チキンライスは恋の味

谷地

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恋は盲目ってほんとだった。

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「いっちー、今日後ろでいいの?ファンの子来てるよ。ステージ待ってるんじゃない?」
「…うん」
「えっ、大丈夫?具合悪い?顔、赤いよ」

人は恋をするとバカになる。

慣れたはずの事務作業が全然進まない上に、僕のファンって聞いただけで胸がドキドキして落ち着かない。

また明日って言った彼の言葉のせいで、僕は昨日の夜からずっとこの調子だ。

お風呂に時間をかけて、とっておきのパックでスキンケアをして、念入りに念入りに自分を磨いてきたのに不安でたまらない。


今日の僕可愛いかな。

制服も前に好きだって言っていた紫を選んだけど気付いてくれるかな。


全然進んでいなかった事務作業を放り投げて、扉からそっと店内を伺うと彼がいつもの席で下を向いて座っていた。
僕が来るまでいつもそうやって居心地悪そうに座る彼にきゅうっと胸が鳴る。

「15時のステージ!始めまーす!」

僕のお店のステージは13時、15時、17時の3回。
ステージに立つのはそれぞれ3人ずつ。

回ごとに違う子が立って、アンコールを注文された子だけが追加で1曲歌うシステムだ。

僕は週に3回、15時のステージを担当している。自慢じゃないけど僕はけっこう人気だからこの時間は混む。

いつもなら、ステージ前は常連さんたちに挨拶に行くけど今日はどうしても行けなかった。
だって、他の人に挨拶したら中野くんにも挨拶しなきゃいけなくなる。

そしたら僕はきっと顔に出してしまう。
昨日、鏡で見た、あの恋している顔をしてしまうのだけは避けたかった。

「いっちー!!」

彼のコールはよく通る。

それが今日はやけに気になって集中できない。
他の人へのファンサのタイミングはばっちりなのに、彼を視界に入れると途端に調子が狂ってしまう。

それでも僕はプロだと自分でに言い聞かせて乗り切った。






「…今日はアンコール、しないの?」
「はい」

いつもなら絶対にステージが終わったあと、アンコールを注文してくれるのに彼が注文する気配がなくて僕から聞いてしまった。


いつもよりずっと綺麗にしたはずなのに僕、可愛くなかったかな。


「……なんで」
「だって、今日いっちー調子悪いじゃないですか」

だめだよ、調子が悪いことを指摘されるなんてプロ失格だ。

…僕の体調に気付いてくれることが嬉しいなんて、絶対に思っちゃいけないの。

「…調子、悪くないよ」
「いいえ、悪いです。サビの出だしが少し遅れていました。それにいつもよりずっと息継ぎが多いです。風邪のひきはじめかもしれません。昨日ちゃんと睡眠とりましたか?肌のトーンが少し暗い気がします」

僕の体調を気付いてくれるなんて嬉し…い?あれ…?確かに昨日は眠れなくてあんまり寝ていないけど、とっておきのパックをしたから肌のトーンはあがっているはず。

それなのに、どうして僕が寝てないって分かったんだろう。

「それにファンサの回数もいつもより2回少なかったです。あと、ファンサの順番も。ウインクのあとは必ず指ハートするのに今日はウインク2回連続でしていました。前にいっちーが風邪をひいた前の日もウインク2回連続でしていたので、やっぱり風邪のひきはじめかも知れません。でも、ウインク2回連続も正直言うと可愛くて最高でした。調子が悪くないときもしてほしいくらいです」

…ちょっと細かすぎる気がする。

ファンサの順番なんて考えたことなんてない。確かに、ステージはあんまり集中できていなかったけど、まさかそんなところまで覚えられているなんて思わなかった。

彼は、まだ早口で僕の今日のステージについて話している。

それより、僕が今日紫の衣装を選んだことを気付いてほしいのに。


「…ね、オムライス頼む?」
「頼みます!」

オムライスにはメイドさんからのケチャップのメッセージを添えて。これもメイド喫茶のお約束。

接客は嫌いじゃないけど、それよりステージで踊ったり歌ったりするのが好きな僕はあんまり人に勧めたりしない。だけど、今日はちょっとでも中野くんと喋りたくて自然と提案していた。

「萌え萌え、きゅん!」

おいしくな~れ、おいしくな~れ。
…あと、僕のこともっと好きにな~れ。

愛情と、不純なお願いを込めたケチャップをオムライスにかけていく。

中野くんはケチャップ多めが好きだから、と言い訳をしていつもより多めに。

「はい、召し上がれ」
「いただきます!」

僕の気持ちが通じますように。

嬉しそうにハートのケチャップを写真に残して、美味しいと食べる彼を見つめる。

なんだか世界がキラキラ輝いているみたい。
気持ちがいいくらいになくなっていくオムライスを見ていると、感情が爆発しそうだ。



もう、もう、もう!!好き!



猪突猛進、当たって砕けろ。

いや、砕けたくはないけど僕は止まれない。
そもそも、僕のファンなんだから僕のこと嫌いじゃないよね?

ずるい気がするけど、恋しちゃったんだからしょうがないよね?

そう言い訳して、ずるい僕が僕へ乗り移った。

「中野くんは、僕のこと、どう思ってる…?」
「天使だと思っています」
「わ、即答だね」
「はい、僕の生きる希望ですから」

好きな人にそんなこと言われて嬉しくない人なんていないと思う。

中野くんにとって僕は天使で、生きる希望なんだって。

今日、いつもより念入りに髪の毛セットしてきて良かった。
ちょっといい香水を仕上げにふった自分を褒めてあげよう。


「ふふふ、嬉しいな」
「いっちーが笑うと本当に可愛いです」
「えへへ」
「あぁ~、その顔もほんと可愛い」







なんていい日なんだろう。
僕はるんるんな気持ちで家に帰った、のに。上機嫌で電話した友人の一言で砕けてしまった。

「それって、恋愛対象とはちょっと違うんじゃない?」
「え?僕のこと可愛いって言ってたよ?」
「好きにもいろいろ種類あるからね。俺には推しに対する好きだと思うけど」
「…じゃあ、僕の片思いってこと?」
「んー、その可能性は高いね。ま、その子にとってお前は推しな訳だし、押したらいけるんじゃない?推しだけに」
「…」

突然、一昨日までの自分を思い出した。

僕だって彼に抱いていたのは、あくまでファンに対する感情だけで、それ以上の感情はなかった。
好きにもいろいろ種類がある、どうして忘れていたんだろう。


恋は盲目ってほんとだった。


「ほら、当たって砕けろって気持ちでさ」
「…無責任なやつめ」
「骨は拾ってあげるから」
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