英雄伝承~森人の章2~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になったようです。

大田シンヤ

文字の大きさ
8 / 52
夢魔討伐編

第8話

しおりを挟む
「さっき見たが、剣の振り方が雑だった。上半身も一緒に振られている。まずは足腰から鍛えろ。でなければ、実践ですぐ死ぬぞ」

「は、はいっ」

 適当な岩に腰を掛け、只人族の姫君に剣の振り方について、というよりも必要最低限のことを教える。
 姫君は素直に私の言葉に頷き、体の鍛え方などを真剣な表情で聞いていた。
 いきなり降って来た私に驚いた姫君だったが、私が邪魔をしに来た訳ではないと分かると安堵の息を吐き、私に教えを乞いて来たのだ。
 掌にマメもできていないことから全く触ったことがなかったのだろう。それでよく一人で訓練しようと思ったな。

「あ、そう言えば私はあなたの名前を聞いていない」

 ふと、姫君の名前を聞いていないことを思い出し、口にする。
 すると、姫君も名乗っていないことを思い出し、急ぎ佇まいを直した。

「!!? そ、そうでした。私ったら恩人に何てことを――では、改めまして、我が国の戦士団を救っていただき感謝いたします。私、ニクス国第一王女ラウルスティア・ニクス・リベロと申します。以後、お見知りおきを」

 私の前に立ち、姫君は頭を下げる。

「私も再度名乗ろう。森人族ヴィネディクティアの娘、蒼級そうきゅう剣士リボルヴィアだ」

 それに対して私も森人族の礼儀作法で頭を下げる。
 只人族の姫君――ラウルスティアは蒼級という言葉を聞いて目を見開いた。

「蒼級……伝説とまで言われている階級。人が到達することなどあったのですね。フォルテムからかなりの実力者だと聞いていましたが、そこまでとは思いませんでした」

「フォルテムから私のことを聞いていたのか?」

「はい、ハルピュイアの女王種から皆を救ってくれたと……階級については教えて貰えませんでしたけど」

「それはそうだ。フォルテムにも、他の者たちにも言っていないことだからな」

「あら、それでは私だけが知っているのでしょうか。特別感があって嬉しいですっ」

 そう口にしてラウルスティアは柔らかな笑顔を向けて来る。
 最初に出会った時とは大違いだ。あんなに警戒されていたのに。

「そのような笑顔を無得られるとは意外だ。私はあなたから嫌われていると思っていたが」

「あ、あれは……忘れて下さいッ。もう気にしていませんから」

 私は気にしていなかったが、ラウルスティアは邪険にしてしまったことを気にしているようだ。
 私に対して嫌悪感を抱いていないというのなら都合が良い。そろそろ本題に入らせて貰おうかな。

「姫君、何故あなたは剣の修業をしようとするんだ? 見た所、日課と言う訳でもない。何の会議をしているかは知らないが、そちらより優先するものなのか?」

「うっ……」

 罰が悪そうにラウルスティアは視線を逸らす。
 悪いことをしている自覚はあるようだ。
 それなら尚分からない。戦いとは無縁の生活を送って来た姫君が何故今更戦おうとしているのか。それほど戦況は危ういのだろうか。だとしても、私ならこのような人物を戦場に立たせはしないが。

「責めているのではない。純粋な興味なのだ。答えなくても良いぞ」

「そうですか。なら……」

 暫くラウルスティアは両手の指を絡ませては放し、絡ませては放しを繰り返した後、意を決したのか、私の隣へと腰を下ろして来た。
 距離が近いな。

「あの、自分がいる意味を考えたことがありますか?」

 ……ほう。
 何でそんなことを尋ねて来たのだろうか。
 自分がいる意味、自分なんかがここにいても何の役にも立たないと思っているからそんなことが出てきたからかな?

「何故、そんなことを?」

「……私は現在、我が国ニクスの王位第一後継者なのです。ですが、本来なら今の地位は兄様、そして弟のいずれかがいるはずだった」

「だった。というのは、つまり……」

「はい、魔人族が攻めて来た際、兄は戦場で、弟は逃げ出す際に命を落としました。今私のいる地位は本来なら有り得ないのです。兄や弟、どちらかが生きていれば、私は他国との繋がりを強めるための道具として使われるだけのはずだった」

 静かにラウルスティアの話に耳を傾ける。

「これまでは国の政には関わらせて貰えなかった。だけど、今になって突然王位継承者になって、各国や有力貴族との交渉をやらなきゃいけなくなった」

「それは大変だな」

「そんなもんじゃありませんよ! これまで経験もなかったのに突然やらせるなんて、上手く行くはずがありません。それなのに、あの人たちは……」

 ラウルスティアが唇を噛み、膝の上で握り拳を作る。

「最初は頑張っていたんです。でも、失敗が続くにつれて、仕事は生き残った大臣が行うようになりました。今では私の仕事は大臣の言葉に頷くだけ。例えそれが望まぬことであっても……」

