英雄伝承~森人の章2~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になったようです。

大田シンヤ

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魔人決戦編

第24話

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 ルクリア王国の首都マルスへ向かう道中、私たちは常に気を張って行動した。
 私たちが行おうとしているのは魔人王の暗殺。
 ならば、自分たちの居所を教えるような間抜けなことはしてはいけない。
 敵は補給物資を奪いに来た所を伏兵で襲撃した後、私たちの姿を見失ったはずだ。拠点を攻め終えた今は探す目途も無くなったはず。
 なら、その状況を利用して接近してしまおう。そう考えていた。

 沼地を通り、茂みを這って進み、物資が無くなれば、途中の村々から拝借して、助けを求める声を無視して前に進む。
 これは正しいことだ。そんな言い訳をして、自分を納得させて首都へと向かった。
 交戦がなかったおかげで体力も減らず、武装も十分なまま辿り着けたが、気分はまるで盗人だった。

「大丈夫、アルバ?」

「……ごめん。ちょっと精神的に、ね」

「無理もないわね。やってることが盗人みたいだもの」

 ルクティアが私を気にして声を掛けてくるが、ルクティア自身も良い気分ではなさそうだった。
 まるで盗人だと感じていたのは私だけではないらしい。

「それは違う。断じて俺たちは盗人じゃない。何故なら、俺たちはこの国のために戦っている。この国のためということは、ルクリア王国の民のためとも言うこと。だから、民がそれに協力するのは当然だ。それに、貰ったものは後で返せば良いだけだ」

「その通りです。物資を借りた者たちはリストに控えています。後で報酬として返せば何の問題もありません」

「…………」

 あくまで国のためと口にするマルムとそれに同意するタウルス。オフィキウムは何か思うことがあるのか黙ったままだった。

「ククッ盗人行為を国のためと言い張るか。大した王族だな」

 五人の内、誰でもない声が響き、全員が戦闘態勢に入る。
 

「サクスム・エクエス!!」

「我が名を知るか」

「当然でしょ。殺す者としてしっかり頭の中に刻んでいるわよ」

「ふ、そうか。我もまたお前たちの名を知っているぞ。王子マルムに、海人族の英雄オフィキウムに奴隷に落ちた森人の王族アルバ。ククッ共通点は皆全員帰る国が無くなっている所か」

「ッ――我が国は、まだ滅んでなどいないッ!! まだ俺たちがいる!!」

「では、今夜我の手で滅ぶことになるな。墓にはこう刻んでやろう。略奪を行った盗人である元王族、魔人族の勇者サクスムが討ち取られ、永遠に眠るとな!!」

「多くの命を奪い続ける貴様等が勇者など名乗るなぁ!!」

「ちょ、マルム殿下!? 私たちはこんな所で戦っている場合では――あぁ、もう!!」

 思いもよらなかった遭遇により、戦いが始まってしまう。
 周囲を見れば敵は一人。サクスムだけのようだ。
 何故、こんな所で一人でいる?そもそもどうやって私たちを見つけたの?

 タウルスとマルム、オフィキウムが前衛に立ち、アンブラが遊撃を行い、私とルクティアが援護する。
 ルインは技の威力が凄まじかったが、この男は硬い。ひたすらに硬い。
 タウルスの戦斧を、オフィキウムの槍を、マルムの剣を、アンブラの毒刃を、ルクティアの矢を、私の輝術を真正面から受けているのにビクリともしない。

「輝力貯蔵庫を使う!」

 これではこの男を倒せない。
 そう判断すると私は切り札を切る判断をした。
 腰に巻き付けてある太い筒状の物体の一つに手を添える。
 その瞬間、私の体の中には普段の数十倍もの輝力が流れ込んで来た。輝力が流れる経路が悲鳴を上げる。

「ッ――」

「何をするつもりか知らんが、そんな場所で立っていては狙ってくれと言っているようなものだぞ娘ェ!!」

「させん!」

「ここを通りたくば、我らを通してから行け!」

「下らん。雑兵共が!!」

 マルムとタウルスがサクスムの行く手を阻むが、斧の一振りで薙ぎ払われる。
 瞬く間にやられてしまったが、僅かな隙をサクスムに生じさせる。それを見逃さず、オフィキウムが動く。

「剣砕流『鎧砕き』!!」

 弓のように体をしならせ、槍をサクスムの顔面へと投げつける。
 槍はフルフェイスの覗き穴部分に突き刺さり、サクスムの体を大きく仰け反らせた。その背中にアンブラが飛びつき、鎧の隙間から毒刃を突き刺す。

