チキンライスは恋の味

谷地

文字の大きさ
2 / 5

あーあ、最悪。

しおりを挟む
あーあ、最悪。
目の前でしゃべりかけてくる男にため息を大げさにつく。

買い出しの帰りに声をかけられて振り返ってしまったのが悪かった。
メイド服にカーディガンだけ羽織った僕に立ち塞がった若い男は、ニヤニヤと笑いながら僕へ話しかけ続けている。

人を見た目で判断しちゃいけないことは分かっているけど、こいつは別だ。明らかにタチが悪い。

「ねえねえ、君どこのお店の子?」
「…早くお店戻らないと行けないので」
「え~、ノリ悪いなあ。せっかくのお客さん、逃しちゃっていいの?俺、行くよ?」
「僕、急いでて…」

この世界で生きていると、本当に来てくれる人とただの冷やかしの違いが分かってくる。

当然、目の前の男は来る気なんてサラサラないだろう。
こうやってメイド服で外に出ると冷やかしによく会うから間違いない。

「は?ノリ悪すぎじゃね?」

あ、と思ったときには遅かった。

突然ガラリと態度が変わった男に嫌な予感がする。逃げようと走り出そうとしたとき、強い力で引っ張られた。

「いった…」
「おい、可愛いからって調子乗ってるだろ」
「意味わかんない、離して」

遠慮なくつかまれた腕が痛い。

強く振り払っているつもりなのに全然外れなくて背中に冷たい汗が伝う。
早く逃げないといけないのに目の前の男は離す気配がなかった。それどころか、更に力を込めてきて痛い。

「も、離し…「離してください」

いきなり開放された腕がぶらりと宙へ放り出される。

あ、これ倒れるやつだ。

ぎゅっと目をつぶって衝撃に備えたのに、僕の背中に与えられたのは、地面に当たった痛みじゃなくて暖かい何かだった。

混乱したままゆっくりと目をあけると僕の体はたくましい腕の中で包まれていた。

「いたたたたっ、痛いっ」

その半面、さっきまで僕を無理やりつかんでいた男が地面で転がっている。

結構痛がっているところを見ると、余程強く投げられたのだろう。僕より少し遠い場所で涙目になっていた。

「お前誰だよ!」
「あなたこそ誰ですか?この人に乱暴するなんてあり得ません。今すぐ消えてください」
「あ?…」
「聞こえませんでしたか?それとももう一回投げたほうがいいですか?」
「…ちっ」

男は睨みながらもよろよろと立ち上がって引き下がった。心なしか顔色が悪い。
相当痛かったのか腕をかばうように歩いている。それをぼぅっと眺めていると、突然上から声がかかった。

「大丈夫ですか?」
「…え、っと、大丈夫です…助けてくれてありがとうございます…?」

あ、今、僕知らない人に抱きしめられているままだ。

自分の体に回された腕が、あまりに安定して僕を支えているから気づかなかった。
それにしてもこの人、見かけよりずっと鍛えているな。少しだけ触れた胸板がやけに厚いもん。

