甘い石畳を踏みしめると、長い戦闘の疲労が足元からじわりと滲み上がるようだった。遠くの森からは鳥の鳴き声が微かに響き、小さな町へ近づくにつれて人の気配が濃くなっていく。



 砦の門が視界に入り、その上で見張りの兵士がこちらに気づき、慌ただしく姿勢を正した。門兵がレバーを回すと、重たい鉄と木の混ざった扉がギィ……と音を立てながら開いていく。その音が妙に長く、レインの胸に重々しく響いた。



 門をくぐった瞬間、道行く冒険者や商人、行商人たちの視線が自然とパーティーへと向けられた。彼らの目には憧れや尊敬があり、特にカイルへ向けられる視線は強いものだった。勇者としての威光は、この町で確かに影響を持っているのだとわかる。



 カイルは堂々と前を歩き、背筋を真っ直ぐに伸ばし、顔には厳しさの中に自信を浮かべていた。彼が歩くだけで周囲の視線が吸い寄せられる。セレナは少し疲れたように肩を落としていたが、それでも凛とした雰囲気を崩さず、後方でカイルを支えるように歩いていた。



 そして、パーティーの最後尾にレインの姿があった。肩を落とし、足取りはどこか心許ない。周囲の視線がパーティーの前方ばかりに向けられているのを感じるほど、自分はその陰に紛れ、誰の意識にも引っかかっていないように思えた。



(……このまま、ここで何もせずに終わるのか……?)



 胸の奥で、小さな不安が芽生え、それは歩くたびにじわじわと膨らんでいった。石畳に靴が触れるたびに乾いた音が響き、心の内側に落ちていくようだった。



 やがてパーティーは拠点の中心にある大きな建物――戦果報告の会議が行われる広間へと入った。重厚な扉を押し開けると、広間には長い机、壁にかけられた地図、そして幾つものランプが揺らぎながら光を放っていた。天井の梁には古い戦いの痕跡が刻まれており、この場所が何人もの冒険者を送り出してきたことを思わせた。



 パーティーが席につくと、自然とカイルが中心に立ち、今回の戦況報告を始めた。堂々とした口調で、自分たちが洞窟の深部の敵を討伐し、幾度もの危険な局面を乗り越えたことを語る。周囲の冒険者や司令官たちも感心しながら聞き入り、セレナや他の仲間たちは小さく頷きながらその言葉を肯定する。



 レインは机の端に座り、そっと自分の帳簿を取り出してまとめていた記録を差し出した。紙に走るインクの匂いが鼻をくすぐる。だが――。



 誰も、それを手に取ろうとはしなかった。



 カイルはレインの動きに一瞬視線を向けたが、興味を持った様子はなく、すぐに戦闘の話へと戻っていった。他の仲間も同じだった。レインが差し出した帳簿に目を向ける者は一人もいない。まるで“そこにあるのが当然”であり“取り立てて注目すべき価値がないもの”として扱われているようだった。



 机の上に置いたペン先が、かすかに触れてコツ、と小さな音を立てる。その音が、広間のざわめきの中で唯一レインの耳にだけ大きく響いた。



(……やっぱり、俺は必要ないのか)



 胸が締めつけられるように痛んだ。

 仲間たちが談笑したり、戦利品を確認したりしている光景を見つめながら、レインはゆっくりと視線を落とした。



 まるで、自分だけが透明人間になってしまったような感覚。



 その沈黙を破るようにして――カイルが席を立った。



 カイルは机越しにレインへと歩み寄り、その足音が広間に重く響く。レインは不安が胸に広がる中、思わず背筋を伸ばした。空気が一瞬で張り詰め、周囲の会話が止む。



 ランプの揺らぎが、カイルの険しい表情を照らし出す。

 その影がレインへと伸び、まるで逃げ場を塞ぐようだった。



「レイン」



 呼ばれた声は感情を削ぎ落としたような低さで、胸の奥まで刺さる。



 レインは乾いた唾を飲み込み、恐る恐る顔を上げた。



「……はい」



 次の瞬間――。



「お前をパーティーから外す」



 その一言が落ちた瞬間、広間の空気がぴたりと凍りついた。



 ランプの火が揺れる音さえ聞こえないほど、静寂が広がる。



 レインの心臓が強く脈打ち、耳の奥でゴウッと音が鳴った。



「……え?」



 聞き返す声は、自分でも驚くほどか細かった。



「理由は簡単だ」



 カイルは淡々と告げる。

 その表情に迷いはない。むしろ、それが当然の決断だと言わんばかりだった。



「役に立たないからだ」



 広間全体がその言葉を飲み込み、押し黙った。

 仲間たちの表情が揺れ、誰かが息を飲む音が微かに聞こえた。



 セレナは唇を噛み、視線をそらしていた。

 レインと目を合わせようとしないその仕草には、後悔の色がほんのわずかに浮かんでいたが、それでも彼女は何も言わなかった。



(……やっぱり……俺は、必要なかったんだ)



 胸の奥がずしりと沈み、手の中のペンがひんやりと冷たく感じられる。

 指先まで震えが走り、帳簿がかすかに揺れた。



 他の仲間たちも視線を合わせず、気まずそうに身じろぎするだけだった。

 誰ひとり、反論の言葉を口にしない。

 沈黙の圧力がレインを包み込み、息が詰まりそうだった。



 カイルはその空気を断ち切るように、仲間へ向けて淡々と指示を出す。



「では、これからは俺たちだけで動く。各自準備をしておけ」



 言い捨てられた言葉はあまりに冷たく、レインの存在など最初からなかったかのようだった。



 レインはゆっくりと後ろへ下がった。

 足が重く、感覚が曖昧になる。

 視界が揺れ、ランプの光が二重に見えた。



(……終わった)



 その言葉が胸の奥でくぐもって響く。



 視線の端で、セレナがほんの一瞬だけこちらを見た。

 迷うように震えたその瞳には、言葉にならない感情が宿っていたが――結局、彼女は口を閉じたままだった。



 広間から出たレインは、重い扉が背後で閉まる音を聞いた。

 ゴウン、と響く低い音が、胸の内側まで届く。



 外はすでに夜の気配が濃くなり、石畳を照らす街灯がひっそりと揺らめいていた。遠くの酒場から人々の笑い声や楽器の音がかすかに届き、町は賑わっているはずなのに、レインの周囲だけが別世界のように静まり返っている。



 仲間たちの姿はもう見えなかった。

 たった今まで共に行動していたはずなのに、その背中はあまりに遠く感じられた。



 石畳の上を歩く自身の足音だけが、コツ、コツと虚しく響く。

 その音が、むしろ孤独を際立たせる。



(……俺は、追放されたんだ)



 その事実がゆっくりと胸に沈みこみ、呼吸を苦しくする。

 だが――同時に胸の奥で小さく燻るものもあった。



(でも……ここで終わるわけにはいかない)



 冷たい夜風が、今の自分の境遇とこれから訪れる孤独を予告するように吹き抜けていく。



 それでもレインは顔を上げた。



 追放された――だが物語は、まだ終わらない。
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