「小癪なッ」

「ちょっと嘘でしょ!? 顔面もろ入ったじゃない。明らかに目を潰してたでしょ!? 毒も喰らってたでしょ!? 何で普通に立ってんのよ!!?」

「たわけぇ!! この程度の小技で我が傷一つつくものか! 常識で考えろ!!」

 オフィキウムが放ったのは茈級しきゅうの彼が放てる最大の技だった。アンブラが使用している毒の短剣は大型の怪物ですら動けなくなるものだった。
 それを小技呼びとは。魔人四天王は全員が蒼級そうきゅうと言われているが、やはり伊達ではない。

「なら、溶かしてやるッ」

「む?」

 風と火を使って空気を加熱し続け、発生させた物質。固体でも液体でも気体でもなくなったもの。
 神が人を裁くために落とす空からの、それをサクスムに向けて躊躇なく放つ。
 温度にして約三万度。
 触れなくとも人間の体など一瞬で蒸発してしまう温度だ。

「甘いわぁ!!」

「な――!!?」

 耐えることなどできない。確実に殺せた。
 そう思ったが、相手は私の予想を更に上回って来た。
 私が放った輝術に向かって頭から突っ込み、体を溶かされながら突破して来たのだ。

「我はサクスム! あらゆる悪意をこの体を以て防ぐ、最硬の盾である!! たかが、眩しいだけの光りなぞで我を殺せるものか!!」

「普通は蒸発するんだよッ」

 有り得ない。人間の肉体の限界を超えている。肉体も残らないはずなのに、サクスムは鎧は破壊されたとはいえ、多少皮膚が焼けた程度で済まされている。
 どうなっているの、その肉体!!?と声を大にして叫びたい。

 サクスムが肉体で圧し潰そうとしてくる。
 このまま潰されるつもりはないので、私はサクスムに向かって駆け出した。
 サクスムの動きは遅いが、私も素早くはない。横に動けば簡単にサクスムに対応されてしまうだろう。
 後ろに逃げるのも論外。だから、敢えて前に出て足手の足元から危険地帯を脱出するッ!!

「剣も槍も矢も輝術も駄目。どうする?」

「大丈夫です。私にまだ策があります」

「……アルバ、言っておくがアレじゃないだろうな?」

「大丈夫。あれはまだ使いません。ここぞと言う時に使うものですから」

 全員が再び集まり、陣形を立て直す。
 恐らく、サクスムの防御を突破する方法はないだろう。少しの間でそう思わせるだけの防御力をサクスムは見せた。
 だけど、
 策と聞いてマルムが心配そうな表情を浮かべるが、安心して欲しい。それはまだ使うつもりはない。あれはとっておきの切り札の一つだから。

「陣形も、作戦も無意味!! 貴様等が我に傷を与えることなどできはせん!!」

「そうでもないんじゃないの? だって、あんた弱いし」

「ッ小娘が!!」

 ルクティアの挑発に激高し、再びサクスムが突撃してくる。
 今度はバラバラに戦うのではなく、一丸となってサクスムへと挑んでいく。
 振り下ろされる戦斧を躱し、マルムとタウルスで片足のみを攻撃し、重心を崩させ、オフィキウムが渾身の一撃を叩き込む。
 三人がサクスムから距離を取る時のみ、私とルクティア、アンブラで援護を行い、視界を潰すように輝術と矢を放つ。
 全員が足を止めることなく動き回り、サクスムを翻弄する。

 誰か一人でもやられたら、すぐに状況は不利になるだろう。しかし、そんなことにはならないと確信があった。
 サクスムが弱い、という訳ではない。これは、これまで共に仲間と戦ってきた経験から言えることだった。
 マルムとタウルスが狙われれば、横からオフィキウムが、オフィキウムを狙おうとすれば、死角からアンブラが、遠距離から私とルクティアが、私とルクティア、アンブラを狙おうとすれば、マルムとタウルスが敵を妨害する。
 もう二度と仲間を失わないようにと全員で話し合い、訓練を重ね、何度も実践してきた基本的な流れ。
 何十、何百、何千と熟してきたからこそ、最早目配せすらすることなく、味方の意思を感じ取り、最適な場所を取り、最適なタイミングで援護を行えるまでになった。