「いっちー、可哀想に。腕、痛くないですか?」
「なんで名前…もしかして、――中野くん?」

見慣れた黒いスウェットと聞き慣れた声で思い浮かんだ名前を呼んだ。

だけど、いつも彼の顔を覆っていた分厚い眼鏡は丸い瞳に変わって、長い前髪は後ろへ流されているから人違いかもしれない。
それでも、何故だか僕は確信していた。

彼は、僕の大ファンの中野くんだと。

「そうです。それより、いっちー大丈夫ですか?」
「あ、うん」

さっきまでの恐怖心はどこかへ飛んで行ってしまって、反対に恥ずかしさが襲ってくる。

まだ僕は彼の腕の中に収まっていた。

「えと、近いかも」
「あ…っ!!!ご、ごめんなさい!」

うん、この声の感じと慌てた仕草は見覚えがある。
前に、ちょこっとだけ手が触れたときも彼はこうやって慌てていた。

あのときは咄嗟に手を払われたことに少し傷ついたけど、真っ赤になって謝る彼を見てこっちが恥ずかしくなったんだっけ。

あ、この子僕のこと好きなんだなって。


「ううん、謝らなくていいよ。それより、ありがとう。…中野くんって、強いんだね。あと…」


かっこいいんだね。

そう、今まで隠されていた素顔の彼はとてもかっこよかった。一瞬、見惚れてしまうくらい整っている。

途中で言葉を切った僕を、彼が不思議そうに見つめてきたけど、僕は何故だかドキマキして上手く言葉を続けられなかった。

「えっと、いっちー…?ごめんなさい、僕、今から仕事に行かなくちゃいけなくて…」
「あ、そうなんだ…。じゃあ今日は来ないね」
「はい…すみません。でも、今日はいっちーのステージないですよね?あ、もちろんステージがなくてもいっちーには会いたいんですけど…今日は時間が合わなくて」

もごもごと口を動かすのは彼の癖。
彼が僕を好きな分だけ僕も彼を知っている。

…まあ、こんなにかっこよかったなんて知らなかったけど。


「でも、送るくらいならできるので…その、お店まで送ります。迷惑じゃなけば、ですけど」
「…いいの?」
「はい!」

いっちーを守ることが出来て光栄です。

そう言って彼は僕をお店の前まで送ってくれた。

お店で会う彼はいつも下を向いているから、太陽の下で歩く彼を見るのは新鮮だ。
チラチラと何度も彼を見てしまう僕に気付いているのか、いないのか、少しだけいつもより顔が赤い気がする。

中野くんの歩幅は小さくてお店に着くまでやけに時間がかかってしまった。
だけど、僕も同じくらい小さい歩幅で歩いたから文句は言えない。


「…無理はしないでくださいね」


メイド服で外出する機会が多い僕は、今日みたいなことを何度も経験してきた。
一人で対処できたときもあれば、今回みたいに助けて貰ったこともある。

なのに、どうしてだろう。ドキドキと鼓動がうるさい。今までこんなことなかった。


彼は、僕のことが好きな僕のファン。
しかも僕だけをずっと応援してくれるファン。


当然、感謝しているし好意を持っている。だけど、それはあくまでファンに対する感情で、それ以上の気持ちなんてなかったはずだ。

でも、思ったよりずっと厚かった胸板が、耳元で聞こえた声が、僕を心配してくれた瞳が、馬鹿みたいに回り続けている。



「いっちー、また明日会いに行きますね」


僕のことが大好きで、僕だけをずっと応援してくれて、その上僕を助けてくれたなんて…、



そんなの、そんなの…ずるいじゃん!



急転直下、頭の中で鐘が鳴る。

ピンク色に変わった思考回路のせいで頬が熱くてたまらない。

どうしよう、どうしよう、どうしよう!

高鳴る鼓動が苦しい。
ああ、ほんとにどうしよう。
こんなの、もうほんとずるい。




ぼく、恋、しちゃった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テーマパークと風船

谷地
BL
今日も全然話せなかった。せっかく同じ講義だったのに、遅く起きちゃって近くに座れなかった。教室に入ったらもう女の子たちに囲まれてさ、講義中もその子たちとこそこそ話してて辛かった。 ふわふわの髪の毛、笑うと細くなる可愛い目、テーマパークの花壇に唇を尖らせて文句を言っていたあの人は好きな人がいるらしい。 独り言がメインです。 完結しました *・゚

もう観念しなよ、呆れた顔の彼に諦めの悪い僕は財布の3万円を机の上に置いた

谷地
BL
お昼寝コース(※2時間)8000円。 就寝コースは、8時間/1万5千円・10時間/2万円・12時間/3万円~お選びいただけます。 お好みのキャストを選んで御予約下さい。はじめてに限り2000円値引きキャンペーン実施中! 液晶の中で光るポップなフォントは安っぽくぴかぴかと光っていた。 完結しました *・゚ 2025.5.10 少し修正しました。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

愛と猛毒(仮)

万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。 和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。 「……本当、バカだよな。お前も、俺も」 七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。 その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...