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テーマパークと風船5
しおりを挟む「なんでいないの…、今日話聞いて欲しかったのに」
いつものテーマパーク、いつもの花壇の前で眉を下げて彼はいた。夕焼けで伸びはじめた影よりずっと不安そうな表情で辺りを見渡している。
――やっぱりここだった、
急いで駆け寄りたい気持ちを押し込んで、ゆっくりと近づいて声をかける。ぎゅっと結ばれた唇が走り出しそうに見えたから。
「広瀬、」
「…っ、なんでここに……」
後ずさりする広瀬の腕を急いで捕まえると、観念したのか口を噤んで俯いた。
「……今日行けないってなんで?俺、何か気に障ることした?」
「してない!本田くんは…、悪くない」
「じゃあ、なんで?」
「そんなのっ、」
言えないよ、と小さく呟いた彼は、項垂れるように肩を落とした。
”ごめんなさい、今日は行けません”
彼が握りしめている携帯から送られたメッセージは、10分くらい前に俺の携帯へ届けられていた。
「…なんでここが分かったと思う?」
「え?」
「着ぐるみ、探してたんでしょ?」
「なんでそれ知って…」
見開いた目の広瀬と視線がようやく合う。いつもと違う髪のセットは既に少しだけ乱れていた。
「今日来れなくなった理由、
――俺がうさぎになったら教えてくれる?」
みるみるうちに赤くなった顔に羞恥心と絶望が混ざりあっていく。
目尻に溜まった涙が、そこに留まることはなく彼の頬を伝って、きらきら光った。
「僕のこと、知ってたの?」
「うん」
「着ぐるみにいたのは本田くん?」
「…うん」
「僕に黙ってたのはなんで?騙してたの?」
「騙すつもりなんてない!」
「じゃあなんで言わなかったの…?」
「………俺がなんで着ぐるみのバイトしてたか…わかる?」
「は?」
突然違うことを言い出した俺に彼がきょとんとした顔を向けた。
「俺は元々違うところでバイトしてたんだ」
「待って、いきなり何の話?」
「そこは、着ぐるみに入るより、正直俺に向いていたし、ここよりずっと給料が良かった」
「…」
「広瀬、なんで、俺がここで着ぐるみのバイトしてると思う?」
「…わかんないよ」
「広瀬がここで泣いていたから」
目を見開いた広瀬の口から、え、と小さな声が漏れた。
「あのとき、他の着ぐるみに慰められるように風船を渡されて笑った広瀬を見て、気がついたら着ぐるみになってた。
だけど、広瀬から好きな人がいると告げられたとき、俺がどれだけ後悔したか分かる?
そして、その相手が俺だと分かったとき、どれだけ嬉しかったか分かる?」
「広瀬、なんで今日行けないって言ったのか教えて?」
大学で見るよりずっと綺麗な格好の広瀬を俺は誰より先に見たかった。照れたように笑う広瀬の手を俺は握りしめたかった。
「待ち合わせで話していた人は道を聞かれていただけ。それは、広瀬も分かってたよね?」
女の子に道を尋ねられていた俺を見つけて、泣きそうな顔で走り去った彼を、俺はすぐに追いかけたのに、彼は思ったより足が速かった。
「…自信がなかったんだ」
「自信?」
「君の隣に立つ自信が」
そんな訳がない。だって、大学で広瀬はいつも誰かに囲まれていた。
愛嬌があって、優しくて、面白い。
そんな彼にみんな夢中だった。そして、それをニコニコと受け止めていた彼が、今は小さく肩を震わせている。
「…俺の方がずっと自信なんてない」
「うそ!」
「嘘じゃない」
「うそだよ!!だって本田くんはいつも誰かの中心にいた。僕は、そんな君の視界にも映れない、ただの同級生…「ただの同級生じゃない!」
「広瀬は誰よりも僕の視界にいた!じゃなきゃ、着ぐるみを被ってまで視界に映りたいなんて思わない!」
他の着ぐるみに笑いかけた広瀬を見て、俺は広瀬を慰めたくてバイトを始めたんじゃない。そんな綺麗な気持ちなんかじゃなかった。俺は、俺以外に笑いかけて欲しくない一心で着ぐるみを被った。
俺は着ぐるみにさえ嫉妬するほど、広瀬に恋い焦がれていた。
「…嘘、嘘だよ、だって、僕と君が関わることなんてなかったもん」
「すれ違うだけで好きになるのがおかしい?広瀬もそうなのに」
――大学でね、すれ違っただけなんだけど、いつの間にか目で追うようになってたの。不思議だよね、一目惚れって。でもね、一目惚れだったけど、新しいことを知るたびに好きになっていく自分がいるの。ふふ、知ってる?彼、驚いたとき、目が本当にまんまるになるんだよ。可愛いよね。
「ねぇ、広瀬、あのとき、泣いていた理由を教えて」
好きな人に好きな人がいるかもしれないと泣いていた広瀬。登場人物が俺と広瀬しかいないこの物語の中で、好きな人とその好きな人が誰を指すのか、分からないほど広瀬は馬鹿じゃない。
「僕、また逃げ出しちゃうかもよ」
「逃げてもいいよ。逃げても、また捕まえるから」
息を大きく吸い込んだ広瀬は背筋をしっかりと伸ばして僕を見た。
「僕は、本田くんが…好き。
好きだけど叶わないと思って泣いてたの」
俺も絶対に叶わない恋だと思っていた。彼が俺を想うよりずっと、ずっと前から俺は好きだったから。
「俺も、ずっと前から好きだった」
ゆっくり手を彼の指に伸ばして絡ませる。こんなことできるなんて思っていなかった。
だって、本当に俺たちは関わりがなかった。あったのは、週に2コマだけ重なった講義の時間と、俺が着ぐるみを被っている時間だけ。
「広瀬が思ってるよりずっと、好き」
「…僕も好きだよ、本田くんが思うよりきっと好き」
彼の気持ちはずっと聞いていた。俺じゃない相手へ向けた好意はただただ辛かったけど、俺はその彼の好意から漏れ出る笑顔でさえ、他に譲りたくなくて聞き続けていた。
「知ってるよ…、だって俺はずっと聞いてたから」
「そうだったね…、
じゃあ、僕が今から言うことも分かる?」
分かる、と笑った俺に彼は嬉しそうに笑い返した。
――もし、彼とここに来ることが出来たら、君を一番に紹介するね。僕の大切な友達ですって。
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