「ちょろちょろと動きおって――それ程我に捕まるのが怖いのか」

「ククッ我らは影、愚鈍な貴様では一生掴むことなどできん」

「別に影じゃないんだけど、まぁあんたに捕まる気はしないね! ルインと違ってとろ過ぎるっての」

「確かにその通りだ。そんな遅い足でよくこの体は盾だなんて口にできたな。主の危機にそれじゃあ駆け付けられないんじゃないか?」

 サクスムの挑発にアンブラ、ルクティア、マルムが挑発を返す。

「餓鬼共がッ調子に乗り追って。そんなに死にたいのか!!」

「だったらまずは私たちを捕まえることですね」

「いやいや、それは無理でしょ。いや~それにしても何でこんなに同じ四天王でも違うのかしら。あんたってばやることは突撃してくるだけ。ルインみたいに技を出すこともない。命の危険を感じないわ~」

「ッッ~~」

 挑発にサクスムの動きが荒くなる。
 命の危険を感じない、と口にしたルクティアだが、ずっと旅して来たからこそわかる。あれは、相手に冷静さを失わせるためのハッタリだ。

「へいへーい、そんなんじゃ何時まで経っても私たちを捉えられないわよ。部下でも呼んだ方が良いんじゃない? あ、一人で来ちゃったからいないか~。もしかして魔人王様が一人で行けって言ったのかな? 誰一人殺せない無能なのに、これは魔人王様判断ミスかなぁ!?」

「戯けが、魔人族の軍は既に周囲を固めておるわ! 軍でなぶり殺さないのは戦士として貴様等を認めた御方がいるからこそ、こうして我が出て来てやっているのだ!!」

 加えて、ちゃっかり情報収集までしている。
 敵と命のやり取りをしつつも、余裕を取り繕い、取れるものは取っていく彼女の図太さを逞しく思う。

「カァッ!!」

 振り下ろされる戦斧を躱しながらも、考える。
 軍で周囲を固めていると言ったが、それは本当だろうか。闇で隠れていると言っても、多ければそれなりに人の気配はするはずだ。
 サクスムを倒しても、既に魔人族に包囲されていて疲弊された所を倒されては意味がない。
 オフィキウムと視線を躱し、少しの間盾になって貰う。
 足を止めた私は火球を三つ作り、それを空に打ち上げた。
 僅かの間だけ昼間と変わらない明るさが、半径五百メートルを照らす。
 周囲に人影はない――いや、いた。一瞬魔人族の頭が見えた。五百メートルギリギリの範囲にある茂みに隠れている。
 あれは、斥候か。

「気に食わんな。我と戦っている最中に考え事か!!」

「アルバ、失礼する」

「え、きゃあ!!?」

 周囲の観察をしていると、オフィキウムに抱き抱えられる。
 初めての御姫様抱っこにときめく暇もなく、オフィキウムと私がほんの少し前にいた場所に巨大な戦斧が飛んで来て戦慄する。

「お前ッよくもアルバを――」

「ふん、何だ。あの小娘が大事なら守って見せるが良い。できるのならばなぁ!!」

 私が狙われたことでマルムが激高し、単独で突撃する。
 それに合わせて周囲も動いた。
 彼が感情で動いてしまうことはもう分かり切っていることだ。

「ほらほら、どうしたの? 武器を手放して身軽になれたのに小娘一人捕まえられないのかしら?」

「チッ調子に乗りおって。だが、分かっているぞ小娘。そうやって我を挑発するのが狙いなのだろう?」

「あら、ようやく気付いたんだ。でも、今まで散々乗ってくれたからあんたがどんなことで怒るのかは分かり切っているわよ。別に気付かれても何ともないわね」

 挑発して動きを単純なものにする。その目的に気付かれてもルクティアはニヤニヤと笑みを浮かべて更に挑発する。
 確かに、これまでの傾向で何に怒りやすいかは把握できている。何より、彼の堪忍袋の緒は皮膚よりも頑丈ではない。
 こちらの目的を達するのは気付かれていても容易いだろう。
 だが、今回はいつもと違い、サクスムも笑みを浮かべた。

「確かに、我は怒りやすいからな。貴様等の目的も達しやすいだろう。だが、貴様等は気付いていないようだな。我は怒ってはいた。怒ってはいたが、

「何だと?」

 冷たい感覚が、背筋に流れる。
 オフィキウムが声を上げた。

「全員、奴から急いで距離を取れぇ!!」

「遅いわ!!」

 サクスムが片足を大きく上げる。

「戦人流『土流噴火』」

 そして、その足を地面に叩きつけた。
 地面が波打ち――気付けば私は空に投げ出されていた。
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