「望まぬこと?」

「支援をして貰うための条件、領地の割譲、金、或いは――国そのものの要求を叶えることです」

「そんなことができるのか。あなたは王族だろう。それに国を要求するなど」

「できますよ。私を娶れば夫が余所者であろうと王になります。この国では代々国王は男でしたから」

「反対はしないのか?」

 純粋な疑問を投げかける。
 そんなに嫌ならば拒めばいい。そう思ったから。

「それはできません。そんなことをすれば民に迷惑を掛けます。兄も、弟もそして、父も母も、民は宝だと言っていました。民を守り、民の声に耳を傾け、民の暮らしを良くすることを第一に考えることこそが良き王の在り方なのだと。私の判断が間違っている以上、反対はできません」

「…………」

「笑っちゃいますよね。王位継承権を持っていると言っても私はお飾り。今後の方針も、将来も私が決められること何もないんです。本当に、私がいる意味なんて何もない」

「だから、会議から逃げ出したのか?」

 こくりと静かにラウルスティアは頷く。
 なるほど、ラウルスティアの言うことも分かる。
 自分がいなくとも方針が決まる所にずっといる。そんなの私も嫌だ。苦しくなる。逃げ出すのも無理はない。

「剣の修業をしようと考えたのは、意味を見出すためか?」

「……はい、戦えるようになれば、自分にも意味ができると思ったので。フォルテムに絶対に戦場には連れて行かないと言われてしまいましたけど」

「あぁ、それはフォルテムが正しいな」

「え!?」

 私の言葉にラウルスティアが驚いた声を上げる。
 意外そうな顔をしているが、私が剣を教えたのは戦場に行かせるためではない。そもそもラウルスティアが戦場に行けば呆気なく死ぬだろう。
 経験も体力も必要なものが何もかも足りていない。それは一朝一夕で手に入るものではなく、幾度の死線と辛い訓練を重ねて手に入るものだ。

「剣の持ち方とか、体の鍛え方を教えてくれたのに」

「それは最低限の基礎知識を持っていないと危ないと判断したからだ」

 私は別にラウルスティアが剣の修業をするのは自由だと思う。
 だけど戦場に行こうとするのは別だ。今の実力では死ぬことが見えている。

「……やっぱり、私は何処にいても邪険にされるんですね。本当に無意味な存在」

「そうは言っていないだろう。あなたのやることではないと思っただけだ」

「それじゃあ、私はどうすれば良いのですかッ」

 ラウルスティアの口調が強くなる。
 少し考えた後、私は口を開いた。

「放り出して逃げたらどうだ?」

「え?」

 私の言葉にラウルスティアが目を見開く。
 そんなこと考えたこともなかった様子だ。

「そ、そんなのいけませんッ私がいなければ、誰が民を守るのですか!?」

「国の方針は大臣が決め、戦いはフォルテムが行うのだろう? あなたはここではやることはないじゃないか。なら、この国から出て自由になった方が自分のいる意味とやらが見つかるかもしれないぞ」

「そんな無責任なッ」

「別に良いだろう。誰かが頑張ってくれるさ。それともあなたがいなくなれば、この国は大事なものを失うのか?」

 いる意味がないのならば、ここから出て行けばいい。問題が起きても、それはラウルスティアには関係のないはずだ。
 ラウルスティアが本当にいる意味がないのならば、いなくなっても問題など起こるはずがない。起きたとしても、それは彼女とは関係のない要因であるはずだ。

「それは……私がいなくなったら、他国や貴族との取り決めに影響が……」

「だとしたら、それがあなたのいる意味になるな」

 分かっているじゃないかと笑みを向ける。
 そこにいるだけで相手への保証となる。それがどれだけのことなのか。政に疎い私でも分かる。
 彼女の口にする言葉は重く、数百、或いは数千の只人を動かすことになるかもしれないのだ。普通の只人ではこうもいかない。

「…………」

「いる意味、あったじゃないか。あなたがいるだけで、象徴になるだけで守られるものがある。剣を振るわなきゃ守れない私とは異質の強さだ」

「リボルヴィア殿……」

 慰めの言葉、という訳ではない。これは事実だ。
 その場にいずとも誰かを守れるラウルスティアと自分の足で駆けていくしか守ることができない私。
 どちらが強いのかハッキリはしない。だが、多くを守れるのはラウルスティアの方だろう。
 もし、そんな力を持った人が私の味方になってくれていたら――。
 あの時、都市を代表していた者が怠惰な人物ではなく、ちゃんとした人であったら――。
 そうしたら、母様と一緒に暮らしていた未来もあったかもしれない。そう思ったからこその言葉だった。

「それでも好き勝手されるのが嫌だと言うなら、そこはもう自分のいる意味を逆手に取って大臣共を脅すしかないな。協力しても良いぞ?」

 ニヤリ、と薄い笑みをラウルスティアに向ける。
 無論、冗談である。

「兄や弟が生きていればと言ったが、今生きているのはあなたしかいない。強気に言っても良いと思うぞ姫君」

 その価値をどう使うかはラウルスティア次第。
 風が冷たくなってきた。そろそろジョクラトルも天幕から離れたことだろう。戻って寝よう。
 立ち上がり、上へと戻るために歩き出す。
 その後ろで真剣な表情をして考えるラウルスティアに私は気付くことができなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...