チキンライスは恋の味

谷地

文字の大きさ
1 / 5

「今日も可愛かったです」

しおりを挟む
「今日も可愛かったです」
「えへへ、ありがと~!今日もアンコールする~?」
「もちろん、もう注文しました!今日の2曲目、もう一回いいですか?」
「わかった~!じゃあ行ってくるね」
「はい!」

スタッフに曲をお願いして舞台に立つ。
少しだけ暗くなった店内で僕だけがライトアップされる、この瞬間が好き。

イントロが始まる直前にアンコールを注文してくれた彼にウインクを送ると、彼が元気よく叫んだ。

「~!」

分厚い眼鏡に長い前髪、いつも同じ黒い服の彼は僕のことが大好きな僕のファン。

週に3回以上は必ず僕に会いに来て、こうしてアンコールをリクエストしてくれる。

僕はお店のエースだからファンはたくさんいるけど、僕だけを見つめてくれるのは彼しかいないと思う。
みんな、なんだかんだいって他の子に目移りしちゃうことがあるから。

「サビいくよー!」
「いっちー!!!」

彼が作ったコールに合わせて体を動かすのは楽しい。彼のコールはなんというか体によく馴染む。

よく通る声なのに僕のことを邪魔しないし、なにより声質が綺麗だ。
それに、やっぱりこうやって応援してくれるのは嬉しい。

あと、コールをしつつも、ちゃんと僕の歌とダンスもしっかり見てくれるし、可愛いって言ってくれるし、最高のファンだと思う。

「今日も最高でした!」
「ありがと!アンコールのチェキ撮ろ?」
「はい!あとチェキ追加で2枚お願いします」

チェキ用のブースで二人寄り添って撮影する。

ここはチェキを注文してくれた人と、アンコールを注文してくれた人だけが入れる場所だから、今は僕と彼の二人しかいなかった。

ステージ直後だから前髪に汗が滲んで気持ち悪い。
それが恥ずかしくてハンカチで拭こうとすると、彼がその前髪も可愛いですって褒めてくれて嬉しくなった。

僕が可愛いのは分かっているけど、彼は僕以上に僕を可愛いって言ってくれるから本当に気分がいい。
サービスでいつもより近かった距離のせいか、チェキに映った彼は真っ赤な顔でピースをしていた。

「今日も本当に可愛くて歌もダンスも素敵でした。あと、アンコールのウインク、いつもより長めだったのが可愛かったです。…またしてほしいです。次のステージも楽しみです、確か金曜日でしたよね?必ず行くので、またチェキお願いします…。あと、前に着ていた紫のメイド服いつかまた着て下さい」

3枚目を撮り終わってチェキを渡すと、彼が大切そうにバッグの中へ仕舞った。

今日もありがとう、と書いたチェキに小さな声で、字まで可愛いなんてすごい…と彼が呟いた。

大きすぎるバッグを肩にかけたのを見て僕も一緒に立ち上がる。
メッセージを書いている間、椅子に座った僕を彼はずっと見つめていた。

人をこうやって凝視するのは彼の癖なのだろうか。
別に不愉快じゃないけど、厚いレンズの向こうで彼が何を考えているのか分からなくてたまに怖くなるときがある。

「また金曜日にきます」

僕のステージカレンダーを毎月確認して帰る彼はファンの鏡だ。
今日のチェキを収納していたアルバムはもう何冊目になったのかわからない。それくらい通いつめてくれていた。

「うん、行ってらっしゃい」

首を傾げて小さく手を振る。”いらっしゃいませ”が”お帰りなさい”になるなら、”ありがとうございました”は”行ってらっしゃい”になる。メイド喫茶のお約束だ。

「はい!行ってきます!」

もう何回もこうやってお見送りしているのに、彼は毎回嬉しそうに手を振り返してくれる。その仕草はまるで大きな犬みたいで可愛らしい。
そもそも、僕は僕のファンが大好きだからちょっとだけ贔屓目に可愛く感じるのは仕方ないと思う。

何度も振り返って僕を確認しながら降りる彼が帰るまで僕はずっと手を振り続ける。
そしたら、最後の一段で口角をだらしなく上げて、本当に嬉しそうに笑って手を降ってくれる彼に会えるから。

それが僕の密かな楽しみの一つだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

何度も、何度でも

渡辺 佐倉
BL
卒業式に部活の後輩から告白をされた。 何度断っても後輩はまた、告白をしてくる。 年下攻め短編です。 受け視点、攻め視点でそれぞれ1ページずつの短いお話です。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

高校時代からの親友が「夢魔に目をつけられて、もう余命3時間しかないんだ」と言ってきたんだが。

林崎さこ
BL
タイトル通りのショートストーリーです。こちらも小説投稿サイトエブリスタ様から移行したものです。

テーマパークと風船

谷地
BL
今日も全然話せなかった。せっかく同じ講義だったのに、遅く起きちゃって近くに座れなかった。教室に入ったらもう女の子たちに囲まれてさ、講義中もその子たちとこそこそ話してて辛かった。 ふわふわの髪の毛、笑うと細くなる可愛い目、テーマパークの花壇に唇を尖らせて文句を言っていたあの人は好きな人がいるらしい。 独り言がメインです。 完結しました *・゚

とある冒険者達の話

灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。 ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。 ほのぼの執着な短いお話です。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...